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第17話 宴会 ②

 

 亜人の女給がお茶を給仕するためにポットとカップを運んできた。ハンナは気になっていたことを尋ねる。ラウルはやたらと背中が空いて前も裾も露出が多い女給の制服のほうが気になって、リンに抱いていた暖かい気持ちはどこか彼方へ飛んでしまった。

 おそらく給仕のための服装として動きやすさを重視しているのだとは思うが、それにもほどがあろうと彼は思いつつ、目の保養をしながら聞き耳だけは立てておいた。


「こちらは魔獣の被害はなかったの?」

「ええ、そりゃもう何匹も飛び込んできましたよ」

「そのわりには店がキレイね」

「あー、それはですね、料理人のギンジさんが大活躍で」

「まあ!お強いのね」

「デバボウチョウとかいう料理ナイフでもって」

「なんだと?」


 話に横から食いついたのはクルトだ。ホウチョウという東方由来の料理ナイフが広まりつつあるのは鍛冶屋でなくとも一般的に知られている。しかし、もともと戦闘用に作られたわけではないから、固いものを斬れば刃欠けもするし折れや曲がりもする。握りは一直線で拳を保護するような機能もないから、刺突に使用すると刺したほうが怪我をする場合もあるのだ。

 そのホウチョウで小なりとはいえ蜘蛛型魔獣を多数打ち取ったとなれば、よほどの達人かホウチョウ自体が相当の業物ということになる。

 クルトは是が非でも料理人の話が聞きたくなった。


「ラウル、仕事だ」

「は?はい、親方」(本当かよ)


 ラウルは信じられない思いだったが、呼ばれた以上は仕方がない。クルトに付き従って勉強することにした。リンとロッテを置いていくの心配だったが、どういうわけか二人は仲良くやっている。


「彼女さん?奥さん?」

「そんなんじゃないよ。同い年みたいだしリンって呼んでね。えへへ」


 魔法学院の先輩(中退)後輩(現役)で仲良くするのはかまわないが、なにか恐ろしい相乗効果を生みそうな勢いなので、ラウルは慌ててその場を離れた。


「店主、ギンジさんはいるかい」

「なんだ?いきなり」

「いや、仕事道具をちょっと拝ませてもらいたくてな」

「鍛冶屋の凝り性かい」

「そんなとこだ」

「聞いてくるよ。ギンさん邪魔するとおっかないんだ」

「頼む」


 職人肌の人間はだいたい気分屋だ。そして仕事の邪魔は雇い主や客と言えども許さない。店主に手間をかけさせてまですることなのか不明だが、ラウルとしては見守るほかない。


「調理場に入っていいってさ」

「悪いな」

「いいよ、なんて言ったってエストの恩人だからな」

「恩人はよしてくれ」


 調理場に入ると、白色が目立つ作業服に身を固めたギンジが待っていた。


「なんや、ヤキトリの旦那かいな」

「ん?ああ、そうだ。ヤキトリだ」


 客の好みを見て覚えているとは気配りにおいても一流の料理人である。


「旦那が名工ジーゲルはんやったとはな」

「なら話は早い」


 早速クルトはデバボウチョウを受け取って眺めていたが、突然空いてるほうの手で口をふさいだ。これは東方刀を拝見するときの作法であり、つばや息がかかることで水分が刀身にうつってさびないようにする心得事のひとつである。

 料理用ナイフなのだから水分を気にする必要は全くないのだが、見覚えのある刃紋と懐かしい作者名の刻印を目にしてとっさに習慣が出てしまったのだ。

 果して塞がれたクルトの口から言葉が漏れた。


「師匠……!」


 ラウルとギンジは目を丸くして顔を見合わせた。ホウチョウが先生であるはずがないから、クルトに鍛冶を仕込んだ人の製品ということだ。


「ギンジさん、このホウチョウは?」

「俺が旅に出るときに親方からもろたやつや」

「つまり」

「ジーゲルはんの師匠と俺の親方につきあいが有ったってことやな」


 おそらくギンジの親方が作った料理に感動したクルトの師匠が礼代わりに一振りこしらえたというところだろう。クルトの師匠は確かに東方諸島出身だ。二人が出会ったのは大陸西方の城塞都市だから、それ以前の作刀ということになる。


「デバというのは?」

「ホウチョウの形や。シュッとせんとずんぐりむっくりやろ?そこが可愛いんやけどな」

「そう言えば刃身がかなり分厚いですね」

「せやろ?最初にこさえた奴が出っ歯やったらしいて話もあるけどな」

「なるほど」

「こいつはちびっと魔力込めたったら固い骨でもカニの甲羅でもスパスパや」

「へぇ」(魔法鍛冶の料理ナイフか)

「カニも蜘蛛も親戚みたいなもんやから、昼間助かったんは可愛いこいつのおかげやな」

「……」(足の数の話をしてるんだよな?)

