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第129話 竜の目覚め ①


「テンソウカンリョウ」


 ぞっとするような冷たい女性の声でラウルは意識を回復した。

 まだ視覚は微かに揺れている。

 背中に磨き上げられた岩石のような床材の感触が伝わってくるものの、それ以外はとにかく暗くて周囲の様子がつかめない。


(何が……完了したって?)


 ひとまず仰向けの姿勢からひじをついて上体を起こそうとしたラウルは両腕が揃っていることに衝撃を受けた。

 確か、人さらい一味を残らず懲らしめたつもりが、衛兵と兼業の悪党が残っていたのだ。彼は油断しきっており、不意打ちをかわしきれず右腕を失う重傷を負う。その後は殴る蹴るの暴行を受けたところまでしか記憶がなかった。

 

 いったいここが何処なのか探ろうとしてラウルは周辺を見回すが、闇夜のうえにかすみがかったような具合で何も手がかりがない。自分の足元のみがかろうじて見える程度のうす明かりしかないのだ。

  

 彼は探索を中止して座り込み、自らの身体を検めることにした。

 ざっと調べた感じでは、右腕だけでなく身体のあらゆる箇所に損傷が見られない。、ということは完全回復したのか、オレは助かったのか、とぬか喜びしたラウルだが、それにしては周辺の様子がおかしい。しかるべき治療をおこなえるような場所でもなければ、自宅の寝床でもない。

 そして、人の気配が全くない。


「リョウイキカクホ……ショキカチュウ……オマチクダサイ」


 また、例の声が響く。

 よくよく考えれば聞こえたのではなく頭に直接響いたような感じだ。


(な、何だって?何を待つんだよッ!?)


 ついでに言えば、言葉に感情らしきものが感じられない。言葉遣いこそ丁寧だが、無礼でもない代わりに温かみも、抑揚や訛りまでも除外された声音は出せと言われてもなかなか出せるものではない。


 そこでラウルはひとつの推論にたどり着く。

 やはりオレは殺されたのではないか、と。

 話に聞く天国でも地獄でもない空間は理解に苦しむが、謎の音声は、ひょっとして死後の世界へ赴く控室で“待て”ということなのかも知れない、と自らの死を受け入れはしたが後悔がないわけではない。


 人生これからの若さで命を落としたこともそうだが、両親の忠言をまったく生かせずに終わったことが何よりも悔しい。

 クルトは魔獣より人間のほうがよっぽど恐ろしい、と油断しないように言っていた。ハンナはもう少し具体的に、本当の悪党は味方のふりをして後ろから刺す、と言った。今に沿て思えば刺突と斬撃の差こそあれ、恐ろしいまでの予言的中であった。


「セツゾクシマス……サン、ニ、イチ……」


 またしても例の声だ。

 何の秒読みかは不明だが、ラウルは覚悟を決めて待つほかなかった。彼が思わずため息を吐いた瞬間、周囲の暗闇が晴れて周囲の視界が確保された。自分は広間のような場所の床に座り込んでいることも判明する。


「ラウル=ジーゲル」


 声のしたほうへ顔を向けたラウルは座ったまま飛び上がるほど驚いた。

 突き当りの豪華な椅子に腰かけた男性が声の主だとわかったのはいいが、声の届いた感覚に比して椅子までの距離がかなりある。彼の感覚でい言えば顔をつき合わせている時の聞こえ方だったのだ。

 さらには、両者の間に大勢の人が列をなしているのに気付いて愕然とした。

 これだけの人が今の今まで一切の気配を絶って並んでいたとはもはや彼の理解を大幅に越えている。なにしろ僅かな息遣いさえ感知できなかったのだ。

 

 驚きはそれだけに留まらない。

 声の主が発した言葉の内容である。氏名を間違えることなく発音できるからには、声の主と面識があるはずなのだが、ラウルには見覚えが全くなかった。


「覚えが無いか。幾度も、目覚めよ、と呼びかけたと思うが」


 その声には微かに聞き覚えがあったが、なかなか思い出せない。返答できずにいると、声の主は遠慮と観たのか親し気に声をかける。


「……直答じきとうさし許す」


 直接口を利いてもい構わない、という許可は幾分ラウルを気楽にし、記憶の断片収集を助けた。


「あ、あの、もしかして、夢の中で……」

しかり。他に連絡を取る手段がなかったのでな」


 声の主は鷹揚おうように答える。

 ラウルにしてみれば初対面にも関わらず、声の主は椅子の腰かけ方からしてすでに偉そうである。自宅のソファーでラウルが同じように背中をずらして足を放り出した座り方をしたらハンナに怒られるところだ。もっと偉くなってからになさい、と説教する母の姿が目に浮かぶ。

