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第184話 剣術指南 第二番 清流剣 ③


 ラウルが生身の限界を目指すうえで手本にしてきたクルトの剣術はあまりにも高みに位置していた。たとえラウルの強化された肉体をもってしても正対しての立ち合いにおいて、はたして勝ち目があるだろうか。

 たとえラウルがありったけの力を込めて打ち込んだとしても、クルトには一拍の余裕をもって迎撃されてしまうのだから、ラウルは若干の落胆を隠せない。


 その様子を見て取ったクルトは言葉を絞り出してラウルを諭した。旅立ち前の忠言だからよく聞け、と言う父親兼親方兼剣術の師匠を前に、ラウルは姿勢を正して聞く態勢に入った。


「三つ、ある」

「はい、とうさ……師匠」

「ひとつは、恐怖と絶望の塊みたいな奴に出くわした時はどうするか、だな」


 戦って勝つことはおろか逃走も難しい相手との対峙は長い旅の中で一度や二度はあるはずであり、それが試合や余興である場合は降参すれば命までは取られないのだが、戦闘や襲撃を受けた際には当然だが命懸けになる。

 もちろん、クルトは傭兵時代に戦ったアンデッドの親玉である奴隷王を念頭において喋っている。近接戦闘に持ち込んだはいいが、武器破壊によって心まで折られそうになった苦い経験は忘れられない。


「見せてやるか」


 クルトは身体強化魔法の詠唱を開始し、普段の稽古にない展開にラウルは仰天する。少なくともこれまでの訓練では一度も見たことがない光景である。勝手口から様子をうかがうハンナの影が竜眼に表示されたがすぐに消えた。ことの成り行きに驚いているのはラウルだけではない、ということだ。

 ラウルが心底度肝を抜かれるのは次の瞬間だ。


「まだ、足らんな」


 なんとクルトは身体強化魔法の重ね掛けを始めたのである。



【身体強化魔法について】


―前略―


 では諸君、地水火風にも光にも闇にも属さない魔法をひとつあげてみよ……君はどうだ?治癒魔法、そうだな。教会の連中は神聖魔法と称しているが、その根拠とされているアンデッドへの効果がはたして神性によるものかについては眉唾だ。自然治癒力を大幅に助長する仕組みであれば神の介在する余地はないからね。他には?精神操作魔法……君は……まあいい、シュペル助教授が熱心に研究されている魔法も確かに属性魔法ではないな。もうおしまいか、何か忘れていないか?身体強化魔法、そう。少数説では治癒魔法や身体強化魔法を光に、精神操作を闇の属性に分類するものもあるが、これは雰囲気だけで先走った実証に乏しいもの、と言わざるをえん。三つあがった魔法に共通する事項を考えればわかるはずだ。そう、無属性魔法として分類されるものは心身に関連するものばかりであることに気付くだろう。


―中略―


 身体強化とは筋力や反応速度を強化するものであること、仕組みや作用については理解してくれたと思うが、無制限でかけ続けるものではないぞ。これについては先達が身体を張った実験結果を残してくれている。

 もともと鍛え込んだ身体であればあるほど身体強化の作用は強く発現するが、仮に、筋力が数倍になるまで魔法を重ね掛けしたとしようか。その状態で武器を思い切り振り回したらどうなると思う?君は?単に大威力を発揮できるだけだと思うのか……そうか。異論のある者は?いない?

 よし、では覚えておいてくれ。先ほどの例だと人体の限界を超えた筋力に振り回されてひどい脱臼をすることになるぞ。骨や関節まで強化するわけではないからな。よほど丈夫な人間であれば話は別だが、諸君が覚えるべきは“身体強化はさらっと一回”という標語だ。これなら間違いは起きない。何度も言うが“魔法の研究は安全第一”も忘れないでくれよ。まあ、不意の戦闘に巻き込まれた場合は二度三度の詠唱をさせてもらえる時間的余裕はないだろうがな。

 なに?複数回の重ね掛けに耐えうる素体だと?まず、人では無理だな。二回か三回が限界だろう。ある種の魔獣かそれに類する生物ならひょとして……しかし、そのような生き物は魔法を唱えることもないし、そもそも必要としないのではないかね?例えば、伝説の竜とかね。


―後略―


【魔法学院 クラウス・ホイベルガー助教の講義風景(魔法学入門)の一部】



 二度目の詠唱を完了したクルトは再び木剣をかつぐ体制に入った。途端にクルトが小山のようにラウルの目に映る。


(主様!)

