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第128話 【こぼれ話】アボルダージュ【俺たちゃ海賊】

 移乗攻撃いじょうこうげきとは、自軍の艦船から敵の艦船に対し、戦闘員を乗り移らせて攻撃する海戦術である。切り込み(きりこみ)やアボルダージュ(フランス語: Abordage)とも呼び、特に敵艦に接舷して直接に乗り移る方式を指して接舷攻撃せつげんこうげきとも呼ぶ。~ Wikipediaより引用。

 沖仲仕おきなかせとは港湾労働者のことです。測鉛そくえんは海底までの深さを計測する作業です。


 煙草が恋しい。

 酒はずいぶん前から配給が減っている。

 女は……ダメだろうな。上陸許可は出ていない。こっそり雑用艇を下ろして上陸しようなどという不届きものを見張らなくてはならんとは、当直とはまったく因果な仕事だ。

 俺たち海賊は確かに犯罪者やならず者の寄り集まりだが、規律を無視していい、というわけではない。そんなことをすれば船はあっという間に沈没してしまう。

 甲板長が始終見せつけている鞭は規律維持のための最終手段だし、酒や煙草の配給ひとつで船乗りの首輪はいくらでも都合よく締まるのだ。

 

 航海中は船長に絶対服従、早い話が船長とは船乗りにとっての神だ。

 しかし、その神が最近おかしいという内緒話が反逆を疑われない程度にささやきかわされている。

 商船を襲って富める者から奪ってこその海賊だろうに、陸に上がって人さらいの真似事とはいったい何の冗談なのか。

 俺たちが縛り首になっていないのは、一般船舶を装って行儀よく入港したり、貧乏そうな小舟を見逃して庶民を的にかけないようにしたり、とにかくいろいろ工夫しているからだろうが。

 それが陸上に拠点を設けて人身売買なんて報復を呼び込んでいるだけじゃないのか。あの男が来てからウチの船長はどうかしてしまった。名前はなんと言ったか、人当たりも金払いもいい、貴族同士の暗闘に一肌脱いでくれ、とか言って近づいてきた……。


「報告、右舷後方より接近する小舟あり!」

「す、誰何信号!」


 なんだい、驚かせやがって。

 こっちは戦闘艦だぞ。攻めるも守るも逃げるも自由自在。海賊旗を揚げているときに王国海軍と出くわさない限りは常に優勢を保持できるんだ。船上の戦闘に慣れた戦闘員も何十と乗り込んでいる。魔法使いこそいないが、小舟が怪しいそぶりを見せたら舷側の弩弓をぶち込んでやればいいんだ。それでしまいさ。


「応答、ヤサイ・サケ・タバコ……以上、補給船です」

「受信確認。了解信号!荷揚げ用意!」


 雄たけびとも歓声とも取れる絶叫があがったが、それはいい。塩漬け肉の在庫は品質良好のものがまだまだ食えると炊烹すいほう長が言ってたが、新鮮な野菜はまさに干天の慈雨だ。

 酒や煙草は単なる嗜好品ではない。特に酒が底をついたら船乗りたちは一切役に立たないどころか反乱の危険さえある。酒の在庫が心もとなくなって配給を減らす通達をする役目を仰せつかった副長は顔面蒼白だ。


 問題はこの下品な信号だ。

 誰なりや、と聞いているのに積み荷を答えてきやがった。なるほど意味は通じるかも知れんし、皆大喜びしている。だからと言ってこれを許していたのでは、もと定期航路の見習い士官としての名が廃る。

 渡し舟や補給船の艇長なんぞ、だいたいが大型船に乗れなくなった元船乗りか食い詰めた漁師の副業に違いないんだ。そうに決まってる。

 ここはひとつガツンと……。


「小舟、近づく」

「見張り台、艇長が見えるか?」

「あー、はい。手を振ってます」

「呑気なもんだな」


 補給船はそれでいいかもしれないがこっちは忙しいんだ。畜生め。


「荷揚げ網下ろせ!滑車用意!巻き上げ機につけ!」


 当直の良いところって言えば平の船乗りに命令できること以外に無いんじゃないかね。復唱がきちんと返ってくるのだけは気分がいいな。次点は巻き上げ機の音だよ。座礁した船を引っ張り出すのにも使えるけど、今日みたいに荷揚げに使う時はどきどきするんだ。