「なんや、弟子やのうてジーゲルさんとこのぼんかいな。親子で勉強熱心やね」

「ど、どうも」(ボン?ボンボン?)


 鍛冶のことで他人からほめられたのは初めてのような気がするラウルだったが、包丁を握りしめて目を潤ませている父親には少し引いた。しかし、これぐらいやらないと刀匠や神の腕には到達できないのかもと思いなおした。

 ギンジにしても愛用のホウチョウなのだろうが、料理用ナイフを自分の恋人のように喋っている。愛情をそそげば応えてくれると言わんばかりだ。

 この一件でラウルの鍛冶に対する考え方が少し変わった。クルトもギンジも道具に対する気持ち以上の何かをホウチョウに感じるか込めるかしているのがよくわかった。


「見ろ、ラウル」

「はい、親方」(やれやれ)

「これが師匠の刻印だ」

「はい」(シンカイ……名前かな?)

「久々に師匠に会った気分だ」

「そら良かった」

「ギンジさん、返すよ。手間かけたな」

「もうええんでっか」

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございました」


 鍛冶屋親子はそろって頭を下げる。仕事を邪魔されたはずのギンジは終始にこやかで、ええもん見せてもろたわ、とつぶやいていた。

 社会見学を終えてテーブルに戻ろうとするクルトにラウルが声をかける。


「親方」

「仕事は終わったぞ」

「その仕事で話があるんだよッ」

「言ってみろ」


 ラウルは簡潔にだが、もっと“強くなりたい”旨と今まで以上に鍛冶修行に本腰を入れる覚悟を告げて協力を要請した。

 クルトは少し考えていたが、回答はなんとも中途半端な保留というものだった。

 しかし、ラウルががっかりする前に声を励まして指示した。


「そうと決めたならやることがあるだろう」

「?」

「顔を売って、嫌がられない程度にいろいろ聞いとけ」

「わかった」(そ、そうだった)

「スケベは無しだ」

「……」(なんでバレてるの)

「返事」

「はい、親方」(とほほ)

 

 新たに任務ができたラウルだが同時に人生の主目的であるスケベをあらかじめ封じられてしまった。治癒師コリンが男だとわかった時点で、スケベ目標はエルザかロッテしかいなかったわけだが、ロッテは何しろさっきの精神操作が強烈だった。さらに彼女は酒癖も決してほめられたものではないと分かる情景が目前に展開されている。


 なんと校長先生の目を盗んで蒸留酒を注文しようとして見つかり、またもや杖で頭を小突かれていた。いったん飲み始めたら止まらなくなるのだろう。若い酒豪もいたもんだ、とラウルは思ったが、結果的にその感想はあまり正確とは言えなかった。実は彼女には忘れたい過去と酒に逃げたいだけの理由があったのだ。

 校長先生の指導を受け入れて大人しくお茶に切り替えるあたり、理性がなくなっているわけではなさそうだが、見ていていろいろ不安になるラウルだった。


 他の人は見ると、席に戻ったクルトとハンナはいちゃいちゃの最中だった。腸詰を小さく切ってクルトの口に運ぶハンナはまるで人目をはばからず愛をはぐくむ新婚の夫婦のようでもあるが、息子としては帰宅してからにしてほしかった。


 戦士兄弟はジョッキを掲げて肩を組み、行進曲“北方の戦士”をいい声で歌いだす。

この歌が作られた時代は北のグリノス帝国とアルメキア王国は国境紛争を抱えていたので、二番の歌詞は「われらアルメキアを攻めん」とか物騒な文言がたっぷりなのだが、二番を飛ばして三番を歌うあたり兄弟の理性もきちんと働いているらしい。まばらではあるが拍手をもらって喜んでいる。


 リンはコリンと話し込んで何やら意気投合していた。仲のいい女友達が楽しそうにしているようにしか見えないのがラウルには何とも残念である。


いつもご愛読ありがとうございます。

デバボウチョウの元ネタは大阪府の堺市に伝わる昔話「出っ歯のせいやん」です。分類は奇人伝、オチはちょっと悲しいです。包丁づくりに打ち込み過ぎて恋人が故郷に帰ったのに気付かなくて、包丁が量産体制に入ったころに後追い失踪したとかなんとか。どうして所帯を持ったエンドにしなかったのかな?昔話にはよくあること、らしいですが。

徃馬翻次郎でした。

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