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第154話 漆黒の猟犬 ④


 焚火を囲んで話し込むラウルとウィリアムだが、火おこしの際にはラウルが王都で買い求めた非魔法式の着火道具を試している。これにはウィリアムも興味津々であり、焚火が大きくなった今も、もう一度ラウルに道具箱を出させて着火道具を手に取っている。


「なるほど、魔石くずと炭を練り固めた棒か。乾いた火口を集めて小刀で火花を飛ばす。濡らしてしまったりしなければ大丈夫そうだ」

「王都で買ったんです。非魔法製品は人気がないそうで安くしてもらいました」

「ふむ……ラウル君、魔力のほうはどうなんだ?」

「それがですね……」


 ラウルは昏睡から回復して何日もしないうちに鍛冶場に復帰した。

 いつものように親子で槌を振るっていたのだが、休憩の際にクルトがパイプを取り出して煙草をつめ、これまたいつものようにラウルに着火させようとした。

 ところが、クルトのあごひげを焦がしてしまう。

 いつの間にか魔力が人並み以上になっており、『着火』の制御に失敗したのだ。制御のための呪文詠唱であるはずなのだが、竜の力は予想以上の火力を『着火』に与えた、ということであろう。

 幸い火災には至らなかったし、魔力が潤沢にあるのなら魔法道具の使用にも支障が無くなる。万々歳と言いたいところだが、その原因が竜の力とあっては手放しで喜べるものではなかった。


「魔法を勉強し直して使い物になるようにするよりも、竜の言葉を覚えて制御するほうが簡単らしくって……」


 ラウルは落ちていた小枝を拾うと小さく囁く。


「ト・セチスノ」


 途端に小枝の先端に小さな火が宿った。


「おおッ」

「ご覧のとおりです」

「そんなに便利なものがあるなら使えばいいのに。ましてや周りに誰もいないことだし、わざわざ人力の火おこしなど……」

「いつかは失う力ですよ」

「それもそうか」


 ウィリアムはそれ以上ラウルを追求しなかった。

 彼なりに新しく手に入れた力を制御しようとしている以上、見守るのが周りにいる大人の務めであろう。それに、旅を終えた後のことまで考えているのなら、苦しい中でも前向きに生きている証拠と言えた。


「それでも、魔法道具が使えるようになったのは大きいんじゃないか?どんな冒険が待っているのであれ、魔法の巻物や札が使えるにこしたことはないからな」

「そう思います。第一、魔法鍛冶ができるようになりましたからね。これでエスト鋼も扱えますし、その点は竜王様に感謝しないとダメなんでしょうけど……」

「けど?」

「それもやがて失う力だと思うと、力が入らないと言うか……」

「そんなこと言わずに名剣を打ってくれよ。いい山刀ができたら師弟価格で安くしてくれ」


 そう言ってウィリアムはラウルを励ます。

 竜王に命じられた使命の旅は日限を切られていなのだから、その間に鍛冶の腕前を上げることも無理な相談ではないはずだ。同時に、彼はラウルがやけを起こさないように旅の終わりまで導いてやりたい、という思いがある。

 そのためには彼に生きる目標を持ってほしい。

 鹿狩りと称しての小旅行はラウルの目に映る景色が単調なものにならないよう、ウィリアムが計画した心の保養でもあったのだ。


「わかりました。いつになるかはわかりませんが、きっと……」

「のんびりやってくれ。君も私もまだまだ長生きするんだからね」

「ウィリアムさんは一回爆発したんですっけ?」

「うん?ああ、そうだとも。正確にはジャック=ブライアンが吹っ飛んだわけだがね。ここにいるのがグリノスの亡霊でないことを証明するためにも続きを話すとしようか」



《 再び過去のグリノス帝国 某日某所 》


 過去の戦績や研究設備への投資が乏しいために魔法後進国に見られがちなグリノス帝国だが、魔法道具や魔法の巻物を使いやすいように改良する技術は優れていた。

 その結果生まれたのが魔法陣に接触発動したり時限発動したりする機能を追加する構文の発明だ。この実用化には漆黒の猟犬の諸先輩方が大いに貢献した、と聞いている。何に使用するかは言わずもがな、だな。グリノスにとって脅威であると評価された対象に都合よく事故死してもらったり、原因不明の火災に巻き込まれてもらうための必需品だったのさ。人気の巻物は痕跡を残す可能性がほとんどない爆発系魔法の魔法陣を描いたものだったな。隣国の侵略を食い止めるための兵器利用ならともかく、グリノスではもっぱら暗殺に使用されていて、自分もそのお得意様だった件については何とも言いようがない。


