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第156話 漆黒の猟犬 ⑥


 六号が起居している屋敷は大邸宅というほどのものではない。

 それでも小さい庭や緑があって、日没後は昼間とはまた違った姿を見せる。

 三人組は易々と塀を乗り越えて侵入し、玄関に迫った。その時、庭の樹上から鋭く短い声がかかった。


「止まれ」

「四百十二号、十六号の命令を実行中」


 自分は同様に短く自己紹介して任務の内容を説明する。


「後の二人は?」

「四百十三号、四百十二号の組員」

「同じく四百十四号」

「そうか、悪かった。私は七十八号だ」

「七十八号、尾行がついてる」

「まかせろ、四百十二号」


 樹上から気配が消えた。

 十六号の任務に完璧を期すためだが、若者の死体を背負わされた気がするのには参った。しかし、任務はまだ半ばである。今後の展開次第では死人はまだまだ増えて、背負わされる重みは想像もつかない。


 屋敷内は灯りがほとんどなく、そこここの暗がりにはかすかに何物かの気配がした。六号の護衛だと思われるが姿は判然としない。いずれも自分をはるかに超える隠密技術の持ち主だと思われた。


 肝心の六号は散らかった居間で双剣を両脇に垂らして立ち尽くしていた。

 護衛任せにせず自らも剣を振るったのだろう。返り血で真っ赤だった。


「六号、ご無事で!?」

「君は……四百十二号だったな。最近は報告書でよく見る番号だ。無理やり連れてきてしまったが才能を如何なく発揮してくれているようで私も鼻が高い」


 褒めてくれてはいるのだが、ぞっとするほど冷たい声だったよ。相当数有ったと推定される造反組の死体は部屋の隅に片づけられていたが、六号の心は血の涙を流していた。


「しかし、五号に関しては私の読み違いだったよ。彼の野心や欲望の評価を完全に誤った。結果は……御覧の通りだ」

「そんな!六号の責任ではありません!」


 四百十三号と四百十四号も口々に六号の責めにあらず、と意見表明するが六号は悲しそうに首を横に振った。


「戦いのなかで互角の相手と死力を尽くした末に倒れるのならそれも兵士の本懐だろう。しかし、これは虐殺だった。それも子供のような年齢の部下を……」

「六号……」

「もうたくさんだ。私は彼らの死に対して責任がある。私が死んでも何の解決にもならんが、一将功なりて万骨枯る、と後ろ指を指されるよりはましだ」

「六号!まずは十六号から命じられた任務の報告をお聞きください」


 正直なところ自分は居たたまれない思いだったが、六号をそのままにしておいては自ら首をはねてしまうだろう、という予感はあった。報告をしている間に、やや我に返った感を六号から感じたが、うつろな目に生気はなかなか宿らない。


「複写ですが、皇后と第二皇子の連署がある命令書は動かぬ証拠、原本を押さえてしまえばこちらのものです。見張りや人質の配置は今すぐ図面にできます……六号、六号!」


 自分は思わず六号をつかんで揺すってしまった。

 殺しに来た相手を返り討ちにしただけではこうはならない。手塩にかけて育てた部下を馬鹿馬鹿しい内紛で失うこと、自ら手を下さねばならなかったことを悔いているのだ。

 このままでは六号の心自体が壊れてしまう。そう思った自分は六号に素早く耳打ちした。


「六号をおやめになるのなら、この事態を収拾した後でお力にならせていただきます」

 

 この一言でなんとか六号は気力を取り戻した。

 責任云々と言うのなら、この血の惨劇に終止符を打ってからにすればよいのだ。当面の目標ができた六号は四百十三号と四百十四号を手招きして作戦を伝える。


 四百十三号は命令書の写しを第一皇子に届ける。皇帝の許可なく直属の臣下を殺めることは理由の如何に因らず反逆だ。皇子には近衛兵を率いて皇后と第二皇子を拘束した後、漆黒の旅団本部の奪回を指揮していただく。四百十四号は十六号をはじめとした幹部隊員を集めて奪回作戦を支援する。念のため、自分は新開発の爆発系魔法の巻物を取り出して四百十四号に渡しておいた。これは門扉や障害物の撃破に時間をかけないための奥の手になる。


