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第9話 初陣 ①

 

 エスト第四番坑道の崩落現場付近では作業員や衛兵たちが忙しく動き回り、がれきの撤去と掘削工事が佳境を迎えている。衛兵隊は現場近くの空き地にテントを張り、机を筆記具を持ち込んで指揮所にしていた。

 救出作戦は衛兵隊と冒険者部隊の混成で実施され、さらにジーゲル一家が飛び入り参加することになった。ラウルとハンナは一歩下がってなりゆきを見守り、打ち合わせはクルトにまかせている。

 衛兵隊長とジーゲル夫妻は見知った仲だが冒険者の女性とは初対面なので、三人は簡単な自己紹介から始めることにしたようだ。


「エスト衛兵隊長ヴィルヘルム=シュタイナーです。部隊にお迎え出来て光栄です」

「エストの鍛冶屋クルトだ」

「知ってるよ。“踊る巨人”だろ?私はエルザ=プーマ。探検家だ。休暇中のね」


 ラウルは思わず衛兵隊長を二度見した。金髪・碧眼・高身長の美男子でおまけに礼儀正しい。もし恋敵になったら勝ち目はない、とラウルは冷静に分析する。高収入が追加されたら国中の乙女はもちろん、貴族の子女や自分でも体を開いて身を任せるだろう。

 エルザは猫耳と尻尾が目立つから猫か虎系の亜人だろう。どちらかと言えば小柄だが、

形のよさそうな胸と尻が魅力的だ。“よさそう”とは推測の域を出ない不確かな表現だが、これには理由がある。

 ラウルはエルザの胸を目視で測量したのだが、防具のせいで正確な測量に失敗、よって推測の域を出ないのだ。もちろん着やせの可能性も考慮に入れなばならないが、この状況では確かめようがなかった。さすがのラウルも透視能力は身に着けていない。


「銀狼とつがいになったとは聞いてたけどね」

「城塞都市か」

「そんなとこね」

「こちらは……」

「息子のラウルだ」


 ラウルは母親に倣って軽くお辞儀をしておく。クルトが出した街の名前は冒険者だったころに滞在していた場所で、時期はちがうがエルザもその街にいた経験があり、ジーゲル夫妻の噂は聞いていた程度の面識ということだろう。


 ちなみに、休暇中の探検家とは“最近一山当てた”もしくは“ボコられて再編成中”の意味である。前衛の戦士や後衛の魔術師と部隊を組み、迷宮や未踏破地域の探索計画を立てる。迷宮の仕組みや罠に詳しく、部隊の頭脳とも言える存在が探検家である。もちろん、冒険者部隊の収入や運営の良し悪しは部隊長の頭次第である。


 ラウルは寸暇を惜しんで、その“部隊の頭脳”の身体を隅々まで探検中だったが、大事なことを思い出した。エルザが口にした両親の二つ名のことだ。母が“銀狼”なのはわかるし、むしろ相応しい。しかし、父の“巨人”は見たままだが“踊る”とは何だろう、少なくとも家で踊っているクルトを見たことはない。


「時間がないので手短に」

「おう」

「わかったよ、シュタイナー隊長」

「私のことはヴィリーとお呼びください」

「ではヴィリー隊長」


 ヴィリー隊長は簡単に作戦を述べ、エルザが坑内地図を広げて補足する。即席の混成部隊ながらも意思疎通に問題はないようで、いまのところ唯一の加点要素である。


 まず、作戦に参加する衛兵隊の半数はうち漏らしの魔獣を外に出さない為に、坑道出入口を交替で監視する。次に地下二階の広間まで出たら残りの衛兵隊で防御陣地を設営し、作戦終了まで保持する。二重封鎖で村内への魔獣侵入を阻止する計画だ。


「防御陣地を地下二階の広間に設営、捜索しながら地下四階の最奥部付近へ」

「途中で誰か見つかるといいけどね」

「そうだな」


 防御陣地は救出作戦の中間地点であるとともに、万一逃げ帰ることになったら、後退戦闘の抵抗拠点として使用する。中間地点を設置する方法は軍隊だけでなく、高山や未踏破区域に挑戦する探検家もよく用いる。もちろん迷宮探索においては必須であると言える。無補給で何日も粘ることができる人間はほとんどいない。


 今回設営する中間地点は補給基地としての意味合いより抵抗拠点としての役割を期待されている。とはいえ、抵抗拠点が期待通りの役割を果たす時は救出作戦が頓挫している時である。苦労して準備したのに使う時が来なければいい、とは矛盾しているように聞こえるが、防御戦術とはそのようなものなのである。


「ひらけたところでの集団戦闘なら私と部下は頼りにしてもらっていい」

「狭いところは私たち冒険者の出番ってわけ」

「わかった」


 迷宮や坑道での戦闘になれた冒険者たちが捜索と救出にあたるわけだ。坑内地図のうち、最奥部及び魔獣の巣と思しき場所が未踏破になっている。クルトはやたら地図が簡単な点に引っ掛かりを覚えたが、採掘開始からさほど時間が経過していないのだろうと思うことにした。


「要救助者は作業員の亜人五名。狐一名に岩ネズミ二名と犬が二名」

「あ、これ名簿。一応ね」

「五名だな」


 クルトは名簿を見ながら頷いたが、暗い気持ちを抑えきれなかった。岩ネズミが二人もいて脱出口をいまだに掘っていないということは、二人あるいは五人全員望み薄だ。


「予想される抵抗は蜘蛛型魔獣の幼生。数は見当もつかない」

「こ、こども!あれが?」(本当かよ……)

