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第177話 消された歴史 ②


 やがて駅馬車が滑り込んだシュロス村は人口は百人に満たない小さな集落であり、村長の家が宿屋と酒場を兼ねている。もし、駅馬車の休憩地点として利用されなければ宿屋の必要性は乏しかったであろう。

 日没ぎりぎりの到着だったが、酒場で最初の一杯をラウルが振舞ったので乗客の面々は上機嫌だ。


「若旦那の成功と健康に!」

「乾杯!」

「いや、うん。まあ、ありがとう、ありがとう」


 忙しく全員とジョッキをあわせたラウルはようやく席に着く。


「いや、実に楽しい。王都を見て回った後は北へ帰るだけと思っていましたが」


 観光客の男性は、一杯の酒以上に退屈な馬車の旅が愉快なものになったことが嬉しいのだ、という感想を素直に表明した。


「んだ。本当に飲ませてくれるとは思わなかっただ。ご馳走さん!」 


 出稼ぎの犬系亜人男性はジョッキを高く掲げて礼を述べたので、振る舞い酒を得た全員がそれに和した。


「結局、若旦那さんの食いつきが良かったのは『竜はどこへ消えた』でしたねえ」


 話の面白さに優劣を付けたりはしなかったのだが、旅商人はラウルの態度から目ざとく採点して見せるが、この話題の提供者が彼ではなかったことの無念さが言葉ににじみ出ている。


「まあまあ、一番槍だから大目にみてくれただよ」


 滅亡したはずの竜族について語ったのは季節労働者だった。

 先頭の緊張を考慮して採点が甘かったのだろう、と彼は言うが、ラウルは心の底から興味深く拝聴し、心の中でオトヒメに留意するよう命令している。


 『竜はどこへ消えた』の概要はこうだ。

 魔族侵攻の際における人や亜人の反撃に助力するか最低でも中立を保ったとされているのが竜族であり、この点においては正史も稗史も争いがない。魔族を追い返した後に竜族が心変わりをして人や亜人と争うようになり、結果、竜族が滅亡することになった、と説いているのがアルメキアの正史である。

 ここからが稗史に沿った話の肝なのだが、心変わりをしたのは竜ではない、喉元過ぎれば熱さを忘れる、の言葉通りに魔族を追い払った後で人や亜人が竜族を裏切ったのだ、と言うのだ。その端緒となったのは魔族の侵攻を食い止めるために粗製乱造の域に達していた“勇者”である。大魔王を打ち取ったは良いが、次々と生還した勇者たちは他の職業に就くことができない水準で社会に適合できなくなっていた。彼らの失業対策が復興事業と並ぶ急務になり、一部の勇者一行は国内の迷宮掃討作戦に駆り出されもしたが、竜族討伐任務を請け負った者のほとんどが未帰還になっている。アルメキアは勇者の在庫一掃処分に成功したわけだが、それに付き合うことを強制された竜族はたまったものではない。

 竜族は滅んだのではなく、アルメキア人に愛想をつかして姿を消したのだ、というのが季節労働者の語る竜族の末路であった。


「聞けば聞くほど人間の身勝手さが際立ちますね」


 と言うオトヒメの心情を代弁したようなラウルの素直な感想に、


「やはり、王都から南では話の前半部分しか語られていない?魔族を退けた後に竜が我々を裏切った、だから戦って滅ぼしたと、ここでお終いなのですな?」


 と観光客の男性は酒をなめりながら疑問を述べた。

 

「うん、そうだね。本でもそうなってるかな」


 王国の南北で昔話の結尾に差異が生じている状況は奇異に感じられる。事の起こりのような部分にまで改変が及んでいるとすれば、これは何者かの意図を疑わざるを得ない。


「北は教会が幅を利かせてねえからなあ」

「ちょっと、声が大きくありませんかねえ」

「……おっと、口が滑っただ。忘れてけろ」


 また教会だ、とラウルはうんざりする思いだった。

 旅商人にたしなめられて季節労働者は口が重くなってしまったので、ラウルは話題を変えて座持ちに努める。


「竜はどこに行ったんだろ。飛んでいる姿なんて見たことないけど、簡単に滅ぶとも思えないよね?」

「左様。ただし、アルメキアにはいられませんでしょうな」

「んだ。グリノスの山岳地帯かもしんねえだ。隠れるところには事欠かねえだ」

「どうでしょうねえ?宗派は違えど同じ聖タイモール教の国、難しいんじゃないでしょうかねえ?」


 サーラーンだ、海を飛び越えて東方だ、敵の敵は味方理論でムロックだ、と竜族の亡命先について意見が交わされたが、誰一人として竜族の滅亡を信じている者がいない。正史の結尾が全く無視されているのだ。

 ささやかな夕食会の後、簡素な広間で雑魚寝式に眠ることになったが、ラウルはオトヒメと精神世界で会議中である。

 歴史をいじくってまで何かを成し遂げたい何者かが居る、という虫食いだらけの疑問だが、それゆえ余計に気になって眠れなくなったのだ。


《ラウルの精神世界》


 ラウルの心の内にある一軒家は季節の移ろいもなく、調度品が増えることもない寂しい世界だが、情報収集の結果である本棚の内容だけは充実しつつあった。入手した情報の分類と整理はオトヒメが半ば自動的に行なうが、分析や推理はラウルが自ら実施する必要がある。しかしながら、彼があまり根を詰めすぎたり、オトヒメを目いっぱい働かせようとしたりするとすぐに発熱してしまう不具合は今もって解決されていない。


