第28話 森の狩人 ③
さて、木剣である。
高級品は紫檀や黒檀のような素材も使うが、ラウルは練習ということもあって、ドリスのおすすめである赤樫から始めることにした。
「同じ樫材でも木目や取れる部分で用途が違いましてね」
「うん」
「こういった美しい木目の家具や工芸品につかうものよりも……」
「どれどれ」(キレイだけどお高いんでしょう?)
「こっちの水分や衝撃に強いほうが武器には向いてます」
ドリスが取り出したのは幅が厚みの二倍になるように加工された角材で、そこそこの長さのものが四本一組で結わえられている。
「なるほど」
「こちら、護拳用の端材もおつけして……」
「はぁ」(売り口上みたいだな)
「四本で大銅貨一枚!」
「安い!」
「そりゃあ安いです。それでも私は嬉しいんです」
「はい?」
「ものを壊してばかりの坊ちゃんが、何かを作ろうだなんて、私は、私は……」
「ち、ちょっとドリスさん」
女性とはいえ筋骨隆々の熊系亜人が目に涙をためてハンカチではなを拭いている異様な光景にラウルは心打たれた。両親以外にも心を痛めてくれていた人がいたのだ。またもや呼称が坊ちゃんに戻ってしまったが仕方がない。
鼻水を拭き終わったドリスは商売に復帰した。
「ジーゲルの店宛てにつけておきますからね、伝票にサインを」
「いやいや、今お支払いしますよ」(なんとか払えるぜ)
「まあ!立派になって……」
「そんな大げさな」(オレっていったい……)
木材と受取証を受け取ったラウルはヘリオット木材をあとにした。ウィリアムは午後の課業に出かけてしまったし、久しぶりにハリーの顔もみたかったのだが、帰りをまっていたのでは自分の帰り道が暗くなってしまう。
旦那に送らせます、とドリスは言って聞かなかったがラウルは丁重に辞退した。これからちょくちょくお世話になるかも知れないのに、そのたびに送迎をしてもらうようでは対等の関係とは言えないだろう。商品が丸太になったらその時こそドリスの出番である。
家路をたどるラウルの目に収穫を間近に控えた麦畑の黄金色が飛び込んできた。収穫が近いのなら収穫祭も近い、ということだ。今年はひとつコリンを祭りに連れ出してやろうかと思ったラウルだが、彼は外に出かけること自体が苦手らしかった、とも思いだした。
そういえば自分もお祭り好きではなかった、と改めて思う。わざわざ出かけたところで、いじめっ子連中に出くわしたら楽しい気分など吹き飛んでしまう。服を引っ張るようにして誘いに来るリンには気の毒だったが、ここ十年近くのラウルにとってエスト収穫祭は遠景でしかなかったのである。
ふと気づくと小麦畑を縦断する農道を挟んだ向こう側に懐かしい顔が現れた。しばらく見ない間に成長してずいぶん大きくなっているが、ラウルに人懐っこい笑みを向けながら突進してきた。
「ラウル兄!ラウル兄じゃん!」
「ようハリー、しばらく見ないうちにずいぶん大きくなったな」
「全然遊びに来てくんないからだよッ」
「う、ごめん」
「今日は仕事?」
「木剣の材料を仕入れに来たんだ」
「木の剣?もしかして遊んでくれるの?」
「し、仕事用……」(ごめんよ。この件はまじめにやらんといかんのよ)
「なんだよ、つまんねえの」
口では不満たらたらだが、ハリーは久しぶりの再会に喜んでいるようだった。犬系亜人の尻尾は感情表現を補足する機能があり、その回転や振りの速度で感情の振れ幅がわかろうというものである。
「学校はどう?」
「学校?学校ねえ。うーん」
ハリーが言い淀んでしまったので、ラウルはもしやいじめられているのでは、という暗い心配をしてしまった。結果として、その心配は見当違いのものだったと判明するが、得体の知れない不気味さをともなった話へとつながってしまう。
「なんか、へんなんだよ」
「へん?」
「説明するの、むずかしいんだけどさ」
「なになに」
ハリーは考えながら話している。なめらかな語り口でない分、余計に真実味が増した。
実際、真実のみをハリーは語っている。そしてラウルは真剣に話を聞いた。
もともと学校の生徒内にはぼんやりとした派閥のようなものがあり、大きく金持ち派と庶民派にわかれ、ハリーは中立派とでも呼ぶべき集団に所属していたという。
(なんかオレの時よりこみいってるな)
ラウルが思うより事態は深刻ですらあるかも知れない。財産や魔力の大小に因る格差のようなものが子供たちのところまで浸透して対立構造を形成しているにとどまらず、過日、ちょっとしたいさかいから、あわや暴力沙汰寸前まで発展したという。
「それはちょっと……」
「うん。それでさ、『お前はどっちの味方なんだ』とか言って巻き込もうとするんだ」
「ヒェッ」
「ムカつくからさ、文句言ってやった」
「何て?」
「えーと、『お前らこそ最後はどうすんだ?死ぬまでやんのか!』ってさ」
「おお」(当時のオレより数段キモが太い)
「そしたらみんな大人しくなって……仲直りとまではいかなかったけど」
ラウルは自分の学校時代を思い出している。思い出すのも苦痛で恥ずかしいことだが、当時は暴力と破壊活動はラウルだけが自衛と反撃の為に行っていた。現在は暴力の素地が薄く広くだがほぼ全員に浸透していることになる。ラウルいじめのような標的を単体にしぼっている悪意の明確さと比べれば、不気味さどころか恐ろしさすら感じる。
余談だが、この一件でハリーは大いに株をあげて富裕派と庶民派の双方から一目置かれる存在になり、中立派の女子を中心としたハリー第一次モテ期の端緒となった。ハリーが収穫祭に誰を誘うのか早くも話題となっている。
ラウルはハリーと別れて家路への歩みを再開した。ハリーによれば学校の先生たちは今も昔も役立たずだ。知識の伝授という点ではラウルもお世話になったし、ぬかりなく任を果たしていることだろう。
しかし、子供同士の対立を衝突寸前まで放置しているのはどうしてだろう。そんなに他の仕事が忙しいのか、とラウルは思う。ところが、かつて学校に迷惑をかける一方だったことも思い出すと、そういえば文句を言える立場でもなかった、と独りでにやり込められてしまうラウルだった。
いつもご愛読ありがとうございます。
ラウル君が更生した不良のような扱いを受けています。
めげるなラウル!がんばれラウル!
徃馬翻次郎でした。