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第149話 英雄の作り方 ③


 王都で営業しているマグスの骨董品店には裏の顔がある。

 それは店主の審査に合格すれば秘密の会員になることができ、見料を支払うことで店先に出せない曰く付きの品や禁書本を閲覧できる、というものだ。

 かねてよりリンは古道具屋の裏稼業とでも言うべき秘密倶楽部を利用していたのだが、この詳細は伏せることにする。この程度の秘密も守れないようならリンはマグスに出入り禁止を食らってしまうからだ。


 かくして、本の出所を秘匿したままリンの説明が始まる。

 説明会の参加者は誰もが興味深々だ。ハンナ、エルザ、コリンは“竜の祠”については存じよりがあったが、冒険や勉強の過程で見聞きした伝説や物語のようなあやふやなものでしかない。その他の者に至っては、はるか昔のタイモールには竜が生息していた、というおとぎ話程度でしか竜という言葉自体に馴染みが無い。

 必然、竜の子に関する情報提供は皆の興味をひいた。


 リンはミーン・メイが書いた『これはびっくり精霊魔法 宗教的権威の表と裏』の内容を簡潔にまとめて、最後半部分の記述のみを強調する。

 尋常ならざる力を身に着けた竜の子が腐りきった世界を焼き払った後に恐怖支配した、という伝説が実在する一方、その力を用いて世界滅亡の危機から人類を救った救世主になったとする説もある、と彼女は説明した。


「ほら♡やっぱり!まるっきり怪物ってわけじゃないんだわ♡」


 黄色い歓声を上げた変態は続けて持論を述べる。


「ラウルちゃんを亡き者にしようとか閉じ込めようとか、そんなの問題外よ♡私なら仲良くして救世主の一統に入れてもらうわ♡恐怖の大王配下でも一向に構わないけど♡」


 ヘーガーが力説するラウルへの愛に満ちた宣言にはコリンが条件付きで賛同した。


「ラウル兄に人類の味方になってもらう必要がありますね」

「待て待て、何か忘れていないか?ラウル君は旅の最後に竜の力とやらを捨てるつもりなのだろう?救世主も恐怖の大王も無い話ではないのか?」


 際限のない話の拡張にウィリアムが釘を刺すが、コリンには考えがあるようだ。


「仰る通りです……が、考えようによっては期間限定でエスト村の守り神にもなりうるのでは?ラウル兄ですよ?荒ぶる神のラウル兄なんて想像できますか?」


 そこからは重苦しい沈黙が嘘だったかのように議論が活発化した。

 各々がラウルと共に生きる方法を模索しているのだ。

 実際、荒ぶる神を祭って味方につける信仰形式は東方諸島に多い。祭祀さいしの対象は恨みを残したまま死んで鬼になったと噂される人物であったり、反乱を起こして討伐された英雄、果ては干ばつや水害のような自然現象まで実に幅広い。雑な言い方をすれば、やしろを建てて世話をさせてもらうから荒ぶる力を貸してくれ、という取引である。

 コリンが言うように簡単に事が運ぶかどうかは不明だが、ラウルを殺さずに済むひとつの解決策ではあった。


「クルトさん、ハンナさん、私だって何もかも今まで通りにラウルと接することは難しいです。特に、その、人食いのくだりは……」


 リンが語りだすと議論は止み、彼女の言葉に全員が集中する。


「それでも、ラウルを諦めるなんてできません」

「リンちゃん……」

「むむッ」


 これで決まりだった。

 ラウルと共に生きたい。

 理屈ではない、正直なリンの心の内はジーゲル夫妻には十分すぎるほど伝わっている。それは他の説明会参加者にも伝播し、ことごとく同意を得た。

 さらに彼女は感情論だけではなく、具体的な対策も提示する。


「竜の子の使命……彼の旅にはできるだけ同行したいと思います。ここで見放したら彼の心は荒れてしまう。巡り巡って人に恨みを持ってしまう。救世主はともかく、せめて世界を灰にするような怪物に育たないように側で見守りたい……」

「見上げた覚悟ね、お嬢さん♡婚期を逃しても知らないわよ♡」

「世界が滅んだらそれどころじゃないでしょ、ヘーガー店長」


 ここまで言われては他の面々も何をか言わんや、我が意を得たりとうなずく者もいるなかで、ヴィルヘルムが口を開いた。

 

「この際、男爵様にも、えー、この会議ですか、加担していただくのはどうでしょう?」


 彼が提案した作戦はブラウン男爵を引き入れるというものだったが、態度保留から一転した積極策に一同は難色を示した。確かに有力者の加勢は喉から手が出るほど欲しい状況だが、秘密保持という点で問題があり、そもそも賢い領主なら災いの種を抱え込もうとはしないはずだ。

 

 皆の意見を一通り聞いたヴィルヘルムは、まあ聞いてください、と一拍置いてから作戦の狙いを説明し始めた。


「これからラウル君はタイモール大陸を旅して回るわけですが、四方平和な今なら旅行者として観光名所を巡ることは容易い。ところが、見どころを外してあちこち探りを入れる人物はどう見えますか?どう考えても間諜です。アルメキア以外では間違いなく疑われるでしょう」

