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第137話 竜戦士ラウル ④


 沈み込むようなラウルの感傷をよそに右腕再生が始まった。

 右腕欠損部の断面に亀裂が生じ、子牛の出産を想起させる肉袋が顔を出すと、あっと言う間に先端が腰の位置までずり落ちる。次の瞬間には破水して右腕の再生が完了した。

 同時に竜戦士形態の残り時間表示もラウルの視野から消える。さしあたり秒読みが必要ない程度まで竜気が満ちた、ということだ。


(強度も神経接続も問題なし。動作不良も……なし)


 再生なった右腕を回し、てのひらを開け閉めするオトヒメは自分の仕事ぶりと海賊たちの驚き慌てふためく様に満足して悦にひたっている。


(やよ!奴輩やつばら魂消たまげりしおもてこそ見給みたもうべけれ!)

(ちょっと、オトヒメさん、あいつらなんか変だよ!)

 

 興奮気味のオトヒメが発した言葉はラウルにはさっぱりだ。

 彼女でも気分が高揚するあまり注意が散漫になるのか、と彼は意外な思いをしたが、目前ではそれにもまして奇異な状況が繰り広げられている。

 戦闘開始と同時の『停止』を食らってから腰を抜かしたままの海賊たちが、突如として胸をかきむしる勢いで苦しみ出していたのだ。

 三人とも尋常な苦しみ方ではなく、瘴気のようなものまで発しているのにもかかわらず、衛兵は助けようともせず満足そうに眺めている。


「う、ぐ、苦しいッ……イギィ?」

「ほほほ。ようやく薬が効いたようですねえ」

「おい、これは、いったい何のクスリ、イ、イ……イーッ」

「イーイーうるさいですね……言ったでしょう、夢の薬ですよ」


 それまでへたり込んでいた海賊たちは旧に倍する勢いで筋骨隆々に膨れ上がる。黒光りする肉体はいかにも精強そのものだが、目から知性の光が消えていた。鼻からはどす黒く固形分の多い鼻出血を垂らしているが気にも留めない。


(主様、脅威対象が変化しま……まさか、死霊術!?いや、傀儡くぐつの法か?)


 オトヒメが慌てるのも前例のないことだが、ラウルの視野に映る三角印も三つが中抜きの縁のみに表示が変更された。

 ただし、彼女の推測はすべてが正確ではない。

 海賊たちの心肺機能は停止するどころか大幅に強化されており、筋力や運動能力に関しては見た目以上の人型兵器と化しているにもかかわらず、竜眼にアンデッド判定された理由は、脳と脳幹の一部が破壊されているので死体扱い、という判定によるものだ。確かに彼らは二度と人間社会には戻れない。

 操り人形にしている、という意味では正に傀儡であるが、薬物による肉体の変化であり精神操作魔法の結果ではない。

 つまり、目の前の狂戦士たちは全く未知の技術の賜物なのだ。


「ほーほっほ!みなさん、思う存分暴れなさい。遠慮は無用ですよ」

「「「イーーーッ!」」」


(統率が取れてる……)

(主様、あやかしの術に惑わされてはなりませぬ。これは手妻でござりまするぞ。首魁しゅかいを逃がしては大事になりまする)


 幾分口調が時代掛かったままだが、手品と同じ目くらましだからポレダ衛兵から目を離すな、というオトヒメの忠告だ。

 なるほど、彼はやや半身になって後じさりを始めている。


(主様、『死の呪い』を提案いたします)

(よ、四人全員?)

(不死者に呪いは無駄でございます。あの衛士えじもどきは尻尾を巻いて逃げるはず。彼奴の背中に卑怯者の烙印を押してさしあげればよいのです)


 生きながら不死者に作り替える術の存在に憤ったのか、あるいは仲間に戦わせておいて自分は逃げる衛兵に怒ったのか、オトヒメの提案は生ある者に死を命じる竜語の行使であった。


 一瞬置かれた間を、隙あり、と観た衛兵は振り返りもせずに駆け出した。

 その間に彼は素早く作戦を立てる。

 隠し港の階段を上り切ったら思い切り呼び笛を吹きながら逃げる。休憩中に物音を聞きつけたので駆けつけたら怪物と遭遇した、と言えば何も怪しまれることはない。いかに強力な怪物でも衛兵隊で包囲し、傭兵団の増援を呼びこめば乱戦になる。その間に姿を消して薬の効果を報告に戻る必要が……。


『ソナス・トォイ!』


 二、三歩階段を駆け上がった状態で衛兵は糸の切れた操り人形のように脱力し、絶命した。ラウルが命じた生命活動停止を命じる竜語が息の根を瞬時に止めたのだ。この竜語は格上の者には通用しない。さらに対象が人であった場合は心理状態にも多分に影響を受ける使いどころの難しい竜語なのだが、ラウルは一発で決めて見せた。竜気と称する魔力以外にもかつて殺されたことへの報復の気持ちが乗っていたことは明らかだった。


