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第125話 港町に消ゆ ⑤


 居た。

 ラウルとウィリアムの地上偵察班はあっさりと追跡対象を発見した。

 クラーフの倉庫を内陸寄りとするなら、人さらいの拠点と思われる倉庫は港湾に面した海寄りに位置しており、あまり人相の良くない歩哨が入り口を警戒していた。

 別段、倉庫の出入り口を警備することは不思議ではない。

 問題はその歩哨がエストでは馬商人として知られる人物の人相書きと特徴が一致しており、ラウルにしてみれば王都の臥竜亭で居合わせた巡礼団の一員と酷似している点だった。

 ラウルは迷子を装って接近し、倉庫街入口へ戻る道順を聞いている。間抜けそうなおかの作業員に扮した彼は、


「いやあ、似たような建物ばかりなんで困ってたんです」


 と感謝の言葉を述べながら人相を再確認している。その間にウィリアムは素早く動いて建物や周辺の偵察を気取られることなく完了していた。

 わかったら早くあっちへ行け、と言わんばかりの歩哨に別れを告げてラウルは来た道を戻る。歩哨の視界から外れたところでウィリアムが合流した。隣接する倉庫の雨どいを伝って下りてきたのにはラウルも驚いたが、ウィリアムは物音を立てることなく建物の上部まで調べていたのだ。


「び、びっくりしたッ」

「驚かしてすまない……だが、時間を稼いでくれたおかげであらかた見ることができた。戻ってハンナさんに報告だ」

「ハリー君は?」


 ラウルの問いにウィリアムは短く、確認できない、と応答した。しかし、全くの収穫なしでもなかったらしく、足取りは元気なものになっている。

 二人は駆けるようにしてクラーフ商会の倉庫内に設けられた偵察基地に戻る。ちょうどリンが上空からの偵察を終えて帰着しており、報告の最中だった。

 彼女は倉庫街や埠頭上空を中心に飛んでみたのだが、海賊の猛威によってほとんどの商船が休眠状態であり、動いている船は沿岸漁業の小型漁船か釣り船程度とのことだ。

 これにはクラーフの倉庫番も同意する。


「その通りですよ。このところ船員や港湾作業員は少々手持無沙汰でしてな。ああいうちょっと荒っぽい人たちが昼間から酒場で一杯やるもんだから……」

 

 喧嘩や賭博のもめ事が多発している、と倉庫番は嘆いた。

 リンの報告は続く。


「あと、港を少し出たところに停泊している船が一隻……」

「おや、妙ですな。港にはまだまだ余裕があるはずです。リンさん、軍艦みたいな大きい船でしたか?」

「いえ、他の船と比べてもそんなに違いがあるようには見えませんでした」


 リンの報告に納得がいかない表情の倉庫番はハンナに説明を促される。


「いえね、港に入りきらない大きな船が沖がかりをすることはあるんです。陸との連絡は小舟とか艦載艇を使うんですけども……」

「むむっ」

「父さん、どうしたの?」

「悪党の本拠地が船だとやっかいだぞ」

「乗り込もうにも接近するだけで警戒されますし、逃走も容易。外洋に出てしまえばリンさんでも追いかけるのは難しい……」


 クルトは驚くべき推測を口にし、ヴィルヘルムが補足した。

 ラウルがリンを見やると、首肯して同意する。彼女も洋上飛行の経験はないのだ。


「それはひとまず置いて、地上偵察の報告を聞きましょう」


 ハンナ班長が仕切り直してラウルとウィリアムの報告が始まる。

 ラウルは発見した倉庫の位置を地図に書き込みながら、人さらい集団の一員と思われる人物が歩哨に立っていたことを告げたが、ウィリアムの報告は決定的だった。


「天窓から覗いた……商品の出荷準備中だ……屋内にいた悪党は最低三人、奥や地下があった場合はそれ以上だな」


 ハリー少年を含めた全員の確認こそできなかったが、複数の子供と首輪状の魔法道具を取り付けている現場を確認した、と言うのだから疑う余地はない。

 直ちに地図を広げて突入作戦の立案がなされたが、沖がかりしている船が本拠地だった場合の対応策が未決である。


「みんな生け捕りにして案内させるしかないわね」

「殺さない、という決め事は逆にこちらを危険にしないか?」


 ハンナの提案にウィリアムが異議を唱える。


「捕まっている子供たちに血しぶきを見せるのも考え物だし、みなさん、ここはひとつ生け捕りでお願いします」


 捜査班長にこうまで言われては男たちはうなずくほかない。

 生け捕り方針はラウルと不殺の約束をしていた影響が大なのだが、彼女は家庭の事情を理由にしなかった。息子の殺生に対する逡巡を口にするのははばかられたからだし、幼い子供たちに血を見せたくない、という言葉にも嘘はなかった。


