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第188話 舞い降りた戦乙女 ③


 ラウルとエルザの師弟はガンテ村でリンと合流することができた。

 竜王に命じられた使命の旅はアルメキア北部から始まり、目指す竜の祠が巨人の足跡と称される窪地の水没部分に存在していたらしいことが判明する。年月の経過は得られる情報を不確かなものにしており、土地の古老や事情通への聞き込みだけだなく、昔話のような読み物にも頼らざるを得ないところを何とか切り開いている苦しい状況だ。

 ただし、今回の調査目的地はラウルたちが滞在しているガンテ村からそれほど離れてはいないので、かさばる装備は村長宅に預けて軽装で出かけられる点が有難かった。


「危険はないと思うけど、一応、スリングショットと金槌を持っていこうかな」


 ラウルの装備は腰袋一つに納まる気楽なものだ。武装にしても野獣が出没した場合に備えてのものだ。ヘーガー製の背嚢から手ぬぐいを取り出して首に巻き、外套を羽織るともう準備が完了した。


「私たちはどうしようか、リンちゃん」

「そうですね……エルザさんは毛布と火おこしの道具をお願いできますか?」

「ラウル君を乾かす道具だね。寒いし、お湯を沸かせるようにしようか」

「……」(その寒い中でオレが泳ぐ……)


 ラウルの思いをよそに、打ち合わせは順調に進む。やはり、気心が知れた者同士だと話が早い。


「ラウル、盾と槍を出してくれる?」

「リンは武装するの?」

「王都の学者とかいう怪しい人物の情報があったでしょ。本当に学者かどうかも、いつ来たのかもわからないけど、魔法使いらしいことは確かなんだから」


 そうだった、と頭を掻きながらラウルが背嚢から取り出したのは取手のついた皿状のものと握りのついた杖状の何かだ。ただし、盾と槍、というよりはその部品か縮小版にしか見えない。

 エルザは興味深くリンの新装備を拝見していたのだが、あることに気付く。銀色に輝く胸当てに描かれた紋様に見覚えがあったのだ。


「リンちゃん、その胸当てはひょっとしてハンナさんの防具じゃない?」

「そうなんです!譲っていただきました。クルトさんからは盾、ラウルからは槍、うーん、名付けてジーゲル装備、ですね」


 それは東方諸島でいうところの結納なのでは、とエルザは思わないでもなかったが、なるほど、リンの言うジーゲル装備を装着し終わった姿は騎士に相応しい威容と凛々しさを兼ね備えていた。

 続いてリンが杖を一振りすると小さな閃光と共に騎兵槍へと姿を変える。


「ああッ!これ、騎士団の装備じゃない?ラウル君、リンちゃんに持たせちゃったの?」

「従騎士に槍持ちをさせる人は珍しくないらしいんですけど、もうオレなんかよりずっと騎士らしい見た目なもんで、贈ることにしました……実力だって相当なものです。竜戦士に変化しないと勝てないかも」


 これは世辞でも何でもない。

 杖のように見えたのは騎兵槍の柄の部分である。形状変化魔法が付与された逸品であり、実際、魔法杖のように使用しても良好な補助装置としての役割を果たす。もともとはラウルが騎士任命の際に騎士団長から団員章と併せて贈られたものだ。

 胸当てはハンナが使用していたものであり、これも形状変化の魔法が付与されている。所有者変更と大鷲変化の際に足輪になるように設計を組み替えた以外は元のままの状態だ。リンは刻まれていたノルトラント伯ヘルナー家の紋を残すかどうか迷った挙句、胸当ての来歴を示すものとして手を加えないことに決めた。

 取手のついた皿は小型の丸盾であり、名工クルト=ジーゲル入魂の品だ。中心にジーゲル家紋が描かれている盾は実に軽量で取り回しが良いが、リン得意の風属性魔法を刻んだ魔石が組み込まれていおり、魔力を込めると盾の面に沿って『守りの風』が詠唱無しで発動する優れものなのだ。土属性魔法の『防壁』や『天蓋』に比べると心もとないが、弓勢ゆんぜいの弱い矢や低威力の攻撃魔法なら無力化も可能だ。むろん、一番値が張る材料は魔法の刻まれた魔石なのだが、これはラウル主従の出世を聞きつけたクラウス魔法学院長の提供によるものである。


「ふッ!」


 この姿を初めて見るエルザの為にリンは盾と槍を構えて見せた。片手で持っている騎兵槍の穂先が全く揺れない。美しい姿勢の中に鋼のような筋力が内包されている様子は神々しくさえある。


「おおッ!さまになってるよ、リンちゃん」

「……」(キレイ……)

 

 ラウルとエルザはそれぞれ異なった感想を抱いたが、もともとリンが備えていた魔法の才能に、祝福の塊のような装備と鍛えられた肉体が加わり、遠距離から近接戦闘までこなす彼女に死角はない。治癒師ほどではないにしても回復魔法も使える万能振りは、北方神話に登場する戦乙女もかくや、と言っても過言ではないだろう。

 さらに、これは全くの偶然なのだが、期せずしてリンは神の姿を真似ていたことになる。もしも、クルトが今のリンを見ればあっとなっただろう。具体的には、かつて奴隷王を消し去るときに聖槍が見せた白昼夢、そこに姿を現した半透明の存在と瓜二つの格好なのである。 

