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第115話 エスト捜査網 ①

正式タイトルは『エスト村誘拐事件(前編) 平和な村に忍び寄る黒い影!魔法のように消えた子供たち!身代金要求も犯行声明も出さない犯人の目的とは?ジーゲル一家が消えた足取りを追う!』です。


 最近は買い物客以外の来客が多い、とジーゲル夫妻は喜んでいる。

 半分以上がラウルの仲間か知り合いだが、彼が動き出して世界を広げるようになってからは、淀みに流れが生じたような勢いで人間関係が回り始めている。

 

 夫妻にしてみれば普通に付き合ってくれれば十分なのだが、ラウルが精霊契約の儀式で騒ぎを起こし、魔力不能が発覚してからの信仰心篤き住民たちの態度は目に余るものが有った。氷のように冷たい一部エスト村民の視線がいくぶん融解してきているように思えるのは、ラウルが外回りを始めてからである。

 心なしか態度も好意的になってきており、少なくとも神罰の下った悪魔の棲む家でなくなっているのは間違いない。


 さて、収穫祭の夜、ジーゲル一家にリンとコリンをくわえた夕食会の後に不意の来客があった。

 ジーゲル家を訪問したのはウィリアム=ヘリオット、木こり兼製材業者兼狩人の犬系亜人であり、ラウルに投擲技術を教えている指導者でもある。

 買い物や道具の手入れには妙な時間だから、突発事故か急を要する相談事のどちらかだろう、と想像はつく。

 野太いが陽気な声で出迎えたのはクルトだ。


「入ってくれ」

「夜分にすまない……やあ、みなさんお揃いで。お邪魔したなら申し訳ない」

「かまいません。もう御いとまするところでしたので」


 リンは上品形態で応答するが、この切り替えの早さは見習うべきだ、とラウルは思う。クラーフ本店への納品では口上を覚えるだけで精一杯だった彼も、徐々に丁寧口調を身に着けつつあるが、まだまだ彼女にはかなわない。


「そうかい?えー、たしかクラーフのお嬢さんとこちらは……」


 ウィリアムとコリンは面識がない。


「えーと……」

「最近エストに越してきたマリンちゃんよ。リンちゃんの後輩ね」


 ラウルが口ごもっている間に、ハンナが滑らかな紹介でコリンの正体を隠す。


「はじめまして、マリンです。どうぞよろしく」

「うん?ああ、ヘリオット木材のウィリアムです。どうもご丁寧に」


 ウィリアムは何かに気を取られかけていたようだが、クルトに促されて本題に入る。


「どうした?何かあったのか?」

「実は……ハリーが戻らないんだ」


 祭りほど子供の心を浮き立たせる行事はない。

 それでも親としては外出時の注意なり、短い説諭をせねばなるまい。

 はしゃぐハリー少年に目を細めながらもウィリアムは、あまり遅くならないようにな、と釘は刺したし、母親のドリスも、日没には帰ってらっしゃい、と小銭をもたせて息子を送り出したのだ。

 年に一度の祭りだから、帰宅が少々遅くなったぐらいで目くじらを立てる親はいない。しかし、時間が時間である。


 現在、ドリスをはじめ、ヘリオット木材の従業員総出で自宅周辺や森林地帯を探しているが、成果は一向に挙がっていない。亜人の嗅覚に痕跡すら引っかからないのであれば、探している場所が見当違いである可能性が高い。

 ハンナは我が事のように案じてウィリアムに声をかける。


「まあ!それは心配だわ。衛兵には?」

「さっき通報したところです、奥さん」

「ハリー君、帰るのが遅くなってるだけだと良いけど」


 ラウルもウィリアムをはげますが、彼はとんでもないことを言い出した。


「ありがとう、ラウル君……それが、どうもウチだけじゃないらしいんだ」

「なんだと?」


 クルトが重々しく問いかける。

 ウィリアムが言うところによれば、神隠しの同時多発とでも表現すべき事件の被害報告は、日没後になって次々と衛兵隊に寄せられたらしい。事件だとしても発生時刻は判然としていない。被害家族が日没になってはじめて慌てだしたからである。


