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第26話 森の狩人 ①

 

 エスト村周辺では西側の湖に至る川沿いに少しと東側から南東部にかけて豊かな森林地帯が広がっている。北のグリノスほどではないが、林業や製材に従事する労働者者も多く、郊外に分散する形で生活と労働の拠点を設けている。

 当節林業や製材業の専業は珍しい。小なりとはいえ農場や牧場を運営したり狩猟や採集の兼業がほとんどである。都市部への出稼ぎを家計の足しにしている者もいるが、今のエストは魔獣騒ぎの復興特需で製材業は大忙しだ。

 

 外回りから帰ってきたラウルを出迎えたジーゲル家の客は、その製材業者兼猟師の男性だった。名をウィリアム・ヘリオットという。ジーゲル家の近在で製材業を営むかたわら国有林の保全を行い、食料と臨時収入のために狩猟をしている犬系の中年亜人である。

 もともとは北方グリノス帝国の出身だが、アルメキアに移住して日雇いの荷運びや港湾作業で食べていたらしい。エストへも製材業の臨時職員として流れてきたとのことだ。

 少し陰気な感じがする以外は評判も良く、熱心に働くので職場にもすぐになじみ、製材屋の親方にも気に入られて住み込みの常雇いとなった。その親方の娘が妻のドリスである。

 現在妻子と三人暮らしで、ドリスは熊系亜人だが息子のハリーは犬系の要素が濃く出たらしく、元気のいい小ウィリアムといった感じの少年である。


「ただいま。いらっしゃい、ウィルさん」

「おかえり、ラウル」

「早かったな」

「お邪魔してるよ、ラウル君」


 ラウルはクルトに聞きたいことがあった。何もかもわかっていてヘーガーの住処(異世界)へ送り込んだのか、という一事である。しかし、客人の手前は控えて業務連絡に徹したほうがよかろうという大人の判断を下した。


「父さん、ヴィリー隊長が明後日の晩にでも来るってさ」

「むむ、そうか。わかった」

「あと、けいこにリンやグスマンさんも協力してくれることになったから」

「何だ?それは」


 ラウルはクラーフ商会での昼食会とグスマンの提案をかいつまんで話し、場合によっては新しくできた友達のコリンも参加することになるかも、と付け足した。


「何というか……大がかりな話になったなあ」

「だめかな?」

「いや、話自体は願ったりだ。ただ……」

「ただ?」

「ラウルお前、商人のほうが向いてるんじゃねぇのか」

「へっ?」


 クルトがそう思うのも無理はない。外回り初日でおつかいを無事にすまし、ぬかりなく衛兵隊長との顔つなぎを忘れなかった。さらには訓練用の協力業者まで見つけてきている。

 親に言われたからではなく自発的にできている、というのがクルトが感心している点だ。

 ウィリアムはジーゲル親子のやりとりを興味深く聞いていたのだが、やがてこう切り出した。


「クルトさん、そういうことなら私もラウル君のお役に立ちたいな」

「しかしアンタは客だ」

「友でもありますがね」

「そうか」

「そうです」


 ラウルには不思議に思えるやり取りをした後、クルトはウィリアムが持ってきた鉈を預かり鍛冶場へと入って行った。ウィリアムが持参したのは土産の獣肉と研ぎの仕事だったというわけだ。

 

 椅子から立ち上がったウィリアムはハンナへ一声かけてラウルを連れ出す承諾を得てから、店の裏にある試射場へ向かった。


(なんだろう、弓矢かな?)


 ラウルはとっさに弓術のけいこでもつけてくれるのかと思ったのだが、ウィリアムは歩みを止めることなく標的に近づいていく。やがて弓矢で狙うにしては近すぎ、刀剣を振るにしては遠すぎる位置で停止した。


「ラウル君はこれを知ってるよな?」

「はあ、えーと……」


 ウィリアムが道具袋から取り出したのはスリングショットだった。木製だがところどころ金属板で補強してある。紐部分は蜘蛛型魔獣の粘糸のように弾性があるが、これは魔法製糸によるものらしい。ドングリでも石ころでもなくウズラの卵大の鉄塊を発射するらしい。刺さると痛そうな角が特徴的だ。ヘーガー店長が大好きなトゲとは違って敵を傷つけてやろうという明確な意思のようなものが感じられた。


「パチンコ?」

「ふふ、そうだ。ただし、ウチの坊主のおもちゃよりは上等だぞ」


 ウイリアムは言うがはやいか、鉄弾をつまむとスリングショットを構えて発射した。鋭い音を立てて鉄弾が標的人形に食い込む。


「おおっ」(パチンコすげぇ!)

「この距離なら顔や手を狙うことも十分可能だ」

「顔……」(たしかにおもちゃじゃないな)

「手に当たれば戦う力は半減だな」

 

 これはラウルが初めて手にした投擲とうてき武器である。ラウルはスリングショットの威力に感動と恐怖が半々になったものを感じたが、この種の武器にはさらに大型のものがあることを彼はまだ知らない。カタパルトと呼ばれる大型兵器は対象が城壁や堅固建物であり、発射する飛翔体の大きさも桁違いだ。

 ウイリアムはさらに一発を発射して標的人形の手に命中させた。


「おおおっ」(スゲェ)

「本当は撃って終わり、ではだめなんだぜ」

「はい?」

「命中するとは限らない。距離を詰めなきゃ」

「な、なるほど」

「もう弓矢は使えない距離だ」

「そうですね」

「奇襲か牽制……後は野犬や狼を追い払うぐらいか」

「ナイフはどうなんですか?」

「投げナイフかい?うーん……」


 ウィリアムは腰の狩猟用ナイフを抜くと刃を二本の指でつまみ、耳の後ろに構えた。標的との距離を慎重に測ってからの一投は見事に標的人形の胸を貫くが、ラウルは気になったことがある。


