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第341話 金貨一枚 ②


 魔法の原初とは人類が魔物に対抗するための術として神から授けられたものである、とされる。これは聖タイモール教会の公式見解であり、学者たちの多数派説だ。人々もそれを信じて疑わない。アルメキアを除く他国においてもその状況はよくにたものであって、人類に魔法を授けし神の名が違うだけであった。

 ところが、クルトとハンナは考古学者の遺跡調査に同行した結果、通説とは異なる知見を得ている。それは、多数の人命を犠牲にした怪物がいち早く魔法を体得していたのではないか、という恐ろしい話だ。当時の状況を説明する壁画がほぼ完全な状態が残っていたので信憑性は実に高い。これが正しければ魔法は教会の言うように有難いものとは言いにくい。その発明にあまりにも多くの血が流れ過ぎているまがまがしい代物だ。むろん、これは教会の論調にそぐわないから、少数説として発表することはおろか、軽々に口にする事すらはばかられた過去がある。

 仮に魔法使いの始祖が血にまみれた存在ならば、龍脈になにがしかの怨念を混ぜ込んだりすることはお手のものではないのか、とラウルは考えた。邪悪な魔法使いの流れをくむ弟子が健在ならば、龍脈柱に悪さをする工夫を編み出したとしても不思議ではない。


(もしかして、何から何まで繋がっている、なんてことはないか……)


 このような漠然とした感想をラウルは持ち始めている。魔法の原初だけでなく、行方不明の竜族や竜の祠が荒らされている現状がどうにも一定の方向を指している気がするのだが、判じ物の謎が解けた爽快感にはほど遠い。むしろ、蜘蛛の巣の糸が中心に向かって収束し、絡めとられているかのような不気味さのほうが勝った。


(何だよ……まさか、両親の因縁が回りまわってオレのところまで尾を引いてるのか?)


 ふと気付けば、リンが袖を引っ張っている。文官の説明が一段落して、ラウルが何らかの感想なり感動なりを表明する局面だったのだ。


「……ああ、ごめんよ。あまりにも画期的な発明に圧倒されてしまった。差し支えなかったら、どうやってこんな仕組みを思いついたのか教えて欲しい」


 ラウルは手放しで賞賛した。


「ようございます」


 文官は見るからに鼻高々である。聞けば、皇帝や軍司令官の質問に素早く応答するための工夫であると言う。現況表示板と同じ情報は書類でも持っているが、咄嗟の場合に書類の束を繰るのは恐ろしく時間がかかる。目当ての情報が出てこずにもたもたしていたら不興を買っても文句は言えない。これを避けるために、あらかじめ聞かれそうなことは針刺しでも糊付けでも板上に貼り付けておけ、という一種の予防策なのだ。これを地図上で試してみたところ、役所だけでなく軍関係者からも現況が一目で分かると評判が良かったので正式採用されたのだと言う。


(どこかで見たことがあるな……そうか、ノルトラントでオトヒメさんが作ってたやつだ!)


 同様の手法は犯罪捜査や推理にも応用できるのだ。文字情報を減らして視覚情報を増やし、感覚的に情報を把握させる方式の効果は顕著であった。グリノス式の情報処理装置は針頭の飾りや書き込みなどの原始的な表示方法を採用しているとは言え、タイモール大陸の最先端を行っているように思える出来栄えなのだ。


「きっかけは?」

「何てことはありません。飲み屋の掲示板ですよ。何気なく見ていたら雑多な留め方が気になりましてね」


 料理や酒以外の話題で手を取られた酒場の亭主はいい迷惑だったことだろう。項目ごとに分類すればいいのに、留め具を色付けしたら遠目からでも掲示の種類がわかるぞ、と批評家気取りの酔客を話半分であしらっていたと思われる。ところが、亭主がしぶしぶ実施した掲示の整理は思いのほか具合が良く、掲示期限終了を見逃すこともなくなった。


「ははあ」

「いくら読み書きが達者でも文字ばかりは疲れます。間違えます。皆が何もかも覚えていられたら別なんでしょうけど、共通理解という点ではこいつに勝るものはありません」


 皇帝から呼び出しが掛かったカナスタといささか自信があふれ気味の文官に礼を言って別れたラウルはあてがわれた個室に戻り、新しく設置された簡易寝台に腰かけて一息ついた。急ごしらえの仮本営も数日中には改装され、完全とは言わないまでも旧キースチン邸の装いへと近づくことが予定されている。


「いやあ、勉強になるなあ」


 ラウルに続いて入室したリンは思わず声の主を凝視した。勉強という言葉自体が大嫌いだった人物が謎の心境変化で学習意欲を見せたのだから無理もない。


「無理しないでね。身体だって本調子かどうかもわからないんだし、寝込まれでもしたら心配だよ」


 ラウルの生身を鍛える際には役立ったリンの回復魔法だが、最近はとんと出番がない。それはそれで目出度いことなのだが、ラウルの人工生命体における発熱は回復魔法による影響を受けないのだ。


