第146話 【むかし話】ウラシマタロウ【ひどい改変】
いつものこぼれ話です。
《 昨日 ラウルの精神世界 実体はエストとポレダ間の街道上 》
ポレダからエストの移動を含めて、ラウルの昏睡期間は数日に及んだ。
傍からは呑気に眠りこけていると思われていた彼の精神世界では、詰め込み式の戦闘訓練と座学が行なわれていた。怠けるひまなど一瞬たりとも与えないオトヒメの集中講義は瞬く間にラウルを精強な竜の戦士へと作り替えてしまう。
ところが、並行して行われているはずの肉体修復と神経接続の確認がいつまで立っても終了しない。
ラウルはつい声を若干荒げてしまった。
「ねえ、まだ?」
「主様、申し訳ござりませぬ。今少しの御堪忍をば」
「何が駄目だったの?」
「右腕の呪いが本体部分にも侵食しておりまして、切り離すのに難渋致しました」
「呪い……記憶にない」(時々手の甲に走った痛みのことかな)
「常人ならば身動きすら敵わぬ強力な呪いでござりまする」
「本当?」(じゃあ違うな!)
ラウルは座学に戻ろうとしたが、前々から気になっていることを聞いてみる気になった。
「ところでさ、竜王様の能力って何なの?超強力な魔法以外にもいろいろあるんでしょ?」
「お答えいたしかねます」
「ケチ!」
「経済状態とは関係がないと思われます」
表情や抑揚を追加して話しやすくはなったものの、冗談が微塵も通用しないオトヒメである。しかし、ラウルは諦めない。
「お答えしかねる、じゃなくって、勉強熱心、って言って欲しいな」
「は?」
「竜王様がああやって美人さんを並べているのも強さの秘密なんでしょ?」
「ああ、それでしたら確かに竜王様の能力です」
「まさか、あそこに並んでいたお姉さん全員を……」
精神世界であってもラウルの鼻の下は伸びる。なぜなら自分でそう設定したからだ。オトヒメは知らぬ顔で説明を続ける。
「厳密には屈服させた者の能力を奪い、使役する能力です」
「クップク?」
「戦いの末に敗れて臣従を誓った者、手籠めにされて竜王様無しでは生きられなくなった者、あまりにも隔絶した能力差に鼻をへし折られた者……」
「……」(すごいことをさらっと言ったな)
「竜王様に心酔して自ら身体を開いた者も……そういえば美沙ちゃんどこいったんだろ」
「ミサちゃん?」(喜ぶところだったけど四百歳とかでしょ、どうせ)
「……こちらの話です。気になられるのなら、直接お尋ねになることですね」
「それ、死なないと無理なやつでしょ」
オトヒメの言う通りなら、屈服に男女の別はないはずだ。
にもかかわらず、竜王精神世界の大広間には女性しか列に並んでいなかった。
これは明らかにスケベ目的だ、とラウルは断定する。これから先、竜王と取引する際に優位に立てる点があるとしたらスケベしかない、圧倒的な数的優位が不公平だと文句をつけるのに格好の材料をみつけたわけだ。
どちらにしても、列に並んでいた女性たちのことを知りたければ、今一度竜王の精神世界にはせ参じる必要がある。そこはラウルが再び落命せねば招かれることがない場所だ。
質問は封じられた形だが、オトヒメならどうだろうか。この手の質問は彼女がラウルの心に引っ越してきて以来試していない。お互い私生活は大事、という理由もあって質問を控えてきたのだ。
しかし、今の話の流れなら答えてくれそうではある。
「オトヒメさんはどうなんですか?」
「私ですか?」
「そう。気になるなー相棒だからかなー」(ダメかな?)
「私……私たちは討伐されたクチです。部下の助命を条件に魂を捧げました」
「ええっ!?な、なにやったの?」
世間一般で討伐対象にあがるものとしては、野盗団のような犯罪者、田畑を荒らす野良魔獣、通商を阻害する海賊や水棲系魔獣などが考えられるが、オトヒメの外観からは想像もつかない。
「主様は仙丹をご存知ですか?」
「センタン……」
「簡単に言うと仙人になることができる薬です」
「ごめん、センニンがよくわからないや」
「歳を取らない、死なない魔法使いです」
オトヒメは簡単に説明したが、本格式の仙化は長い時間と手間をかけて行うものだ。
まず、導引法と呼ばれる柔軟体操で身体を柔らかくし、穀立ちをする。穀立ちはコメや麦を口にしないことで身体を軽くする減量法のひとつだ。最終的には水すらやめて霞だけを食べるようになる。
雲に乗って落ちずに移動できるようになれば仙化の完了である。もっとも、水浴び中の女体に見とれて墜落したスケベ仙人もいるので、ゆるぎなき精神力も必要らしい。
「スゲエ!……でもさあ、飲むだけでなれるの?」(もめごとの予感しかしない)
「ええ。面倒くさい修行や食事制限なしで仙人になれるとしたら大発明ですよね?私は仙丹の製造と密売に手を染めていた、とでも申しましょうか」
「ええ」(アカン)
仙丹とは言うが、オトヒメが主に製造していたのは純正品ではなく、原材料からして異なる廉価版の品である。純正品の在庫もあるにはあるが生成に気の遠くなるような時間がかかってしまう。さらに買手をよくよく吟味する必要があるので、基本的に売り物ではない。
ちなみに、純正仙丹を人間が服用した場合は天仙は無理でも地仙ならなんとか、という程度であり、廉価版の方は体が丈夫になって気分がよくなる程度の効果しかない、ということだ。
「空を自由に……」
「飛べはしない、ということです」
「でも、身体の害にならないなら良い薬なんでしょ?」
「はい。ところが、地上への輸送を任せていた亀型魔獣が質の悪いスジ者に絡まれまして、そこへ仙丹を愛飲してくださっている上得意客の方が通りかかって事無きを得ました」
「地上?」(いい話だよね?縄張り争いじゃないよね?)
