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第122話 港町に消ゆ ②


「♪だぁ~れでーもい・い・から~、ちゃちゃっとぉー、か・い・け・つ~してくれませんかねぇ~♪」


 エスト村北口の厩務員は鼻歌まじりに不満を述べていた。

 もちろん作業の手を止めるようなことはしないが、歌詞の内容はあまりほめられたものではない。駅馬車の運行再開を願うのはいいとして、他人任せの限りである。

 かと言って、冒険者でも衛兵でもない厩務員にしてみれば他力を願う他はなく、駅馬車に関わる職員の誰もが思っていることをつい口にしてしまっただけで、歌詞は偽らざる心情を率直に表現している、とも言えた。

 馬も元気で馬車の準備も万端なのに運行許可が下りない限りは日干しは避けられないから、ともすれば不謹慎のそしりを免れない鼻歌となって口から不満がほとばしり出たとしても無理からぬことではあった。 

 

 そこへ厩舎の表から案内を請う声がする。

 厩務員は豊かな声量で歌の二周目を吟じながら扉を開けて応対に出た。その瞬間、彼はもう少しで悲鳴を上げるとことだった。


「お楽しみのところ悪いが、衛兵隊だ」


 歌が原因で投獄された例は聞いたことがない厩務員だったが、場合が場合である。誘拐事件を必死で捜査している衛兵隊の機嫌を損ねては一大事だ、と思うと無意識のうちに返事の声がかすれた。


「お、お役目ご苦労様です」


 彼はお小言のひとつくらいは覚悟していたのだが、厩舎を訪ねてきた衛兵は厩務員の作詞内容に同意して車止めの不自由を労った。そして、駅馬車の運行再開を指示する男爵の命令書を示す。

 これには厩務員も驚き、目を白黒させるしかなかった。


「すると事件は解決したんですかね?」

「詳しくは言えないが、目途がついた、とのことだ」

「へえ!そいつは何よりだ。北の往還は問題ないんで?」

「街道警備は今朝から倍の勢いだ。いつもより安全だぞ」


 衛兵はそう言いながら命令書ともう一枚の紙片を厩務員に渡す。


「これは?見本って書いてありますけど」

「乗車券だ。これを持ってきた露天商を無料で乗せてやってくれ。エストに帰ってきたら衛兵詰所で銀貨と交換だからな、失くすなよ」

「この紙が銀貨一枚に……わ、わかりました」

「荷物も多いぞ。増発の準備をせよ、との男爵の命令だ」

「王都から来て留め置きになってる車もありますんで、何とかなると思います」

「頼もしいな。では、伝えたぞ」


 この急展開というか事態の好転はどうしたことだろう、と思いながら厩務員は職員や御者を呼び集めて男爵の命令を伝達した。


「王都に帰れるだか?」

「ありがたい!神様!」


 職員たちが手を取り合って喜びあうなか、エストの御者だけは神妙な面持ちであごをもんでいた。

 その様子に王都の御者が気付いて声を掛ける。


「なんだあ、嬉しくねぇのか?」

「お前さんら、なんか忘れてやしませんかね」

「ん?」

「こりゃ神の子の御業以外に考えられねぇ」


 今朝聞き込みに来たジーゲル家の息子さん、と説明されてようやく合点がいった職員たちだが、それでも神の子とは大げさが過ぎる。いくら何でも封鎖を解除する権能まではあるまいに、といった具合で相手にしなかった。


「まあ、見てな。さらわれたチビスケ共が帰ってくるのも時間の問題さね」


 御者が放った捨て台詞は数日後に予言のような扱いでエストと王都の一部に広まることになるのだが、現時点では誘拐事件は解決どころか現場検証が始まったに過ぎない。それでも彼は捜査班の成功を信じて疑わなかった。別して神の子であるラウルへの信頼はほとんど信仰に近いものがあったのだ。


 さて、その捜査班はエスト村東口の迷路と称する巨大構造物の入り口に集結している。ジーゲル一家にリン、ウィリアム、仮眠から目覚めたヴィルヘルムを加えた六名が捜査班長であるハンナの説明を受けているところだ。


 これに先立ち、捜査班からの報告を受けたブラウン男爵は彼らの要請に二つ返事で答えるとともに、矢継ぎ早に命令を下す。ただ待っているだけではなく対応策を練っていたのには誰もが感服した。もちろん、捜査の進展に男爵が大喜びしたのは言うまでもない。

