第126話 港町に消ゆ ⑥
「あのー、度々すいませーん」
「またお前か!いい加減にしろよ、俺は案内人じゃ……」
性懲りもなく道案内をさせようと近づいてきた青年に至極当然の抗議を行おうとした男は最後まで台詞を言い終えることなく気絶した。
作業員風の青年は言わずと知れたラウルである。
路地から音もなく姿を現し、太い腕でしめ落とした熊のような男性はクルトであり、気絶した男を路地へと引きずりみ、拘束して猿轡をかませ、ベルトに手挟んでいた湾刀とブーツナイフはラウルの腰袋に没収した。
「確かに、人相書きの特徴と一致するわね。自称村人さん?それとも馬商人かしら?」
「巡礼だよ、母さん」
ラウルとハンナは小声で会話するが、クルトとウィリアムは身振り手振りで次の展開を伝達しあっている。
もう口を利いてはいけない距離なのだ、と気付いたラウルは慌てて口を閉じた。その間にヴィルヘルムが路地に積んであった空き箱のなかへ見張りの男を収納する。
武装の梱包を解いている時に屋内から微かに話し声が聞こえてきたが、気付かれたような様子はない。詳細は分からないが悪党どもが報酬の使い道について下衆い話を声高に述べあっているような雰囲気が伝わってきた。
やがてウィリアムは屋根に上って天窓から突入の機をうかがう。彼は表からの突入と相前後して降下するつもりらしい。
倉庫の出入り口はひとつしかない。両開き型の扉である。
向かって右側の扉をヴィルヘルムが引き開ける役だ。扉の左側ではジーゲル夫妻が突入に備えている。ラウルは少し離れた正面でスリングショットを構え、突入準備が完了した。
ヴィルヘルムが扉を指さし、開けるぞ、と口パクで作戦開始を宣言して取手を握る手に力を籠めた。扉がきしむような音を立てて開く。
ラウルが確認できた大人の男性は三人。全員が子供に首輪をつける作業の真っ最中だったが、そのうちの一人が、なんだもう見張りの交替か、という感じで顔を上げたので、彼は迷わずその人物の腕に向けて鉄弾を発射した。
「おい、誰、ぎぃやぁーッ」
誰何しようとした男は苦痛のあまり悲鳴をあげる。上腕に食い込んだ鉄弾は戦闘能力を半減させただけだなく、戦闘意欲を著しく削いだ。また、長く尾を引く悲鳴は周りにいた者を狼狽させる。効果は被弾した本人のみに留まらないのだ。
ラウルは次弾発射を試みるが、相手も机を蹴倒して障害物を構築し、その背後に隠れる。一連の動きが流れるように早く、人さらいも戦闘の素人でないことが見て取れた。
(投擲に対する防御行動……相手も訓練済みってことかよ)
ラウルは思わず舌打ちする思いだったが、悪党の抵抗もそこまでだった。
突風のように倉庫内へ駆け込んだジーゲル夫妻と一泊遅れて突入したヴィルヘルムによって瞬く間に、子供たちとの間に割って入られる。これで人質を盾に取る悪党得意の戦術は封じられた。
半包囲され、一人は半ば戦意喪失しているにも関わらず、悪党たちはしぶとく抵抗をあきらめない。
ラウルは一歩引いた射撃位置で援護射撃の機をうかがっていたが、その時倉庫奥の暗闇に光るものが見えた。
「奥ッ!」
ラウルが警告を発したと同時に凄まじい速さで投げ槍が飛来する。ハンナがかろうじて聖槍で叩き落せたほどの速さであり、強烈な殺意のこもった一投であった。
「何やつッ!」(危なかった!)
ハンナが吠えるのに対して赤銅色に日焼けした男は短槍を持ち替え、強者の余裕をもって答えた。
「くっふふ。女にしてはいい腕だ。だが、俺様の槍はこんなものではないぞ」
「ハンナ!」(相当の使い手だぞ)
「班長殿!」(頭目か用心棒か)
クルトとヴィルヘルムが声を掛けるがハンナが手を上げて加勢を拒否する。
「いい度胸だ。冥途の土産に教えてやろう。我が名は人呼んで……」
皆が息をのむなか、槍使いの自己紹介が始まるはずだったが、突如として中断された。よく見ると首元に小刀の刃が食い込んでいる。
刃の主は音もなく降下して槍使いの後背へ回り込んでいたウィリアムだった。
「一度しか言わない……武器を捨てろ」
ラウルは底冷えがするようなウィリアムの声を初めて聴いたが、それは悪党たちにも十分伝わったらしく、全員が投降した。
(やった!子供たちもオレたちも無傷だ!)
