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第14話 初陣 ⑥


「誰か!」

「ラウルです」

「無事か?状況は?」

「救助完了。巨大蜘蛛が出ました」


 ラウルは状況をヴィリー隊長にかいつまんで話し、救助した作業員の搬出に手を貸してほしいこと、巨大蜘蛛の討伐に参加してほしいことを付け加えた。


「いいとも。あー、衛兵隊整列!ラウル君、先導を頼んで良いかい?」

「はい!」


 横だおしの机や木箱のかげで幾分だらけていた衛兵隊が号令一つで起き上がり、姿勢を正して隊列を組んだのは圧巻だった。目的の場所までは一本道で先導の必要はないのだが、やりかけた仕事を最後まで手伝いたい一心でラウルは再び坑道を逆戻りした。


(誰の命令もなしに勝手に援軍を呼んでしまったけど)


 出撃前に説明されたラウルの任務には状況判断は含まれていなかったので、厳密にいえば命令違反、ヴィリー隊長に対しては越権行為である。中間地点の指揮権に踏み込まれても怒らないヴィリー隊長の度量の大きさには頭が下がる思いだった。


(隊長が貴族様だったらきっと無礼者呼ばわりだったな)


 最下層の突入口に到着したが、時折地響きや攻撃魔法による閃光が断続的に発生している。あと一息とは思うのだが、巨大蜘蛛のしぶとさには呆れるばかりだ。


「ここだな」

「はい、隊長」

「よし。うん、えー、それでは先頭から四名!」


 選抜された四人の衛兵が列外に出る。


「要救助者の搬出を命じる。地上に出たら監視班を解散させろ。諸君は入口で待機だ」

「ハッ」

「残りは私に続け!いくぞ!」

「「おう!」」


 指示は明確そのもので、ヴィリー隊長は自ら先頭に立つ。坑道入口を監視している槍隊を休息させるのは、どうやら小蜘蛛の危険がこれ以上無いらしいので、現在村の警備についている衛兵隊と順次交替させるためだ。巨大蜘蛛討伐の成否にかかわらず、村の安全にも留意せねばならない衛兵隊長とは全く過酷な職業である。


 搬出班に任命された四人は短い打ち合わせをすませると、やおら兜を外して床に置き、装備していた槍をたてかけて、鎧下を脱ぎだす。

 ラウルは何が始まるのかと目を丸くし、思わずけしからん妄想をしそうになった。しかしズボンも下着も脱がないので何か別のことを企図していると安堵する。

 搬出班がこしらえたのは即席の担架だった。鎧下を上下逆に並べてバンザイさせた袖に槍を通せば応急担架の完成だ。この粘着質な重量物を丁寧かつ迅速に運べる。

 兜を被りながら、搬出班はもっとも軽くなってしまった作業員をラウルに頼み、小さな巣袋を二つと大きな巣袋をそれぞれ担架に乗せ、地上への道を急いでいった。

 

 ラウルもあわてて後を追う。どうしようか悩んだ挙句、お姫様抱っこ型の運搬をすることに決めた。


(ひっ!顔が近いっ)


 採用した運搬形式の都合上、巣袋の顔面と推定される部分と息がかかる距離まで接近してしまったラウルはまたもや情けない悲鳴をあげそうになった。


 今日は何から何まで初体験の目白押しだ。魔獣、坑道、踊る巨人、巨大蜘蛛、ミイラのような巣袋ときた。昼頃まで何と言うことはない普通の一日だったのに、すごいことになっている。

 ラウルは回復魔法の知識はほとんどないが、それでも巣袋ミイラを地上まで運び出せば何とかなると信じて、顔をそむけながらも坑道を急いだ。


 指揮所ではおそらく司教や教会の連中が待機しているだろう。救出作戦が開始されるまでの経緯を考えれば教会の連中は信用に値しないが、この世界で高度の解毒や蘇生が必要になったら頼れるものはそう多くない。


(こうなると教会頼み、神様頼みなんだよな)


