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第135話 竜戦士ラウル ②


《 『火炎球』の数分前 竜王の精神世界 》


 竜王の寵姫であるオトヒメは新生ラウルの教育係となって、新しい身体の動かし方や戦闘用の基本的な竜語に加えて、竜戦士形態になった場合の注意事項等を叩きこんでいたが、一通り教えた後で急に会話が止まった。

 表情からはうかがえないが珍しく考え込んでいる様子である。


主様ぬしさま、考え直すなら今のうちですよ。あの時死んでいればよかったとか、辛い目にあうのは主様なんですから。生を拾ったおつもりかもしれませんが、死ぬより辛いなんてことも……」


 彼女なりの親身な警告なのだが、ラウルは覚悟を決めていた。

 さしあたっては竜王の依頼をこなして大陸中をまわる。日限が切られていないことだけが救いの難行だ。直近の目標としては衛兵の皮を被った悪党を無力化して難を逃れ、早期に両親と合流する。

 道半ばで終えてしまった人生を続けるための、いわば竜王との取引だ。

 取引という以上、双方が何らかの責務を負担するものなのだが、その為に自分が何を差し出したのかラウルはよくわかっていない。そのような気持ちのままで固めた覚悟がその場しのぎの甘いものだったと思い知るのは現実世界における数分後だ。


「オトヒメさん……オレ、やり残したことたくさんあるんだよ。まだ死にたくない。神様のおつかいがロクな事にならない、って親から聞いて知ってるけど……それでも、オレは……」

「そこまでご承知なら、何をか言わんや、です」

「……」(一応、心配してくれているらしい)

「何かご質問はございますか、主様?」


 彼女は質疑応答の時間を設定して、少しでもラウルの不安が軽くなるよう努めた。竜王には、使い物にならなければ見切りをつけて放置せよ、と命じられていたのだが、実技だけでなく精神面までも面倒を見るあたり、ラウルを捨て殺しにするつもりはないらしい。

 

「うん……あのさ、オレの魂を新しい身体に戻したとして、それはオレなのかな?」

「もう少しつまびらかにお願いします、主様」

「ガワは以前とは別物なんだよね?そこへ魂を戻したとしても、全然別の人間のような気がするんだよ」


 オトヒメはラウルの質問に淀みなく答える。

 竜戦士形態を解除して人型に戻った場合の見た目は生前と同じである。記憶や感情、という意味なら心配無用であり、過去の記憶に齟齬そごが生じたり、極端に性格が変異するような事故は今のところ発生していない。確かに感覚は全くの別物になってしまうが、これは慣れていただくほかない、とのことだ。

 

「主様、お耳汚しですが、私からもひとつだけ」

「なんです?」

「竜戦士は高貴なれど異形。当世の凡俗に受け入れられる姿ではございませぬ」

「そ、そうだね」

「ひれ伏すか、恐れるあまり討とうとするか、どちらかですよ」


 オトヒメの忠言は理にかなっているのだが、突き詰めれば、現状で竜戦士の姿を見た人間は死んでもらう、ということに繋がる。

 見た目が半端ない“僕の考えた最強の魔神”のごとき雰囲気を醸し出している以上、どれだけ正義の味方と言ってみたところで、まず信じてもらえない。

 今回は蘇生と修復を同時に置くなう為の緊急避難として竜戦士形態に変化するが、普段は能力を封印しておくことになるだろう。町中で衛兵や聖騎士に囲まれるような事態は絶対に避けねばならなかった。


「それとも竜王様のように楯突く者どもの命を片端から刈り取ってしまわれますか?さすれば、主様の御姿に文句を言う奴は一人もおりませぬ」


 このような提案が何の躊躇ちゅうちょもなく出てくることこそ、竜王とその眷属に注意しなければならない点だ、とラウルは警戒した。どうもこの人たちは人の命というものに対して軽すぎる、とも思う。


「ダメだよ、そんなの」

「蘇生した場に主様を屠った曲者が居たならば、いかがなさいます?」

「ううッ……」

「この姿はなにとぞ内密にしてたもれ、と悪党にお願いなさいますか」


 結局、ラウルは衛兵の殺害に同意した。

 もし、隠し港が無人だった場合は肉体修復に専念するという条件付きだったが、自分の殺人犯に対しても無条件に殺害許可を出さなかったのは、コリンとの約束を忘れなかったからである。その条件づけが意義あるものになるとは思い難い状況だったが、とにかく人死にを避けたかったのだ。