「うむ」

「何人か戦闘不能に追い込めば降参してくれるかも知れませんしね」


 クルトは同意し、ヴィルヘルムは希望的推測を述べた。難色を示していたウィリアムも最後には捜査班に敬意を表して同意した。皆の協力があったからこそ、ここまで多取り付けたのだ、ということに思い当たったからである。

 ハンナは礼を言ったあと、リンに向き直って申し訳なさそうに話を切り出した。


「さて、リンちゃん」

「はい」

「悪いけど、ここまでよ」

「えっ、そんなッ」


 リンにしてみれば舞台の終幕で降板、最低でも回復魔法の出番を用意してもらえると思っていただけに無慈悲な退場宣告は心にこたえた。


「ブラウン男爵様に急ぎの連絡があるの。リンちゃんにしか頼めない……書面にはできないから暗記してね」

「……わかりました」


 ハンナの作成した連絡文は、偶然訪問したポレダの町で人さらいの人相書きに瓜二つの人物を見たので後を付けたら、偶然隠れ家を発見した。ポレダの治安当局に通報しようかとも思ったが、足が言う事を聞かなくて隠れ家の扉を偶然蹴破ってしまった。そこには偶然さらわれた子供たちが監禁されていたので、救助することになった。ついては、騎士団や傭兵と合流出来次第、早く助けに来て欲しい。侵入や破壊行為などには免責が下りるように宜しくご差配願いたし、という救助要請以外は滅茶苦茶なものだった。


「……」(長い)

「どう?大丈夫?」

「今から突っ込む。助けて。できたら揉み消して、ということでしょうか?」

「ひどい要約だけど……満点よ」


 リンは無念の気持ちを隠し切れない。何のための回復魔法なのか、ラウルの冒険に付いて行くための修練ではなかったのか、などと考えるだけでつらかった。

 しかし、ハンナが言う連絡任務の重要性以上に、クラーフ商会をこれ以上関わらせたくない意思を彼女の言葉に感じ取っている。グスマン支店長も捜査班の潜入を助けてかなり危ない橋を渡っており、リンに限って言えば、嫁入り前のお嬢様を冒険に付き合わせはしたが、どう考えてもここが限界だったということだ。

 彼女の気持ちを知ってか知らずか、ラウルは無邪気に、


「よろしく頼むぜ、リン。牢屋はイヤだからな」


 などと言ってのけた。


「もう!そっちこそ私が治せないような大怪我しないように気をつけてよね。冒険初心者もいいとこなんだからさ……無茶しないでよ」


 二人のやり取りを見ていたヴィルヘルムが混ぜ返す。


「ラウル君はもう尻に敷かれているのか。意外だな」


 そこへ得たりとばかりにジーゲル夫妻がかぶせてきた。


「不肖の息子で相すまぬ」

「もう一押しがなぜ出ないって思うんですけどねえ。じれったいわ」

「なに、どういうことだ。ジーゲルさん、まさか……」


 またその話かよ、と憤るラウルをよそに、ヴィルヘルムだけでなくウィリアムまでがリン推しの秘密結社に参加した。

 肝心のリンはしばし頬を紅潮させてラウルをチラ見していたが、緊急連絡任務を果たすべく、ご武運を、と言い残して姿を消す。


 五名の突入班は急いで支度をした。

 ラウルを除いた四名が武装を梱包したまま目標の建物に接近するので、初手は素手、歩哨を無力化したら武装して突入する予定だ。

 ラウルはクラーフの倉庫番が用意してくれた細引きの束を円状にして肩にかける。他にもぼろ布を数枚貸してくれたが、これは猿轡さるぐつわということらしい。どちらも生け捕りに使用する拘束具である。これらを見るに、ハンナがラウルとの約束を守って準備していたことは明白であった。


 現状、昼食にはまだまだ早い、という時間帯なので夜陰に紛れるよう隠密行動は不可能であり、状況次第だが強襲になる可能性は高い。

 それでも夜を待たなかったのは、ウィリアムの見た“商品の出荷準備”が完了するまでにいくらの時間的余裕もない、とハンナが判断したからだ。

 

 目標の倉庫に向かいながらラウルは手に汗握っている。

 あろうことか、彼の脳髄にはスケベの欠片も無かった。剣術や体術の訓練が最高の結果に結びつけばいい、とそればかりを考えている。

 流れる血が少なければもっと良い、とも彼は願っているが、それが如何に世間知らずの甘ったれた理想論であったか、この世界でお人好しは食い物にされるだけという現実を身をもって思い知る残酷な運命が彼を待ち受けていた。


いつもご愛読ありがとうございます。

冒頭の“居た”はドキュメンタリー番組で珍獣を発見した時のアナウンスみたいな体で脳内再生をしています。昔の声優だと柳生博さんですかね。今だと福山雅治さんでしょうか。(彼がしゃべると昆虫の名前でも倍増しで格好よく聞こえる)

捜査のほうは突入直前です。捜査班がSWATも兼任するというヤケクソの展開にご期待ください!

徃馬翻次郎でした。

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