(わかってるッ!)


 答えはしたがラウルはクルトの気迫に圧倒されて身を固くした。竜眼に警告が表示される。久々に見たしゃれこうべの印は聖槍をハンナに突きつけられて以来だ。つまり、得物が木剣であっても戦闘不能に追い込まれる可能性を示す死の先刻である。一段とクルトの姿が大きく膨れ上がったように見えた瞬間、巨人の舞が最大出力で開始された。


「いくぞ!」

「ぐぅッ!」


 クルトの掛け声と長剣が殺到したのはほぼ同時、一瞬で間合いを詰められた上に木剣の威力は普段の倍以上に感じられ、かろうじて受け流したラウルはもう少しで木剣を落とすところだった。にもかかわらず斬撃は次々と襲い掛かってラウルに息継ぎすら許さない。

 もはや清流どころではない。激流が渦を巻いてラウルを襲った。


(苦しい!)


 切り結ぶなどもってのほか、ラウルはひたすら剣勢を逃がそうと防御するが、クルトは容赦なく打ち込みを続ける。後退や防御ですら容易でない攻撃は恐怖そのものであり、ラウルの背中を冷や汗が伝う。殊更大声で威嚇したり気合を発することが無くとも、その一撃一撃に必殺の意思が込められていた。


(し、死ぬ!)

(主様、木剣がもういくらも持ちませぬ)

(くそッ!)


 このままでは木剣を折られ、刻まれるのをただ待つだけである。

 意を決したラウルは、下段から土を巻いて飛んできた逆袈裟の一撃を両手受けしながら撥ね飛ばされる勢いを利用して後ろへ転がった。

 わずかにクルトの追撃圏内からは逃れたが、勝敗の目は誰の目にも明らかである。


「がッ!」(いてて……)


 無様なことこの上ないラウルの回避だったのだが、クルトはそれを良しとして修羅のごとき攻撃を中止した。


「それでいい」

「へっ!?」


 いったん間合いを取ればお前の竜変化とかいう切り札の出番もあるだろう、無理に立ち向かわずに態勢を立て直し、捨て鉢にならずに勝ち目を探ってこそ浮かぶ瀬もある、とクルトは講評に移る。

 殺気に近い闘気のようなものも引っ込み、竜眼の警告表示も消えた。


(御父君こそエスト一のつわものにてありつるよ)

(殺されるかと思った)

(真剣ならば、まず、左様あいなりましょう)


 妙なもので、エスト南領の住人はそろいもそろって戦闘能力が領主より高いことになる。仮にラウルが悪政を蔓延はびこらせれば、逃散するどころか途端に一揆がおきて討伐されるであろうことが確定した。


「二つ目だ」

「はい、師匠」

「リンちゃんと部隊を組むのなら、彼女の位置はどこになる?」

「えーと……」

「ちょうどお前が下がった場所になるんじゃないか?」

「あッ、しまった!」


 これは全くラウルが想定していなかった問題である。


「エスト第四番坑道を思い出せ」

「は、はい」


 先駆けのクルトとハンナに前衛がエルザと戦士兄弟で五名、撃ち漏らしが無いようにしてはじめて後衛三名の攻撃魔法や支援が可能になる。近接戦闘を強いられた後衛は長く持たない。ましてや、部隊員が二名では前衛後衛という隊形自体が難しいことを考慮に入れる必要があろう。


「うう、リンと相談するよ」

「そうしろ、夫婦の基本だ」

「夫婦ッ……」(決まったことのように言う)

