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第130話 竜の目覚め ②


「お主の存念をまだ聞いてなかったな」

「ゾンネン……」(竜王様は言い方が古いというか、難しいというか……)

「余としてはどちらでも構わぬのだ」


 このまま死なせてくれと言うのならそれもよし。竜の子としてタイモールに降り立つのなら万難を排して定命の理を曲げてつかわす。よって、お主の思うところを述べよ、と竜王は丁寧に説明する形で言いなおした。

 

(竜王様はおっかないのか親切なのか謎だな)

 これはラウルの率直な感想なのだが、彼は竜王の親切な部分に甘えて、現状確認を試みることにする。なにしろ、ここが何処なのか、自分の立ち位置のようなものも不明なのだ。


「竜王様、決める前に教えていただきたいことがあります」

「……申してみよ」

「死んだ、ということは理解できたつもりですが、他にも謎だらけで、本当のところは何が何やら……そんな状態で大事な事を決めるのも失礼な気がして……」

もあろう」


 もっともなことだ、と竜王は肯定し、難しい用語を言い換える平易な言葉を探しているのか、はたまた秘密にしておくべき部分を除外しているのかは不明だが、ラウルの疑問に答えるべく考えをまとめ始めた。やがて、


「ここは余の精神世界、心の内にある別世界、と言うべきか、まあ、そのような場所にお主を一時的に招待している、と思え」


 と、ラウルの目が点になるようなことを言い出す。


「えっと、オレは死んだのでは?」

「確かに死んだ。その瞬間に魂とでも言うべき存在のみを救出し、この世界の住人として迎え入れたのだ。ここに居並ぶ者どもはいずれも肉の身体を持たぬ魂だけの存在だ」


 竜王は左右に並ぶ女性陣を両手で指し示し、続けて、


「ここで実体を持つものは余とお主のみなのだが、お主の実体は……」


 竜王は原寸大ラウル人形に向かってあごをしゃくり、端的に言えば死体、と表現された悲惨な状況を指摘した。ラウルの魂は肉体と乖離かいりしているわけだから、広間にいる女性たちと同等なのだ。

 魂だけの存在、と断言された彼はますます心細くなったが、一応、助けてもらった礼だけは言わねばなるまい、とも思った。


「それはどうもご面倒をおかけしました」

「礼を言うのはまだ早い。考える時間はくれてやるが、お主はいずれここを去らねばならぬ。それに、お主が選べるのは改めて死出の旅路へ赴くか、竜の子となるか、ふたつにひとつなのだぞ」

「うっ……」


 単純に、死にたくない、とラウルは思っている。

 しかし、蘇生を選んだ場合は竜王に莫大な借りができ、掃除当番を申し付けられても嫌とは言えなくなる。掃除業務の内容が大量破壊や虐殺を含むとあってはなおさらだ。 

 突きつけられた二択は大いに彼を苦しめる。

 本心を言えばどちらも嫌だが、それに文句を言える立場でもなければ、第三の選択肢をひねり出す余地も最初からないのだ。

 彼は返答に窮したのだが、礼の学者然とした女性の報告が割って入った。


「竜王様、この者には神の影響のほか、人為的な加工……強力な呪術や高度な封印術式の痕跡が見られます」

「神の介入だと……続けよ」

「順に申し上げます。制限付きではありますが超再生、疾病や毒への防御は完全なものが加護として付与されております。他にもいくつかあるのですが、封印により機能しておりません」


 竜王は報告を吟味していたが、ラウルに向き直って問いただす。


「ふむ……どこぞの神はお主を手駒にする腹だったと見える。心当たりはあるか?」

「はぁ……あッ!」

「申せ」

「ウチには聖槍がありました。両親と母方の先祖も因縁が……」


 竜王は、ふふん、といった感じでうなずき、報告を続けさせた。


「竜魂を抜き取った方法は不明ですが、右腕のいずれかの部分に呪術を施して防御を突破し、魔力吸収と同様の魔法術式を使用したものと思われます」

「ラウルよ。現世で言うところの魔力の器と竜魂とは似て非なるものだが、共に星や大地の力を吸い上げてたくわえておくもの、と思え。どうだ、存じよりはないか?」

「いえ、物心ついた時には魔力不能でいじめられていましたから。赤ん坊の時に何かあったかもしれませんが……記憶にありません。右腕については……時々手の甲に痛みが走ることがありました」


 左様か、と答える竜王の声から同情するような気配がわずかに感じられたラウルだが、竜王の表情に変化は見られない。


「竜核はどうだ。それも抜き取られたのか?」

「いえ。盗られる以前に育っていなかった、と思われます。お耳汚しですが、竜王様は龍脈と直接つながっておいでです。しかしながら、竜の子は竜の祠を中継点としなければ龍脈の恩恵を享受できません。龍脈なくして竜核は育ちませんので……」

「竜の祠に異変あり、と申すのだな」

「そう思慮いたします」

「で、あるか」

 

 報告を終えた女性は列に戻る。

 ラウルはその内容を欠片も理解できないのだが、今度は竜王からの説明がない。しばらくの間重苦しい沈黙が続いた。

 やがて、竜王がおもむろに口を開く。


「ひとつ取引といこうか」


 思わずラウルが身を固くする。

 竜王が蘇生させてくれるかわりの条件はおそらく生半可なものではあるまい。実際、巨大な力を与えられて、焼き払えだの押しつぶせだの命じられるぐらいなら、このまま死なせてくれ、とラウルは願い出るつもりだったのだ。


「そう身構えずともよい」


 竜王が諭すように言う。

 なに、タイモール大陸の各地にある竜の祠を見て回り、怪異があれば解決してほしいだけだ。旅の最後に余の寝所へ参上せよ。その後のことは応相談、ということでどうだ、これなら異存あるまい、と彼にしてみれば多分に譲歩した取引らしい。


