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第124話 港町に消ゆ ④


《ポレダの西 クラーフ商会の社内便内 現在》


 ポレダの港町を目前にした捜査班の面々はそれぞれの偽装身分を交代で復習し、ぼろが出ないように代わる代わる確認している。ウィリアムとヴィルヘルムは御者、クルトとラウルは護衛兼作業員、なんとハンナは王都のクラーフ商会幹部であり、リンが案内してポレダの倉庫を監査することになっている。

 折しも海賊被害による滞貨が発生しているため、棚卸と他支店への回送を監督するために王都から派遣されてきた御一行様、という体であるが、これらは全てエストのクラーフ=グスマンによるでっちあげである。ご丁寧に人数分の王都民証らしきものまで用意されているが、急ごしらえの偽造であるため、できることなら使いたくない。

 すべては、エストから追いかけてきた、と警戒させないための偽装なのだが、効果のほどは実際に試してみるまでは何とも言えない。


 さらに、偵察担当のラウルは追加で人相書きを頭に叩き込まねばならず、彼の脳内記憶容量は限界に近かった。彼一人がいささか疲弊しているように見えるのはそのためである。


 エストからポレダへの旅路にしても決して順調とは言えなかった。

 まず、ウィリアムが同行すると言って聞かず、ジーゲル夫妻を困らせた。作戦が失敗に終わった場合は最低でも失職を覚悟しなければならないからやめておけ、という忠告に耳を貸すどころか、半ば出奔しゅっぽん同然の形で馬車に乗り込んだのだ。

 出発前からすったもんだで時間を浪費し、見事な滑り出しとはお世辞にも言えなかったのだが、旅の途中でウィリアム自慢の鼻も何度か元気飲料の臭いを嗅ぎそこなっている。もし、人さらいたちが途中で小休止という名の酒盛りをしなければ探知失敗していた可能性さえあった。

 痕跡や轍を見失うたびに停車して行方を確かめることになったが、その時間的損失を取り戻したのはヘーガー謹製の回復鞭であり、その効果を存分に堪能した馬車馬たちである。

 御者役の二人は鞭の気持ち悪い特殊効果にあきれつつも、鞭打つたびに元気になって速度を上げる馬たちを見ては文句も言えなかった。


 通常、エストからポレダまでの行程はどんなに天候や路面状況が良くても丸一日の時間を要する。人さらい集団が収穫祭打ち上げの最中にエストを抜け出したと仮定すると、最短で昨夜遅くにはポレダに入ったと推定される。

 追跡班がエストをなんとか出発できたのは昨日の夕方近くなのに、早朝の時点でポレダに迫っていることを取ってみても、回復鞭の凄まじい効果がわかる、というものだ。

 町に近づくにつれて深く沈んだ轍は石畳の舗装により追尾不能になっていたが、ウィリアムの鼻にとっては強烈な刺激臭である元気飲料の露天商は十分に追跡できる残滓ざんしを残してポレダへと続いていた。


「おそらく、例の薬品が露天商が履いている靴の裏に付着したままなんだ」


 馬に水とエサをやる小休止の時に、ウィリアムは臭いを追跡できている理由を捜査班に説明した。轍と臭いの二本立てで追っているが、これが罠ではないと祈るばかりだ、とも言って不安な心中を打ち明ける。

 それを他の班員が励ますことで、とうとうポレダまでたどり着いたのだ。不気味な魔法道具の助けを借りはしたが、人さらい集団のものと思われる馬車に遅れること数時間で追い付けたと推定できることは小さな奇跡と言ってよかった。


 ポレダの正門を守る衛兵は荷馬車にクラーフの紋章が描かれているのを一瞥いちべつしただけでろくに調べようともしない。これは確かにクラーフの職員にとって便利な事なのだが、そのことを理由に人身売買への関与を疑われたのだから、リンは何とも複雑な気持ちだった。

 ポレダの町では大通りを馬車が通行でき、最終的には倉庫街や埠頭まで乗り入れることができる。大通りを歩く誰もがクラーフの馬車を注視している様子はないから、潜入工作としては上々と言えよう。


「リンちゃん、この後の段取りは?」

「倉庫街にも衛兵の詰所があって、型通りの質問ですが全員が話を聞かれます。後は……父がクラーフ商会ポレダ支店の倉庫番と親しいらしくて、手紙を書いてくれました。倉庫の一角を借りて偵察用の拠点を設営できると思います」

「ほう」

「手際いいなあ、リン」

「えへへ、そう?」


 リンは素直にラウルの誉め言葉を受け取った。お外で働くと誰でもできるようになるよ、と彼女は言うが、ラウルには到底信じられない。自分の剣術訓練のように段取り術を磨いているとしか思えなかった。

 ハンナは続けて御者席に声を掛ける。異常無し、追跡良好、という二種類の声が返ってきて問題のないことを告げる。

 

 全体的な指揮を取るのは捜査班長のハンナだが、商売の慣習や倉庫街の事情はリンのほうが圧倒的に詳しい。クラーフのコネで前進基地を設営できることもあって、ここからはもっぱらリンが頼りだ。

 やがて、彼女の説明通りに倉庫街の衛兵詰所で馬車は停められ、リンを含めた全員が身の上を聞かれる。もっとも捜査班は潜入用の偽装身分を暗唱できるまで覚えていたから、すらすらと流れるように答えることができた。

 そもそも馬車の荷台に乗客がいる場合における衛兵の審査は、その者たちは奴隷か否か というところに主眼が置かれている。要するに、首や手首を調べてそれらしい魔法道具や手かせが見当たらなければ問題なしなのだ。グスマンが命懸けで偽造した王都民証に至っては見ようともしなかった。

 つまり、彼らは禁制の奴隷が搬入されるのを監視し、泥棒が忍び込んで倉庫から荷物を抜き出さないように見張っている、ということになる。


(ハリー君たちはどうやって監視を潜り抜けたんだろう?)