 無人の中間地点を抜け、坑道入口まで一気にかけあがる。日はとっぷりと暮れているはずだが周辺が思いのほか明るい。あちこちにかがり火がたかれ、炊事の火や暖をとるための焚火もいくつかある。焚火の一つには一番最初に救助された作業員が暖をとっていたが、こちらにに気付いて駆け寄ってくる。撤去作業を終えて休息していた作業員たちも一緒だ。駆け寄る勢いが荒々しかったので、監視の衛兵隊が間に入って交通整理をする。


「お、おい、そりゃあもしかして」

「いま救助したとこだ」

「助かるのかよ」

「わからん。道を空けてくれ!」

「す、すまん」

「後で呼ぶまで待ってくれ」


 搬出班の衛兵隊が指揮所のテントに駆け込むのに付いて行くと、そこにはリンが待っていた。初老の男性と、白衣をまとった女性を伴っている。会議用の机には道具箱や何かの包みが並べられ、地面に毛布も広げられていたりして、出撃前の指揮所の様子とはだいぶ様変わりしている。


「ラウル!ケガしてない?」

「オレは大丈夫」

「じゃあ毛布の上にそっとおろして」

「わかった」


 巣袋の中身がどうなっているのか不明なための用心だ。体液や魔力を吸われて軽くなった身体は、強度においても相当もろくなっている。


 リンが連れてきた男性はクラーフ商会の工芸師だった。昼間の魔獣騒ぎで大活躍だった彼にクラーフ商会エスト村支店長グスマンは労いの言葉を忘れなかった。その舌の根も乾かぬうちに残業を命じることになってしまったのにはグスマンの心が痛んだが、何しろ人命がかかっている。

 工芸師の男性は残業よりも魔道具の使用方法に不満があったようだが、最終的には人助けと言うことで見事な手際で仕事をやり遂げた。ラウルの予想通り、おそらく狐系亜人と思われる作業員は人相が判別できないほど体液と魔力を吸いつくされていた。


(干からびてる……)


 まさしくミイラ状態なのだが、体液を抜かれ毒液で防腐処置をされてしまう点では古代南国式弔いの作法と同じでも、本人の意思に反して生きながら行われる点で大きく異なる。


 もう一人、白衣の女性は同じくクラーフ商会の薬師である。粘糸の拘束を解かれた四名の作業員をさっと見て、治療の方針と順番を決めたようだ。一番最初に診たのは犬系亜人の作業員だった。何の薬かは不明だが、最近発明された注射で血管に直接薬液を送り込んでいく。

 効果はまもなく現れ、目がうつろで息も止まりかけていた犬系亜人が蘇生した。喉と胃の中に溜まっていた緑色の液体を吐き出してせき込んでいる。リンが回復魔法を詠唱しながら背中をさすると、墓石みたいな顔色が次第に生気を取り戻す。


(や、やった!)


 これで失われかけていた命がひとつ、助かった。ラウルは大きく息を吐いたが、同時にひとつ気付いたことがある。作戦会議前にニナがリンに頼んでいた“おつかい”の正体は、

この救護班の手配だったのだ。


 薬師は同様の処置を岩ネズミ亜人たちにも施し蘇生に成功する。しかし、狐系亜人の前で薬師の動きが止まる。そしてリンに向き直って首を振り、手のほどこしようがないことを示した。


(やっぱりあのひとはだめだったか)


 一番軽くなっていただけあって、蘇生を試みるまでもない状態だったようだ。ラウルは呆然と立ち尽くしていたが、それでも衛兵は教会への搬送をするらしい。おそらく司教の力をもってしても助からないだろうが、たとえそのような場合でも、残された家族がいれば慰めたり、埋葬許可証の発行など教会の関わる仕事は多いのだ。


 魔道具のハサミをぬぐっていた工芸師はリンにひとこと断ってから帰宅し、薬師はリンにテントの前で沸かしている湯の加減を見るように頼み、自分は煎じ薬の調合をするべく、ラウルが初めて見る草の根や正体不明のかけらを薬研で挽き始めた。


