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第30話 木剣と鞭 ①


 ラウルは寝起きが悪いほうではない。うっかり早起きして親の姿を探し回った挙句泣いてしまうようなこともなく、幼少期の子育てに関してこの点だけは楽をさせてもらったとハンナが思うぐらい、手のかからない子供だった。


 大きくなってからもその点は変わらない。

 今朝も外が明るくなる直前に起こしてもらうことなく目覚め、夢の内容を思い出そうとしていた。しかし、またもや夢の再生は失敗に終わる。一所懸命なにかを磨いていた記憶はあるのだが、それが何だったかと問われると判然としない。

 念のためパンツのなかを確認してみたが自分磨きでもなかった。夢の中で磨いていたのは壺ではない神像でもない自分でもないと反すうして、なんとか木剣の研磨にたどり着いたのはちょっとした奇跡である。


 朝食後、作業に入る前にラウルはクルトに木剣製作における研磨の重要性について尋ねてみた。昨日は疲れきっていて質問できなかったのだ。

 真剣と違って殺傷が主目的ではないから、あちこち丸みをつけてやすり掛けをする必要性は十分理解できる。角を取らないと危険だというのも解る。

 しかし、黒光りするまで磨き続ける、というのはどういう種類の工夫や用心なのか、例の記録式設計図にも注釈としてラウルは書いておきたい。


「木剣同士で打ち込むとして、だが」

「はい、親方」

「ささくれやトゲができてしまう場合がある」

「はい」

「目が詰まって光るぐらい磨けってのは……」

「予防ですか」

「そうだ。忘れないうちに言っておくが、けいこ後はよく見ろ」

「はい、親方」

「手入れを怠るな」

「はい」

「刺さってからでは遅い」

「はい」(安全対策ならしかたないな)

「しかし、同じ作業ばかりが堪える、というのも解る」

「……」(実際、心がつらいよ)


 クルトはまず削り出しを二本分完了してしまい、とりあえず使用可能な状況まで進めてはどうかという計画を出してきた。空いた時間や余暇で思う存分磨け、ということらしい。


 ちなみに今回は拳を保護するつばのような護拳をつけるが、木剣本体と一体成型するのではなく、後付け方式を採用している。ヘリオット木材でオマケしてもらった端材の真ん中に穴をあけ、木剣の身巾よりほんの少し狭いスリットを作る。この部品を木づちで優しく剣の根元まで押し込み、細紐で固定すれば一応の形と握りの保護になる、というわけだ。


 ラウルはクルトの提案にのって、木剣二号の削り出しにかかった。終わったら親方に報告して、鍛冶の仕事がなければ研磨に入る予定だ。

 

 ラウルは設計図を見ながら材木に線引きをし始めたが、クルトは保管庫から化粧箱を取り出して中身の点検をしている。お世辞にもジーゲルの店に相応しいとは言えない、華美な装飾の目立つ短剣である。刀身はともかく装飾の部分はクルトが作ったとは思えない。


 ラウルは一瞬手を止めてクルトの手元を見た。質実剛健のクルトらしからぬ貴族趣味の品に対する批判的な感情が視線に若干含まれていたかもしれない。

 

 案の定、クルトはラウルの視線に気付いて声を掛けてきた。 


「こういうのは嫌いか、ラウル」

「はい、いえ、親方。なんて言うか親方らしくないと言うか」

「これも信頼のひとつだと思え」

「……」

「納得いかねぇか」

「はい、親方」

「ま、そうだろうな」


 クルトは弟子の反抗に怒るふうでもなく説明を始めた。そして、どうやらこの短剣は、進路指導で剣を打つ心構えの例えとしてあげた“守り刀”だということがわかった。王都の貴族から注文が入った守り刀が完成間近だったため、例えとして思いついたようだ。


