第114話【こぼれ話】大司教と愉快な仲間たち【猊下】
《二年前 王都 大聖堂》
大司教は歯噛みすることで屈辱に耐え、地団太踏むことで湧き上がる怒りを堪えていた。
それもそのはず、お気に入りの特別聖務要員を奪われ、亜人の小娘にいいように小突きまわされた経験は、聖タイモール教会の頂点に立つ者として耐えがたい苦痛であった。
フォイヒトヴァンガー生涯の不覚。
今こそ神の愛にすがって荒ぶる気持ちをおさえるべきなのだが、彼は自らを律することなど記憶の彼方に葬り去っていた。
執務室の扉を叩く音がしてたので鷹揚に入室を許可し、乱れた衣服を整える。
「入れ」
「失礼します、猊下」
声の主はエルザを尾行させた聖騎士だった。
「ご苦労。聖務の首尾はいかがであったか?」
「はっ。監視対象は王宮門前で合流、抱き合って喜んでおりました」
「くそッ!やはり王族の庇護かッ。小癪な真似を!」
実は、エルザが即席で仕組んだ王族が絡んでいるように見せかけただけの芝居だったのだが、大司教は見事にひっかけられて、術中にはまった。
ひとつ慰めがあるとすれば、かろうじて大司教の面体が保たれたことであろう。コリンは民草を助けるために旅に出た、と言えば美談にすらなりうる。
「まあよい。監視を怠るな」
「御意。命じておきます」
ここで大司教の声音が変わる。気色の悪い猫なで声だ。
「君は優秀だな」
「はっ。お言葉有難く存じます、猊下」
「優秀な君にはもっと相応しい地位を用意せねばならん」
「ははあっ」
「それでは、ムロック連合における宣教部長の護衛に任ずる!大抜擢の大出世だが、長らく秘書のような仕事をさせて便利に使ってしまった詫びだと思ってくれ。この人事は神から課された私の義務なのでね、何人たりとも逆らうことは許されん。ああ、そんな顔をしないでくれ、私だって辛いのだよ。まるで手足をもがれるようだ。この聖務は厳しいだろうが君にしかできないのだ。どうか君に神のご加護がありますように……誰かある!」
都合よく時報の鐘が鳴った。
いつもご愛読ありがとうございます。
味方にも厳しい大司教様の日常を描いてみました。
徃馬翻次郎でした。