 何が来るかな、カタン!何が来るかな、カタン!ってな。

 なんだか音がゆっくりだな。そんなに重いのかね。ひとつ号令でもかけてやるか。 


「やれ巻け!うーんと巻け!」

「と、当直士官!あ、あれ!」

「うん?」


 おいおい、荷物の代わりに沖仲仕おきなかせが上がってきちゃったよ。どうすんだよこれ……熊みたいなやつだな。体重制限で船から降ろされたのかね。もう一人は優男だな、男前だが海人には見えねえ。


「あんた達ねえ、なにやってんの?」


 言ってるそばからもう二人亜人が増えやがった。いったいどうなってる。ちょっと待て、こいつら武装してやがる。


「ごめん下さい。突然ですけど、お邪魔いたしますわ」


 女が乗り込んできたなんて夢か幻か、おかしくなったのは俺のほうだったのか、それほど欲求不満だったのか。


「子供を返してもらうぞ。覚悟しろ、外道め!」


 この亜人はさらってきた子供の親だ。

 外道ね、その通りでございます。私もかねがねウチの船長のやり方には……違う、これは殴り込みだ。陸者おかもんの切込みだ。 


「警報!敵襲!」


 飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。返せと言われて返す海賊がいるもんか。わるいがサーベルの錆になってもらうぜ。


「う?いぎっ!」


 なんてこった、あの亜人め、飛び道具を使うのか。痛い。猛烈に痛い。腕に食い込んだのは鉄塊か。もう片方の手でもサーベルは振れるが、反対側に回り込まれたらお終いだ。

 情けないが数で押し包むしかない。


「野郎ども、やっちまえ!」


 早いとこ船長に報告しないと。奴等ただの保護者御一行なんかじゃない。子供をさらわれて怒り狂っているのはわかるが……あれ、俺たちのせいなのか……。それにしても痛い。


「船長、敵襲です!」


 こんな時に寝てられるのかい。船長室の寝床は吊り寝床と違って具合がいいんだろうよ。なんだワインをひと瓶空けちまったのかい。船長さんよ。


「な、なんだ!?どうした!?」

「敵襲です。数は四人」

「四人?何をそんなに慌てることがある。さっさと始末して帆桁に吊るせ!」

「指揮を願いますッ」


 一番慌てていたのは貴方でしょうが、船長さん。いいから着替えて帯剣してヒゲそりは……時間が無いからいいですね、はい。


「まったく何をやっとるんだ!手を煩わせおって!」

「はっ、申し訳ありません」


 いい加減にしろよ、この野郎。肩で風を切る歩き方だけは一丁前だな。たまには指揮官先頭で何かやってみたらどうです。肉の切り分けのときだけじゃないですか、率先して張り切るのは。ああ、本当に腕が痛い。

 

 なんか静かになってるな。四人とも死んだかな。正邪を言えば、こっちが圧倒的に悪いんだけど何と言っても俺たちゃ海賊だからな。せめて死体は水葬してやるか。親御さんが怒るのは当然だもんな。