 ようやく特殊任務に慣れてきたその日も、装備部の連中と効果的な爆発系魔法の魔法陣を検討していた。具体的に言えば、爆発の威力と方向を制御して壁や床を抜く方法が可能か、という話だな。例えば、宿屋の二階にいる標的を吹っ飛ばすために真下の部屋に陣取る。それから天井に向けて爆発を起こせば標的やその護衛に姿を目撃される可能性はぐんと下がるわけだ。ただし、目標確認が目視ではできないから、偶然部屋に居あわせた人も道連れにしてしまう。

 

「巻き添え被害はないほうがいいのだが、対象の確実な殺害と両立させるのは難しいな」

「四百十二号さんのお考えは立派ですよ。最近はそんなのお構いなしの連中が増えてきて、嘆かわしい限りです」

「どういう奴等なんだ?」

「……あまり大きい声じゃ言えませんがね、目的達成のためには手段を問わず、を地で行くような若い方たちです」

「六号は何と言ってる?」

「抑え込みに必死ですが、五号があまり協力的ではありません」


 ひとつの家族が真っ二つに割れようとしていた。

 六号は昔ながらの伝統を引き継いだ教育方針を変えようとしない。丁寧な情報収集と綿密な準備が合言葉でもある。

 他方、五号は変革を訴えていた。速度重視方針の良さは誰にも否定できない。情報戦に関わった者からすれば当然とも言える。


「足して二で割るってわけにいきませんかね」

「まったくだ」


 この時はまだ笑い話ですんでいた分裂の兆しが本格化したのは、皇帝の不予とそれに乗じて発生した跡目争いが勃発してからだ。

 皇后は後妻で第一皇子とは血縁じゃない、と言えばわかるか。皇帝の崩御後に第一皇子が戴冠すれば何の問題もないはずが、皇后と第二皇子が組んで簒奪さんだつを企んだのさ。最終的には第一皇子を廃して離宮に押し込める算段だったと推測するが、あいにくと第一皇子は重臣や将軍たちに評判がいい。

 恥知らずな母子と取り巻き連中は、あろうことか漆黒の猟犬に汚れ仕事をさせようとした。皇后と第二皇子の連名で、第一皇子が信頼を寄せる有力者たちの一覧表が送られてきたんだ。謀反の疑いあり、早急に調べて然るべき処置を取るべし、とね。


 六号は命令を無視して握りつぶした。

 皇帝がいまだ存命中なのにもかかわらず果敢な措置を取った母子には敬服するが、一覧表の任務を全て実行してみろ、そんなに国が滅ぶ様子を見たいか、と幹部会議で言い放ったそうだ。

 こんな命令に従ったら騒ぎが一段落した時点で我々は必ず粛清される。国家の重鎮を多数殺害した実行犯として闇に葬られる。そうなりたくなかったら、今回のお家騒動には関与しないことで双方に恩を売る方針に従え、と珍しく声を荒げたとも聞く。


 自分も六号と同意見だった。

 皇后と第二皇子は逆上しているとしか思えない。何かの拍子に皇帝陛下が意識を取り戻されたらどうする。ちっとも効果を上げない聖堂の治癒師が唱える回復魔法が突然効いたら母子は帝国を私せんと試みた反逆者になるではないか。

 君側の奸を除く、とは言うが、一覧表に名を連ねる面々が命を奪われるほどの失政をしでかした記憶もないし、今日になっていきなり謀反の疑いというのも取って付けたようで間尺に合わない。

 跡目争いが第二皇子側の勝利に終わった場合は厄介だが、それでも第一皇子に心を寄せている軍幹部を操縦できるとは思えなかった。つまり、漆黒の猟犬を命令不服従で処分しようにも誰が処分するのか、ということになる。

 そう考えれば、六号の打ち出した方針が唯一の最適解のように思えたのだ。


 しかし、我々の不幸は、皇后と第二皇子が諦めてくれなかったことだった。

 母子は漆黒の猟犬五号と秘密裏に連絡を取って引き抜きにかかり、六号の指揮から離脱することを誓った彼の扇動でかなりの数の若い隊員が同調した。さすがに幹部からは同調者は出なかったが、中堅どころからは数人の隊員が恩賞づくで五号の配下となる。

 五号に出された命令はジェームズ=ブルック抹殺指令。そして、五号による漆黒の猟犬乗っ取りと掌握である。最終的には六号に拒否された命令を改めて実行させるつもりだったのだろう。

 もちろん、ジャック=ブライアンこと四百十二号である自分はこの企みに気付いていなかった。血で血を洗う猟犬同士の暗闘が始まろうとしていた、とでも言えば格好が良いが、本当は事態が動き出すまで蚊帳の外だったのさ。


いつもご愛読ありがとうございます。

お家騒動ともなれば汚れ仕事専門の部隊にお鉢が回ってくるのは当然。勇気をもって断った先は流血の予感、というお話でした。精鋭部隊が分断されてしまった結末はいかに?

徃馬翻次郎でした。

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