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第10話 初陣 ②


「もうすぐ開くぞ」

「突入準備、槍隊整列」


 撤去作業班の報告が届き、つづいてヴィリー隊長の号令がかかった。

 それぞれが配置につく。一旦隊列を組んだらジーゲル夫妻はラウルと離れてしまうので、最終確認と注意を与えようとする。


「ラウル、準備はいいか」

「はい、親方」(き、緊張してきた)


 準備とは言っても、村の衛兵や軽装歩兵以下の気楽な格好だが、念のため点検する。


・短剣(オレの私物だ)

・水筒(エルザさんが貸してくれた。あとで返却するがその前にやることがある)

・回復薬と解毒剤の入ったカバン(ヴィリー隊長からの支給。余ったら返却する)


「母さん今日はクルトさんの背中を守るのに忙しいから」

「エルザさんの言うとおりにするよ」

「お願いね。危ないのはだめよ!」

「そっちこそ」


 言い返しながらラウルの頭に疑問が浮かぶ。一番危ない目に遭うのは両親のはずだが、母はちょっと買い物に行ってくる程度の軽さで先陣を引き受けている。父もまるでいつもの鍛冶仕事のように淡々として恐怖や緊張の色はうかがえない。冒険者というものは、引退後も規格外の存在なのだろうか。


 クルトは腕組みをして立ったまま瞑想中。ハンナはヴィリー隊長を呼び止めて追加の打ち合わせをしている。出撃後の指揮所を救護所に割り当てる相談で、ヴィリー隊長は作業員救出後の回復を教会任せにするつもりだったらしく、全く計画外のことだったようだ。隊長が礼を述べているようだから、何らかの手配はもうハンナが済ませたらしい。


「開いたぞ!」

「気をつけろ!」


 作業員たちの奮闘により侵入口ができ、もともとの坑道壁面があらわになる。手荒い歓迎を受けて乱戦になる想定もしていたのだが、なぜか蜘蛛型魔獣の姿は見当たらない。

 念のため衛兵隊全員で包囲陣形を展開し、冒険者部隊を先に入れた。最後尾のラウルが坑道に入ると、衛兵隊の半数とヴィリー隊長が二列縦隊を組んで後に続く。残った半数の衛兵が二交代制で監視する手はずだ。


 だんだん薄暗くなってきた坑道入口手前の空き地では、煮炊きの煙があがっている。どうやら手の空いた村人が炊き出しをはじめたようで、採掘作業員や待機中の槍隊に湯茶の接待をしている。釣り鍋には謎の雑炊らしきものが煮えていたが、事件が起きたのはちょうど昼時、誰もがラウルのように幸せな昼食にありつけたわけではなく、昼飯抜きで救出作業に従事していた者も大勢いるのだ。客席を魔獣に汚染された食堂の亭主が、もう今日は仕事にならねえ、とぼやきながら雑炊づくりに参加し、持参した食材を追加投入しては炊き出し班の拍手喝采を浴びていた。


 さて、ラウルは坑道に入るのは生れてはじめてのことだが、意外に広くて快適という印象を受ける。身を屈めることを強いられる暗くてじめじめした職場という勝手な想像をしていたのだが、それはかなり昔のことで、現在の鉱山は随分違う様相を見せている。それでも、外界のように自由な移動ができるわけでは決してない。


「変化したら身動きできないわね」

「私ひとりならなんとか」

「俺たちは」

「まずつっかえるな」


 ハンナがつぶやき、エルザが応じる。戦士兄弟は熊系だから二人一度に変化されると坑道一杯になると予測するが、事実その通りだろう。迷宮や坑道、屋内や城内での戦闘はこの問題がつきまとう。敵にしてみれば、狭い場所で巨大化した亜人はそれこそいい標的だろう。亜人たちが話している通り、あえて狭いところで変化する意義は少ない。今のところ、人型の利点である武器・防具・魔法の利点を生かすほうが有利に立ち回れる。


 時折、魔獣が放出した粘液質の糸や体液やらで足を取られそうになるが、肝心の蜘蛛型魔獣の大群はどこへやら、一向に姿をみせない。死骸はけっこうな数が転がっていて、なかには採掘道具がささったまま絶命している魔獣もいた。作業員たちがぎりぎりまで抵抗、奮戦していた証拠だ。

 

 しかし、どういう訳か一匹たりとも魔獣が姿を見せない。一回の戦闘もすることなく地下二階の広間に到達してしまう。

広間は作業用の物資置き場や休憩室になっており、たくさんの木箱や採掘道具に加えて、長椅子や机も置いてあった。

 ヴィリー隊長は陣地の防壁として使えるものを探すよう部下に命令したので、木箱は直ちに、長椅子と机は本来の使用方法とは異なる置き方を強制されて、陣地の一部となった。一応の防御態勢が整ったのを見届け、衛兵隊と別れた捜索隊は坑道の最奥部を目指す。


(うう、心細いよ)


 ラウルは思わず心の中で弱音を吐いたが無理もない。はじめての坑道探索の緊張に加えて、たった今部隊の戦力が半分以下になったのだ。


 鉱物探知のための魔道具が発明される以前は、鉱物資源がどこに埋まっているのか不明なため、一本の直線通路から枝分かれする坑道を何本も掘る方法が一般的だった。膨大な手間暇もさることながら、下階層の天井が抜けてしまわないように坑道の強度を確保する必要がある。そのため木材や鋼材、場合によっては土魔法で補強していた。

 お目当ての鉱物を探知する魔道具の登場は、そういった既存採掘法の概念を一新した。目標までの最短距離を掘ればよいわけで、費用や時間が大幅に削減されるだけでなく、坑道内の地図が簡単になるという副産物まで生んでいる。


 エスト第四番坑道もその例にもれず、直線が多く、脇道が少ない。時々寄り道してはいるものの、ほぼ一本道だ。坑道自体のつくりもゆったりしていて、照明も行き届いていた。


(しかし妙な掘り方だな。これで儲かるのか?)