 つまり、声の主は貴人なのだ、と彼は気付き、片膝付きの姿勢に改めて頭を垂れた。


「うむ」


 ラウルの対応に声の主も満足そうである。


「えっと、貴方は……?」

「ひとは余を“竜王”と呼ぶ」

「リュウオウ……竜なのですか?」

「知らぬか。まあ、余がタイモールから姿を消してかなり経っているからな。是非も無い」


 リンや校長先生なら知っているかもしれないな、とラウルは思ったが、この状況では確かめようがない。


「それにしても、ずいぶん手ひどくやられたようだな」

「はぁ、不意打ちから蹴り倒されて、あとはもう……」

「ふむ、誰ぞ、申せ」


 声の主は立ち並ぶ家来と思しき連中に命令する。

 何人かがこれまた抑揚のない声で奉答したが、ここではじめてラウルは並んでいる人たちが女性ばかりであることに気付いた。美々しい衣装だったり、見慣れない異国の甲冑姿、露出が多く際どい服を着用している者も多いが、総じて生気が感じられない点が不思議であり、不気味でもあった。


「心肺停止、生命活動は停止しております」

「頭蓋損壊、脳挫傷、頸椎損傷、眼球は片方が見当たりません」

「右腕欠損、複数箇所の陥没骨折、大量出血」


 彼女たちは、謎の技術でラウルの死因を分析できるらしく、あるいはずっと見ていたのかもしれないが、彼の損傷具合を無表情のまま並べ立てた。 

 ラウルは大体の意味しか分からなかったが、それでも、このような状態の人間を一般的に何と表現するかは知っている。


「まとめよ」


 竜王がさらに命じた。

 立ち並ぶ面々を代表して、異国の舞姫にも思える艶やかな衣装を身にまとった美姫が一歩進み出て奉答する。


「死体、でござりまする」

「……」(ですよね)

「で、あるか」


 奉答に同意した竜王はラウルに視線だけを戻して、


「聞いたな?」


 と言うが、聞いたも何もラウルは現実を受け入れるのに必死である。やはりオレは死んだのか、もう戻れないのか、スケベも年貢の納め時か、と思うと無念の気持ちで一杯だったのだ。

 そんな彼の気持ちを無視して竜王は指を鳴らした。

 

「ひィッ!」


 ラウルが情けない悲鳴をあげる。

 彼の目前に、片腕を飛ばされ、顔面と頭を砕かれて血まみれのまま転がされている男性の人形が突如出現したのだから無理もない。

 動悸のおさまらぬ彼がおそるおそる観察すると、人形は実物と寸分たがわぬ細かい造作でつくり出された彼自身、言うなれば、一分の一ラウル=ジーゲル人形だ。


「ラウルよ、お主をこのような目に遭わせた卑怯者が憎くはないのか?」

「へッ!?」

「人の命を鴻毛こうもうの如く扱うやからに怒りが湧かぬのか?」

「コウモウ……」

「罪に問われぬのならいっそ殺してやりたい、と思ったことは?」 

「うッ……それは……」(人さらい、教会のやつら、いじめっ子……)


 ラウルの心にどす黒い感情が満ちる。

 恨みつらみというものは簡単に解消できたり昇華できたりするものではない。彼の怨念はエルザやコリンの導きによって薄れてはいたが、ふとしたことで再燃する熾火おきびのようなものであった。

 そして、今の彼には殺害されたことによる復讐の念も追加されていたのだ。


「ふははッ、いいぞ、それでこそ竜の子、余の代理が務まるというものぞ」


 竜王はラウルの心を見透かすように語り、悦に入っていた。

 ラウル自身は何も答えはしなかったのだが、どうやら心を読むらしい竜王の試しに合格したようだ。

 目下、彼の心の中では怨念の炎が渦巻いて火を放っている。エルザの教えやコリンとの約束が消火に走り回っているがなかなか鎮火に至らない状況だ。

 その火が治まりきらぬうちに、竜王はとんでもないことを言い出してラウルを益々困惑させた。


「よかろう。今一度現世に立ち戻り、竜の子として顕現するのだ!不浄の世を焼き払え!存在するに値せぬ人間の屑を一掃するのだ!」


 ここがいったいどんな世界なのか、それとも魔法がかかった空間なのかは不明だが、竜王はラウルを現実世界に戻す、と宣言した。

 ラウルの感覚では、生き返る、という意味にも聞こえたのだが、質問しようとする彼を竜王は手を上げることで抑えて後回しにし、またもや左右に居並ぶ者たちにはかる。


「どうだ?蘇生と同時に竜化して建物ごと押しつぶせば手間が省ける。ついでに町ごと更地にしてやれば、増上慢の寄生虫共にも良い薬となろうが……さわりがあれば申せ」


 聞いていたラウルがぎくりとするような案を竜王は平気で口にする。

 そのような力は彼にあるはずもないのだが、その意味において竜王の話ぶりと自分の現状がどうもちぐはぐだ。町を踏みつぶせるような術があらかじめラウルに備わっているかのような言い草なのである。