「ラウル君、蜘蛛型魔獣の成体は熊並みだよ。長生きするとそれ以上」


 唐突なラウルの割り込みに、隊長は嫌な顔をちらりともみせず答える。畜生、こいつは心まで一級品てわけか、とラウルは理不尽な嫉妬の炎を燃やしていたが、ちょうどその時、交代で掘削作業をしていた作業員の一人が報告がてら休憩に戻ってきので、隊長が声をかける。


「ご苦労さん。進捗はどうだ?」

「何とも言えんね」

「おい、頼むぞ」

「あー、まもなくです」


 何とも言えんね、とは南方特有の言い回しだが、単に進捗が不明というだけでなく、いろんな意味を含んでいる。責任を負いたくない、実は順調だが言質はとられたくない、遠回しなお断りや否定等、多用途な言葉なのだ。

 疲れていた作業員は詳しく答える気がなかったのだが、相手が善人の衛兵隊長なので申し訳なく思い、報告を言いなおしたといったところである。


 一方、エルザはラウルを連れていくことに不安を感じていたが、ひょっとしたらジーゲル家では幼少時からの英才教育を実地訓練で仕上げるのかも、ましてや踊る巨人と銀狼の子供なら大丈夫だろうと思い、ラウルを編成に加えた陣形を説明することにした。 

 実は魔力不能の鍛冶屋見習いなのだが、この時点でエルザはそれを知らない。


(身体は相当鍛えているみたいね)


 エルザのラウルに対する初見感はその程度だ。こちらを見る粘っこい視線が少々気になったが、はじめて部隊を組むことになる人間を値踏みしているのだろうと思っている。

 噂通りならジーゲル夫妻の参加は天の配剤だが、息子の能力は未知数である。見学と言うわけではないが、ラウルの後列配置を了承してもらうしかない。


 他方、情けないことにラウルは後列配置を聞いて残念に思う気持ちよりは安堵のほうがはるかに大きかった。なによりも蜘蛛型魔獣の一般的な体格を聞いて正直怯えてしまっている。両親はともかく、ラウルは迷宮未経験の鍛冶見習いに過ぎない。指揮所のテントで待つか周りを手伝うかしなさい、という命令を彼は無意識に期待してしまっていたのだ。

(てっきり待機だと思ったけど)

 ところが、ジーゲル夫妻には何か思うところがあったらしい。エルザ発案の陣形に変更を要求したのは自分たちの先駆けだけで、ラウルの同行をむしろ喜んでいる風でもあった。

(露骨に参加を断られるよりはいいか)

 ラウルがそう思うのも無理はない。魔力最底辺の者にできる冒険者の仕事も存在するが、要するに荷物持ち兼身代わりだ。死亡率も離職率も半端なく高い仕事を引き受けるのは、よほど経済的に困窮して飢え死にするよりいくらかましだという者たちである。

 そう考えると、今回の人命救助作戦は迷宮の財宝や魔王討伐の名誉とは縁遠いが、ラウルにとっては冒険者の世界を比較的安全に垣間見ることのできる希少な機会とも言える。


(とりあえず尻込みはしてないようね) 


 エルザはラウルを観察しつつ、棒きれで地面に絵を描き陣形を示す。

 最初の広間までは衛兵隊が先導する。そのあとはジーゲル夫妻が先駆け、エルザと熊系亜人の兄弟で前衛が三人、魔術師の師弟と治癒師で後衛が三人、ラウルは最後尾だ。そのラウルはエルザのいい匂いに集中しすぎて説明の大半を聞き逃していたが、かろうじて質問することができた。


「オレの役割は何なんです?」

「動けなくなっていた要救助者を見つけたら、拠点まで運んでもらう」

「それだけですか」

「私たちで抑えられなくなったら、やっぱり拠点まで走ってもらう」


 伝令という役回りに少々落胆して口調が荒くなってしまうあたり、やはりラウルは経験不足である。中間地点を設置する迷宮攻略や拠点襲撃においては、伝令は重要な役回りだ。部隊は探索や戦闘に集中することができ、場合によっては増援をもとめることができる。“仲間を呼ぶ”のはなにも魔獣だけの特技ではないのだ。


 ただし今回の場合、増援として駆けつけるか、後退を支援する戦闘をしながら出入口まで下がるか、捜索班を見捨てて後退・再封鎖するかの判断はヴィリー隊長の権限だ。

 しかし、それではあまりにも捜索班に対して厳しくないかとラウルは思う。


「……」(捨て駒とまではいわないけど)

「心配?」

「まあ、そうですね」

「成算がない戦いはしないし、危険に見合った報酬を手にするまで死ぬつもりもない」

「ええ」

「時間があればもっと話してあげたいけど、迷宮の“魔物の家”はこれ以上の地獄よ」

「魔物の家」(って何?)


 魔物の家とは、迷宮や魔王の居城などにおいて、敵性の生物が出番を待っている部屋やたまり場のことだ。そこに留守番程度の数しかいないのならそもそも問題になりはしない。よほどの戦力差がなければ掃討はおろか撤退すら難しい、そう言われるほどの数的劣勢を強いられる罠の一種である。好奇心を抑えきれない冒険者たちをからめとる迷宮の食虫植物と言えよう。むろん、ラウルが知る由もない。


 今回は魔獣が幼体で小型だから、数で押し切られる危険は依然としてあるとはいえ、まだまだ御しやすい案件だということをエルザは言いたかったらしい。


いつもご愛読ありがとうございます。

けっこうな数の方に読んでいただいているようでやる気が出ます。

やる気に身体が付いて行かないのがなんとも残念です。

徃馬翻次郎でした。

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