 クルトはあたりを見回すついでに壁を拳で叩いていたが、捜索隊に停止を指示した。


(ここなら少々暴れても崩落の危険が少ない)


 崩落以外にもう一つ、懸念がある。今まで姿を見せない蜘蛛型魔獣の存在だ。大騒ぎを起こしたと思ったら一斉に姿を消したり、統制が取れている点も気になるが、おそらく彼らは巣に戻って食事の最中だ。生まれたばかりのはずだから直ちに繁殖、産卵とはいかないだろうが、徐々に栄養をつけて巨大化し、いずれかの時点で地面に這い出す。つまり、根絶やしにするほかないのだが、いきなり巣に飛び込むことも遠慮したい。

 クルトは思い切ってエルザと相談することにした。


「提案がある」

「うん?急いだほうがよくないかい」

「ここで迎え撃ちたい」

「!」


 エルザだけでなく一同絶句したが、クルトには理由がある。

 巣は大量の蜘蛛であふれていると想定して間違いない。勝手の知れない未踏破区域内で同時攻撃を受け、全周防御を強いられることも想像に難くない。防御に優れた騎士や重装歩兵がいない現状では厳しくなる展開だ。  

 それだけならまだしも、巣やその近辺には捕獲された作業員が最大五人、魔法の誤射の危険を考えると、巣の中での大規模戦闘はできるだけ避けたい。それなら、魔獣の侵攻方向が限定される直線通路で迎え撃ちたいというのは、一見合理的に思える。

さらに言うならジーゲル夫妻の武器について考えねばならない。両手剣と短槍は狭いところで振り回すのに適しているとは言い難い。戦士兄弟が装備している片手斧こそ現状に適した武器であり、偶然だが短剣を選んできたラウルの判断は全く正しかったわけだ。


 この先見通しがよく、そこそこの広さがあって確かな足場がある空間が存在する保証はどこにもない。蜘蛛の巣に突っ込もうとしている以上、粘糸や粘液に足を取られる可能性も当然考えておく必要があった。

 だからこそ現在地での迎撃をクルトは提案したわけだが、そうすると両手剣や槍のような長物を振り回しても、ここの天井や壁面に引っ掛けたりしない自信がジーゲル夫妻にはある、ということになる。

 長物の是非はラウルのような素人にもなんとなくわかる。短剣や東方の小太刀が存在する理由とはそれだ。むろん主武器が破損した際の予備という役目もあるが狭所や屋内戦闘を考えた場合、長物よりはるかに取り回しが良いのだ。

 だが、ジーゲル夫妻はそれぞれの武装を短剣と交換するつもりはないらしい。


 まず、エルザ隊の後衛とラウルを直線通路の開始地点まで下がらせた。残る五人で前衛を組む二段構えだ。これなら魔術師子弟の落ち着いた援護射撃が期待できる時間的余裕、すなわち前衛との距離が確保できるわけだから、一同異論はない。零距離の魔法攻撃ができないわけではないが、後衛まで敵に距離を詰められているということは戦線崩壊の非常事態と言って良い。できることなら比較的安全なところで詠唱するのが基本である。


「それで?」

「呼んでみるか」

「?」

「大声で」


 つまり、恐怖ですくんでしまっていたり、安全なところに隠れて魔獣をやりすごしたりしている五体満足な作業員がいるのなら、探しに行くのは手間だから自分で出てきてもらおうという作戦だ。

 そして、その作業員はお客さんを引き連れて現れる可能性が高い。騒々しく逃げて来てくれたらなお良い。転んで擦りむく程度の怪我で済めば上出来だ。

 

 エルザはようやく理解して狩猟用鞭を強化したお気に入りの武器を取り出した。別に美声を出す必要はないのだが、ハンナは声の調子を整えている。戦士兄弟は緊張した様子で手斧の握りを確認していた。


「いいか」

「うん」

「あー、アー。準備よし」

「やるか」「やるぞ」


 この手がうまくいく確率は半々だとクルトは考えている。正直なところ、相手の本拠地に乗り込んで乱戦になり、包囲攻撃を受けて負傷や思わぬ損害を被るより、自分たちの制御下で迎撃するほうが幾分有利になると考えているに過ぎない。


「「「おーーーーーい!」」」

「助けにきたぞー!」

「ブジデスカー♪」


いつもご愛読ありがとうございます。

だいたい原稿用紙10枚くらいが読みよいのでしょうか。

いろいろ試しながらやっていますが、どこで切るかも難しいですね。

徃馬翻次郎でした。

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