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第12話 初陣 ④

 

 直線通路突き当りの下り階段の先は踊り場になっており、魔獣の死骸を踏み分けて進むと幾度かの方向転換の末、かなり大きめの部屋に出た。手分けして調査と安全確保を行う。

 部屋の最奥は石壁が露出しており。けっこう大きな穴が開いていた。どうやら古代遺跡か何かを掘り当てたらしく、堅固な石壁を崩すための採掘道具が放置されたままだ。


 遺跡だか迷宮だかの石壁はずいぶん手ごわい相手だったようで、放置された採掘道具は破損しているものも多く、すす汚れのような爆発系火魔法の痕跡まで残されている。これがどうやら魔獣たちの目を覚ましたに違いない。


(ここを目指して掘ってやがったとしか思えねえが)


 クルトは穴を覗き込みながら思案する。照明が不足していて、穴のなかはよく見えない。作戦を続行するには、魔法かなにかで暗所対応をする必要がある。クルトは穴の見張りを戦士兄弟に交代してもらい、室内の捜索に参加して照明器具を探すことにした。


 念入りに補強された室内には机や椅子に水甕、道具箱や作業台まで据え付けられている。

作業員たちはここで思いのほか長い時間を過ごしたようである。遺跡の壁がいつまでたっても抜けなかったからだ。岩ネズミ亜人の土竜変化もここから先には進めず、やけくその爆発魔法も効果は薄かったに違いない。最終的に魔法鍛冶製の採掘道具で削りとっていく方法で突入口を確保したと考えられる。


 側面に開け放しの扉があったので、念のためラウルが調べてみる。中はあまり広いとは言えず、あまり触りたくない汚れたバケツと砂の入った木の椀が置かれていた。扉には土魔法で補強した痕跡がある。


(作業員が隠れていた便所はここか)


 鼻にかかった臭気を手で散らしながら扉を閉めるラウルを見ていた魔術師の弟子が失笑をこらえきれずに笑い出し、またもや師匠に指導を受けている。どうやらこの娘は性格に難ありだな、とラウルは簡単に採点したが、魔術師の師匠も弟子の魔術指南よりも人生指導に苦心しているらしい。魔術師の師匠が帽子のつばに手をやって謝ってきたのでラウルも目礼を返しておく。

 しかし、どうも魔術師の弟子は下々の者に厳しいというか、見下している感が隠せていないし、隠すつもりもないらしい。もしかしたら性格矯正のための冒険じゃないのか、とラウルは思ったが、エルザの声によって思考を中断された。


「ちょっと見て!」


 作業台を調べていたエルザの声に見張り中である戦士兄弟以外の全員が注目する。広げているのは坑道の設計図と、古文書の写しらしき巻紙だ。古文書の出どころは不明だが、エスト地下の古代遺跡の描写とおおよその位置と深さが乱雑にメモしてある。一方、設計図のほうは丁寧なつくりで作者の仕事に対する姿勢がうかがえる。

 古文書メモによれば、エスト第四坑道がある丘陵地帯周辺はもともと平野で、時期は不明だが遺跡を隠蔽か封印する目的で盛り土がされたことになる。設計図も採鉱ではなく、遺跡の発掘作業を主目的としてしていたことがわかる。坑道にしては立派で広い通路は財宝か盗掘品の搬出や一時保管の為だろうが、解析は後回しにすることにした。救出作戦の大詰めをしくじらないように、ここで最後の突入準備をする。


「ラウル、全部しまっとけ」

「はい、親方」


 書類の類はまとめてラウルが預かり、カバンに収納する。本来、迷宮探索で獲得した宝物や物資は発見者の所有に帰するが、エスト第四番坑道の所有権はすでにブラウン男爵に移っている。あまり勝手に物を動かすと窃盗の罪を問われかねないのだが、クルトは迷わず書類の押収を指示してきた。弟子は親方の指示に従うのみだ。


 エルザ隊の後衛は魔力回復薬で補給中、道具箱からはカンテラがいくつか出てきたので、エルザが点検している。使えるカンテラを戦士兄弟に渡して装備させる一方、罠探知の魔法で落とし穴や飛び出す槍、感圧版が仕掛けられていないか確認する。念のためワイヤーの類まで確認したがどうやら安全らしい。


 罠の危険はないと判明したので、兄弟はそれぞれ盾を背負ってカンテラを装備し、先行して段差や障害物を確認する。どうやらかなり大きな遺跡らしく、天井も相当高いようだ。ジーゲル夫妻は二番手として突入し、慎重に歩を進める。


 ジーゲル夫妻は突入しながら『光球』をそこかしこに放つ。構造物等に命中すると淡い光源になってしばらく空中を漂う冒険者必須の魔法だ。光量を最大限に上げれば目つぶしとしても使える魔法である。ラウルも頑張れば詠唱に成功するが、光量が非常に小さく、しかも身体から離れてくれないので、かろうじて夜中便所に行くときの手元灯になる程度、蝋燭に『着火』して燭台を使うほうが便利なので、『光球』の出番はますます少ない。