 むろん、ラウルもエルザもこのことを知らない。この時はリンの姿に半ば見惚れてしまっているだけだった。

 

「うふふ、お目汚しをしました……杖に戻しておいたほうがいいよね」


 たとえ騎士の特権で街中での武装が許されているとしても、用もないのに武装をちらつかせないほうが良いのは都会も田舎も同じである。


「お目汚しなんてとんでもないよ、立派なものだよ。ね、ラウル君」

「う、うん」


 ラウルもこれには異存がない。スケベの介在する余地こそないが、素直な気持ちで相棒の美しさを賛美していた。

 リンは騎兵槍を杖形態に戻し、翼を出せるように背中を空けた長衣をまとう。ゆったりした袖で丸盾を隠すことで出発準備が整った。


「皆様方、お出かけですか?」


 客間をのぞいた村長の孫娘が声をかける。

 祖父の介護と客人の世話係を同時にこなす彼女は実に骨惜しみなく働く。


「ええ、せっかくだから巨人の足跡をじっくり見ておこうと思ってね」

「まあ!徒弟さんはいろんなものに興味をお持ちなんですね」

「そ、そうだよ。修行中だからね。何でも勉強になるんだよ」

「息抜きの観光にしても、大小の溜池がならんでいるだけですよ?日照りの時は助かってますけどね」


 水源としては優秀だが景勝地としては魅力がない、と言って村長の孫娘は自嘲気味に笑った。巨人の足跡には観光資源としての集客力がほとんどないのであろう。

 ちなみに、この点を稀代の旅行作家であるミーン・メイは『聖地への旅』でごく僅かにしか触れていない。本来なら魔族への反抗の狼煙のろしが上がった地点として観光名所になっていてもおかしくない場所が一地方の溜池扱いは異常である。


「アルメキア中の人が見に来てもいいような場所なのにね、どう思う?」


 リンは気になっていた質問を村長の孫娘にぶつけてみることにした。

 又聞きもいいとこですけど、と前置きしてから彼女は答え出す。ネタ元は先祖から伝え聞いたことに因る、と言いたかったのだろう。

 彼女の話を要約すると、一昔前は残留魔素の問題で毒沼だらけ、浄化が完了したころには元々住んでいた人はこの世に居ないか、新しい住まいでの生活に馴染んでおり、あえて戻ってこようとする者はほとんどいなかったのだ。

 村長の家はその例外で、長い年月をかけて舞い戻った稀有な存在だ。ことの真偽は別にして、口伝によって巨人の足跡の由来が残っていたのもそのためである。

 ガンテ村は徐々に新規移住者を受け入れ、それなりの規模の集落になりはしたものの、伝説に沿った勇者の遺品やはっきりとわかる魔族の痕跡が残されていたわけでもなく、あるのはそれらしい窪地だけ、という有様では村おこしにもならない。手作り感あふれる記念碑を建立するのが関の山なのだ。

 確かに、聖地として認定されてもいいはずなのに聖タイモール教会が司教の一人すら派遣してこないのは謎だし、王族が毎年訪れて献花なりしても良さそうなものだが、現実は物好きの観光客がわずかに訪れる程度で、普段は駅馬車の乗り降りすら少ない。

 アルメキアの人口に膾炙かいしゃしている勇者譚ゆうしゃたん発祥の地の実態がこの体たらくなのだから、誰が建てたかわからない竜の祠の再建に手が回ろうはずもなかったのである。


「……こんなところでしょうか」

「詳しい話をありがとう。手を止めさせてごめんね」

「いえ、いいんです。興味を持ってもらえること自体珍しいんですもの」


 王都の繁栄が殷賑いんしんを極める一方で、地方の暮らしはとても余裕があるとは言えない。村長の先祖のような生まれ育った土地に愛着を持つ者たちが大勢いなければ成り立つものではないのだ。

 利発で明るく振舞う村長の孫娘は大都市に出ることなく村の構成員としての義務を全うしているが、彼女のごとき存在は圧倒的少数派と言えよう。 


 一方、彼女とリンの会話を黙って聞いていたラウルは自分の領地に想いを馳せている。

 小なりとはいえ立派に集落を形成しているガンテ村と発足したばかりのエスト南領では比較にならないのだが、大きな町が近くにある点ではよく似ている。ガンテ村はノルトラントに近く、エスト南の位置はエストとほぼ同じ。もしかしたら領地経営で参考になることがあるかも知れない、と先ほどから彼は考えを巡らしている。

 アルメキアでは奴隷制度が認められていない以上、どれだけ潤沢な資金があったとしても労働力を増やすことすら簡単ではない。

 しかし、同じ人頭税を払うならエスト南に住みたい、あるいはジーゲル領で働きたい、と思えるような大きな目玉さえあれば何とかなるのではないだろうか。できればお金をかけずに、と頭をひねるラウルだが、そんなものがあるのなら誰も苦労はしない。

 この問題に進展があるのは当分先のこと、今の彼は吹けば飛ぶような零細領主の若僧でしかないのだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

リンちゃんの口調に若干元気っ娘属性が付与されました。その勢いでラウルと並び立つ雄々しい感じも好きなのですが、旅の随所でのんびりいちゃつく二人も上手く描けたらいいなと願ってます。なにしろ、スケベのついでに世界を救うのですから。

領地についてはじわじわ進化させる予定です。

徃馬翻次郎でした。

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