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第113話 許す者と秋の休日 ④


 以前、ラウルがエルザに進路相談を持ち掛けた時、彼女は彼の家業に対する意気込みを“呪いの剣でもつくる気か”と評したことがある。その当時はいじめっ子を見返してやるという思いに我が身を焦がしていたラウルはすでに凄まじい怨念のようなもので凝り固まっていたからだ。

 向上心を持つにしても怒りや憎しみを原動力にするのはよくない、とのエルザの指導によりラウルの怨念はやや薄まっていた。


 そして今、コリンの過去に触れたことで渦を巻いていた怨念の雲に晴れ間が射そうとしているが、ラウルにはコリンに聞いておきたいことが残っていた。


「コリン君の気持ちはわかったけど、どうしてオレにこだわるんだい?そりゃ、友達だけどさ……」

「ラウルさんが将来大業を成すからです」

「よせよ、魔力不能の鍛冶屋見習いだよ、オレは」

「ラウル……」

「その魔力なんですよ」


 何から説明したものか、とコリンはしばし考えこんでていたが、湯沸かしの準備をするように頼んできた。確かにリンは温かい茶を楽しむために、直火可能な薬缶やかんを持ってきていたから湯沸かしも可能だが、それで魔力の説明になるとは奇妙な話だ。

 とまれ、三人は枯れ枝を集め、石を組んで火おこしの準備を整える。


「ではリン姉、『着火』をお願いします」

「おまかせ!」


 どうやら何かの実験らしい、と察したリンは元気よく返事をして『着火』を詠唱するが、焚き付けに問題があったらしく、すぐに消えてしまった。


「あっと、湿気てたのかな?どれ、もう一回……」


 直ちに二回目の詠唱を始めようとするが、これにはラウルが驚いた表情をみせる。


「リン、調子悪いの?」

「噛んでないよ!ちゃんと一回は発動したし、湿気てたんだよ、きっと」

「いやいや、そうじゃなくてさ……」

「えっ?」

「へっ?」


 これを見ていたコリンが、やはり、と呟いた。


「ではラウルさん、『着火』してください」

「よーし、見てろ、リン」

「だから湿気てるんだって……」


 ラウルは得意げに『着火』を詠唱し、手を焚き付けにかざす。なるほどリンの言い分はもっともで、乾燥の不十分な木が混ざっていた。

(少し水分を飛ばせばいいよな)

 ラウルは『着火』が続くように力をこめる。

 小さい炎が数秒間隔で連射され、みるみる焚き付けを乾燥させた。


「ぎゃっ!」


 乙女にあるまじき野太い悲鳴を上げたのはリンである。


「ラ、ラウル!何やってるの、それ……」

「何って火ィ点けてんだよッ……おお、燃えた燃えた」


 ようやく焚火ができて煙があがる。ラウルは水の入った薬缶を組み石の上に乗せた。


「これでよし、と……ん?なにかヘン?」


 リンは呆然自失気味で呟いている。


「ヘンもなにも……小さいけど火炎壁か火炎流みたいな持続系の火炎魔法……違う、ラウルは詠唱の文言を知らない……まさか連続無詠唱か並列時間差詠唱……」

「ラウルさん、『着火』を連続しているように見受けましたが?」

「えっ?皆できるんじゃないの?」


 ようやく我に返ったリンがコリンに尋ねる。


「え、えっと、コリン君はどうやって突き止めたの?」

「リン姉はご存知ないことなのですが、巨大蜘蛛と戦っている時ですね」


 エスト第四番坑道掃討作戦の最終局面、冒険者部隊が魔獣兵器工房の最奥で巨大蜘蛛と出くわした際、ラウルは既定の作戦方針に沿って人命救助任務に専心していた。

 事実、粘糸で壁に縫い付けられた採掘作業員を助けるために彼は『着火』を使用して、癒着をはがすことに成功している。

 一方、対巨大蜘蛛戦闘の前半におけるコリンは比較的余裕があった。ラウルに身体強化魔法をかけて救助作業の速度を上げてからは、救助作業の進行を見守っていたのだ。

 彼がどうしようもなく忙しくなったのは戦士兄弟が吹き飛ばされたりエルザが毒液を浴びてからであり、それまではラウルを見ていた。結果、一回の詠唱で『着火』を続ける彼は何者だ、と気付いたのはコリン一人だった、というわけである。


「あー、つまり?」

「普通、一回の詠唱で一回の『着火』でしょ?それに、私だって『着火』を何十回も続けるなんて無理だよ!」



【魔力量とは】


 諸君らが衆に抜きんでて魔力量が多いことは自明の理だ。曲がりなりにも入学試験を突破したのだからな。実技試験を覚えているか?課題魔法は全て中級以上だったから、保持している魔力の総量が潤沢にないと魔法は不発か、規模を小さくした状態でしか発動されなかったはずだ。これはもう知っているな?