「なんともお優しい主様……なれど、そのようなご気性では、この先きっとお辛い思いをなさいますよ」

「竜王様も、おつかいの邪魔をする奴は皆殺しにしろ、とは言わなかったよね?」

「あくまでもその線で押すおつもりですか」


 やれやれ仕方ないな、といった風情でオトヒメはラウルの転送準備を始めた。

 彼女は大層に“魂戻しの儀”と称したが、儀式が始まればものの数秒でラウルは現世で目を覚ます、と言う。その間に竜王の竜核から延びた根が身体の隅々まで侵食し、臓器や組織が新しく生まれ変わる、とのことだから驚きだ。

 ラウルは彼女の説明を懸命に聞いていたのだが、ほとんどが未知の技術や知識であったから、実際のところは驚き以上の呆然とした体で聞いていたのが正確な表現だろう。

 

 これでもう後には戻れない。

 運命の輪が音を立てて回りかけた瞬間、何処からともなく豚の鳴き声とラッパの音が混ざったような甲高い爆音が鳴り響き、オトヒメが転送中止を告げた。


「どうしたんです?」(な、なんの音?)

「申し訳ございません。平たく言えば転送失敗です」

「ええっ!?」

「訓練したり話し込んだりしている間にですね、主様の実体が移動して座標が変更されたと言いますか……おまけにお身体のほうもさらに刻まれて、早い話が全然血が足りません」

「移動って?」

「当初の予想通り、海中です」

「……」(細切れにして海に捨てやがった)

 

 ラウルは心に広がるどす黒い感情を止められなくなった。

 ここまでする悪党に何の遠慮会釈をする必要があろうか。悪党には行いに応じた相応の報いがあって当然ではないか。最悪、二度と悪事ができぬようにされても文句は無かろう。

 そう息巻くラウルをよそに、オトヒメはしばしの転送延期を申し出た。


「座標の再計算と、構造組み換えの見積もりをやり直してみます」

「はぁ」(見積もりしかわからん)

「主様にお待ちいただくあいだ、こちらの一分の一ポレダ衛兵で竜語の練習でもなさってて下さい。主様が身罷みまかる直前にご覧になってらした人物ですね」


 オトヒメが扇子を一振りすると巨大化した竜王や様々なラウルの人形が消えて、代わりに衛兵の皮を被った憎き悪党が姿を現した。あまりにもよくできていたので、ラウルが一瞬のけぞったほどだ。

 オトヒメは姿を消し、広間にはラウルとポレダ衛兵人形が残った。

 最後に見た人間がこんな悪党の男なんて願い下げだ、やり直し、ぜいたくは言わないが女に囲まれるか抱かれるなりして看取られたい、とラウルはスケベ心と復讐心をごちゃ混ぜにした闘志をかき立てて竜語の練習を開始する。


 しかしながら、ラウルは実質竜の子一年目の初心者であり、竜語に竜気すなわち魔力がうまく乗るかは未知数である。

 オトヒメによれば、以前の竜の子は能力に目覚め次第、夢通信や神託を介して連絡を取り、竜の祠巡りや竜王御寝所参内を通じて竜の力を会得させていた、とのことだ。

 一方のラウルは言うなればにわか竜の子である。

 竜の力をもって何をするにしても予定の能力を発揮できない可能性があり、それはオトヒメの予測を簡単に裏切る、ということだ。良い知らせがあるとすれば、技の威力や変化時の身体能力はあくまでも予測であり、上ぶれすることもありうるらしいが、こればかりは実戦投入してみないと何とも言えない、とのことだ。


 いくらにわかであってもオトヒメの教育は容赦ない。戦闘用の竜語はとっさに出せなくては意味がないのだ。ラウルも真面目に取り組もうとはしたが、あまりにも物騒な言葉が多すぎて閉口した。

 爆ぜろだの大地を引き裂けだの、明らかに人を殺しにかかっているのだ。他人を元気にしたり生活を便利にする竜語は気落ちするほど少ないのだが、せっかくオトヒメが人形を用意してくれたことだし、とラウルは竜語の練習を開始した。

 人形には効果判定機能があるらしく、上手く竜気が乗れば青く光り、発音自体が失敗すると赤く光ったりするので、人形相手と思えば楽しい娯楽に見えなくもないのだ。もっとも人間相手となると楽しいことにはならないだろう。

 竜語のキモは発音と対象を支配しようとする意志力、最大威力を発揮するには竜核の規模と数、といったところであろうか。


『知能低下』 イシ・ニラーカ   魔力と魔法防御減少

『死の呪い』 ソナス・トイ    即死  

『沈黙』   ト・クナ・カナーセ 魔法禁止 静粛をもたらす

『突風』   キ・ナトーカ    吹き飛ばし


 ここまではオトヒメが話していた竜族同士の喧嘩の際に使用された竜語の一覧で、ラウルが参考までに聞いておいたものだ。即死の言葉が問題にならないのは呪いの効かない竜族だからであり、魔法防御が高くない者にとっては死刑宣告と同様である。