「あらあ♡ラウルちゃんを冒険者にするつもりかしら?」


 心なしかヴィルヘルムとヘーガーの距離が近い。


「それでは不十分です」

「つまり?」


 エルザが先を促す。

 彼女のような冒険者にならないのなら傭兵だ。訓練期間を考えれば遠回りだが、アルメキア国内なら独自の情報網や各支部における支援も期待できる。

 しかし、彼女はジーゲル夫妻が意地でもラウルを傭兵旅団に就職させなかった事情を知っている。今さらねじ込むのは無理がある、となんとなく思った。


 はたして、ヴィルヘルムの提案は冒険者でもなく傭兵でもなかった。


「英雄になったら誰も手が出せないのでは?」


 小さなどよめきが起こる。

 ラウルが悪目立ちして教会や聖騎士に目をつけられないための相談ではなかったのか。


「おい」

「もう少し詳しくお願いできるかしら?」


 ジーゲル夫妻がいぶかるのも無理はない。他の面々も怪訝けげんな表情を隠せないが、ヴィルヘルムは動じることなく請われた詳細を話す。


「立て続けにエストで起きた騒動を持ち前の怪力で平定した王国民の守護者、気は優しくて大兵だいひょう百人力の好青年、その名はラウル=ジーゲル!」


 詳細と言うにはあまりにも時代掛かった講談調で一席打ちはじめた彼に皆が目を丸くして驚く。


「ち、ちょっと総隊長さん、大丈夫?」(心配だわ♡)

「なにかのお芝居?」

 

 ヘーガーとエルザは彼の言わんとするところに気付いていないが、リンとコリンは何事か察したようだ。


「いくら何でも盛りすぎ……ひょっとして……」

「ラウル兄を英雄ラウルに祭り上げる……」

「そうです。貴族は無理でも騎士身分ならなんとかなるかも知れません。平民からのお取り立ては前例がありますから」


 ようやく一同が得心した。

 ラウルを郷土の英雄にすることで彼の身を安全にする。騎士身分を得ればなお良し。白昼堂々と武装できるほか様々な特典を享受できる。

 しかし、都合のいいことばかりではない。


「詳しくは知らないが、騎士団員ともなれば集団生活だ。配属先にもよりけりだろうが、秘密保持には向かない環境ではないかな?」


 製材業者兼狩人にしては妙な台詞だが、ウィリアムの指摘はもっともである。ヴィルヘルムは彼の指摘を妥当と認めたうえで話を続けた。


「そこは頭をひねる必要があります。例えば、あー、そうですね……騎士団の先輩に肩を並べるのは百年早うございます、とか何とか言って修行の旅に出る、といった口実はどうでしょう?」

「そんな曲芸が通用するのかな……」


 エルザは見込みがないと言わずに“曲芸”と表現したが、そこに皮肉や悪意は感じられなかったので、ヴィルヘルムは気にせずに話を締めくくる。


「ご懸念は当然ですが、これで決まりではないのですから、この作戦を基幹に適時修正を加えることでご承認いただけませんか」

「うむ。しかし、男爵様を説得できるのか?」

「それが残ってたわね……」


 大勢はラウル英雄化作戦に決したのだが、平民が騎士に転ずるには有力貴族の後援が欠かせない。ラウルの事情を明かしてなおかつ味方になってくれそうな貴族はブラウン男爵以外に思い当たらなかった。

 ジーゲル夫妻の不安は言うまでもなく男爵にラウル支援を断られた場合の対応だ。


「説得に失敗したら、ですか?その時は逃避行でしょうね。ムロックへでも亡命しますか。私も追いかける振りぐらいはしないと」

「おいおい」

「冗談が生まれるほどの余裕あり、と思っていいのかしら?」

「男爵様には長年お仕えしておりますからね。緩やかな上昇志向をお持ちの方ですから、利を説けばお聞き入れくださいます。ただし……」


 作戦途中でラウルの正体が露見した場合は男爵は手のひら返しで狩る側に回ることになることをお含みおきください、と付け足すのをヴィルヘルムは忘れなかった。

 あくまでも彼はエストの公僕なのだ。


「承知した」

「それにしても、保留していたのと男爵を巻き込む算段はけっこうな開きがあるわよ?」


 ハンナはヴィルヘルムの心変わりを問うた。


「えー、ラウル君の話とリンさんが読み聞かせてくれた伝説を併せて考えますと、竜の子に手を出して無事で済むはずがありません。竜王が、あー、粛清対象一覧表をお持ちなら我々は表の上部に割り込んでしまうことになるのでは?」

「むう」

「火あぶりか粛清か、焼かれる相手が違うだけなのね」

「そうです、奥さん。この件ではよほど慎重に振舞わないと、我々が命を落とすのです」


 火刑の主催者は教会、粛清の実行者は竜王である。

 聖タイモール教会に人工生命体の存在を知られるわけにはいかず、妖の者を匿っていると感付かれてもまずい。

 また、竜王の配下を亡き者にした場合は祟られても文句は言えない。最悪、竜王の報復によって村ごと灰にされる可能性まであった。

 ヴィルヘルムが心変わりした理由の解説は説明会の参加者に欠けていた視点そのものであり、ラウルの今後を決めるうえで決定的な一石となったのだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

今さらですが、ヘーガーはいい男が大好物の男性です。

騎士になって国中見て回るのは名案に思えますが、物見遊山のように行くはずもなく、当然邪魔もはいるわけで、という具合いで今後の展開に乞うご期待です。

徃馬翻次郎でした。

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