 親方は例えの守り刀をさらに例えとして弟子に何かを伝えたいようである。守り刀の意味にとどまらず、武器やもっと巨大な力全般に通じるような話であった。


「もちろん心を込めて打ったさ。持ち主を守ってくれるように」

「はい、親方」(今はその理屈わかるよ)

「それでもこいつを実際に使う日が来たら、その日は災難だ」

「はい」(斬り合い……)

「武器なのに使う日が来ないことを願うってのは変な話だが」

「はい」

「騎士団の準備は万全だが出番がありませんってほうが平和ってもんだろ?」

「そうですね」


 しかし、それでは華美な装飾の言い訳になっていない。持ち主の無事を祈る気持ちと宝石や金色が目立つ曲線を多用した装飾とがどうも結びつかない。


「でもな、それじゃあ鍛冶屋の片想いってやつだ」

「?」(な、なんの話?)

「持ち主にもうんと愛着をもってほしい。キレイでもカワイイでもいい」

「ははぁ」(なんとなくわかってきたぞ)

「ラウル、こいつはクラーフ本店の発注だが、その客は……」

「貴族のお嬢様ですね」(そうか、そう言うことか)

「よく見たな、ラウル。それで両想いって寸法だ」

 

 つまり、持ち主のことを考えればクルトの両手剣のような頑丈さと切れ味に特化したような武骨な代物は、いくら実用的であっても貴族のお嬢様に愛着を持ってもらうのは土台無理な話だ。さらに華美な装飾は見た目の問題だけでない。見た人に対して一門の権勢や社会的地位を誇示する役目も持つ。 


「言っておくが、俺だってクネクネやキンピカが大好きってわけじゃねぇ」

「ですよね」

「でもな、客によってはキンピカが好き嫌い関係なしの大事ってこともある」

「はぁ」(よくわかんねぇよ)

「今はわからんでもいい。話だけ覚えとけ」

「はい、親方」

「自分の好きな事だけやって食っていけりゃあいいんだがな」

「……」(それはムリだよ。オレでもわかる)


 まれに趣味と仕事を両立させて、なおかつ余裕のある暮らしを営んでいる者もいるが、その幸運な例外をあらゆる人に期待するのは不可能である。己が時間を切り売りして金銭に代え、気の進まない仕事でも家族のために辛抱している者が大多数なのだ。


 ちなみに、この短剣はすでに最終調整の段階である。さや飾りや握りの装飾だけでなく化粧箱も全て王都の職人が丹精込めて仕上げた逸品で、完成した刀身を王都に送って加工したのち、再度ジーゲルの店に戻して研ぎと細部の確認を行っていたのである。

 万一、ごてごてした装飾が邪魔になって実用に供さないようでは、それこそクルトの作である必要はどこにもない。そのための最終調整であった。

 

 さて、刀剣相手に相思相愛とは何やら不思議な話だが、今回の守り刀の件に加えて、料理人ギンジとデバボウチョウの関係を見ていたラウルはいろいろ思うことがあった。


 持ち主のことを考える、というのは奥が深い。

 持ち主云々以前に、一昨日の宴会でラウルの鍛冶による製品をエルザは“自家製呪いの武器”と表現した。それほどラウルの過去に根差した怨念めいた邪念は濃かったのだ。

 今では若干毒気が抜けて、持ち主理論が入り込む余地ができつつある。

 ここでの余地とは柔軟な思考のことだが、これを広げぬことにはラウルの鍛冶道はこれまでであろう。

 

 守り刀のことを考えたとき、ふと、リンなら装飾は控えめで銀を基調とした清楚なものが似合うような気がした。彼女なら勝手にリボンでもつけそうな気もするが、それはそれで彼女らしい気がした。


 その思考を中断したのは早朝の来客である。


いつもご愛読ありがとうございます。

タイトルは『木剣と鞭』ですが、主に鞭です。

ラウル君の毒気が早く抜けるといいですね。がんばれラウル!

徃馬翻次郎でした。

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