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第13話 初陣 ⑤


 ラウルの初陣は突如として大物魔獣との対決を迫られる過酷なものとなった。しかし、ラウルは持てる勇気を総動員して、


(とにかく巣袋を外へ!)


とばかりに疾走を開始していた。

 どういうわけか巨大蜘蛛は図体のわりに素早い。鋭い牙に毒液と粘性の糸があるうえに巨大空間を生かした立体移動が可能というなかなかの難敵である。どうやら小蜘蛛のような突撃専門ではなく、回避や防御の概念まであるようだ。 

 前衛と中列あわせて五人の戦闘が本格化したおかげで、巨大蜘蛛の注意がラウルからそれる。エルザと戦士兄弟の武器は魔法鍛冶で属性が付与されているらしい。刃先や先端がほんのり赤く光っているから炎属性とわかる。


 ラウルはなんとか作業台周辺にたどりつき、床に転がった巨大蜘蛛の食糧に手を付ける。巣袋に手をかけた瞬間、巨大蜘蛛が反応しそうになるが、魔術師の師弟が小さな『火炎弾』をぶつけて的を絞らせない。


(そりゃ怒るよな、食いもんの恨みは恐ろしい)


 その巣袋の中身は、かつてはどんな人物だったか、今はもう見る影もなく変わり果てた姿になり、人間大の寸法にしてはびっくりするほど軽くなってしまっている。ちなみにラウルが人や亜人の干物を抱くのはこれが初めてである。


(な、中身はもう……オェッ)


 ラウルは吐き気をこらえて巣袋を部屋から運び出す。要救助者が軽いことに加えて身体強化魔法のおかげで足まで速くなっており、最初の救助は直ちに完了する。あと三名。


 ラウルが部屋に戻ると、決着がつくどころか長期戦の様相を呈してきている。ジーゲル夫妻と前衛陣で相当押しているように見えるのだが、どうやら巨大蜘蛛は鉄のように固い皮膚に加えて強力な再生能力まで有しているらしく、大小の傷がごく短い時間でふさがってしまう。


(固くて素早い、おまけに再生ってなんだよ、ずるいだろ!)


 ラウルは文句を言いたい気分だったが、迷宮の主や大物の魔獣にはよくあることなのだ。

再生能力を上回る攻撃力や装甲を貫く高威力の攻撃魔法を持たない冒険者部隊は挑戦者として失格、相手の自由な動きを封じてはじめて互角の戦いができると言えよう。打倒するには攻撃に対応する防御や回復手段を含む様々な準備が必要となる。


 素の攻撃力を上げるために亜人たちが変化して戦うこともできるが、巨体ゆえに毒液や粘糸の回避が今まで以上に難しくなるうえに味方攻撃魔法の射線をふさいでしまうので変化は論外だ。


 その魔法攻撃だが現時点でも問題があった。巨大蜘蛛はその図体ゆえに狙う的としては簡単な部類に入り、直線通路での戦闘で蜘蛛型魔獣はどうやら火魔法が弱点らしいことも判明している。

 しかし、味方越しに攻撃魔法を飛ばし、かつ同士討ちを避けようとすれば、誘導の効く魔法を威力調整して放つ必要がある。さらに今のところは巣袋を巻き込まない工夫が必要、と条件だらけの戦闘を強いられて本来の力を発揮できていない。

 したがって巨大蜘蛛を倒すためには、まず攻撃魔法を遠慮なく使える環境をつくり、さらに巨大蜘蛛の自由な移動を封じ、再生が追いつかなくなるまでボコる必要があるのだ。

 

 ラウルは次の要救助者にかかるべく、壁に縫いつけられた巣袋へかけよる。ところが、短剣は投げたまま回収できていないうえに、想像以上にしっかりと貼り付けられていた。


(と、取れないッ)


 ふと思いついて『着火』を試す。普通の魔法使いなら、慎重に威力を制御せねば中身を傷つけてしまう可能性もあるが、ラウル版『着火』の低威力が今回だけは幸いした。樹脂が焦げたような匂いと白煙を発しながら粘糸が焼き切れて、ほどなくして壁との癒着をはがすことに成功し、巣袋が倒れてラウルにのしかかる。


(重い!)


 今度は中身が吸われずに残っているらしく、ラウルは肩に担ぎあげて走り出す。するといよいよ巨大蜘蛛が猛り狂って戦士兄弟をはね飛ばしてラウルに迫ろうとするが、エルザとジーゲル夫妻が回り込んで阻止する。


(ヒィッ!)