「勉強熱心、って言って欲しいね。魔力を使わなくてもあんなに気が利いたことができるんだから、世の中は工夫次第って証拠だぜ」

「はいはい、わかったから落ち着いて。皇帝陛下から頂いたものを確認しよう」


 リンは机の上に鞄の中身を拡げる。軍学校の見学許可証には帝都を守る防衛隊長への添状が付いていた。これは適当な付き添い兼監視役をあてがえ、という命令書であろう。帝国図書館の入館証には利用区分が書かれていたので、立ち入り禁止区域が存在すると承知しておかねばならない。


「金貨袋は……革製か。格好いいな」


 金貨袋は二つに折った雑巾のような形状をしている。その内側に小さな袋がついていて、金貨がずり落ちないように工夫がされていた。飾り気のない重厚な作りだが、二列の金貨を足しても十枚に満たない。褒美の金額に不足はないが、収納容器との釣り合いがおかしいのではないか、と思い始めた矢先に、


「ラウル、半分は高額の決済金貨だよ」


 とリンがとんでもないことを言い出した。アルメキア大金貨の場合でも、使いやすい銀貨換算で千枚を超えるため、大商会に持ち込むか両替が必要になる代物だ。


「貰い過ぎかな?おまけに現地通貨……」


 ラウルは間もなくグリノスを発つ。当地で別荘を買うのでもない限り、吠え猛る熊の横顔が大きく描かれているグリノス建国を記念した金貨は使うことがない。


「クラーフのノルトラント支店か、ヘーグラーさんところへ持ち込めばいいよ。両方ともグリノス商圏向けの決済資金として引き受けてくれるから。率はどうかな、あまり変わらないと思うけど」


 リンが具体的な両替案を出す。ヘーグラー・ウント・コルベ商会は北方での商いに強く、ノルトラントを中心に手広くやっている。クラーフ商会と同様に幾らかの手数料と引き換えにアルメキア貨幣との交換を滞りなく実現してくれるだろう。


「それともサーラーン式か?」


 サーラーンの冒険と競馬協議で獲得した資金が建材の買い付けに回されてエスト南発展の礎となった件をラウルは言っている。


「それもいいね。こっちは金属材料と石材のほかに、断熱材として山羊や羊の毛なんかも優秀って聞いた」


 商会職員の経験からか、リンは何も参照せずにグリノス名産の品々を並べたてた。結果として、両替案と仕入れ案の二つが出たことになるが、彼女は直ちに両替案を引っ込める。


「いいのか?」

「なんで?」

「だって、ほら、また貧乏……」


 確かに、今回の仕入れでエスト南領の防衛施設と武器庫の備蓄は一段と立派になるだろうが、蓄財や贅沢から著しく遠ざかるであろうことは必定だ。


「いいよ、そんなの」

「金離れの良すぎる旦那は愛想を尽かされるとか」

「何処で聞いたか知らないけど、それは家庭をないがしろにするひとの話でしょ」


 まず、ラウルの男三悪はまことに綺麗なもので文句のつけようがない。贅沢に関しては、昼食のエスト丼と定食で真剣に悩むラウルの金銭感覚が好きだ。肉感の良い女性を目で追ったり気持ち悪いスケベ顔を晒したりしない限りは、愛想を尽かす要素がないのである。


「わかった。手配を頼む」

「片付けちゃっていい?」

「ああ、うん。よろしく頼むぜ」

「任せといて!」


 リンが書類と金貨袋を手早く鞄にしまう。


「あッ、そうだ!リン、小さいほうの金貨を一枚取っておいてくれ」

「了解……一枚だけ?」

「うん。エストに帰ったら鋳つぶして、ひとつ鍛冶屋らしい仕事をするかな、と思って」

「勿体なくない?」


 今しがた貧乏云々の話をしたばかりではないか、とリンは訝る。我が夫は無理がたたって記憶に支障をきたしたのではないか。


「違う違う。呆けてなんかない。ほら、アルメキアの金貨を融かすと王国法に引っかかるかもしれないだろ。教会の紋章とか入ってるし、バレなきゃ平気だけど危ない橋をあえて渡る必要もないよな?」

「外国通貨なら安心ってわけね。それで、何ができるの?」

「両親にならって夫婦の誓いってやつをさ。ウチのは聖槍由来の指輪らしいんで、オレも真似してみようかなと。装飾の技法は王都で習ったし、この金貨だったらファラーシャの分も合わせて三個取れ……」


 ラウルの台詞はリンが反射的に抱きついたことによって中断された。抱擁と形容するには激しい初動で机が揺れ、グリノス金貨が小さな音を立てて踊る。冒険の末に手元に残った報酬が金貨一枚とは寂しい限りだが、二人はどこまでも満足だった。


いつもご愛読ありがとうございます。

ラウル君のご両親が結婚前になさった冒険やこの世界における魔法の設定みたいなものが絡んで盛り上がって参りました。彼の蓄財は当分先のようですが、あるいは最後までぴいぴい言ってるかもしれません。

徃馬翻次郎でした。

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