「私、鱶ですから」
「そうでした」
「せっかくなので、最初からお話ししましょうか。時間もあることですし」
「お願いします」
「そも今は昔、余が竜宮城のあるじにてありつるを……」
「オトヒメさん、オトヒメさん」
「ああ、主様は現代っ子でしたね。失礼しました。では、改めて……」
◇
【ウラシマ伝奇】
意外に思われるかもしれませんが、かつて人間や亜人と共生していた魔族は非常に多かったのです。仲良くしているというよりは、互いの生活圏が被らないように気を付けていた、というほうが正しいかも知れませんね。
当時の魔族には先進技術や魔法道具に一日の長がありましたし、魔法やその研究水準も比較になりません。人や亜人たちは貢物を持ってきておこぼれをいただく関係が長い期間続きました。
私は練丹術に秀でておりましたので、海の底に拠点を構えて気楽にやっていたものです。地上との連絡はごく少数の魔獣に任せて、材料の仕入れや買い出しをするついでに、効き目の弱い仙丹を売ればかなりの稼ぎになりましたからね。
海の底は静かです。
研究の邪魔もほとんど入りません。食事と娯楽には力を入れていましたから、従業員(皆水棲系の魔獣か水中呼吸可能な魔族です)の勤続年数も立派なもので、地上に遊びに行きたい者は変わり者扱いされていたことを覚えています。海底の方が楽しいんですから、まあ、当然ですね。
そんな状況が一変したのは、ウチの運び屋がお客様に助けていただいた例の事件が起きた後です。
亀から報告があり次第、直ちに幹部会議を開いて対応を協議しました。
お客様はウラシマ様と申される立派な青年で、ウチの薬で元気に仕事をこなされている優良顧客のおひとりでございます。今後ともご愛飲いただけることは間違いありませんので、お世話になったお客様には仙丹一年分を差し上げよう、ということになったのですが、それはそれとして製造現場をぜひ見たい、との申し出がウラシマ様からありました。
薬品の製造販売をしている以上、お客様にご安心いただくというのは大事なことでございます。製法の肝心な部分に覆いをかけてしまえば問題なかろう、ということで見学を許可することになりました。初めてのお客様ですから、みんな喜んで歓迎会の企画まで立てていました。
今思えばそれが間違いだったのです。取り返しのつかない大間違いでした。
さて、ウラシマ様を竜宮城にお連れするにあたってひとつ問題がありました。
人間は水中呼吸ができません。魔法や薬品で一時的に溺れないようにすることはできたのですが、ウラシマ様が長期滞在をご希望になったので、魔石の埋め込みや肉体改造を含む永続的措置が必要になってしまいました。魔族と同等になれば寿命の延長も大幅になされます。
それでもウラシマ様はエラをたいそうお気に召して、ウニやアワビの密漁で大儲けができる、とたいそうご満悦でらした、と聞いております。
問題はここからでございます。
招待したウラシマ様は仙丹の製造現場にはあまり興味がないご様子で、それよりもウチの女性従業員に粉をかけるのにご執心なのです。あれほどの好青年がここまで豹変するのか、と誰もが驚くありさまでございました。
長らくお客様がなかったうえに、研究部門にはおぼこい娘が多く、ウラシマ様に次々と手玉に取られてもてあそばれました。炊事や娯楽部門の娘たちも例外ではございません。
発覚が遅れたのは、当職の管理不行き届きですが、彼女らは全員がウラシマ様の妻だと信じ切っていたのです。ウラシマ様が役者だったのでしょうか。我々が愚かだったのでしょうか。今となりては詮なきこと、我らも過去に戻る術までは持っておりませんでした。
とにかく、重大な裏切り行為は見逃せません。
製造現場見学と称して狙いは酒池肉林、八つ裂きにして下水に流されても文句は言えますまい。
ところがウラシマ様は逆に慰謝料を要求してきたのです。
人間を辞めさせておいて出て行けとはなんだ。詫び料と立退料を寄こせ。聞き入れなければ地上に戻って主上に申し上げ、軍勢を差し向けて成敗くれる、とえらい剣幕でございました。
ここで我々は一計を案じました。
竜宮城は海の底。どうあがいても水中呼吸のできない者など恐れるに足りません。要するに、ウラシマ様さえ気分よくお帰りいただいて、そのあとエラと延命措置を無効にしてしまえば何の問題もないのです。
