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第25話 昼食会 ③

 

 全員食べ終え、リンはお茶の給仕を始めた。目盛付きロウソクによれば、昼休みはもう少し残っているらしい。ラウルはコメについてグスマンに聞くことにした。


「グスマンさん、コメはクラーフの商品としてはどうなんですか?」

「おや?そうだな……いろいろな可能性を考えている」


 グスマンは一瞬固まったあと、穏やかな口調で語り始めた。ラウルの質問が意外だったようだが、嫌な顔をせずに相手をしてくれる態度はヴィリー隊長を思い出させる。


「まず、生育環境だ。東方とアルメキア以外では難しいだろう」

「気候ですか?」

「そうだ。北は寒く南は暑すぎる。西に至っては根付くかどうかもわからん」

「なるほど」

「水も大事だ。水より雪や氷が多い地域、水が貴重品の地域もだめだ」

「水田ってやつですね」

「そう。もし大陸中のみんながこの食べ物を気に入ってくれれば……」

「どうなるんです?」

「これはもう運ぶだけで利益が出る」

「……」(な、何だって?)


 ラウルは驚いているが、本来商社の仕事とはそういうものである。商品を右から左へ動かして手数料や口銭という名のお駄賃をいただく。移動距離が長い場合や商品が入手し難い場合はお駄賃も弾まねばならない。そういった付加価値を作り出すのも仕事のひとつだ。

 グスマンはコメというものは他国への輸送さえ滞りなくすめば、たちまち買い手が付いて利益が出る商品になる可能性があると言う。零細金属加工業者の従業員であるラウルには信じられない話だ。

 残念ながら大量輸送手段を持たないラウルには縁遠い話になってしまったが、それでもある種の物を動かすと金になるかもしれないという話は覚えておくことにした。


「あとは、そうだな。軍用食料としても優秀だろう」

「兵士の食事ですか」

「左様。脱穀したものと水を持たせればいい。実に簡単だ」

「小麦だとそうはいきませんね」

「うむ。パンを考えてみたまえ。食べるまでの工程数はいくつかね?」

「粉にしてコネて、休ませて焼いて……」

「そうだ。厳密にいえばもっと多い。コメはどうだ?煮る。たったこれだけだ」

「な、なるほど」(水田をたくさん持ってる領主が強くなるのかな?)

「必要になる寸前まで冷暗所で保管しておけば良い、というのも魅力的だな」

「パンだと日持ちしませんしね」


 ラウルの感想はぼんやりとしたものだが、グスマンの指摘は戦争時の動員数に関わってくる。進軍先で略奪を行わないと仮定した場合、食料の備蓄こそが動員できる兵士の上限を増やすことができる要因であり、調理の簡便性は行軍速度や将兵の疲労に影響する。


 当然、飲まず食わずの武装集団は軍隊としての規律を維持できるはずもないから、軍隊を抱えるものにとって補給の良し悪しは重要であろう。衣食足りて礼節を知るのは一般市民だけではないのだ。

 事実、東方諸島において領主は領地で生産されるコメの予想収穫量によって格付けされている。


 備蓄食料の発明や水田の拡大が大規模軍隊の編成を可能にし、金融の発展が長期の戦争継続を可能にし、借金してまで戦争する国が出てくるわけだが、この時の男二人はそこまで考えてはいない。

 最終的にアルメキアはパンを一口大に加工して焼しめる方法、すなわち乾パンを研究する方法で食料備蓄を伸ばす。コメは楽しい食事用にとっておくことにした、ということになろう。


 金融については、すでにその萌芽というべきものが存在している。エルザが金貨を保管している王都の金庫のことだ。今のところ貴重品や高級工芸品の保管にだけ使用されているが、財産を貸付けて返済時にはイロをつけてもらう商売がうまれる寸前なのだ。

 

 そして、さんざん語り合った後でリンとコリンを放置していたことにようやく気付いた男二人は、すこしだけ気まずい思いをしながら話を切り上げてお茶を飲みくだした。


「そういえば、ラウルは午前中どこへ行ってたの?」

「それがさ、聞いてくれよ……グスマンさん、かまいませんか?」

「適度にな、ラウル君。気遣いありがとう」

「な、なによそれ」

「もったいぶりますね、ラウルさん」


 別段、ラウルはもったいぶったわけでもなければ、話に重みを持たせようとしたわけではない。昼食も済んだことであるし話が少々下品になってもかまいませんか、という許可をグスマンから得ただけである。

