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第180話 うごめく毒蛇の巣 ②


 神にささげる祈りの言葉としては奇妙なことこのうえない“イモォタァル”がほの暗い部屋にこだまする。

 モータルが、あらゆる生物が縛られている死すべき運命、を指す言葉だとすれば、イモータルは、モータルのことわりから外れた存在、を指すことになろうか。

 アンデッドや不死者を意味することもあるが、それでは崇拝の対象足りえない。スケルトンやドラウグルを有難がって拝む者など存在しないか、いたとしても極めて異端で少数派だからだ。

 しかし“不死者の王”や“暗黒神”ならどうだろうか。


「蜂起の際に民衆を熱狂に駆り立て、我らが主がタイモールに降臨される際の依り代になったかも知れぬ神輿の損失は痛い。むろん、代わりを探さねばならぬが、今後の作戦に修正を加える必要があるのか、その検討を兼ねて計画の進行状況を整理しようと思う。いかがかな、ご一同?」

「賛成」

「異議なし」


 集団の目ざす悲願の実現自体が狂っている可能性が濃厚だが、単に失態を批難したり責任を擦り付け合ったりすることに終始しない、という意味においては非常に理知的で前向きな思考を持った集団であると言えた。


 シュペル教授は秘密会議での通称と、実社会における役職名が被っているわけだが、これは実社会での出世が後から付いてきたことに因る。この秘密会議の一員になるまでは万年助教授だった彼の願望の結果が通称だったのだ。

 その彼が学院での研究成果報告のように大きな紙片を壁に張り出す。


「第一段階。王国民全てを精霊契約の儀式で制御し、可能であれば隷属化をはかる。これは潤沢な魔力を保有している者が支配者層や富裕層を独占する世間の仕組みと相まって、非常に効率よく進んでいる。もしも王族に危機が迫ったところで庶民は知らぬふり、いったん蜂起が発生すれば反乱が枯野に火を放ったように広がるだろう。精霊契約の儀式では吾輩が開発した魔法道具を用いた魔力の収奪と蓄積が実施されている。これも順調と言って良い。これらの計画は教会を通じて我々の資金源にもなりうる副次的効果を産んだわけだが、そのへんは宰相閣下から説明いただこう」

「ゴホン!結構、教授。高魔力を欲しがる連中から巻き上げる方式は有効だ。大枚の寄付を寄こした連中の子供には魔力の収奪をしない、あるいは逆に割増しをしてやる采配が可能になったのもすべては教授の研究に基づく功績だ……それで、第一段階の進捗はいかほどになる?」


 大司教は資金源の話題が続くのを嫌って話題を変えた。


「左様、大目に見て八割、と言ったところでしょうな」


 教授の発言に対してざわめきが起こる。

 感動したのではなく、計画の進捗が思わしくないのだ。


「おお」

「なんとしたこと」

「あれだけの手間暇をかけて八割とは」


 大司教が片手を上げて静粛を要求する。意見は活発に述べることが出席者の全員に許されてはいるが、感想や野次はその限りではない。


「原因はわかりきっている。ノルトラントだ」

「北方の狼か」

「うむ。あの犬っころどもめ、治癒師の任命を盾にとって制御しようとしたが意のごとくならん。司教を派遣したところで問題にもされん。意図的に無視されておる」

「土地柄ですか?それとも聖者伝説はまことのことだったと?」

「いまいましいが、そうとしか考えられん」


 アルメキア全域を覆いつつある彼らの陰謀も、ノルトラントまで埋め尽くすことはできなかったらしい。

 伝説の聖者を遣わしてノルトラントに清浄と安息をもたらしたのは聖タイモール神であり、それはとりもなおさず聖者こそ聖タイモール教徒が崇め尊ぶべき存在であるはずなのだが、大司教は聖者を蛇蝎のごとく吐き捨てていた。