轟雷ごうらい』 カクーナ・ミ・シイス 


 これはラウルが発動できなかった竜語である。効果は不明。おそらく巨大な電撃魔法に近いものが発動すると思われるが、気象や自然災害を操る竜語は必要とされる竜気が甚大であり、竜核ひとつきりでは竜気が足りない計算になるのだ。

 この理屈は魔力が足りなければ詠唱の発音が正確でも発動しない魔法と同様である。


『停止』   ト・カラーセ    足止め 速度低下

『服従』   ラス・シイス    人や物に命令できる

『開錠』   ラ・セイミ     扉や宝箱の鍵などを開ける


 ここからはラウルのスケベ心全開の結果である。

 それだけに上達速度は他を圧倒した。

 物に命令、とは奇異な言い回しだが、竜の力はあらゆる事象に影響する。

 何をとは言わないが動きを停め、逆らえない不思議の力であんなことやこんなことを命令するのだ。さらには戸締りなど無用の長物と豪語するスケベの怪物である。夜這い特化の怪しからん組み合わせだ。


「そうだ!夜の王都で娼館に行くんだ。店の前で『服従』を叫んだら楽しいぞ!今すぐ出て来いって、何て言うんだろう?」


 ラウルはとんでもないイタズラを思いついたが、そうは問屋が卸さなかった。


「今まで聞いた中で一番くだらない力の使い方ですね、主様」


 いつの間にかオトヒメが立っていて口調からうんざりした気持ちが伝わってくる。 


「き、聞いてたの!?」

「はい。第一、これから意識を共有するわけですからね。引っ込んでろ、と仰ったときは見ないようにも聞こえないふりもしますけど……」

「うッ」(筒抜けかよ)

「『ト・クラテ・モイ』」

「え?」(結局教えてくれるのか)

「隠れてる相手を強制的に引きずり出したり、見えるようにします……けど、そもそも能力を隠すおつもりなら、町中で竜語を大っぴらに使うなんて考え物ですよ。御戯れに頭をつかうくらいなら、その場その場に応じた竜語をとっさに出せるように練習してください」


 ラウルは恥じ入って反省した。

 まったくもってオトヒメが正しく、ぐうの音も出ない。

 最低でも竜語を聞かれないようにしたり、怪しまれないようにしたりする努力はすべきだ、とオトヒメの忠告を素直に受け入れることにする。

 しかし、思っていることが何もかも伝わる、というのはいくら何でも問題が多すぎはしないか。厠や寝床の中まで一緒ではどうも落ち着かない。 


「現実世界での会話はどうなるの?まさか念じるだけで通じるとか?」

「何か問題でも?」

「大ありだよ!ああ、ほら、一人になりたい時とか……」

「わかりました。お互い私生活は大事ですから、私も主様の思念は読まないようにします。用事があるときはお互い呼びかける。心で呟くことがあってもお互い流す。どうです?」


 やたらと“お互い”を連呼するオトヒメの提案だが、相互主義ということなのだろう、とラウルは思うことにした。彼女の素性は気になることが多いが、深追いして根掘り葉掘り聞くのはよそう、と彼は留意しておくことに決める。


 もう少し立場や内容が違えば、同棲を始めたばかりの恋人達が共同生活の規則を決めているようにも聞こえるのだが、実施する項目はごみ捨てや炊事の当番よりはるかに高度である。新しい相棒との取り決めは慎重を期する必要があった。


「とりあえずやってみて、上手くいかなかったら相談しませんか?」

「承知しました……それでは今度こそ転送準備を開始します」


 オトヒメの言葉と同時に軽やかな打楽器のような音が鳴り響き、次の瞬間には竜王の精神世界から二人の姿が消えていた。


 落命したラウルは現世に舞い戻ることとなったが、魔法万能の世界に未知の技術をひっさげての帰還である。

 しかし、その正体を世間に知られるわけにはいかない。

 なにしろ竜戦士の姿は化け物にしか見えないから、目撃したのが聖騎士でなくとも通報され、賞金首ないし討伐対象になるのは明白だった。その恐ろしい姿がアルメキア王国の民に受け入れられるのはまだまだ先の話なのだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

竜語に関してはシャーロック・ホームズの『踊る人形』が好きな方はすぐに解いてしまわれるんでしょうね。英語圏では使用頻度が多いEが鍵になって、その文字が分かればあとは簡単、という奴です。

がんばれラウル!よみがえれラウル!

徃馬翻次郎でした。

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