ラウルは喜び勇んで駆け寄り、拘束作業を開始する。
手分けして悪党たちを細引きで後ろ手に縛り上げて猿轡をかましたが、ウィリアムは何か考えがあるのか、それまで子供たちに被せられていた麻布の袋を集めていた。ラウルには、足首を縛る代わりにベルトや腰ひもを切ってズボンをずらすと簡単だよ、と指導している。
クルトとヴィルヘルムは表の木箱に収納していた見張りを取り出して新しくできた捕虜仲間に加えた。
「元気飲料の露天商がいないよ、父さん」
ラウルは人相書きを頭に叩き込んでいるので鑑別が早い。
「むむっ、屋内捜索を再開、奥も調べろ」
「ちょっと待て、ハリーもいないが子供の数が少ないッ」
ウィリアムの指摘は捜査班に冷水を浴びせたような衝撃を与えた。ハンナが冷静に再捜索を指示するが、彼女とて平静な気持ちからはほど遠い。
「地下への階段があります、班長殿」
ヴィルヘルムの声が大きく反響する。どうやらこの倉庫の地下には巨大な空間があるらしい。皆で階下に降りると、そこは地下に作られた隠し港であった。
「まさか、これで沖がかりの船に?」
ラウルは係留中の小舟を指さして誰ともなく尋ねる。
「わからん」
クルトは悔しそうに唸る。
残りの子供たちを探すには捕虜を尋問するしかない。
捜査班は階上に戻った。
「いったん、子供たちをクラーフの倉庫に収容しましょう」
ハンナは捜査班長として現状確保できる最大の成果を確定しようと提案する。何と言っても子供たちを助けに来たのだ。彼我の戦力はなおもって不明、さらにはここがまるっきり安全地帯という訳でもない。
奴隷の首輪をはめられたエストの少年少女は全部で七名であり、行方不明者のちょうど半数であった。
現場での首輪解除はあきらめる。無理に外そうとして発生する事態が不明だから、これは商会の工芸師なり専門知識を持った者に任せる必要があった。子供たちは意識がやや不明瞭だが、簡単な命令には従うことができる状態であることがわかったので、急ぎクラーフの倉庫まで連れて行く方針が決まったが、
「私は残る……子供たちを頼む」
と残留を申し出たのはウィリアムである。
次の手が決まったら迎えに来てくれ、とは言うものの残留の目的が不明だ。
「ウィリアムさん、見張っててくれるんですか?」
「うん?ああ、まあ、そうだ」
ラウルを除く三人はウィリアムがただ捕虜を見張る為に残ったわけではないことを察したが、ラウルに教えるには気が引けて黙っていた。
ハンナは聖槍を片手に、女の子の手を引いて先導する。ラウル、クルト、ヴィルヘルムは両手にそれぞれ子供たちの手を握ってクラーフの倉庫へと急いだが、奴隷の首輪に着用者の行動を制限する魔法がかかっていたのか、歩みは鈍く遅々として進まない。それでも地獄から一歩抜け出したような達成感は、捜査班員の心をいくぶん軽くした。
捜査班員と子供たちを見送ったウィリアムは五人の捕虜に回収しておいた麻袋をかぶせてゆく。ラウルの鉄弾を浴びた者には最低限の治療と『止血』魔法を施した。もっとも彼に魔法の才能はないので真実最低限の治療となった。
彼は四苦八苦して捕虜を横並びに座らせると、気絶していた見張りの男を覚醒させるべく、容赦なく麻袋越しに平手を食らわせる。
聴衆の準備が整ったところで彼はおもむろに語りだした。
「何も喋らなくていい」
喋るも何も彼らは全員猿轡である。
「君たちも仲間を裏切るのは嫌だろうし、せめて名誉ある死を与えてやりたいが……」
つまり、これはウィリアムが間違えたのではなく、自白も供述も一切が不要だ、という処刑宣告なのだ。
「よそ様の子供に手を出す卑怯者は許せんな。いい歳をした男がそんなことも分からんとは何ともがっかりだ。男?うん……おとこ……そんな奴は男じゃないな!」
彼の中で処刑の内容に急遽変更が生じたようである。
「全員男を辞めさせてやるから感謝しろ。どれ、まずはお前からだ」
ウィリアムは先ほど見せ場を作りそこなった槍使いの下着を下ろし、局部をあらわにした。彼は穏やかな声で槍使いに告げる。
「脅しだと思っているな」
さっと一閃させた小刀は槍使いの下腹部の局部ぎりぎりを浅く切り裂いた。
「んーッ!んーッ!」
くぐもった悲鳴が猿轡から漏れ、捕虜仲間が思わず身を固くする。
この槍使い、犯罪者集団に身を落とす前は武芸の世界でそこそこ名を知られた剛の者だったのだが、なにぶん制限された視覚によって恐怖が増幅され、本当にアソコが切り落とされた、と思わせるような拷問までは未体験だった。さらに、まだアソコが付いているか確かめるすべも両腕が拘束された状態では望めない。
とうとうしゃくりあげるような嗚咽が槍使いの喉から出た。
「泣くな泣くな。生まれ変わったつもりで第二の人生を生きろ、人でなしめ」
実際は槍使いに浅手を負わせただけなのだが、この芝居は残りの四人から抵抗する気力を根こそぎ奪った。
「次はお前だ。どうした?こんなに縮こまって……へそと区別がつかないじゃないか。それでも男か!」
この状態で膨張させる方法こそ無理難題である。
「仕方ないな……男らしく反省して罪を償いたい者は?先着一名様だ」
四つの麻袋が激しく上下に揺れる。
ウィリアムは嘲笑をこらえながら槍使いの血止めにかかった。
いつもご愛読ありがとうございます。
尋問担当ウィリアムです。落としのウィルさんです。彼の魅力的な過去は近々書きたいと思います。
徃馬翻次郎でした。