「ん?ちゃんと聞いてるか?最後のひとつは殺生の経験だ」


 殺生をする機会など無いにこしたことはないが、身にかかる火の粉は払わなければならない。ラウルはポレダの戦闘で殺人と食人の両方を経験しているが刃傷沙汰に巻き込まれた経験はない。リンに至っては包丁以上の刃物を持ったことすらない。すなわち、実戦経験の不足を短期間で補う訓練が必要とされているのだ。


「考えることが多いな?」

「うん」

「しっかりやれよ」


 どちらにしても俺たち夫婦はここまでだ、とクルトは息子を送り出す言葉をつづった。領主様に付いて行くこともできるが、領地をがら空きにする愚は冒せない。空き巣にでも入られたら騎士ラウルの権威は失墜だ、と恐ろしいこと言う。ジーゲルの店はもはや小なりと言えどもラウルにとって城であり、簡単に押し入られるわけにはいかないのだ。


「あなた、お客様よ!」


 ハンナの呼び声が聞こえる。

 リンではなく買い物客か修理の依頼人が来店したようだ。


「仕事だ、ラウル」

「はい、親方」


 肩を組みながら鍛冶場へと戻る二人は仲の良い親子にしか見えない。

 その実は鍛冶と剣術の師弟であり、希薄ながらもエスト南領における主従という関係が新たに加わった。


「父さん、そう言えばウチの税金ってどうなってるの?」

「おお、さっそく徴税か?」


 領主の大事な仕事だな、とクルトはアルメキアにおける税制を説明する。

 まず、収穫及びそれを現金化したものや売り上げの一割は教会の物、三割を国庫に納付することが決められている。

 ちなみに、本年の税金は収穫祭後、正確にはラウルが昏睡している間に帳簿がしめられ、一年分の納付が完了していた。


「四公六民は恵まれているが、残りの六割を好きにしていい、ってわけじゃねぇぞ」


 納入業者への支払いや生活費は確保しておかねばならないし、不意の出費に備えた貯蓄も計画的に行わねばならない。


「あれ?領主の取り分は?」

「それは人頭税だ」


 アルメキア王国では成人ひとりひとりに納税の義務が生じる人頭税は課税額に多寡がないという意味では公平だが低所得者には厳しい。人頭税の収入は領民の数に等しい。したがって、善政を心がけるか、よほど魅力ある街づくりを心掛けねば一向に増えはしない。


「じゃあ、ウチの収入は二名分の人頭税だけ……」


 新たに発足したエスト南領の領民がジーゲル夫妻のみであることは繰り返し述べた。

 算数もできんのか、とラウルの脳裏に王国紋章官ハーゲン=ユーベルヴェークの言葉が響く。数十名単位の人頭税が入手できる機会をみすみす逃そうとする損得勘定に間違いはないのか、と念押しされた件が今さらながらに思い出される。


「まあ、そう落ち込むな。気の早いことに移住の希望があったぞ」

「ええッ!?だれだれ?」


 クルトはラウルの革製防具を指さす。

 

「これ?……あー……」


 ようやくラウルは理解した。

 愛用している革製の防具はミルイヒ=ヘーガー入魂の逸品だ。彼はアルメキア最高の革職人には違いないが、記念すべき新規住民第一号としてはどうなのだ。想像力を働かせなくとも変態中年男性が乙女走りで駆け寄ってくる姿がありありと瞼に浮かぶ、その彼が熱烈な移住希望を出している、とクルトは言う。


「よかったじゃねえか。徳の高い証だぜ?」


 何をもって良しと言うのか、はたしてそれは本当に人徳の問題なのか、と反駁はんばくする気力もなく、ラウルはいまだかつてないほど脱力しきっていた。


いつもご愛読ありがとうございます。

やっとタイトルのお話になりました。ラウルの剣術勝負第二番目はクルトでしたが、パワー勝負で互角に持ち込めるかとおもいきや、父親はもう一枚上手の模様。さらに移住希望者第一号は乙女心を持つ中年男性。いつまでたっても扱いの悪い主人公を応援してあげてください。

徃馬翻次郎でした。 

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