 船長さんよ、何か別のシノギ考えてくれませんかね。それこそ海賊らしい……。


「どうしたッ、何の真似だ、これはッ!」


 船長が声を荒げるのも無理はない。

 船員の半分は無様にのびているが、残りは武装解除されている。帆桁や舷側に逆さ吊りにされてる連中も多い。

 そのくせ、乗り込んできた四人は着ている服がぼろくずみたいに刻まれているが健在じゃないか。誰の命令で戦闘を中止したんだ。

 縫帆手か、そこにしゃがみこんでいるのは。おい、どうなんだ。


「降伏しました」

「な、なにぃ!?誰の許可を得たんだ!」

「当直士官、そうは仰いますがね。伸びてるやつらを見てください。気絶しているだけなんです。峰打ちなんですよ、みんな」

「ほ、本当か?」


 本当だ。脈も呼吸もある。何だってこんな面倒くさいことを。


「もう、やめませんか。子供を返して欲しいだけです。降伏していただければ無理やり命令されたことにして縛り首にならないよう取り計らいます」


 なんだあの男前は。交渉パーレイのつもりか。


「縫帆手、あれが降伏勧告か」

「はい。無視して突っかかった者は……」

「吊るされたか」


 もうこれは度量も腕前も親御さんたちのほうが一枚も二枚も上だ。


「本来なら皮をはいで海に投げ込むところだぞ。吊るされたいやつだけかかってこい」


 あの亜人は殺し屋か。凄みは俺たち以上だな。

 女は大男に手当を受けているようだが、両方ともただもんじゃないな。湯気みたいな気配が見える。


「当直士官、あの二人が一番恐ろしいです」

「だろうな」

「コマみたいにくるくる回って、大きいほうは途中から素手でしたけど」


 きっと名のある冒険者か何かだろう。手当てしてもらいながら槍を甲板に突き立てて仁王立ちしてるなんて本当に女か?


「夫婦らしいです」

「夫婦!?」


 もう負けだ。

 どこから来たかは知らんが、人殺しを避けて手加減できるなんてよほどの達人だ。これに立ち向かうのは同じくらいの達人か、そうでなければ理解しがたいアホの……。


「好き勝手暴れておいて降伏勧告だとぉ?」

「せ、船長!?」(アカン)

「やらせはせん!やらせはせんぞお!」


 船長め。よりによって治療中の女めがけて斬りかかりやがった。卑怯者め。


「慮外者!」


 りょがいもの、ね。アホたれって意味ならその通りです。

 槍の穂先を使わずに石突で船長の顔を横殴りにしたのには感服いたしました、奥様。


「吊るせ!」


 豪傑奥様の号令で優男と亜人が船長を舷側に追加しやがったが、まあ、いい気味だ。俺は……助けてもらえるかな。幹部だし、縛り首だよな、やっぱり。俺は仕方ないけど、できるだけ部下を大目に見てもらえないか頼んでみよう。優男さんは高貴な筋にコネがありそうな口ぶりだったしな。できたら再就職も……。


「操船指揮できる者はいないか」


 熊がしゃべった。美人の奥さんはもう大丈夫なのか。もう降参したことだし、手をあげておくか……。


「じゃあ、あなたが船長代理ね。はい、お帽子」


 すいません奥様。ありがたく拝借いたします。あ、腕の治療もしてくださるんですか。

痛み入ります。うん、だいぶ楽になったぞ。じゃあ、港に寄せるとするか。最後に船長の真似事ができたのが最高の思い出だな。


「船首曳航用意!転桁にかかれ!回頭面舵!」

「おもぉーかーじ」


 あまり急いで入港しても縛り首が早まるだけなんだけどな。仕方ない。おや、奥様、何か御用でしょうか。


「あら、小舟で引っ張るのかしら?」

「そうです、奥様。船はいま漂駐ヒープツー……完全に停まってしまっている状態なので、ちょっと引っ張ってやらないと、回るのも進むのも時間がかかります。すぐに風をつかまえますので、もう少しお待ちください」

「まじめなのね!」


 はい、奥様。元はそれだけが取り柄の人間だったのです。それがどうしてこんなことになったのでしょう。


「展帆用意!曳航船の収容急げ!」


 ああ、船はいいなあ。もっと乗りたかったなあ。小さいのでも文句は言わないよ。おっと、子供さんたちも大喜びですな。船長の荷物の中に首輪の解除道具があって何よりでした。男の亜人さんは一生許してくれそうにないですけど。

 

 ああ、速度がのってきました。この引っ張られるような感覚は陸の人たちにはわかりますまい。いや、今日は陸の人にボコられたんでしたっけ。

 奥様、まだ何か?