 ラウルはヘーガー店長について、採寸とおさわりの部分は軽く流し、金属のトゲトゲと黒い革製品の部分は全く触れずに説明したのだが、それでもリンの血圧をあげるのには十分だった。


「な、なんですって!?」

「……」

「世の中広いよ。本当に」


 リンは驚きつつ憤っている。ラウルをはるかに超えた変態が村内にいたことを知らなかったからだろう。一方、コリンはドン引きしたのか沈黙している。


「私だってそんなことしたことないのに」

「……」

「悪い人じゃないんだけどね」(リンが怖いことをさらっと言ったな)


 ラウルはコリンの態度がおかしいことに気付いた。黙っているだけでなく顔色まで悪い。

微かに震えていたようだが、ラウルの視線に気づいて微笑を返してきた。ただし、顔の筋肉だけで目は全く笑っていない。


(宗教的にまずい話題だったのかな)


 このラウルの推測が全く見当違いだったことは後々判明する。たしかに宗教は絡んでいたが、それは全く予想外の形である。この件に関してコリンが自ら真相を語るのはもう少し後のことである。


 昼休みも終わり、ラウルはリンとコリンに再開を約して別れを告げる。グスマンとも別れのあいさつと握手をしたが、さきほどの交渉成立の握手より熱がこもっている気がしたのは何故だろうかとラウルは不思議に思った。


 それよりもっと不思議だったのはコリンの言動だ。神職経験者だったにもかかわらず、食前の祈り以外で神の名前や加護を一切口にしなかったのは謎としか言いようがない。しかし、軽々しく神の名を口にしない信念の持ち主ということも考えられるので、ラウルは忘れることにした。


 グスマンは帳面との格闘に、コリンは商品開発の部屋へと戻ったので、リンが店の出入り口まで見送りにきた。


「なんだか難しい話だったね」

「たしかに後半は理解できたか自信がない」

「……」

「なんだよ」

「ラウル、少し変わったね」

「いろいろ考えてんだよッ」


 リンはラウルの変化を歓迎していた。暴れたり怖い顔をしていたラウルを思い出すだけでも彼女は心が苦しくなる。何かの拍子に元に戻ってしまったらどうしよう、という恐怖は何年たってもぬぐい切れていない。

 いろいろ考えている、というのは真実だろう。スケベ要素がないことも間違いない。だとしたら何を始めようとしているのか気になるところではあった。


「そっか。では、またのご来店をお待ちしております!」

「うん。また来るよ」


 リンはあえて深追いせずにラウルを見送った。人通りの多い時間に店頭で長い立ち話をするわけにはいかない。それにエルザの訓練計画が進展すればクラーフの業務として白昼堂々会いにけるのだ。


 こうして新生ラウルの一日はようやく半分が終了した。日はまだ高く、夕食までにもう一仕事こなす時間帯だ。エスト村人も忙しく立ち働き、復旧工事の槌音があたりに響く。

 新しい材木の香ばしい匂いを嗅いだラウルは木剣のことを思い出した。今から帰れば昼の明るさのもとでもうひと仕事できるかもしれない。


 ラウルはものすごく軽くなった小銭入れと預かり証を確認して村を後にした。外回りの用事はこれで全て片付いたが、ヴィリー隊長の伝言を忘れてはいけない。もう一つ、エルザの訓練計画にクラーフ商会とコリンが一枚かむことも報告に付け加えねばなるまい。

 ヘーガー店長の精神攻撃でかなり消耗してしまったラウルだが、やることの多さに気がまぎれて足取りは軽かったが、元気よく家に帰り着いた彼はかすかだが血の匂いを嗅いだ。  

 

 血の臭いに交じっているのは獣の臭いだ。しかしラウルは別段気にしていない。なにしろ家のなかには桁外れに戦闘力の高いバケモノが二体もいるのだ。だとすればこの臭いは狩りの獲物を差し入れてくれた人がいる、ということを証明しているに過ぎない。


 果して、玄関口から入ると帰宅をねぎらう声が三つラウルに掛けられた。


いつもご愛読ありがとうございます。

支店長の話が人助けと金儲けにつながるといいですね。がんばれラウル!

次回は新キャラ登場です。お楽しみに!

徃馬翻次郎でした。

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