 しかし、ラウルは不満であった。

 おつかいを頼むならもう少し言い方があるだろう。何なら旅をつつがなく続けられるようなお手当てがあってしかるべきではないか。堅牢無比で刃味抜群を誇る伝説の武器とか、攻撃魔法を反射するような超能力を寄こせとは言わないが、何もなしで蘇生したところで、もう一度ポレダ衛兵に刻まれて終わるだけではないか、という意味の疑問を不遜ふそんにも竜王に言上する。


「たわけッ!!」


 竜王の返事はしびれるような大喝であった。


「お主はこれまでの話を心して聞いていたのか?軽々に神々の加護など求めては玩具か奴僕ぬぼくにされるのが分からんのか?人にちょっかいを欠けてくる神は面白半分か、自分の影響力を増やそうと目論んでいるか、そのどちらかしかないのだッ!」


 彼の勢いは留まることを知らない。


「現世では神の使命を果たせば褒美の神器や超常の力が手に入るのか?死ぬたびに神と談合する機会が万人にあるとでも申すか?それとも何か、乞食の如く神通力の下賜を乞うのが流行っておるのか?」


 ラウルは竜王が怒っている内容の一部に聖槍が含まれている気がしたが黙っていた。それに、教会の連中が吹聴している魔力量の大小と信仰の関係はどうだろうか。両方とも神の世界の規則違反かすれすれの際どい行為である可能性も出てきたが、それを竜王に確かめる余裕がない。何しろ竜王の雷は終わっていないのだ。


「よいか、お主は既に特別扱いなのだ。再び命を得たうえは己を高めて力を手に入れよ!持てる者より奪え!強者から勝ち取れ!」


 ラウルはすっかりしょげてしまった。

 にわか仕込みの交渉術が通用しなかったこともそうだが、何より乞食呼ばわりが一番こたえている。魂だけになってしまったとはいえ、誇りまでは失ってはいなかったのだ。

 それに、自己鍛錬で強くなれ、という指導はもっともである。奪う云々は同意しかねるが、甘えるな、ということなら理解できる。

 ラウルの反省を感じ取ったのか、竜王はようやく怒りの矛を収めた。


「あいわかったか?」

「はい……」(なんかスゲェ怒られた……)

「……まあ、心細い心境も解らぬではない」


 このように、ごく稀にではあるが竜王は慈悲の顔をのぞかせるのだ。

 やれやれ仕方ないな、という気持ちは表情からはうかがい知れないが、どうやらさらなる譲歩をする気になったようで、居並ぶ女性陣を見渡した。

 特に命令は下していないのだが、彼の視線に応じて何人かの女性が一歩進み出る。

 さらにもう一歩進み出たのは、ラウルを惨状をまとめて“死体”と表現した東方風の舞姫だった。

 

「オトヒメか、珍しいな」

「竜王様に申し上げます」

「申せ」

「この者の実体はアルメキアの東端、海のすぐ側にござりまする」

「続けよ」

「はい。この者を生害しょうがいせし胡乱うろんの者ども、掃除ついでに実体を海洋投棄するは疑いなきことにて、万一、蘇生場所が海の底では……」

「溺れ死ぬ、か」

「竜王様の思し召しが海の藻屑となり果てるは必定でござりまする」

「……」(この女の人も言葉がところどころ特徴的だな)


 東方舞姫の進言を聞き入れた竜王は、指をひとつならして合図をした。その途端に広間にいた者たちは竜王とラウルにオトヒメを加えた三人を除いて煙のように姿を消す。


「では、そなたに任す」

「しかと承りました」

「ラウルは任に耐えずとそなたが見切りし折りは、構わぬ、捨て殺しにせよ」

「……」(なんだか酷いことを言われている気がする……)

「左様なことが起こらぬよう、あい務めまする」

「死なぬ程度に助け、教えよ。ただし、甘やかすな」


 どうやら彼女を相棒か指南役として付けてくれるらしい、と察したラウルは正直安堵した。監視役の可能性もあるが、相談相手がいるのといないのとでは心の支えが全く違う。これから超常の力を授かる可能性もあるのだから、その使用や制御の方法について質問できる相手は有難かった。

 

「仰せの通りにいたします……竜王様は?」

「余の実体から竜核を取り出し、瞬間物質転移の法でラウルの心臓とすり換える。わかっていると思うが、こやつの蘇生がなった後は神託か夢通信のような一方的通知しか送れぬぞ。例外は竜の祠と余の寝所だ……ラウルを頼むぞ」

「心得ました」


 竜王からオトヒメへの業務連絡は終了した。

 彼はラウルに向き直り、別れの挨拶にしては謎のようなことを言う。


「ラウル……竜の子として蘇る覚悟はよいな?」

「はい……」(死にたくない、やるしかない……)

「お主にも竜の力が単なる暴力でないことを知るときが来るだろうか。それとも力に酔うあまり信じる者に斬られるだろうか。あるいは神々に抗う為に……いや、今は何も言うまい。再びまみえる日まで……さらばだ、ラウル!」


 大広間の中にはラウルとオトヒメ、そしてラウル人形が残された。

 ラウルが一礼している間に竜王の姿は消え、椅子まで片づけられている。一気に殺風景になった大広間は、密室で発生した殺人事件の捜査がラウル人形を囲んで行われているかのような雰囲気を醸し出していた。


いつもご愛読ありがとうございます。

竜王様にスキルをおねだりして断られるラウルです。さらには蘇生した途端にで溺れてしまうかもしれない気の毒なラウルです。その彼のメインクエストに五つの目標が追加された、というお話でした。

どっちを選んでも茨の道だぞ!がんばれラウル!

徃馬翻次郎でした。

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