「船長代理さんはお船が大好きなのね」

「はい。私にはこれしかありませんので」

「まあ!」

「これが最後かと思うと感慨ひとしおです」

「どうして最後なのかしら?」


 ええもう。奥様、海賊の幹部なんですよ。殺人こそ犯したことはありませんがね、傷害や強盗の常習犯なんですよ。察しが悪いのか箱入りなのか、もう黙っててくれませんかね。


「あら、あなただけが責任を取るの?」

「幹部とはそういうものです」

「戦闘中に海へ飛び込んで逃げた人もいたわよ」

「ええっ!?それで、あなた方はどうされたんですか?」

「何も。人殺しに来たわけじゃないし、逃げたい人は逃げたらいいんじゃないかしら」


 この奥様はもしかして高貴なお方ではないだろうか。あまりにも世間知ら……寛容でいらっしゃる。ちなみに敵前逃亡は死刑です。ああ、お話は有難いのですが、今は減速の指揮がありますので。


「縮帆!」


 いやあ、楽しい。生まれ変わっても船乗りになりたいな。そして、正真正銘の船長になるんだ。これぐらいは高望みでもなんでもないだろう。


「船尾にも小舟引っ張ているの、ご存じよね?」


 何を言い出すのかと思えば、奥様、まさか……。


「船員名簿にR(脱走)でもM(行方不明)でも好きなのを書いて飛び込めばよいのではなくて?」


 船務をご存じとは驚きましたが、誰かが責任を取らねばいかんのです。奥様的にはそれでよくとも、責任を取るから責任者なのです。


「責任者なら間に合ってるわよ。そこら中にぶら下がってるじゃない。子供の教育的には微妙だけど、いたずらっ子のしつけにはてきめんね」


 心まで読んでしまわれるとは降参です。


「お言葉ですが、私が逃げたせいで順繰りに部下が処刑されては申し訳ない。やはり、裁きを受けて刑に服したく思います。そのかわり部下の命だけは……」

「そういうことなら、しばらく牢屋でゴロゴロしていてくれる?逃げてもいいけど、海賊として再会したらその時は死んでもらうわよ。人生やり直すなら男爵様にお願いして何とかしてもらうわ」


 なんてこった。この話は吊るされていない船員が全て承知していた。奥様は子供を取り戻すついでに海賊の命までお救い下さるってのか。ちょっと出来過ぎじゃないか。


「奥様……なぜ、そこまでこだわりになられるのです?あかの他人の、それも海賊の命なんぞに」

「息子が殺生を嫌がるのよ。この世界じゃ厳しいとは思うけど」

「あの、奥様」

「なあに?」

「我々が服役後に社会復帰したとして、正業につけるのでしょうか?」

「そうねえ、武装商船とか興味はないかしら?操船経験者優遇、幹部職員登用制度、水上戦闘特別手当、どう?クラーフ商会に持ち込めば実現する可能性大よ。商船の生還は利益そのものなんでしょ?」


 今日は聖人の祝日か、大恩ある奥様の御愛息が生を受けた記念日に違いない。きっとそうだ。


「死んで責任を取るなんてダメよ。生ぬるい。生きて償いなさい。一生海賊と戦って死になさい」

「仰せのままに、奥様」


 奥様の心意気は提督でらっしゃる。あ、一応、測鉛しますね。ご主人と両手剣の目方が分からないので喫水が心配なんです。


「ところで、補給船の手旗信号は奥様が?」

「ああ、あれ?時間がなかったから短い単語しか覚えられなかったのよ。おかしかったわよね?酒、野菜、煙草ですもの」

「いえ、たいへんご立派です、奥様」

 

 そろそろ入港準備だ。

 俺の航海はここで打ち止めだが、いつの日か奥様がもう一度船に乗せて下さる。その時こそ新しい俺の再出発、俺の誕生日だ。


いつもご愛読ありがとうございます。

海と船のお話です。主人公は当直士官です。

誕生日云々は、私の誕生日に寄せた読み物、というだけです。

徃馬翻次郎でした。

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