第127話 港町に消ゆ ⑦
捜査班はクラーフの倉庫からウィリアムのもとへ急いで戻ってきたのだが、その時には彼が手荒い尋問を終えた後だった。
沖がかりしている船が本拠地だった場合に備えて、クラーフの倉庫番からは、食料運搬船に化けてはどうか、という案をもらってきたのだが、ウィリアムは短時間のうちに高度な尋問技術を駆使して情報と協力者を獲得していた。
やはり、件の船が移動式の本拠地なのだ。
実は、誘拐計画は海賊の新規事業とでも言うべきものだったのだが、企画自体は外部から持ち込まれた、との証言が得られた。つまり、元気飲料の露天商のことだ。
ウィリアムは脅威となりうる船員の人数やハリー少年を含む子供の居場所も含めて必要な情報は全て入手しており、最も協力する姿勢を示した悪党のひとりを従えていた。拘束を解いているのにはラウルは驚きを隠せなかったが、ウィリアムによれば、最早脅威たりえない、とのことだ。
後は小舟で接舷、移乗して攻撃するための作戦を急いで立案する必要がある。
「悪いけど、あなたもここまでよ、ラウル」
ハンナ捜査班長はリンに伝令を命じた時と同じ声音で息子に残留を告げた。
「言うと思ったよ……」(ここまで来て留守番かよ)
「ラウル君、もう十分だ。君はエストの為によくやってくれた。しかし、今度の相手は数が多い。船上の乱戦で君に何かあっては、ジーゲルさんに詫びようがない」
ヴィルヘルムはそう言ってラウルを慰撫する。ウィリアムは、君のかわりにこいつを連れて行く、と言ってスリングショットの入った袋を預かった。ラウルは両人の気遣いに感謝しながら手製の短剣を装備するが、何もかも納得づくというわけではない。
「なんでだよッ」
「ラウル、よく聞け」
クルトは辛抱強く説得し、その間に他の捜査班員と元人さらいの協力者が小舟の出航準備をすべく地下の隠し港に降りて行った。食料運搬船に見えるように木箱や樽を積み込んで偽装しなければならない。
彼の説は単純で、生け捕りを目指すなら彼我によほどの実力差がなければ成功が覚束ない、というものである。
確かにラウルの武技や体術はここ数週間で目覚ましい進化を遂げているが、小細工や手加減なしにクルトやハンナと互角に渡り合えるかと問われれば無理な話だ。
それに、問題はそれだけではない。
「言っておくが、ここだって戦場だぞ。留守番なんかじゃない。他にも仲間がいるかもしれんのだ、暗がりを利用して待ち伏せしろ」
「待ち伏せ?」
「うむ。露天商がかかれば完璧なんだがな……夜になっても戻らなかったら脱出してクラーフの倉庫で男爵様の援軍を待て。クラーフの倉庫番にも頼んでおいた」
「う、うん」(珍しく長い)
「お前の仕事だ、ラウル」
「はい、親方」
反射的に師弟の礼を取ったラウルだが、言われてみれば楽な任務ではない。待つ、ということ自体が不安になるものだし、こちらが待ち伏せする側ともなれば油断もできない。それに、元気飲料の露天商を捕縛して捜査に完全を期すことができるなら立派な手柄だ。
今度こそ心から任務を引き受けたラウルは小舟の出航を見送るために階下に降りた。
「じゃあ、皆、気をつけて」
「大勢で押しかけてくる気配を感じたらさっさと逃げるのよ、ラウル」
「またそれかよ」
「返事」
「わ、わかりました」
口応えを許さないハンナは髪をまとめて手ぬぐいで鉢巻をしている。豊かな銀髪は遠くまで目立つためだ。男たちも口々に別れを告げて櫂を手に取った。
船尾の座席にハンナが座って艇長よろしく号令をかけ、協力者も含めて四本櫂の小舟はするすると隠し港を出て行った。
さて、ラウルは暗がりを利用した待ち伏せ場所を選定にかかろうとしたが、先に奴隷首輪の解除道具がないか探すことにした。もし発見すれば、子供たちを常態に戻すための手間が省ける、と考えてのことだ。
捕虜を見張っておけ、とは一言も言われなかったのは彼からすれば不思議としか言いようがないが、ウィリアムが大人しくするよう言って聞かせた、としか教えられてないのだから無理もない。
さて、素人探偵が頑張ってはみたのだが、それらしいものは見つからない。短い杖か、ずばり鍵の形をしている魔法道具を丁寧に探したが、この試みは時間の浪費に終わった。
ラウルは捜索を断念して待ち伏せ場所を探す作業に入ることにする。
その時である。
倉庫の表から案内を請う声がする。ラウルは聞き覚えがあった。今朝、倉庫街へ入るときに捜査班を審査した衛兵の声だ。
「ポレダ衛兵隊でーす。どなたかいらっしゃいませんかー」
迷ったが、ラウルは応対に出ることにした。悪党ではないし、大勢で押し寄せてきたわけでもない。彼の感覚からすれば至極当然の対応だったとも言えよう。衛兵隊に不法侵入で逮捕されない限りは、この場の安全度は格段に増す。彼はそのような目論見も含めて考えた結果、衛兵にある程度の事情を話す気になった。
衛兵は姿を現したラウルを見て驚いたが、喧嘩の通報があって駆け付けた、とのことだ。
「はぁ」(喧嘩ねえ……誰かに見られたかな?)