 そこでラウルは迷路で見つけた証拠品を思い出す。

 子供たちは魔法で気絶させられた後、麻袋と縄で農産物のように梱包されたに違いないのだ。ポレダの倉庫街では、荷物の持ち出しは税金の関係で厳しい目が注がれているが、持ち込みにはそれほど注意が払われていない。実際、捜査班が持ち込んだ武装は簡単な包装でごまかせてしまった。


 さて、クラーフ商会ポレダ支店の倉庫はさすがクラーフと思えるような広さであり、馬車停めには屋根までついていた。予定にない王都からの監察を迎え出た倉庫番は、リンからグスマン支店長の親展を受け取って驚愕する。支店とは言え、クラーフ商会に人身売買疑惑がかけられている、とあっては一大事である。

 倉庫番はグスマンの依頼にあった拠点設営を快諾し、同時に秘密厳守も宣誓した。

 

「なんでも仰ってください。海賊共のせいで荷物は動かせませんから、必要最低限の職員しか出てきていませんので、大したことはできませんが」

「ではお言葉に甘えて、机と倉庫街の地図をお願いできますかしら?」


 ハンナは早速仕事にかかり、リンに上空からの偵察を割り振る。ラウルはウィリアムと組んで地上偵察を受け持ち、クルトとヴィルヘルムは万一の事態に備えて武装したまま待機する。

 倉庫番が気を利かせて売り物の衝立を並べ、即席の間仕切りをこしらえたので偵察拠点の見栄えがにわかに整ってきた。そこでリンはハンナと、ラウルはウィリアムと簡単な打ち合わせに入る。


「リンちゃん、倉庫街や埠頭の上空を飛んでも大丈夫かしら?」

「クラーフの緊急連絡ではよくあることですから見慣れた光景のはずです。それだけで警戒はされないかと……あまりグルグル回らないほうがいいですかね?」

「そうね、さりげなくお願いね」

「わかりました」


 リンは早速偵察に出かけるが、地上偵察組は方針を決めかねていた。


「どんな感じですすめましょうか」

「基本的には元気飲料の臭いを追いかけたいが、夢中になって追うあまり、うっかり警戒網にかかって騒ぎを起こすのは避けたい」

「ですよね……」(子供たちがいたら危なくなる)


 ウィリアムは少し考えてから隊列を提案する。

 

「囮みたいで悪いがラウル君、私の前に立って歩いてくれるか」

「それはかまいませんが……」

「角々では意識してゆっくりと歩いてくれ。私は少し離れて臭いを追う。小声で進行方向を指示するが、ラウル君からは見えなくても必ず近くにいるから、ひとつ頼むよ」


 これは犬系亜人が嗅ぎまわっている様子を隠す盾のような役割をラウルに持たせるものだ。彼は精々作業員に見えるように服装を整える。

 腰に下げた帆布袋にはスリングショットと鉄弾が入っているが、袋から突き出している柄が職人然とした雰囲気を出している。ラウルはここに手製の短剣を追加した。さらに手ぬぐいを頭に巻き、手控えをポケットに入れて鉛筆を耳に挟む。


「おお、なかなかの変装だな」

「これでいけますかね」

「どういう体でいくんだい?」

「船を見に来て道に迷った内陸部の倉庫作業員、はどうですか?」


 これで地上偵察組の方針が決まったが、ウィリアムはラウルの偽装が実体験を含んでいることに気付いて、初めての海がこんなので悪いな、と詫びを口にした。


「オレの思い出よりもハリー君たちのほうが大事ですよ。行きましょう」

「そうか……恩に着る」


 そこへクルトとヴィルヘルムが声をかける。


「ウィリアムを師匠と思って命令通りにしっかりやれ。しくじるなよ」

「緊張しないように……と言っても難しいだろうな。安全第一で慎重に行こう」

「や、やってみるよ」


 倉庫街の地図を広げていたハンナはいつもの伝で付け足すのを忘れなかった。


「危ないのはダメよ!見てくるだけ。いいわね!」

「もう、わかったってば!恥ずかしいよ、母さん」


 ようやく倉庫内に小さな笑いが湧いた。

 どこの世界でも子供を案じる母親は普通の話なのだが、いい歳をしたラウルに対するハンナの過保護口調がウケたようだ。

 母親のせいで彼はバツの悪い思いをしたが、それでも班員の心を柔らかくした。しかし、今頃エストで子供の救出を待っている家庭では笑うことなど絶えているだろう。心は荒れて固くなってしまったいることだろう。

 途方に暮れている被害者家族に笑顔を取り戻すためにも、ラウルはしくじるわけにはいかないのだ。


いつもご愛読ありがとうございます。

海外ドラマに出てくる配達業者に化けている捜査車両、みたいな感じを出そうとしたのですが、効果のほどをねっとり描けませんでした。潜入捜査用の小道具ももう少し魅力的に描きたかった。反省。

徃馬翻次郎でした。

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