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第155話 漆黒の猟犬 ⑤


 グリノス皇室の相続にからんだ内紛は軍の特殊部隊である漆黒の猟犬を巻き込んで拡大しつつあった。ひとつ救いがあるとすれば騒ぎが帝都の中だけで片付いた点だな。地方領主たちも静かなもので、ほとんどの帝国臣民は事件の真相を知ることはなかったのだ。

 ただ、皇帝の病が重くなった前後に帝都で爆発騒ぎがあり、皇后と第二皇子が公の場に姿を見せなくなったことは万民の知るところではあった。しかし、皇帝の崩御後に葬儀や新皇帝の戴冠を祝う行事が立て続けに行われた影響もあって、新しい治世に幸多からんことを祈る者がほとんどだった。

 むろん、一連の事件を関連付けて考える者はいたよ。

 ひょっとして自分たちが知らないうちに政変があったのではないか、と酒場で熱弁を振るったりもするのだが、何でもかんでも陰謀にしたがる噂好きの与太話として片づけられている。


 本当のところは噂好きの人物が正しかった。

 ただし、事実はもう少し複雑であり滑稽でもあった。そして、大量の流血を伴っていた。


 四百十二号に四百十三号と四百十四号は息の合った三人組として幹部から評価されており、ほぼ一人の猟犬として任務に投入されることが常態化していた。その日も大きな声では言えない任務を終えて秘密基地に引き上げるところだった。

 アルメキアの貴族と称して外交使節に紛れ込んできた美青年に事故死してもらったのだが、当初はジゴロか工作員かの判断がつきかねた。彼の社交はもっぱら高貴な女性を対象にしており、あわやというところで皇族に連なる家系の女性が引っ掛けられるところだったのだ。

 盗聴を含む気が滅入るような行動確認を根気よく続けた結果、件の女性を情報収集の手駒にしようとしていたことが発覚したので、実力行使でグリノスから排除する許可が下りたのだ。

 今回もまた“よきにはからえ”との有難い指図を頂戴しての任務だったが、今にして思えば、この裁可はもはや皇帝陛下自らのものではなかったんだな。命令権者の誰かが代理でハンコを押していたのだ。

 

 さて、本部に出頭して任務完了を報告する前に田舎貴族の小せがれ偽装を兵士にあらためなければならない。その前に一杯やるぐらいはいいだろう、と酒場に足を向けようとしたとたん、けっこうな力で肩をつかまれた。


「よう!久しいな」


 朗らかに声を掛けてきたのは部隊内では十六号で知られる古株の猟犬だ。なかなか気合の入った変装をしていたのだが、目くばせをしてくれたのでようやくわかった。


「どうも、ご無沙汰しております。皆様お元気でらっしゃいますか」

「うむ。母屋の雨漏りがひどい。しばらくは仮ぐらしだ」

「それはまた難儀でございますな」

「痛み入る。どうだ、景気づけに一杯やらんか?」


 四人は意気投合していつもより高級な酒場へと足の向く先を変えた、ように傍目には見えただろうが、この会話に暗号が含まれていたことはおわかりいただけただかな。

 母屋とは漆黒の猟犬本部を意味し、雨漏りは破壊工作などの被害、仮ぐらしは一時的に帰還できない状況を指す。残りの部分は話をあわせているだけだ。

 高級酒場は密談できる小部屋があるから選ばれたに過ぎない。話を聞かれる心配はないのに、部屋に通されて最初の一杯を空けても三人組の顔からは緊張が取れなかったので、十六号からはお叱りを頂戴したよ。


「何をしとる。笑え、はしゃげ。景気づけに飲んどる体を忘れたのか」

「す、すいません……ははははは」

「ワハハ!」

「あー、おかしい……何があったんです?」


 時折演技の笑い声を挿みながら密談は続けられた。

 漆黒の猟犬本部において、部隊長に次ぐ最高幹部の五号を旗頭とした造反が進行中、異変を察知した幹部と中堅どころの主だったものは全て逃走に成功して潜伏している。造反組は仕方なく装備部や見習いの連中を縛り上げはしたが、肝心の六号を捕捉しそこなう。六号が兵舎ではなく自宅の屋敷にいるものと断定して、何組かの刺客を送ったが全員返り討ちにされて手詰まり状態とのことだった。


「五号が?」

「主だった者は誰も付いて行かず気の毒な事よ。これは笑える。もっと気の毒なのは五号に乗せられて命を落とすことになった若い隊員たちだがな。これは笑えん」

「今、本部には?」

「以前として五号ほか数十人が人質を取る形で立て籠もっておる」


 皇后と第二皇子が後ろ盾のはずなのだが、この母子はまだ動きを見せていない。六号が捕縛されるなり決定的な事態になるまで様子見をするつもりだったのかも知れないが、五号はちょうど屋根に上って梯子をはずされた形になっていた。

 つまり、逆襲するなら今だ、ということだな。


「十六号、逆襲ですか?」

「うむ。お主らは何食わぬ顔で本部へ出頭してくれ。普通に任務達成の報告をするのだ。五号は猫の手も借りたい状況だからな。お主らに六号抹殺指令をだすか、偵察か後詰か、とにかく六号の屋敷へ派遣するだろう」