「四百十二号はどうするんだ?」

「六号を補佐して部隊管制に回るのか?それも真っ当だとは思うが」


 四百十三号と四百十四号とはここでお別れだった。


「自分は……任務を完遂する。一応、五号から請け負った任務も途中だしな」

「お前……」

「わかった。何かできることは無いか。手数料はまけておくぜ」

「ありがとう。自分はないが……六号はどうです?」

「そうだな。十六号に管理番号から十を取るように伝えてくれ。彼が新しい六号だ」


 すぐに四百十三号と四百十四号は姿を消し、護衛の気配も同様に消える。

 屋敷には六号と自分だけが残った。


「さて、どうする?残るは私の始末だけか?」

「ええ、まあ。とりあえず、自分は五号の反乱に参加した挙句、簡単な偵察任務に失敗して爆発系魔法の暴発によって木っ端みじん、というのはどうでしょう?」

「なんだと?」

「六号を捕まえるどころか報告にすら戻らないのだから、五号はきっとがっかりするでしょうなあ。ははは、とんだポンコツです」

「お、おい」


 任務を完遂する、とは言ったが、成功させる、とは言わなかったからね。五号には悪いが四百十二号の人生ともここでお別れだ。


「六号は爆発に巻き込まれて……」

「待て。私に生きろと言うのか?」

「いけませんか?」

「何を聞いていた!これ以上の生き恥は御免なんだ!そんな無責任な生き方があるか!」

「死んで責任なんか取れるわけないでしょう」


 この一言には六号も絶句していたっけ。


「死体の山にもうひとつ追加することにどんな意味があるんですか。それは責任を取ったことにはなりません。罪滅ぼしがしたいなら、世間の若者が自立できるように応援するとか、一人でも二人でも夢をかなえるのを手伝ってやるとか……ああ、冒険初心者相手の情報屋もいいですね」

「馬鹿!情報屋がどれだけ元手のかかる生業か知ってるだろうが」


 これは六号の言い分が正しい。

 重要な情報は勝手に入ってきたりしない。情報提供者に犯してもらう危険に応じた財貨が必要不可欠だからね。


「そこは裏芸を支える表芸を考えましょうよ。そろそろ魔法陣を広げますのでお持ちの剣を渡してもらえます?重しにしますから。亡くなった隊員たちには我々の死を偽装するべく最後の務めをしていただきますね。六号は見てないで有り金全部かき集めてください」


 某城塞都市を抜け出していくらも経たないうちに、背後で轟音と共にちょっとした火柱が上がった。新型魔法陣の実験は大成功、引き起こされた混乱は我々二人の逃亡を容易にしたが、まだ凍り付いていない港から東方行きの船にのったときにようやく心がほぐれて軽口が出たのを覚えている。


「やること考えることが山積みだものな、気の毒と言う以外に言葉がみつからないよ、ジェームズ」

「うるさいぞ、置きやがれ、ジャック」


 ため口をきいて良い、と言うから最初に会った時の言葉を声真似つきでそのまま返してやったら大笑いだった。そのまま後ろに流れていく景色を船尾からしばらく眺めていたのだが、やはり、