「おや、確か貴方はクラーフの作業員さん……でしたよね?」
「はい。実は偶然、人身売買の現場に遭遇しまして」
「えっ!?本当ですか?」
ラウルは、同僚と一緒になって犯人を懲らしめて子供を救出した、という嘘の少ない話をでっちあげる。クラーフの倉庫に被害者を収容した、という話も真実だ。
「なかを見せてもらっても?事実なら大事件です。すぐに封鎖しないと……」
「こちらへどうぞ」
衛兵は床に落ちていた首輪を拾い上げて手に取る。
「これは……確かに魔法道具のようです……犯人たちはどうしました?」
縛り上げた捕虜のもとへ案内しようと背を向けた瞬間、ラウルは剣を鞘走らせる刃擦れの音を背後に聴いて愕然とした。
(抜剣したッ!?)
彼はとっさに身体をひねりながら前方に跳ぶが、かわし切れずに上腕に一撃を食らう。衛兵は横殴りに首をねらったのだが、ラウルは鍛えられた体躯と体術訓練の賜物で狙いを外し、即死を免れたのだ。
死ななかったとはいえ、装甲を身に着けていないラウルは右椀を刎ね飛ばされて部位欠損の重傷、大量出血にもめげずに左の逆手で短剣を抜きはしたが、衛兵の前蹴りを腹に受けて床に這いつくばる。そこではじめて焼けるような痛みと血の臭いがラウルに殺到した。
「う、ぐ、がぁぁぁッ!!」(痛ェェェッ!)
「おーおー、うるさいですね。まだそんなに吠える気力があるとはッ!」
血だまりの中で手をついて起き上がろうとしていたラウルの顔を衛兵が台詞の末尾に被せて蹴飛ばした。
嫌な音を立ててラウルの首があらぬ方向に曲がる。
「楽には殺しませんよ。なんせ、私の大事な収入源を潰してくれたんです!から!ね!」
またもや衛兵は台詞に合わせてラウルをいたぶる。
今度は自分の被っていた兜を使ってラウルの顔に力のかぎり打ちつける攻撃だ。
「ぶッ、ごぼッ」
ラウルの瞼は腫れあがって完全に視力を失った。今の音も声と言うよりは鼻や口に溜まった血液を排出するために出たものなのだが、それが衛兵の癇に障った。
「まだ言うかッ、この!この!この!」
鉄板入りのブーツでしこたま蹴られ、ついにラウルは意識消失した。いくら頑丈で再生能力も人並み以上とはいえ、頭を割られてしまっては敵わない。それに大きすぎる部位欠損は魔法による蘇生確率を著しく低下させる。
いよいよ彼の命運は尽きようとしていた。
「ふう。やっと静かになりましたね。分け前を取りに来たらこのざまですか。どちらにしても、このやたらと頑丈な作業員さんは魚のエサですね」
衛兵は捕虜の拘束を解除しにかかる。
槍使いをはじめとして全員が怯え切っているのが気になったが、もらうものをもらわねば帰れない。その前に無様にも捕まっていた仲間に経緯を聞き、撤収なり沖の船に援軍として駆けつけるなり決める必要があった。
「いやはや、私はポレダ有数の働き者ですねえ、まったく」
ポレダ有数の悪党はラウルに致命傷を与えた。
彼はもう呼吸が止まりかけている。
やがて鼓動も微弱になり、完全に生命機能が停止した。
しかし、彼の魂とも言える存在はそこにはない。この世界の理が通用しない不思議な空間に遊んでいた。
いつもご愛読ありがとうございます。
チート主人公ではないラウルが不意打ちをくらえばこんなものです。
いわゆる、おおラウルよ死んでしまうとは情けない、が次のお話です。ご期待ください!
ちなみに衛兵の声は竜玉世界のフリーザ様で脳内再生して遊んでいます。キェッー!
徃馬翻次郎でした。