「まだやりますかね」

「乗りかかった船、というやつだ。賭け金を上げ過ぎた、と言うべきかな」


 十六号の作戦は、五号の造反に同調すると見せて収集できる限りの情報を収集し、六号の屋敷へ攻め込む振りをしながら撤収する。可能であれば本部解放作戦の先導を務める、というものだ。

 作戦上必要なことはいえ、表面上は裏切りを二回働くことになる。


「二重間諜……」

「身内に対して用いる日が来るとはね。もう身内でも何でもないか」


 十六号は手をさっと一振りして作戦開始を宣言した。

 兵士の格好に着替えて兵舎に戻ろうとすると、門のところで造反組の若造に誰何されたのには驚いたな。いたって任務に忠実、とも言えるが、そんなやり方では自らの居場所を明示していることと同じだ。黙って監視できないところが若く未熟な部分を際立たせていた。要するにヒヨッコだ。


「報告に戻っただけなんだが?なんの用心だ?」

「これはなんだ?演習か?」

「お前、どこの所属だ?上長は誰だ?」 


 質問攻めで追及をかわす方法は格下相手に威力を発揮する。

 我々は誰何になにひとつ答えることなく、五号が居る隊長室へ通された。そわそわと落ち着きのない彼は我々の報告が終わるや否や身を乗り出して尋ねてきた。


「何も聞いていないのか?」

「ここへ来るまでに誰何されたことでしょうか?ほかの幹部の方が一切見当たらないことですか?きっとご説明があると信じていたのですが」

「うむッ」

「我々は命じられた任務を実行するのみです」

「そ、そうか。いい心構えだ」


 自分の答えで五号は明らかに落ち着きを取り戻した。


「六号を中心として皇室に弓引く陰謀が露見した。我々は六号を除く首謀者を駆逐し、協力者と思しき隊員を拘束したところだ」

「なんと!六号が!」(ものは言い様だな、おい)

「信じられません」

「なんてこった」


 四百十三号と四百十四号の棒読みには冷や汗をかいたが、五号は気にせずに話を続ける。


「戻ったばかりで悪いが新しい任務だ」

「ハッ!」(そら来た)

「六号の捕縛に向かった部隊から連絡が無い。諸君には六号の屋敷を調べ、彼が生存していた場合は捕縛……抵抗した場合は殺害を命じる!」


 お前は理解しがたいアホだな、と言いたかった。

 六号は戦闘技能も知略も抜きんでているからこそ部隊長なのだ。


「現状の装備では不可能です。接近を察知された時点でお終いです」

「策があるのか?」

「装備部の連中と話をさせてください。六号も知らない新兵器の開発中だったのです」

「いいだろう……新兵器とか言ったな?」

「はい。爆発系魔法で壁越しに標的を狙う魔法陣の構築です」


 この答えに満足した五号は我々を下がらせようとした。


「お待ちください」

「なんだ?」

「これは皇帝陛下の御意に因る上意討ちでしょうか」

「むろんだ」

「でしたら一筆あって然るべきです。それで抵抗を断念させる可能性を考慮願います」


 なるほど、と五号は肯いて書類を素早く書き上げる。

 

「五号、大変失礼ですが、六号より上の階級の者が署名しないと上意討ちになりません。先に装備部へ行きますので、書類はのちほどでけっこうです」


 無礼極まりない言い方だが、五号は怒りを抑えて我々の退出を許可した。六号の問題が解決しそうなので舞い上がっていたのだろう。

 装備部では馴染みの隊員が我々を待っていた。


「みんな無事か?」

「四百十二号さん、どうやって入ってこれたんです?」

「五号に組することに決めたのさ」


 目くばせをしながらの答えは即座に彼に伝わったよ。彼も目くばせを返してきたからね。必要な物資を用紙に書きながら話を続けるが、お互い表情は努めて平静を保っていた。


「例の魔法陣は?」

「バッチリです。魔力充填済み。署名と、ここの空白に数字を書き込むことで時限発動が可能、発動範囲を抑えることも指向性も安定してます」

「そうか……これで全部かな。頼むよ」


 記入の終わった装備品持ち出し用紙の下には小刀を忍ばせた。

 これで捕まっている仲間の拘束が縄程度なら火を使わずに解くことができるはずだ。

 装備部の隊員は心得顔で道具や巻物を集めて持ってきた。


「四百十二号、確認してください」

「うん……ああ、『防壁』の巻物は間違いだな」

「?」

「返却するから大事に持っておいてくれ」

「えっと?ああ、はい!わかりました」


 これは救出作戦が始まった際の巻き添えを防止するためのお守りだ。装備部の隊員が素早く意図を察してくれたので助かった。


「それでは日没後、夜陰に乗じて接近、六号邸の偵察を開始するッ!」

「おう」

「了解」


 聞こえよがしに元気よく号令をかけたが、これは明らかに五号へ報告されることを意識してのものだった。

 案の定、秘密基地を後にした我々に尾行がつく。

 五号も全くの無能というわけではないらしいが、真に叡智えいちの持ち主であれば、そもそもこのような事態になるはずがない。彼のもとではやたらと若者が命を落とすことになる。そのような者を猟犬の頭目にいただくわけにはいかない、と熱くなっていたことだけは確かだな。


いつもご愛読ありがとうございます。

今回のお話もそろそろ大詰め、寒い国の熱い戦いの行方にご期待ください。

徃馬翻次郎でした。

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