 捜査班が出した迷路の捜索許可要請には直ちに許可証を発行し、露天商や芸人一座の釈放には王都までの駅馬車乗車券を付けた。もともと移動手段を所有している芸人一座には何らかの補償をおこなうつもりらしい。

 さらには、商店や学校を含む全エスト村民に対して、普段通りの生活を義務付ける通達を出した。

 これは駅馬車の運行再開を命じる根拠になるし、なによりも村内が鎮静化すればするほど捜査に割ける人員が増えるのだ。

 最後に男爵が出した命令は元気飲料服用者に対する出頭要請と治療だった。

 強制ではなく自己申告制としたのだが、スケベ飲料のはずが麻薬を含んだ毒とあっては、一口でも試した購入者たちは雪崩をうって衛兵詰所に殺到した。クラーフ商会の協力によって解毒は速やかに行われ、それまでグスマン支店長に牙をむいて興奮していた連中も、尻尾を下げて詫びを入れるほかなかった。もっとも人格者のグスマンは直ちに和解を受け入れたのだが、今回は神への感謝を口にしなかった。聖堂の間近であるエスト支店の搬入口で彼を冤罪に陥れるような陰謀があったのにもかかわらず、助けてくれたのはジーゲル一家だったからだ。神罰を受けたと評判の家族を神が遣わされるはずもなく、彼は生れて初めて神を疑った。


 ともあれ、捜査班は元気飲料を鑑定した後は、怪しいスケベ薬のその後まで頭が回っていなかったから、ブラウン男爵の行き届いた処置に改めて感銘を受ける。

 その男爵が現場検証へ向かう捜査班を呼び止めて、援軍の騎士団と傭兵団の受け入れ準備で忙しくなる、と言う。騎士団が出動する以上は何らかの勅命、つまり王からの命令を受けてくるだろうから、以後の捜査指揮はどうなるか不明だ、とも付け加えた。

 要するに、捜査班が好き勝手できるのにも刻限がある、ということだ。


 六名の捜査班は迷路入り口でハンナ捜査班長による短い立ち会議を実施している。

 彼女の方針は迷路の外周を調べてみよう、という単純なものだった。


「外周ですか?奥さん……あー、班長殿」

「隊長さん、内部は衛兵隊が入念に調査済みでしたわね?」

「はっ。その通りです。外周にしても、衛兵隊や親御さんの足跡でいっぱいですよ。微細な証拠を探すには厳しいと思われますが、班長殿」


 班長と隊長でややこしいが、ハンナとヴィルヘルムが方針を確認している。彼は新方針に半信半疑だったが、とまれ、ジーゲル一家が時計回り、ヴィルヘルムとウィリアムが反時計回りで外周部分を捜索することになった。


「ハンナさん、私は記録係ですか?」

「リンちゃんは上からよ。変化して上空から迷路全体を見てくれる?何だったら迷路解いちゃうのもいいかもね」

「母さん、こんな時に何を……ん?……そうかッ!」(異なる視点!)


 ラウルはようやくハンナが言うところの意味に気付く。

 彼女は迷路が誘拐の犯行現場だと仮定し、上空視点を取り入れることでわずかな異変をも拾おうとしているのだ。ただし、感心している間にラウルはまたしてもリンが変化する瞬間を見逃したのだが、捜査の成り行きに興奮してスケベそっちのけになっていた。


「母さん、何を探せばいいの?」

「子供たちの痕跡を探そうとしてもダメよ。そうすると、グスマンさんのお店みたいに、ほら、髪飾りの罠にはまっちゃうでしょ」

「えっ!?あれって罠だったの」

「わかりやすい陽動だな」


 クルトはそう言って断じたが、まともな精神状態ならあんなのには誰もひっかからん、とも述べて薬物汚染の凄まじい影響を指摘した。


「これ見よがしに遺留品が見つかるって、それだけで不審でしょ」

「うむ」

「な、なるほど」

「という訳で、探すのは子供たちの痕跡以外の何かよ。頑張ってね、ラウル」


 親子で話し込んでいる間に、リンは空高く舞い上がって迷路上空を旋回中だ。負けじとラウルも目を皿にして探すが、安普請のやっつけ仕事が目立つ以外は特に見るところが無い。ひどい場所は戸板や扉がそのまま打ち付けてあるものもあったが、居住目的ではない遊具としては十分であり、犯罪に繋がるような証拠ではなかった。


(うーん、わからん!)