「オレ、二人を送っていくよ」

「それがいいわね。クラーフさんが心配なさるといけませんもの」

「だな」

「待った。ラウル君、何か変わったことはなかったか?」


 切羽詰まったウィリアムの問いかけだが、残念ながらラウルに答えられるものは何もない。なにしろ、


「すいません。彼女らと祭りそっちのけで山登りをしてまして……マリンちゃんはどう?」

「クラーフ邸から丘の間ですよね?特に何も……リン姉は?」

「山登りの後は家に一回寄って、屋台を何軒か見て、ここに着くまで……うーん、今年は人出がちょっと多い、ぐらいかな?」

 

 という具合で、有力な目撃情報を提供できないのだ。


「そうか……いや、引き留めて悪かった。気をつけてな」


 ウィリアムは三人を送り出してから、ジーゲル夫妻と話し込んでいる。


 エスト村に向かって歩きながらも三人はいろいろ考えていた。

 考えようによっては山登りのおかげで災難を逃れた、と考えることもできる。仮にこれが誘拐事件だとした場合、犯行現場はエスト周辺、特に収穫祭会場の混雑を利用した可能性が高いのだ。

 それに、神隠しにせよ誘拐にせよエスト周辺に悪党がいた、もしくは依然として存在している、という話の不気味さが三人を捕らえて放さない。

 祭り気分は一転、重苦しい不快感が心にのしかかった。


「ハリー君でしたか、無事だとよいのですが……」 


 こんな時でもコリンは他者を思いやるが、確かにそれ以外の言葉が見つからない。


「うん……彼だけじゃないらしいし……」

「心配だね……」


 会話は一向に盛り上がらないのも無理はなかった。言葉少なにエスト村南口へ着いたが、衛兵から誰何すいかを受ける。日が落ちているから当然とも言えるが、今までにはなかったことだ。


「誰かッ!」

「ラウル=ジーゲルです。クラーフさんを送ってきたところです」

「ああ、なんだ君か」


 最近のラウルは良い意味で衛兵隊に顔が売れてきている。魔獣騒ぎの始末をつける時に戦友となった衛兵隊員にはジーゲル一家を敬いこそすれ、さげすむ者は一人もいない。

 誰何してきた衛兵もリンとコリンを通しながら、大声出してすまんな、と頭をかきかき詫びている。


「厳戒態勢ですね」

「ああ。遅ればせながら人の出入りまで記録している」


 リンとコリンは別れを告げて足早にクラーフ邸へと引き上げた。

 南口を守る衛兵たちは従前より数が多い。ラウルの言う厳戒態勢は間違いないようだ。彼らは大挙して押し寄せた蜘蛛型魔獣にもひるまなかった剛の者たちだが、それでも不安を隠せないようだった。


「何処のどいつだ。子供をさらう不届き野郎どもは!」

「まったくだ。畜生め」

「なんだか遠巻きに包囲されている気分にさせやがる」

「姿が見えないだけ質がわるいぜ」


 口々に異常事態への不満や憤りを口にする衛兵たちは珍しい。


「そんなわけだから、君も気を付けて帰んなよ?」

「わ、わかりました」


 駆け足に近い速度で帰路を急ぐラウルだが、衛兵たちと会話した中でそれとなく状況把握をしている。


・誘拐事件扱い、被害者は子供

・複数犯を想定しているが、犯人の目星はついていない 

・村への出入りを監視している以外の対応は不明


(人さらいなんて冗談じゃないよ)


 ラウルは正直なところ身震いがする思いだ。

 エストにいる限りは安全だと信じ切っていたが、こうして身近で大がかりな犯罪が起こってみると、通いなれた夜道ですら恐怖と危険を感じる。


(もしオレに弟や妹がいたら……)


 かつ、事件の被害者ともなれば、慌てようはウィリアムの比ではなかっただろう、とも思う。人さらいは現行犯に近い状況か、身代金の受け渡し現場でないと捕まえるのが難しく、その身代金を目的としない場合は犯人からの接触もないのだ。 

 つまり、ちょっとしたことで迷宮入りしてしまう解決困難な事件なのである。


 大勢の子供をさらう、となれば大方は他国へ連れ出して奴隷にしてしまうことが考えられる。確かにアルメキアは奴隷禁止を掲げてはいるが、そらならば他国の奴隷商に売ってしまえばよい、という人狩り集団にとっては何の障害にもならない。彼らにとっては追手さえ巻いてしまえば国境警備だけが目の上のたんこぶであった。