 残り二人になった衛兵は担架を分解して槍と鎧下を再装備し、監視任務中の衛兵隊にヴィリー隊長の命令を伝えて解散させた。そして、今度こそと押し寄せる作業員仲間を通してやると坑道入口で待機の姿勢に入る。


 たちまち指揮所テントの中が救出を祝う歓声と薬湯の匂いであふれた。

 炊き出しで支援していた人たちや成り行きを見守っていた野次馬の連中も手を取り合って喜んでいる。この時ばかりは皆が種族の違いや貧富の差を忘れて一体になっていた。なかにはラウルやリンに泣きながら握手を求める作業員もいて、


(巣袋をテントに運んだだけなんだけどね)

(実はお父さんに頼んでお店の人をよこしてもらっただけなんです)


 といった具合に、二人はそれぞれ面はゆい思いをしていた。


 しかし、それ以上にラウルとリンは巨大蜘蛛との戦闘の行方が気になる。ここで捜索隊の帰還を待っていても良いのだが、できれば直接出向いて戦闘の帰結を見届けたい。

 リンもクラーフ商会の薬師に後を頼むと、多少の不安はあったものの、魔獣の巣へと引き返すラウルにくっついて坑道に入ることにした。

 

 ところが、ラウルが坑道入口で待機任務中の衛兵に坑道に入れてもらえるか尋ねると、きっぱりと断られる。搬出班は地上に出た後“待機”する命令を受けていたことをラウルは失念していた。衛兵ではないから命令に従う義務はないと強弁することもできたが、ここでもめても仕方がないとあきらめて大人しく待つことにする。


(待つだけっていうのも辛いな)


 およそ冒険向きの人間ではないと自他ともに認めていたラウルにとって、この感覚は自分でも意外だった。心配ご無用と衛兵の制止を振り切り、リンと連れだって坑道を下りていけない自分の未熟さがラウルはなんとも歯がゆかった。喧嘩に負けたわけでもないのに、視線を地面に落として考え込んでしまう。


(もっと強ければ)


 リンの前でいい格好をしたいわけではない。巨大蜘蛛との戦いに参加できないのは当然としても、見守ることすらさせてもらえなかったのは、どう考えても子供扱いである。


 この世界においてはもうそろそろ一人前とみなされる年齢なのだが、魔力最底辺のさらにその下の“不能”が足を引っ張っているとしかラウルには思えなかった。思わず下唇を噛んだが、今のところ“不能”が治る見込みは全くない。


(どうすれば)


 ラウルは悩んだ。“強くなりたい”とは思うが、求める強さとは何だろうか。鍛冶師としての肉体的強さなら、すでに父親のお墨付きだ。いったん諦めた冒険者の夢を再開するための強さなのかといえば、それも違う。

 言葉にするのは難しいが、最低限自分の面倒を見ることができて、両親が留守でもジーゲル家を守ることができる程度の“強さ”を身に着けたいと心底思ったのだ。


 剣術や格闘術に限ったことではない。世間的な知恵や世界の事象についての知識もまた“強さ”になりうる。人との出会いや巡り合わせを大事にして、何か知ってそうな人がいたら教えを請おう。もしできることならスケベ以外のことにも気を配ろう。そして、みんなが無事に出てきたら両親に相談してみようという結論に至った。


(なんならエルザさんやヴィリー隊長に聞いてみるか)


 ヴィリー隊長は公務で多忙の身だから相手をしてもらうのは難しい。しかし、エルザは最初の自己紹介の時に休暇中だと言っていたとラウルは思い出す。

 我ながら良い思い付きだと、ラウルは人生に多少の光明を見た気がして心が軽くなり、うつむき加減だった顔をあげてびっくりした。リンが横からのぞき込み気味に見つめていたのだ。考え事に没頭するあまり、全く気付かなかったラウルはいつにもなく慌てた。しかも距離が近い。


いつもご愛読ありがとうございます。

主人公が覚醒するきっかけのイベントです。変身とか巨大化とかはまだまだ先の予定です。

そんなに急に強くなったりはさせませんがね。

徃馬翻次郎でした。



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