 さじを投げそうになったラウルは思わず天を仰いだが、上空旋回中のリンが急速に高度を落としているのに気付いた。

 

「おっ、何か見つけたかな?」


 ラウルは期待を寄せたが、リンが着陸したのは迷路入り口のちょうど反対側、村の東口から最も遠い場所だった。やがて、リンが呼ぶ声が聞こえて捜査班員が彼女のもとへ集合する。


「リンちゃん?」

「えっと、屋根が付いている箇所がありました」

「どのあたりだ?」


 ハンナに報告を求められたリンが指し示すあたりの壁板をクルトがゆすってみる。他の班員もそれにならって壁板を検めていたところ、ヴィルヘルムが声をあげた。


「板の表面にくぼみが……これは……引き戸?班長殿!」

 

 念のためヴィルヘルムが槍を構えて警戒し、クルトが引き戸に手をかける。他の班員は万が一に備え一歩下がって突入に備えた。

 正に息をのむ瞬間だったが、捜査班が突入した小部屋の中は無人であり、廃材やがらくたのようなものが雑多に打ち捨てられており、他には小汚い机が一脚あるだけだった。


「非常口でも職員控室といった感じでもないですね」

「この際、搬出口と悪党控室、と言うべきじゃないかしら」


 自分の感想をハンナに訂正されたヴィルヘルムは反射的に衛兵を呼ぼうとした。つまり、エストを騒がしている誘拐事件の犯行現場はここなのだ。

 

「待て」


 クルトが短くヴィルヘルムを押しとどめる。


「しかし、クルトさん……」

「見終わるまで、待ってくれ」


 衛兵隊の捜査能力を疑うわけではないが、さして広くない小部屋に彼らが殺到したら、もみくちゃにされても文句は言えない。したがって、捜査班が仕事を終えたら直ちに明け渡すので堪えてくれ、という要請だった。


「わかりました。歩哨ほしょうに立ってます」

「すまん」

 

 ヴィルヘルムが見張りを買って出たので、彼を除いた捜査班員が小部屋に入る。

 小部屋の壁の一部がこれまた引き戸になっており、迷路内への行き来が可能になっていた。床に落ちていた麻の袋と縄をウィリアムが拾って手に取ってハンナに示す。


「これで拘束されたということか」

「……物的証拠ね」

「くそッ、こんなもので息子は、ハリーは……」


 憤懣ふんまんやるかたないウィリアムの肩をクルトが優しく叩いて励ます。その間、ラウルとリンは小汚い机の上に置いてある紙の束を調べていた。


「迷路の設計図に木材買い付けの伝票……几帳面な奴だな」(性格かな?)

「ラウル!こっちは魔法の巻物だよ」

「何の巻物かわかる?」

「えーと、気絶の魔法、魔力充填済みだけど署名は無し……未使用だね」

「これ、追跡できるんじゃない?」

「安くない買い物だしね……最近買ったとしたら店の人は覚えてるかも」


 二人は早速ハンナ捜査班長に報告する。

 言うなれば凶器の発見である。これは未使用のものだが、使用済みの巻物は署名が残るから回収したのであろう。特殊な品ゆえに足がつくのではないか、と喜び勇んで彼女に押収した巻物を示す。

 彼女は驚きと喜びの表情で新米捜査官の手柄を褒めたが、その途中でふと眉を曇らせた。


「母さん?」

「たしかに物的証拠その二なんだけど、うーん……」

「まさか、これも罠とか言わないよね?」

「そのまさかよ、ラウル」

「ええっ!?」


 これにはリンが衝撃を受ける。

 今のところ唯一の手掛かりと目される魔法の巻物が罠とは聞き捨てならない。容疑者にたどり着く可能性がわずかでもあるなら全力で追うべきではないのか。


「まさに、犯人はそう言わせたいのよ、リンちゃん」


 ハンナ曰く、これは自力でここまでたどり着く能力を持った者に有効な罠、もしくは迷路を解体する時に発見される時限式の罠である、と言う。

 どちらにしても巻物の出所を追いかけている間に、人さらいにまんまと逃げおおせる時間的余裕を与えてしまうことになるのだ。むろん、さらわれた子供たちが戻らないことは言うまでもない。


いつもご愛読ありがとうございます。

せっかく見つけた証拠がひっかけ、というのもベタですが私の好きな展開です。

頑張れラウル!騙されるなラウル!

徃馬翻次郎でした。

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