(やっちまった……今度こそ自分の意思で……人の命を奪った……)


 復讐をやり遂げたとはいえ、ラウルの心は空しい。

 剣術の修行を始めた時から、いつかはこの瞬間が来るとは思っていたが、命のやり取りなど一切ない一方的な死の強要であった。峰うちや寸止めで降参させる余地もない。自分が命を落とした時も初めて他者の命を奪った時も同じ、そこには何の浪漫もない。

 今なら、傭兵稼業から息子を遠ざけようとした両親の気持ちが分かろうというものである。よくも無邪気に冒険者になりたいなどと抜かしたものだ、とラウルは自嘲の想いを止められなかった。


 ややあって、再び竜戦士形態の残り時間がラウルの視野で明滅する。そこへ屈強な狂戦士と化した海賊が襲い掛かった。

 武器を使う知能は残っているらしく、手斧やサーベルがうなりを立てて振り回されるがオトヒメ操る竜戦士にはかすりもしない。あしらいながらラウルと話す余裕すらある。しかしながら、竜戦士形態の活動限界が近づいており、このままでは変化を解除して生身で狂戦士たちと対峙する羽目になる。 


(主様、彼らはもはや人に戻ることかないませぬ)

(ダメなのか……)

(この際、人型標的として色々試すのも有益かと存じます)

(いや、オトヒメさん、人間に戻れないのなら、いっそ一思いに……)

(……でしたら、頭部破壊を推奨申し上げます)


 オトヒメは狂戦士たちを訓練相手にするよう提案したが、ラウルに拒否されたので効果的な代替案を提示してきた。アンデッドに効く火炎や光線を投射する竜語を即席で仕込まなかったのは港湾火災の危険を考慮したからである。これはポレダ住民の心配をしたわけではなく、自らの窒息を恐れただけであり、他意はなかった。


 ラウルは竜戦士の操縦をオトヒメから交替し、狂戦士たちの攻撃をかわしながら首をはね、頭を握り潰す。

 オトヒメに任せることもできたが、この事態を招いた責任者の一人として、せめてもの手向たむけのつもりだった。


 実はラウルの生死によらず“狂戦士事件”は発生することになっていた。

 つい先ほど絶命した衛兵の目的は治安の擾乱じょうらんと薬の実験であり、それが自己の逃走のため前倒しになっただけなのだ。

 その事情を知ることができないラウルは、自分さえ蘇生しなければ、との思いを捨てられなかった。ラウルが死亡したままの場合は、迎えに来たであろう捜査班の誰かが狂戦士と出くわしていた可能性も十分あるのだが、現在の彼にそこまで考えることはできない。なにしろ、五つも死体が転がっているのだから、平静でいろ、というほうが難しい。


(こんなはずじゃなかったのに……)

 

 ただ、生き返って余生を全うしたかっただけなのに死体の山を築いている。それに人殺しはこれっきりとは限らない。竜王の依頼を受けての旅と調査は始まってもいないのだ。


(主様、お考えのところを邪魔して申し訳ありませんが、間もなく竜戦士形態が解除されます)


 オトヒメの指摘通り、ラウルの視野に表示された残り時間はもういくらもない。


(え?あ、本当だ。人型に戻ったらすぐに動ける?)

(残念ながら主様のお身体は二、三日寝込んでしまわれるかと存じます)

(聞いてないよ……)

(主様、そもそも一度お亡くなりあそばしたのをお忘れですか?それとも新しい肉体が何の問題もなくいきなり使用に耐えるとでも?さきほどの竜戦士形態は緊急避難的例外、主様は今日生まれたようなものなのですよ。再生に不具合がないか調べるのはもちろん、内臓の代替器官が人間と同じ配置になっているか点検、生前の御姿と遜色ないように調整、労いの言葉を強要はしませんが仕事が山積み……)

(わかった!悪かったよッ、よろしく頼みます)


 オトヒメはようやく機嫌を直したが、彼女の仕事にケチをつけることは二度とするまい、ラウルは誓った。同じことを言うにしても、彼女にお願いする体を取ればいいのだ。例えば、頑張って寝込む期間がもう少し短くならないかな、と頼めば彼女も折れて知恵を絞るだろう。

 仕事の邪魔をすると怒られるのはリンも同じだが、怒らせると面倒なのは圧倒的にオトヒメである。第一、反論や苦情が恐ろしく長い。おまけに心の底から理解できたか詰めてくる念の入れようだ。


 そう言えば、リンはどうしたろうか、とラウルは思いをやる。

 再会は叶いそうだが、自分の身にまつわる状況をどう説明したものか、あるいは如何にして隠し通すか、はたまた悲しいことだが彼女を遠ざけて関わらないようにするか、どれを選んでも茨の道である。

 まさかとは思うが正体を知られた途端に避けられることだってありうる、という具合でラウルは気が気でない。それだけ生還が確実になって欲が出てきた証拠でもあるのだが、一番の友人でスケベの理解者を失うことは避けたかった。


(お悩みですね、主様)

(ああ、うん。親とか友達との接し方も考えないと……)

(いっそ無縁になって家を出る、というのは?)