「ところで、最終的には何処に落ち着こうとか、何か計画はあるのか?」


と聞かずにはいられなかった。


「もう一度船に乗ってアルメキアに渡る」

「念の入った追手の撒き方だな」

「第一皇子が内紛を収めていれば追手自体が無いとは思う」

「何か気になるのか?」

「ノルトラントを目指してもよかったんだが、ちょっと寄り道がしたくてな」

「東方諸島に?」


 これは意外だった。

 アルメキアまでの最短距離を急ぐのではなく、わざわざ海路で遠回りをするんだからな。


「やっぱり、向こうにしかない珍しいものとかあるだろう?」

「だろうね」

「ちょっと仕入れをな」

「仕入れ?ああ、表芸で商売でもやるのか?」

「道具屋だよ」

「道具屋がそんなに儲かるのかね?」

「道具屋でございます、お届けに参りました、って言えば王宮以外の勝手口は入れてもらえるんじゃないか?」

「なるほど、情報収集込みか!」


 短期間で考えたわりには大したものだ、と思いかけた。しかし、問題は目利きだよ。六号の鑑定眼や審美眼に定評があったという話はついぞ聞かなかったからね。


「うん。最初は怪しい品をつかまされるのは仕方がない。そこは勉強料だと思って割り切るさ。それで、できれば大きい都市の下町に小さくてもいいから店を構えて……」

「よし、そこまでは付き合うよ」

「本当か!有難い……が、そっちはどうするんだ?」

「当面は何でも屋だな。人足でもなんでもいい。アルメキアの習俗に慣れながら、職を転々とするつもりだ。食えなくなったらジェームズの店へ強盗に行くよ」

「勘弁してくれ……」


 航海は順調そのもの、冗談はあまりいい出来ではなかったが、二人の前途を祝福するように陽光が射した。


「この際、東方かアルメキアに着いたら名前をウィリアムに戻すかな」

「それはいい考えだな。私も真似しよう」

「そう言えば本名を聞いていなかったな」



《 再びエスト南東の森 小さな野営地 》


 焚火にくべられていた薪が乾いた音を立てて爆ぜた。

 動物以外に聞き耳を立てるものがいない森の中だからこそできる秘密の吐露にラウルは圧倒されている。


「ウィリアムさん、まさか、マグスさんのことを言ってるんじゃ……」

「おやおや、世間はなかなかどうして狭いな」

「いやいや、出来過ぎでしょ」


 ラウルはそう言ったものの、骨董品店の店主が商売以上の熱の入れようで旅の相談に乗ってくれたことを思い出している。確かに、買い物のオマケは時として国外事情のような情報だった。 


「どうだいラウル君。私もマグスも手は血で汚れてしまっている。それでも人生を生きている。私は家族まで持ってしまっているし、殺された人からすれば決して許されないことだろうね」

「でも、それは仕事で……」

「うん、私も面白半分で人を殺めたことはない。けれども、兵士としては人殺しに慣れるほかないし、そうなったら人としてはお終いだ。結局、自分は最低だ、と自覚しながら生きていくほかないのさ」

「そ、そんな……」

「まあ、最後まで聞きなよ」


 ウィリアムは薪を追加して焚火を大きくした。間もなく日は沈み、夜のとばりが下りようとしている。


「その最低の人殺しも、誰かを守る為に生きていくならほんの少し面目が立つ。いいかい、これがなければ深い闇の水底だよ。私もマグスも辛うじて浮かんでいるに過ぎないんだ」

「闇に浮かぶ……」

「うん。抽象的な言い方になってしまったけど、きっとラウル君は溺れた気分なのさ」

「……」(そうだ、この重苦しい感覚……湖でしか溺れたことないけど)

「ラウル君の竜の力が誰かを守るための牙と爪になるよう願うよ。どうか闇に沈んでしまわないように……」


 ウィリアムはラウルの拳を両手で包み込むように握ってきた。


 彼がポンコツ殺し屋などとはとんでもない。兵士になる前に父親が言った言葉を考え続けていたのだ。たとえ軍の理不尽に耐えることができても、その本質が心をむしばむ、とはよくいったもので、戦時でもないのに人の命を奪うこともある特殊部隊員としてはなお一層の苦しみを味わうことになった。

 彼はその苦しみを受け止めたうえで、心まで怪物になってしまわない方法を自ら会得したのだ。


 そして、その心得が師匠から弟子へと受け継がれようとしていたが、ラウルがこの世界の守護竜として力を振るうのはまだまだ先の話、今は暗く深い水底から浮上して何とか顔だけ水面に出せた心持ちなのだ。

 ようやく使命の旅へ出発する心の準備が整ったのである。


いつもご愛読ありがとうございます。

“探し物が得意”で古道具屋の店主にしては度胸が据わりすぎているマグスの過去は北の国の隠密、さらにはウィリアムと繋がっていた、というお話でした。

次のお話はラウルの出世譚、はじめの第一歩といったところです。

徃馬翻次郎でした。

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