「ずいぶん狙いに時間をかけましたね」

「そりゃそうさ。回転打ちだからね。ナイフの柄では刺さらん」

「ということは」

「これはちょっとした曲芸だ。標的に少しでも動かれると難しい」

「それじゃあニンジャのシュリケンみたいなことは?」

「よく知ってるな。どこで聞いたんだか」


 ラウルの情報源は例の手控え(武人のお宝絵かき帳)である。そのころすでに東方諸島においてニンジャは活躍の機会を失っていたが、ラウル少年のなかでは生きた英雄だった。

ちなみに、重心が前方にある棒状のシュリケンが無回転打ち、突起が四つ八つと形成されている星型のものが回転打ちを意識しているのはあきらかだ。

 余談だが、旅芸人が見世物で使用する投げナイフは重心を前に寄せて作らせているので、無回転打ちがしやすくなっている。


「これだけ他国に存在を知られている隠密とはいったい……」

「はは、そう言えばそうですね」


 投げナイフで思い出したことがあったので、ラウルは質問を続ける。エスト第四番坑道の古代遺跡で巨大蜘蛛と出くわした際、お手製短剣による投げ剣を試みて失敗した件を包み隠さずウィリアムに話した。


「それは災難だったな。えらい騒ぎだったと家内から聞いてはいたが」

「はい。恐ろしいやら恥ずかしいやら。けっこうな力を入れて投げたんですけど」 

「柄が当たってしまったんだろうな」


 投げ剣が全て回転打ちによるものとは限らない。棒状のシュリケンのように刀剣の重心が前方に集中していれば、無回転で刃先を標的に向けて飛ばすことができる。短剣ではなく山刀や鉈なら、無回転で巨大蜘蛛に刺さった可能性もあるが、今となっては検証のしようもない。


「そこで、このスリングショットだ」

「はい」(やり手の露天商みたいだな)


 たしかにスリングショットなら投げナイフやシュリケンとは違って、長年の修練や格別の器用さは必要とせず、ラウルの腕力とも相性が良い。後は狙ったところに飛ばす練習だけだ。


「最初は古い戸板とかで練習だな」

「わかりました」

「進呈しようかとも思ったが、君は鍛冶屋さんだったな。研究するといい」

「やってみます」


 後日ラウルが作成したスリングショットは初製作ということもあって流麗とはいえない形に仕上がる。しかし、初手で戦闘能力を奪うことに成功すれば相手の命を奪わずに済むかもしれない点をラウルは大いに気に入った。


「話はあと二つある」

「はい」


 第一は、野盗団やそのへんのチンピラのような奴らでも、どうかすると投擲の心得があるという現実だ。例えば投石は弾を簡単に入手出来て効果も高い投擲攻撃だ。専用の道具をつかえば飛距離と威力は何倍にもなる。かく乱目的で頭部を狙ってくる先制攻撃も十分考えられ、慣れた射手なら一発で戦闘不能に追い込むこともあるという。

 第二は、その先制攻撃に毒を盛ってくる場合もある、というあまり聞きたくない事実だ。

麻痺毒や口を利けなくする神経毒は巷にあふれているから、投擲武器との組み合わせにも注意が必要、というわけだ。


「どうやって身を守るんですか」

「ラウル君が重装歩兵ではない、と仮定してだな?」

「そうですね」(そんなお金ないよ)

「かわすしかない。盾があれば使え。外套が役に立つ場合もある。木立や扉も利用しろ」

「はい」(当たったらオワリとしか聞こえないんですが)

「剣や槍に自信があったとしても弾こうとしてはいけない。どこに跳ぶかわからん」

「なるほど」

「もっとも君のご両親は別だろうがね」

「たしかに」(ひょっとして巨人の舞をご存じなのだろうか)


 ウイリアムの言う跳ね返りの危険性は事実である。近くに味方がいたり毒が塗ってあった場合、その危険性は格段にはねあがる。それでも飛来する投擲武器をクルトは切り落とすだろうし、ハンナは逆に打ち返すくらいのことをやってのけるだろう、というのは何となく想像できる。


「得物が青や緑色に濡れていたら毒に注意だ。というか相手は君を殺す気だ」

「……」(ヒィッ!) 


 これは明らかに命のやり取りである。ラウルの両親は冒険者としてそのやり取りを生業としてきた。ならばウィリアムは製材業者兼猟師として命のやり取りをしてきたのだろうか。むろん、猛獣相手に危険な目にあうことはあろうが、先ほどから少し話がちぐはぐだ、とラウルは感じた。


「ウィルさんはどこで投擲技術を習得したんですか?」

「習得?生き抜くため、追跡をかわすために必死だったんだ。その過程だよ」

「はぁ、いや、その……聞かなかったことにします」

「すまん……」

「いいです、いいです。ウィルさん何でも屋さんみたいに色々知ってるからつい」

「何でも屋?はは、そうだな、確かに何でもやった。ハハハ」


 ようやく普段の明るさに戻ったウィリアムを見てラウルは思わずほっとした。おそらく“何でも”には他人に言えないことや、うっかり漏らすと迷惑がかかる秘密が多分に含まれているのだろう。とまれ、現状では投擲武器の師匠であることに間違いはない。


「また解らないことが有ったら教えてください」

「それはまかせてもらおう」


いつもご愛読ありがとうございます。

新キャラの彼は故あって本名を偽ってます。

ごっこ遊びは大塚明夫さんの声でやってます。

こう言うとどういう素性の人なのかわかってしまいますかね。

(ただのコックさ)

徃馬翻次郎でした。

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