 さて、照明が増えて徐々に様子が判明する古代遺跡の一室はかなり巨大な空間だった。


(魔物の巣ってもっとこう、粘液とか触手とか食べかけの動物とか囚われの美女とか)


 ところどころおかしいラウルの妄想はともかく、魔物の巣というよりは倉庫や物置のような印象に全員がいささか拍子抜けする。壁の棚には割れた魔獣の卵と思しき殻が整然とならんでおり、規則正しく作物が植えられた畑や商品の陳列棚を思わせるような整頓ぶりである。

 殻から出ようとしたまま絶命していると思しき魔獣がかなりの数にのぼるが、一方で、まだ割れずに中身が入っていると思われる卵もあり、思わず皆が動きを止めて、息をひそめてしまう一幕もあった。念のため、エルザが生命探知魔法で卵を調べるが、どれも生命停止状態であることが確認できたので、処分は後回しにすることにした。


 卵状の殻を見ていたラウルは自分がさんざん言われてきた言葉をつい口にする。


「不良品かな?」

「ラウル、それだッ」

「間違いないわね」


 ジーゲル夫妻はさっと振り返りラウルの着想を褒める。何気なくラウルが発した一言だったが、これがジーゲル夫妻が持っていた推理かなにかを裏付けたようだ。

(卵ではなく不良品。それなら、ここは魔獣の巣ではなくて何かの店か工房?)

 このラウルの推測はほぼ正しい。冒険者や歴史に詳しいものであれば即座にわかることだが、今のラウルには経験も学も足りない為、正確な解答にたどり着けないでいる。

 エルザ隊後衛の面々が何事かと聞いてきたが、詳しくは作戦が終了してから、ということになり探索を続けた。


 巨大空間の最奥部に『光球』が飛び、作業台らしき机に薬品棚と魔法陣の痕跡らしきものが浮かび上がる。同時に、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされた巣袋のようなものがひとつ転がっていて、もうひとつは壁に縫いつけられている。目線を少し上にやると、少し小さめの巣袋が二つ宙づりになっていた。


 昆虫の蜘蛛がつくる巣袋はラウルも見たことがある。蜘蛛の巣に掛かった獲物を粘性の糸で身動きできなくしてしまい、体液を抜き取って食事にするのだ。ただし、今目にしている四つの巣袋はおそろしく巨大で、中身がなんとなく推測できる形状をしている。


 思ったより天井が高そうな点に気付いたジーゲル夫妻が照明魔法の追加を唱え、エルザが思わず巣袋に駆け寄ろうとした瞬間、ラウルはこの巨大空間の天井にうごめく何者かの気配を察知し、短剣を抜きながら叫んだ。


「上だ!エルザさん!」

「はっ!?」


 誰もが見逃していた天井の暗闇から、音もなく降下してきた巨大蜘蛛が足を延ばしてエルザを絡めとる寸前だった。

 そこにラウルが渾身の力を込めて短剣を投げる。回転しながら飛ぶ短剣は狙いをあやまたず巨大蜘蛛の頭部に命中し、そして何事もなかったかのようにむなしく床に落ちた。


(ぜんぜん効いてない!)


 格好良く必殺の一撃を決めたつもりなのに、刺さるどころか巨大蜘蛛に無視されてラウルは泣きたい思いだったが、それでもほんの少しだけ巨大蜘蛛をひるませて一瞬の隙を作り出すことはできたようで、エルザが横転しながらの攻撃回避に成功している。


 ちなみに、ラウルが危険を察知できたのは、日頃の修練のおかげでも何でもない。少し離れて立つ魔術師の弟子と治癒師を視野に入れてどちらが可愛いか見比べていただけである。たまたま広く確保していた視野のおかげなのであって、異変を察知できたのは偶然に過ぎない。


「ゆくぞ兄者!」

「おうよ弟者!」

「ラウル、仕事だ!」

「こいつは母さんたちにまかせて!」


 亜人戦士の掛け声と両親の指示が重なって聞こえたが、とっさのことに指示の内容が飛んでしまい戸惑うラウルの足元に魔法陣が浮かぶ。急に体が軽くなり驚くラウルに治癒師が詠唱を完了し杖を振っている。どうやらこれは何らかの身体強化魔法らしいと見当がつくと同時に、我に返って指揮所での会話を思い出した。


「助かる!」(オレの役目は救助と連絡だった)

「がんばって!」


 お互い自己紹介も済んではいなかったのだが、歴戦の仲間のように言葉をかわすラウルと治癒師はそれぞれの戦いに戻った。

 この時ばかりはラウルもスケベを忘れて懸命に走った。


いつもご愛読ありがとうございます。

ラウル君には悪いが投げ剣がそうそう簡単に刺さってもらっては困るんだよ。

ちなみにバケツはトイレです。砂は紙替わりです。

徃馬翻次郎でした。

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