 仲間の援護で窮地を逃れたラウルは危うく悲鳴をあげるところだった。


 巨大蜘蛛は脚をのばそうとするが届かず、ラウルに逃げられてしまう。そこへ距離を詰めてきた前衛陣の集中攻撃をかけようとしたが、巨大蜘蛛は粘糸を射出して天井への回避を企てる。すかさずエルザが強化鞭の火属性攻撃で粘糸を切断して逃亡を阻止したが毒液の反撃を受けてしまい、かろうじて後衛の位置まで下がり治癒師の治療を受ける。魔術師の師弟が空いた射線から火炎弾を飛ばして攻撃すると、またもや天井に粘糸を射出して逃れてしまう。それならと天井を魔法で狙えば、さっと床に降りてかわしてしまう何ともいやらしい敵なのだ。


(なんとか天井に逃れた瞬間に一発ぶち込みたいものじゃが)


 魔術師の師匠は本領を発揮する機会を心待ちにしているが、そのためにも巣袋を回収してもらわないと困る。巨大蜘蛛と一緒に作業員もこんがり焼けました、では何のためにここまで来たのか分からなくなる。そして不肖の弟子をきちんと制御してやらないと、後先考えずに大威力魔法を発動しかねない。


(頼んだぞ青年よ) 


 そのラウル青年はなんとか部屋を抜け出し、遺跡の壁際に巣袋を寝かせて息つく暇もなく救助にもどる。あと二名。


 残りの巣袋は宙づりになっているからラウルの手では届きそうにない。突入口からのぞくと、魔術師の師匠が威力を調整した『火球』を飛ばして粘糸を切断しているところだった。宙づり巣袋の下では戦士兄弟が待ち構えている。跳ね飛ばされたついでにそのまま治癒師に回復してもらい、一旦戦闘班から救出班に鞍替えしていたのだ。続いてもう一発『火球』が飛来して巣袋を落とすが、今のは魔術師の弟子らしい。


 巣袋を受け止めた戦士兄弟が巨体に似合わぬ速度で突入口へ走り出す。ついに巨大蜘蛛は怒り心頭、大暴れしながら突進し、せっかく入手した食料を根こそぎ奪うこそ泥たちを始末してくれようと襲いかかる。ジーゲル夫妻が的確な斬撃と刺突で削ってはいるが、巨大蜘蛛は尋常でない再生能力を持っているらしく、ひるむ様子をまったく見せない。回復の終わったエルザが魔力の乗った強化鞭による火属性攻撃で牽制に成功する。再生を遅らせる火傷は、巨大蜘蛛と言えども苦手らしい。


(これで最後!みんな無事かな?)


 こそ泥ラウルは巣袋を兄弟戦士から引き受けながら思った。前衛陣も徐々に疲れてきており、ここにきて治癒師も回復と防御魔法の両面で忙しくなっている。誰一人戦闘不能になることなく長期戦を継続できているのは間違いなく彼女の献身的な支援のおかげだ。


(きっとこれが運命の出会いってやつだ。父さん母さんオレたち幸せになります)


 たった一度の補助魔法で何を勘違いしたのか、初対面の相手に永遠の愛を誓いながら、ラウルは巣袋を突入口から引き込んだ。これで四名全員だ。


 ラウルを見失った巨大蜘蛛はまたもや天井へと逃れて傷を再生させる。これを繰り返されると、もたないのは冒険者部隊のほうだ。ジーゲル夫妻とて例外ではない。 

 しかし、救助完了となれば話は別だ。途端に魔術師の師弟は詠唱を変化させる。魔術師の師匠が先に詠唱を完了し『旋風』を最大威力で発動した。強大な風圧で巨大蜘蛛が天井へ釘付けになる。前衛陣は壁際によって身を屈めるなどして巻き添え被害を回避している。

 そこへ弟子がかぶせるように『業火』の詠唱を完了した。『旋風』によって巻き上げられた『業火』は部屋をあちこち焦がしながら巨大蜘蛛めがけて吸い込まれ、合成魔法『火災嵐』が発動した。


 真っ赤な螺旋は巨大空間の天井へと舞い上がり、巨大蜘蛛に直撃する。二人ともうっぷんが溜まっていたのだろう、魔法発動時にそれぞれ吠えた。


「ほほほーい!」

「うん?熱いか?燃えろ燃えろ!アハハハハ!」


 魔術師の師匠はいかにもというか年配の魔術師然とした表現だが、弟子のほうはどうなんだ、後でまた怒られるんじゃないのか、と思うとラウルは可笑しくて突入口をのぞきながら、くすりと笑ってしまった。

 天井で足場にしていた粘糸を焼き払われ、大火傷を負った巨大蜘蛛が落ちてくるところだったが、笑ったことで心に余裕ができ、頭が回るようになっていたラウルはあることに気付く。


(残った魔獣はあいつだけなんだよな)


 冒険者部隊は疲労の極みだが、ようやく巨大蜘蛛も疲れ、追いつめられている。そして、他に敵は見当たらない。このままでも押し切れるかもしれないが、もし援軍を呼べたら安全に巨大蜘蛛を排除できる。そして、衛兵隊は無傷のまま広間で待機中のはずだ。


(ヴィリー隊長に報告しなきゃ)


 肉体を魔法で強化されていたラウルは飛ぶようにして坑道を駆け上がり、ヴィリー率いる衛兵隊が防衛している中間地点へまたたく間にたどり着いた。


いつもご愛読ありがとうございます。

ラウルに新しいお友達ができそうでなによりです。

場面の切り方の話ですが、もう機械的に文字数で切ったほうがいいんでしょうか。

一話完結型のシリーズじゃないから気にしなくてよいのかも知れませんが。

徃馬翻次郎でした。

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