(そんなに簡単に切れないよ)

(親御さんや友の手で斬られたいのですか?)


 オトヒメはラウルが最も恐れていることを口にした。

 竜王も別れ際によく似ていたことを言っていた、とラウルは思い出す。怪物に対する自然な反応であり、両親の性格を考えれば、制御不能な怪物が世間様に迷惑をかける前に自分たちで始末しよう、と動く可能性がないと言い切れるだろうか。

 彼は、この件については少し考えたい、と言って保留を宣言する。


(承知しました。では、変化解除に備えて低い姿勢を取ることをお勧めいたします)

(はぁ)

(肉体的には気絶か昏睡と変わりませんので、頭でもぶつけるといけませんから……おすすめはうつ伏せです)

(なぜうつ伏せ?)

(主様は現在全裸でございます)


 ラウルは慌ててうつ伏せになった。

 きかん棒を不特定多数に公開するつもりはない。できれば両親、最低でも捜査班が最初に発見してくれることを祈るしかなかった。


 やがて、閃光と同時に白煙が立ち込めて竜戦士形態が解除され、一糸まとわぬラウルが隠し港の床に姿を現した。


(このまま救助を待てばいいわけ?)

(左様でございます、主様)

(身動きできないんじゃ寝て待つしかないよな)

(は!?)


 このラウルの発言は落ち着きかけていたオトヒメを再燃させる。彼女が聞き返す短い台詞に込められた威圧は彼を圧倒した。


(何のご冗談ですか?敵襲の第二波に備えつつ反省会です!休止時の緊急再起動は避けるべきですが、ここまで来て死なせるわけにはまいりません。おわかりですね!?)

(ヒェッ)

(御返事)

(はい……)


 かくして、ラウルの肉体は休眠状態のまま脳内反省会が開始された。


(主様、『死の呪い』は力を入れ過ぎましたね。もし効果対象を限定していなかったら港町中に響いてお墓の日付が全部同じになるところですよ。私はそれでもかまいませんけど)


 竜語は聞かせたい対象を竜眼で選択してからでないと声が届く範囲まで際限なく効果が及ぶとは初耳である。そのような人の命に係わる重要事項を説明会開催まで端折るあたり、オトヒメはいよいよ恐ろしい人物である。対象を指定しなかった竜語は格段に威力が低下する、とのことだが、意図せずに殺戮者になることなどラウルはまっぴら御免なのだ。

 オトヒメに気をつけなくては、とラウルが警戒するのも無理はないのだが、そう思うあまりに彼の応答が生返事になったのを彼女は見逃さなかった。

 

(主様……)

(はぁ)

(外的要因が遮断された状況で集中力を欠くのは問題ですよね?)

(へっ?)

(主様の精神世界には勉強部屋が必要です)

(べ、勉強はちょっと苦手、いや、かなり……)

(押し込めができるような……)

(監禁!?)


 ついに、今まで頭の中に響いていた声だけのやり取りが視覚化されることになった。

 具体的には、ラウルがいつでも見ることができる夢の中に特定の場所ができた、と言えば感覚的に最も近いだろうか。

 それは竜王の精神世界にあった大広間に比べれば簡素な一軒家なのだが、オトヒメの居室に加えて居間もある。ラウルの勉強部屋も確保されているが、恐ろしいことに外部との出入口がない。出たいときにはいつでも出られる、とオトヒメは後になって明かすのだが、この時のラウルにとっては恐怖でしかない。お互いの姿が視覚化されることにより、よそ見も居眠りもできない魂の牢獄である。


「無理だあ!」

「はい!主様、集中!」


 もう寝かせてほしい、というラウルの要望は却下された。

 いい歳をしてまた学校の真似事とは、と彼は泣きたい思いだったが、落ち込む暇を与えないオトヒメなりの気遣いだと気づくには彼は若すぎたのだ。

 ひとつ救いを挙げるとすれば、ラウルの精神世界は処理速度が並以下、つまり時間経過が現実世界と同じ点であったことだろうか。

 有難いことに、彼がが形のいい尻を晒すのも想像以上に短時間で終わる。ハンナ班長率いる強襲班が海賊船の制圧を手荒く済ませて港に接岸しようとしていたからだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

兵隊さんやお巡りさんのような専門職の方でも初めての射殺は精神的負担が大きい、と聞きます。ラウルも竜戦士形態でなければ吐きまくって再起不能になっていたことでしょう。簡単に克服できるわけもなく、家族や友人の手助けを得て折り合いをつけるのにも時間がかかるのは必定、といったところでしょうか。

次のお話は事件の後始末を書きながら、ジーゲル家に様々な転機が訪れる予定です。お楽しみに!

ちなみに狂戦士は仮面世界や戦隊モノの戦闘員をごつくした体でお願いします。イーッ!

徃馬翻次郎でした。

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