私たちは高価な蒔絵の箱に吸入型の薬剤といくつかのからくりを仕込みました。我々が吸い込んだらとんでもないことになってしまいますから、『開けてはなりませんよ』と何度も念押したのは冷や汗ものでございました。
運び屋の亀に命じてウラシマ様を地上へ送り返した時には皆が脱力するほど安堵しました。もうこれで、破廉恥な地上人に悩まされることもない。傷ついた娘たちの心を癒すことに集中しよう、しばらくはあまり仕事に根をつめずのんびりやっていこうじゃないか、と立ち直りかけていた矢先のことです。
竜王様がお出ましになったのです。
ウラシマ様は地上に戻られて何日もしないうちに亡くなられたのですが、その間に竜宮城の話をほうぼうに言いふらされました。その話の中には純正仙丹の話も含まれていたのです。
権力者と言われる方々は不老不死というものに目がありませぬ。主上はただちに軍勢をおこすべく竜宮城討伐の詔をなさいました。
我々は、海の中までどうやって来るつもりだ、と嘲笑ったものです。実のところ、近寄ってきた軍船を何隻も沈めてやりました。
業を煮やした主上が遣わされたのが竜王様でございます。
これより少し前に異世界召喚された勇者でしたが、この時はまだ竜人族と申す種族の強者で、神ではございませんでした。
竜王様は魔力とよく似た神通力というものをお持ちで、見たこともない術式で海底の地形を変化させ、我々の竜宮城を陸まで押し上げてしまわれました。
こうなっては我々の敵う相手ではございません。
たとえ陸に上がろうとも人や亜人に後れをとるものではありませんが、竜王様は桁が違いました。
我々は悔し涙を流して降りました。
降った我々を並べて、元締めとは誰ぞ、との御下問が竜王様よりございましたので、私が進み出ましたところ、何か存念があるなら申せ、と続けてお尋ねがございました。
そこで私は我が身と引き換えに従業員、とりわけ娘たちがむごい目に遭わぬよう、ひれ伏してお願い申し上げました。
竜王様は、諾、と言われましたが、同時に仙丹を残らず出すようお命じになります。そして、炒り豆でも召し上がるようにして全て平らげてしまわれました。
「こんなものがあるから争いが起きるのだ」
そんな意味のお言葉を呟いてらしたと思います。
その時から竜王様は神になられました。原因は純正仙丹の過剰摂取ですね。不老不死の何倍、という計算が成り立つのかは不明ですが、もはや何者であろうとも傷ひとつ負わせること叶いませぬ。
そして、時を同じくして私は身も心も竜王様に捧げてお仕え申し上げております。
【語り手 寵姫オトヒメ】
◇
「実体はとうの昔に朽ちておりますから、魂だけの私が主様のところにお邪魔できているわけです」
「なるほどね」(竜王様に抱かれたのか殺されたのかは謎だな)
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「うん。あー、勉強になったよ」(竜王様は不死身か……)
ラウルはオトヒメの謎もひとつ解くことができた。
それは殺人や食人に対する障害の低さだ。いとも簡単に命を奪う作戦を立てたり、食人に全く抵抗が無いのは彼女が鱶であることだけが原因ではあるまい。
「オトヒメさん、今でも人間が許せない?」
「むろんです。いや、主様なら……あるいは……」
「なあに?」
「何でもございません。さあ、気分転換はもうよろしいですね?いつ何時自習時間が終わるともわかりませぬぞ。一周したら温習!」
「うぐッ」(オレに厳しいのは人間嫌いだからじゃないのか!?)
こうして、ラウルはオトヒメの身の上話を聞きことができ、竜王の秘密のごく一部に触れることができた。
ちなみに、東方諸島に伝わるウラシマ伝説においては、竜王のくだりは全て消去されており、竜宮城から分捕るようにしてせしめた蒔絵箱がなぜか正当な土産物になっている。そもそも、開けてはならない土産と言うのもおかしなものだが誰も気にしない。おかげで話の流れや結尾が不自然なこと極まりないのだが、誰もそれを指摘しようとしないのだ。
それはとりもなおさず、東方諸島にも竜王の存在を消し去ろうとしている連中がいたことの証左なのだが、さすがの大作家ミーン・メイもウラシマ伝説の真相にはたどり着けなかったようである。
いつもご愛読ありがとうございます。
トンデモ昔話第一弾はいかがでしたか、評判が良ければなんとかして次話も考えます。本物の浦島太郎より設定や結尾がキレイだと思うのは私だけでしょうか。きっと私だけなんでしょうね。
徃馬翻次郎でした。