 また、亜人を口汚く罵っている点を誰もとがめないことから、彼らが人族至上主義者であることもうかがえる。


「まあ、あの土地に手を出すのは上策とは言えませんな」


 シュペル教授の意見はこうだ。

 聖者の加護を抜きにしても、ノルトラント辺境伯の家は代々アルメキア復興と北方警備に文字通り命懸けで尽くした功臣、代わりの貴族を送り込むために追い落としを画策したところで成功はおぼつかない。それよりも、現当主が大の人間嫌いであることにつけこんで、王都で異変が起きたとしても日和見を決め込むよう誘導したほうが得策ではないか、政権転覆を傍観するのと引き換えに自治権の約束でもすれば喜んで尻尾を振るのだろう、と言うのだ。


「尻尾を振るか、なるほど、これは傑作だ」

「は、この分断を決定的にするために、ひとつ実験をしてみるのはいかがかと」

「ノルトラントでか?」

「あの地は古来より流血に事欠きませんからな。条件次第で面白いことになるかもしれません。大規模な怪異に際して国王が命じる救援がもたつけば……」

「よかろう。北方対策を教授へ一任することに反対の者は?」


 賛同の声が湧き上がる。

 合議制を採用しているのか、出席者の全員一致を見るべし、と決められているようだ。

 

「第二段階はどうだ?」


 議長役の大司教が続きを促す。

 シュペル教授に代わって座っていた人物が立ち上がった。彼が被っている頭巾の中をのぞき見ることができたなら、エスト村民の何人かは収穫祭に出店していた元気飲料の露天商だと気づくだろう。ちなみに、秘密会議における彼の通称は“案内人”である。


「国民の不安と恐怖をあおることによる教会勢力の伸長、種族や階級に根差す差別意識や分断の助長、いずれも芳しいとは申せません」

「ふむ、詳しく述べよ」

「この件については、私の前任者が二十年以上前から実施しておりました。アイアン・ブリッジでは古代遺跡に眠るアンデッドの大物を呼び覚まして騒乱状態を起こすはずでしたが、原因不明の事故により不発に終わった、と聞いております」

 

 アンデッドの大物とは奴隷王、事故の原因はクルトとハンナの大活躍である。不発の経緯を教授が引き継ぐ。


「魔法学院の助教授になりたてのころだ。精神操作の魔法を使ってな、王都の偏屈考古学者を操り、サーラーンの遺跡を発掘させて強力な不死者を目覚めさせる鍵を手に入れた。アルメキア西部が大混乱に陥る災厄が降りかかり、問題解決能力を持つ傭兵旅団を麻薬汚染であらかじめ弱体化させておく……何と言ったかな……聖水作戦、あれも同時進行していたので、ことが順序よく運べば未曾有の事態が拝めるはずだった」


 出席者のなかには教授の説明する事象を記憶している者や知識として承知している者もいて、同意のうめき声があがった。

 しかし、大量の死傷者が出た記録はなく、奴隷王墓所が観光名所に変貌を遂げている現状に鑑みれば、作戦の失敗は言わずもがな、であった。


「一応、考古学者の監視に密偵を雇って貼り付けておいたのだがな、どうやら奴隷王のイケニエがわりに護衛として雇った傭兵が予想以上の手練れだったらしい」

「その報告は承知している。しかし、らしい、というのが貴殿らしくないな?」


 大司教の問いかけに教授は頭巾の下から酷薄な笑みをのぞかせて答える。


「宰相閣下の仰り様はいかにも。ただ、件の密偵が行方不明で“案内人”の前任者も同じく失踪、考古学者は生きてはいるが、事後に訪ねて行った私を見て初対面の挨拶をよこしてきた。そのことも含めて、一応の機密保持はできた“らしい”と言ったまでのこと」


 教授の氷点下を思わせる回答に全員が一瞬息を止めた。

 要するに、口止めが完了してしまったので裏付けが取れない、と教授は言っているのだ。

 並外れた頭脳の持ち主には違いないが、人の生死に関しては頭のねじが一本抜けているのではないか、という思いを振り払うような大司教の咳払いで“案内人”が思い出したように報告を続ける。