 さらに言えば、この手の犯罪は国境を越えた途端に、ほとんどの場合が合法になってしまう点が恐ろしい。厳密には違うのだが、王族や貴族の子弟がさらわれれば国際問題に発展し、富裕層なら傭兵を雇ってでも奪還と報復をしようとする。

 しかしながら、国民の圧倒的大多数である一般庶民は事情が異なる。拉致され、国外に売り飛ばされた子供を取り戻すための手段と資金は限られていた。結果として泣き寝入りになるだけであり、厳密には合法ではない、というのはこの意味においてである。


 不届き野郎、畜生、と衛兵たちが口汚く罵るのはそのような事情も影響している。彼らも自分たちの非力を歯噛みする思いなのだ。

 やがてラウルは帰宅したが、ウィリアムの姿はなかった。


「ただいま」

「おかえり、ラウル」


 ハンナはラウルを出迎えるが元気がない。他人事ながらハリー少年が心配なのだ。衛兵たちと同様、子供に手を出す連中に憤っている点ではジーゲル夫妻も同じなのだが、現時点ではウィリアムをはげますことしかできないことに肝が煮える思いだった。


「ウィリアムさんは?」

「帰った」


 クルトは短く答える。

 村内は鼻が利く亜人の衛兵を中心に捜索中なので、自宅周辺で痕跡を探すつもりだ、とウィリアムは告げて帰ったのだが、見込み薄らしく表情はくらいままだったようだ。


「村はどうだ?」

「検問ができてたよ。狙われたのは子供みたい」


 ラウルの報告にも目新しさはない。夜が明けてみなければ被害集計すらままならないはずだが、クルトは珍しく貧乏ゆすりなどしてイラつく気持ちを隠せないでいた。


「父さん?」

「ああ?うむ、この際だから聞いておけ」


 クルトが説くのは、エストで人さらいに出くわしたらどうなるか、という話であった。


 エストが交通の要衝である、ということは再三述べてきたが、それは国境までの距離が近い、ということでもある。南下すればサーラーン国境の集落があり、東へ向かえば港町から東方諸島向けの船が出ている。

 しかし、先般からエストは流通が止まりかけている状況ではないか、奴隷制度のある国に子供達を連れ出そうとしても選択肢が限られている、とラウルは思う。


「でも、父さん、野盗や海賊のせいでサーラーンに向かうしかないんじゃないの?」

「おい、人さらいだぞ」

「協力関係、もしかしたらそいつらが人さらいの元締めかも知れないでしょ」


 ラウルは通常の流通と混同してしまったようだが、ジーゲル夫妻の指摘はもっともである。犯罪者集団が連帯して事を起こしている可能性も捨てきれない。


「そ、そんな……」(野盗、海賊、人さらいが協力とかどんな世界なんだよ……)


 さらに、問題解決には時間的制約がある、とクルトは言う。


「エストに限ったことじゃねぇ。この手の事件は時間が経つごとに手がかりが消えて行ってしまう」

「はぁ」(臭いが消えてしまうのかな?)

「一日、二日で犯人の尻尾を押さえないと……犯人はともかく子供たちが……」


 国境に近いエストの場合は三日も経てば他国へ売り飛ばされて奪還が絶望的になる、とハンナは言うが、その初日がまもなく終わろうとしているではないか。

 ウィリアムはまんじりともせず眠れぬ夜を過ごしているに違いない。


「とにかく、明日だ」

「ジーゲルの店は臨時休業、ラウルの訓練も中止。いいわね?」

「ウィリアムさんを手伝うんだよね?」


 当然、といった顔でジーゲル夫妻がうなずく。

 こうして翌日の行動予定が決まった。

 ハンナは聖槍と防具を点検している。クルトも両手剣の整備に余念がない。成り行き次第では誘拐犯と対峙することもありうるからだ。ただし、朝一番の捜索協力では武装はしない。気楽な格好で情報収集に専念するつもりである。


いつもご愛読ありがとうございます。

本来はリンが誘拐されてラウルが救出するお話になるはずでした。それではあまりにもひねりが無いので、メインのお話に繋がるかたちで刑事ドラマっぽくお話を作ってみました。謎解きと言えるような謎はないので、気楽にお読みください。

徃馬翻次郎でした。


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