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第31話 木剣と鞭 ②


「おはようございまーす。エルザです」

「むむっ。お前の客じゃないのか?ラウル」

「はい、親方。ちょっと出てきま……」

「どうした?」

「親方、手を止めていいなら一緒に話聞いてくれませんか」

「いいだろう」


 クルトは保管庫に守り刀を収納して施錠し、ラウルは木剣と木工道具を片づけてから母屋に戻った。ラウルがクルトに同席してくれるよう頼んだのは、訓練の話になった時に意見があればその場で聞きたいからである。


 母屋では応対に出たハンナにさっそく居間へ通されたようだ。エルザは椅子におさまって、カップから湯気を立てて茶をすすっている。何か大きな鞄のようなものを持参したようだが、私物か土産かは判然としない。

 

「朝早くからすみません。所用で王都へ行きますのでお別れに」

「あらあら、それはご丁寧に」

「おはようございます。エルザさん」

「ラウル君、元気そうで何より。君にも用事があったんだ」

「エルザ、ラウルがえらく世話になった」


 エルザは一瞬反応に困った。たしかに蜜蜂亭での宴会の際に、悩めるラウル青年の人生相談にあずかった記憶はある。その後痛飲したせいで記憶は少々あやふやだが、訓練に付き合う約束をしたのもきちんと覚えていた。

 訓練はこれからだから人生相談の話をしているのだとわかるが、それにしてはクルトの態度が大仰過ぎはしないか。


「そんな大層な。ちょっと酒の席でしゃべっただけです」

「俺も世話になった」

「私もよ、エルザさん」


 ジーゲル夫妻がそろって頭を下げたのにはエルザは参った。巨人の舞を見て以来、エルザのジーゲル夫妻への言葉遣いはかなり改まったものになっている。へりくだっているわけではないが、とにかく偉大な方々なのだという感情しか湧いてこない。

 そのジーゲル夫妻がかように感謝するほどラウルの件で煮詰まっていたのか。魔法不能はそれほどこの家族を追い詰めていたのか。エルザ隊にも魔力異常で制御に苦しむ者がいたから、他人事とは思えなかった。


 とにかく、役に立てたのなら何よりだ、とエルザは思うことにした。ジーゲル家への訪問は暇乞いが主だが、ラウルの訓練関係で確認しておきたいこともある。


 結果としてわかったことだが、ラウルはエルザの予想を上回る速度で訓練の準備をすすめていた。とりあえずコイツは口だけではない、ということがわかってエルザは満足したが、ラウルの師である以上、家業の邪魔にならない程度に、直接見てやれない間の課題をもうけてやらねばなるまい、とも考えている。


「朝の駅馬車で王都に向かいます」

「ほう」

「あら、変化して走ればすぐそこなのに?」

「……」(すぐそこは母さんだけだよ)

「けっこうな荷物ができまして。ほら、巨大蜘蛛の」

「魔法素材ですか?」(きっと戦士兄弟が調べていたやつだ)

「うん、特別報酬の現物支給ってやつだよ」

「まあ!」

「ほほう」

「クラーフやヘーガーで引き取れる量にも限りがあるしね」


 おそらくジーゲル家へも恩賞の沙汰があるはず、とエルザは付け足した。まれに見る大型魔獣の死体はあちこち焼け焦げていたとはいえ、魔法素材や薬の原材料として採取できる部分が多く、かなりの余禄をエストにもたらしたようだ。


 ブラウン男爵は臨時収入を独り占めすることなく、換価できたものをまず復興や見舞金に回した。衛兵の超過勤務にむくいることも忘れず、クラーフ商会の残業手当と商品持ち出しにも補助金を出した。それでも結構な額が残っていたので、ようやく男爵は自分の財布に入れた、という次第である。


 なお、端数の銅貨と大銅貨は浄財としてうやうやしく教会に献上したらしい。男爵は皮肉もしくは嫌がらせのつもりだったようだが、金の亡者を単純に喜ばせる結果にしかならなかった。むしろ金貨銀貨はどこに行ったといわんばかりのもの欲しそうな視線と態度には恐れ入った、というところらしい。


 本来、冒険者部隊が契約以上の報酬を受け取ることはないし、要求してもいけない。契約とはそういうものだが、ここでもブラウン男爵は粋なはからいをした。


 巨大蜘蛛の牙や眼球、毒腺といったような素材はエストでは需要がない。扱える者がそもそもいないからだ。逆に王都では研究者や魔術師も多いから入荷待ちという状況である。

 そこで男爵は特別報酬として魔法素材の一部を王都に戻るエルザに引き渡し、処分自由としたのだった。


 ハンナが驚きクルトが唸ったのはエルザの臨時収入に驚いただけでなく、ブラウン男爵の太っ腹に感銘を受けたからである。


「昨日は男爵様に会った後、巨大蜘蛛の解体と仕分けで午後までかかって」

「それはご苦労様でしたね」

「ヘーガーのところで防具の細かい修理と手入れが終わったころにはもう夕方」

「よく聞いとけ、ラウル。防具は買ったきりじゃいけねぇ」

「はい、父さん」(ヘーガーさんについては後で言いたいことがある)

「正規の報酬は分配済み、今日はクラーフ本店の大金庫に寄って……」

「ちょっと待った、エルザ」

「なんです?クルトさん」

「クラーフ本店に行くならラウルを連れて行ってくれないか」

「それは、かまいませんが……」


 どうやらクルトは守り刀の納品をラウルに任せることにしたようである。ラウル一人ならなにかと心配な駅馬車の旅でもエルザが同行するなら安全性は飛躍的に上昇する。

 むろんクラーフ商会エスト支店で受け取りをもらって、商会の荷馬車に載せていってもらう方法を取ることも一応はできた。代金は先払いでもらってあるので、ラウルが金貨を持ったままうろうろすることもない。

 

 しかし、外回りの範囲はエストだけではない。アルメキアで商売をしているラウルが王都を知らないというのも少々問題があるのに、クルト宛てとはいえ王都からの注文は現に入ってきている。

 将来的にも王都とのやり取りは避けて通れないのだから、一度親子で王都を一巡りして取引先に顔をつないで、安全な宿泊先や不用意に近づかないほうが良い街区等を教えようと思っていたのだ。

 

 現在、王都とエストを行き来する駅馬車は一日一便しかない。どちらも朝に出発したら半日揺られっぱなしで到着するのは夕方ごろという運行だ。安全対策から夜間運行するような真似はしないが、エストから王都の間は比較的安全といわれている路線で、野盗団の目撃情報もほとんどない。


 必然、はじめての外泊ということになるが、そのあたりの面倒も含めて格好の案内役を見つけた、といったところである。


「どうだ?荷物の上げ下ろしに使ってくれてもかまわんぞ」

「それは有難いんですが、ラウル君はどうかな?」

「お手伝いします、エルザさん」(ひでぇな、親父)

「ラウル、しっかりね」


 こうしてエルザは荷運び人足を借りるかわりに王都案内を引き受けることになった。ラウルは大きくなってからは初めての王都だ。冒険めいたことはなくとも、彼の行動範囲がぐんと広がったことは間違いないのだ。

 おおげさに表現するならひな鳥の初飛行と言えるかもしれない。

 そして、期せずしてその初飛行に記念品を贈ってくれたものがいたようである。


いつもご愛読ありがとうございます。

エルザはたよりになる姉といった感じです。

うらやましいぞラウル!がんばれラウル!

徃馬翻次郎でした。

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