「ここ最近の活動で申しますと、エストの小金持ちに古代遺跡の情報を流して魔獣事故を誘発させる計画、さらには、海賊への資金援助と扇動によってエストには誘拐騒ぎ、ポレダには海賊の沿岸襲撃をほぼ同時多発的に発生させる計画でしたが、いずれも短期間で終息、所定の効果をあげるにいたっておりません」


 この場にクルトやハンナがいれば、あっ、と声を上げて驚いたことだろう。

 なにしろ、ジーゲル家が巻き込まれたごたごたが全て含まれている。まるで物語かなにかの主人公のように次から次へと事件が起こるものだ、とジーゲル夫妻は常々思っていたが、実は、脚本家がいる舞台で躍らされている側だったのだ。


「エストには蜘蛛型の魔獣があふれて大惨事、その後の救出活動や重傷者の治療方針を巡って住民同士が衝突するはずでした」

「うむむ、原因は?」

「領主のブラウン男爵が下した迅速な判断、偶然村に滞在していた冒険者部隊の救援、それから、クラーフ商会が職員を動員しての人命救恤じんめいきゅうじゅつにあたったことなどが目立ちます」


 “案内人”が列挙する原因はいずれも人道上賞賛されるべきものだ。それを謎の計画がうまくいかなかったことの要因として並べ立てるのだから、この連中はまさしく人の道から外れていた。


「クラーフのエスト支店長は大口献金者の一人でな。神の徒とたらんと信者の務めを果たしているつもりなのだ」

「それは、まあ、人助けはよせ、と司教が叫ぶわけにもいきませんからな」


 教授の合いの手に含まれている皮肉を無視して大司教は報告を続けさせる。


「炎の刃殿はどうかな?」


 秘密会議における聖騎士団長の通称は傭兵や山賊が好む二つ名のようであった。実際、彼が日夜励んでいる聖騎士の残酷な業務に相応しい名づけである。


「は。いっそのこと暴動でも起こしてくれれば、なし崩しに流血沙汰に持ち込むことができたでしょう。荒れ狂う民衆と止めようとする衛兵隊に我々聖騎士が仲裁と称して乗り込めば手負いと死人の山、責任は全てブラウン男爵へ……筋書き通りに行かなかったことが悔やまれますな」


 異端審問でせっせと発禁本の燃えカスと死体を量産している男もまた恐るべき存在だったが、人の命を何とも思わない冷血漢という意味においては教授と相通ずる部分がある。


「ポレダでも同じ事。もっぱら証拠隠滅と嗅ぎまわろうとする衛兵隊を追い払う後始末のみ。教授が開発された新薬の効果を見届けたのちに浄化と称して倉庫街を焼き払い、人心を寒からしめる作戦は発動することなく終わりました。私はポレダ衛兵隊に忍び込ませていた腹心を失って戦果確認すらできない有様……これが戦なら潰滅です」


 潰滅かいめつとは、戦闘要員の全てを失い、部隊全体では半数を喪失した大崩れを指す言葉なのだが、直接作戦の立案に関与していなかったためか、聖騎士団長の論調はどこか他人事のようであった。何が起こったのかすら把握できない状況は自分のせいではありません、と突き放すような批難に聞こえなくもない。

 案の定、会議の出席者からざわめきが起こる。


「炎の刃殿の出番はいずれある。必ずな」


 聖騎士団長の勢いをいなす大司教の老練さによって会議の紛糾は避けられた。様々な思惑が渦巻いている集団をまとめあげる手腕は見事であり、聖騎士団長も言い争いの愚を悟って一礼し、乗り出しかけていた席におさまった。


いつもご愛読ありがとうございます。

大きな組織内でライバルが台頭しないように定期的に実施されるマウント取り、ではありませぬ。失敗をあげつらうだけでなく、反省して次善策を考えるちゃんとした(?)テロリストのミーティングなのです。

徃馬翻次郎でした。

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