 そのようなラウルの気持ちをよそに、先ほどとは別の女性が進み出て、彼に手をかざし、それだけでは不十分だったのかラウル人形を丁寧に検めだした。


(なんか照れるな……)


 人形とはいえ、自分そっくりの分身をあちこちまさぐられたラウルは妙な気持ちになる。おそらく異国の学者か魔法使いのようにも思えるが、血だらけのラウル人形を目にしても眉ひとつ動かさず、直ぐに彼女の検査は終了した。


「おそれながら竜王様、この者には竜核がひとつもございません」

「……まことか」

「はっ。極めつけは……」

「よい、続けよ」

「竜魂が抜き取られており、竜化することは叶いませぬ」

「つまり、焼き払えだの押しつぶせだの命じたが、いずれも能わぬわけか。どうも立て続けに殺されすぎだとは思うていたが……さらに調べよ」


 あっさりと竜王は命令を撤回する。

 その原因は主としてラウルにあったらしく、竜王は調査続行を下命した。立て続け、という言葉の解釈は間違えようがない。ラウル以前にも竜の子が存在して、使命を全うすることなく命尽きている、としか思えなかった。その仕組みは不明だが、今は竜王が説明してくれるのを辛抱強く待つほかはない。


 ところが、竜王が調査を命じることで一瞬の間が空いた。ここでようやくラウルに質問する機会が巡って来たのだ。

 直近の会話は意味不明の部分が多いが、逐一問いただすのも煩雑な話であり、礼を欠く。そこでラウルは、質問はできるだけ簡単に、なおかつ竜王に気分よく喋ってもらう努力を試みることにした。


「竜王様、竜の子、とは何なのでしょうか?」

「……この世界の神は星の運命を含めたあらゆる事象に直接関与することができない」

「はぁ」(ホシ……?)

「という規則があると思え」

「はい」

「代理人として誰かを送り込んだり、息のかかった予言者を通じて影響を与えることもできるが、それも一時代に一人と決められている」

「という規則なんですね?」

「左様」


 二人、三人と任命できるかどうかも試してみたが上手くいかなかった、と竜王は付け加えたのだが、ラウルは聞き捨てならない前提が会話に含まれていたことに気付いた。


「つまり、竜王様は神様?」

「まあ、そのようなものだ。自慢ではないが実体もある。はるか東の果ての地下深く……いずれ会うこともあろう……その時までお主の命があればな」


 直に触ることができる神が存在するとは驚天動地どころの騒ぎではないのだが、世界中で話題にならないのはなぜだろう、とラウルは訝しんだ。それに、目前で懇切丁寧な教示を垂れている竜王は、聖タイモール教をはじめとする一神教の宗教指導者が説くところとは絶対に相容れない存在に他ならないではないか。


「はて?何故お主が神は一柱限りと思いこんでいるのかが余には解せぬ。余とて、もしお主が蘇生を拒めば死神に引き渡すつもりなのだが?」

「そ、それじゃあ、いったい、いくつ……」

「大勢、とだけ言っておこう。そして、そのほとんどは人のやることを見て楽しむだけだ。なかには争いごとを仕込んで人の本性を見るのが好きな神、逆に面倒見のいいお節介な神もいるわけだが……多数派は、そうだな、事態がどう転ぶか賭けて遊んでいる」

「そ、そんな……」(オモチャかよッ!)


 神の一人から直に聞いただけあって、内容は衝撃的だったが説得力は抜群である。

 ラウルだけではない。タイモール大陸で生を営む人全てが神々の遊戯が行なわれる盤上の駒だったのだ。


「余は……定期的に掃除をしたくなる性分、と言えばわかるな?」


 竜王はその盤をひっくり返す存在なのである。

 恐ろしいことに、世界は汚れきっていて人は増長するもの、と彼の中では相場が決まっている。もっと恐ろしいことには、今すぐに竜王が掃除をする気分になった場合、掃き清められるであろう汚物にはラウルの家族や大事な人たちが含まれているのだった。


いつもご愛読ありがとうございます。

精神世界はアルトネ世界のコスモスフィアが近いかもしれません。竜玉世界の精神と時の部屋だと、ちょっとイメージと違うかな、という感じです。ラウルの人形を調べている女性の件は、データ上のラウルをスキャンしているのを視覚的に表現した、と思っていただければ幸いです。ちなみに竜王様の音声は若本規夫さんで脳内再生してます。口調はノブナガっぽく。デアルカ。

徃馬翻次郎でした。

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