「主様、お早めに御寝なさったほうがよろしいのでは?」

「うーん。体調は悪くないと思うよ。今のところ熱も出てないしさ」


 この件に関してだけオトヒメはラウルに優しい。

 蘇生直後に無理をさせ過ぎたことを悔いている向きすらある。当時は生き残りを賭けた戦いに勝つための詰め込み教育だった、という言い訳もできるが、発熱という症状で尾を引いている現実は管理責任というかたちで彼女にのしかかっていた。誰からも責任追及されてはいないからこそ、これは彼女は自分自身を責めていたのだ。


「それで、どう思う?」

「タイモールの竜はどこへ消えたか、に関してはいずれ明らかになる日もございましょう。彼らが生きておらずとも骨まで無くなってしまうようなことはございません」

「うん」

「それに、竜族の変化は人型です」

「そうなの!?」

「飛ぶことを我慢すれば……できれば、ですが、どこぞに集落を形成して居住している可能性は無きにしも非ず」


 これはラウルにとって新しい知識だった。

 今のところ想像の域を出ることはないが、竜の魂を内に秘めた人々が隠れ里のような集団生活を営んでいるかも知れないのだ。人間そっくりに化けられるならば大いにありうることだ、とラウルはまだ見ぬ竜の村へと思いをはせる。


「次に、歴史に手を加える連中の思惑は様々ですが、支配者がそれを行う場合は権威付けがほとんどでございます」

「詳しく」

「ある権力者にしのぎを削った好敵手がいたとします」

「うん」

「後世の作家が権力者におもねって面白おかしく噛ませ犬や引き立て役に仕立て上げる場合もないとは言えませんが、後継者としての正当性や自己の神格化、他国侵略の大義名分などなど、その場に応じて都合よく使い分ける……勝者に与えられし権利……」


 珍しいことにオトヒメが言いよどむ。

 彼女自身、東方諸島の正史においては違法薬物の製造販売を一手に仕切っていた極悪魔族として記録されていることを思い出したのだ。討伐されて魂だけの存在になってしまったのでは文句を言う事もできなかった。彼女の稗史を語り継ぐ者は現世にいない、という悲しい現実が彼女の言葉を詰まらせたのだ。


「オトヒメさん?」

「失礼しました、主様……竜族が滅亡したことにされている理由、でよろしかったでしょうか?」


 オトヒメはこれまでに収集した情報の中から竜族に関する物語や言い伝えを抜き出してまとめる。 

 まず、竜と言えば強大な力と恐ろしげな姿ばかりに意識が向けられがちだが、歴史上の竜がかつて人類の戦友だったことは正史も稗史も共通して認めているところだ。

 次に、竜族が居なくなって人類を脅かす生物がひとつ消えました、という聞こえの良い話があったとして、竜族の滅亡は人類の将来にどのような影響を及ぼすだろうか、と考えた場合、アルメキアが困ったことになっても今度は誰も助けてはくれない、と言う状況に自らを追い込んだとしか考えられないのだ。

しかし、竜族が人や亜人に恨み骨髄だとしても、わざわざ伝説の一部を加工し、竜族滅亡説を流布することにいったいどんな意味があると言うのか。

 これがオトヒメにはわからない。


「……これは、いじめだよ、オトヒメさん」

「は?いじめ、ですか?」

「よくあるいじめっ子の手なんだよ。お前の味方をしてくれる奴はもういないぞ、って外堀を埋めているのさ」

「……するとこれは絶望の種?」

「それをせっせと蒔いているのが教会という点が謎だけどね」


 新たな信者獲得のために社会不安を醸成しようと目論む宗教指導者は珍しくない。

 世界全体で見れば何の不自由もなく日々の生活を送ることができる人々は少数派であり、貧困や窮乏からの救済を神や救世主に求め、それが叶わぬなら死後の世界や来世での安寧を、と願う人々の数は圧倒的多数派である。

 したがって、世の中が荒れれば荒れるほど宗教指導者の求心力は増大する。信者の数は寺院や神殿の数、ひいては寄付金の額に直結するから、末法の世や世界の終末などといった思想は実に都合がいいのだ。 


「拝金主義者の生臭坊主どもはいかなる時代にも絶えしことござりませぬ」

「コリン君みたいにちゃんと修行している人もいるはずだ、とは思うけどね。そういう人たちは大人しくて目立たないと言うか……結局、お金なのか……ひどいからくりだ」


 ラウルとオトヒメはそれ以上の検討を打ち切って本格的な休止状態に入ったのは、消えた竜の件が使命の旅に影響するかどうかが不明な為である。この時のラウルは竜の滅亡を仕込み、つまり、教会が考え出した集金装置の一部としか考えていなかったし、それを否定したり裏側に隠された意図をあぶり出す材料にも乏しかったのだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

昔話や伝説をいじくっている連中がいる、と過去話のいくつかで書きましたが、その続きです。

そのからくりが信者と寄付を増やすため、本当にそれだけなのかについては後日のお話。

なお、描写がありませんが、リンは上空を飛行中の体でお願いします。

徃馬翻次郎でした。

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