 魔法使いが魔力を使いきってしまったらお終い、という話もしたと思うが、回復する方法にも何通りかあることを覚えておけ。


 もちろん、じっとしているだけでも魔力はわずかに回復するが、それだと大魔法は一日一回とか制限付きになってしまう。自然回復量を後押しする方法をいくつか紹介するから、魔法実践の講義後、魔力が枯渇気味の時にでも試してみるといい。


 ひとつには……また居眠り君か……わかるな?睡眠だ。感覚器官を休息させて大地や大気から魔力を取り込むのに集中する。応用としては、特定の場所……アルメキアでは大きな滝や大樹のそばで眠ると吸収効率が上がる。瞑想も同様の効果があるが、誰でもできるというわけではないぞ。厳しい修練が必要だ。

 おやおや、居眠り君、瞑想は終わりかね?なに?世界の上部構造と接続した?よろしい、そのような神秘体験はぜひ拝聴したい。後で詳細にわたる報告書を提出しなさい。


――中略――


 ふたつ目は、魔力回復剤の経口摂取、特定の食品や飲料に微量ながら含まれている魔力の消化吸収だな。将来、迷宮へ潜るつもりがある者は覚えておかないと恥をかくどころか命を落とすぞ。

 みっつ目は、魔法吸収の術式……これは自分にかけられた魔法を分解し、魔力に変換して吸収する高度な魔法技術だ。魔法学院でも教授、助教授以外で身に着けている者はほとんどいないはず……できたとしてもとっさに展開できるかどうか、という問題がある。

 なにしろ分解するには瞬時の分析が必要であり、分析には広い魔法の知識が必要なのだ。

もちろん、目の前で起きている現象を見て、その場で分析するのだからね。

 うむ、そろそろ時間だな。瞑想もたいがいにしたまえ、居眠り君。

 

【魔法学院 クラウス・ホイベルガー助教の講義風景(魔法学入門)の一部】



「ラウルさんは魔力の自然回復量が桁違い、という可能性があります」


 並み以上の魔法は唱えることすら無理だが、極小魔法なら回数無制限という現象の説明はこれしかない。


「それに無詠唱、なのに魔力総量がほとんどない……」

「なんかちぐはぐだな、我ながら」

「そこなんです。これで魔力の器が大きければ……魔神です」


 ついにコリンは物騒な言葉を口走ったが、ラウルにしてみれば冗談ではなかった。さんざん魔力不能でいじめられ、実は魔神のできそこないでした、などと言う話は到底笑えないのだが、ここに及んでラウルは『着火』実験の意義に気付いた。

 

「じゃあなに?オレがうっかり魔神になっても、その力を復讐に使わないで下さい、って言いたかったの?」

 

 いっそのことラウルはこの話をそれこそ冗談にして切り上げい思いで一杯だ。自分の魔力についての仮説が聞けたのはよかったが、魔神云々は願い下げだったからである。

 ところが、コリンは思いのほか真剣だった。


「おかしいですか?」


 なんと目に涙をためている。

 確かにラウルの魔力異常は他に類を見ないものだし、他人と違う様を異端や奇形として恐れ、疎外しようとする世間の理屈も納得はできないが理解はできる。

 しかし、コリンの思い詰めようは尋常ではない。


「コリン君、何が心配なの?わかるように説明してよ」


 リンも耐え切れずに話に加わる。

 ラウルと二人がかりで聞き出したコリンの心配事は次の通りだ。

 もし、人並み以上の魔力量を保持できるようになればラウルは魔神として恐れられるか、大量破壊兵器として利用しようとする輩が必ず出てくる。そして、それらはラウルの意思を無視して強制することもできる。


「リン姉はふたつとも心当たりがあるのではないですか?」

「ある……と思う」

「お、おい、リンまで何言ってるんだよ」


 意思を強制する方法としては精神操作魔法が実在するし、ラウルはロッテによって一発落ちした経験がある。

 今のところ、人間の魔力量を操作する方法は発見されていないが、魔法人形ゴーレムコアの研究が進めば、ひとつ人や亜人に埋め込んでやろうか、という学者が出てきてもおかしくない。なにしろ魔族の体内では当たり前のことなのだ。


「ふたつとも、ここ何年かで急速に研究が進んだ分野です」

「ラウル、それは本当だよ」

「なんだよ、可能性があるからって……現にオレは今こんなんだぜ?」


 自分で言うのも情けなかったが、ラウルは魔力不能の現状を端的に表現することでコリンを説得できると思っていた。

 ところが、どうしたものか今日に限ってコリンがしつこく食い下がる。


「わかった!わかったよ、今すぐは無理だけど、なるべく……コリン君の顔を思い出すようにするよ。これでいいだろッ」


 ラウルは誓った。

 具体的な対象や状況は一切不明だが、とにかく憎悪に身を任せそうになった時はコリンを思い出す約束をした。

 しかし、どうして今になってコリンが騒ぎ出したのかが気になる。ラウルの魔力異常は今に始まったことではないし、不思議な『着火』を目撃してからもずいぶん経っている。

 いったい何がコリンをそれほどまでに怯えさせたというのか。


「リン姉は、ラウルさんの訓練中に回復魔法を使ったとき、何も感じませんでしたか?」

「私?うーん、自分とラウル以外に回復魔法使ったことないんだよね。感覚は違って当然でしょ?」

「コリン君、どういうこと?」


 ラウルの剣術修行中は負傷を回復するのにクラーフの回復薬とリンの魔法を使用したが、模範実技としてコリンも魔法を使うことがあった。その時にラウルの異変に気付いたのだ。


「ラウルさんは……骨や歯の数、拍動、呼吸なんかは人間とそっくりです」

「コ、コリン君、何言ってるの?」

「おい、さっきの魔神とかなんとかの話に戻るんじゃないだろうな?」


 コリンは大聖堂で治癒師として働いている間に、あらゆる人種の信者を治療している。その経験によれば、ラウルの肉体は再生能力が常人の倍以上、組成にしてもどの人種とも異なる可能性が高い、という。


「そりゃ、ウチの両親は人外じみてるけどさ……」

「ち、ちょっと、ラウル……そうだよ、私と同じように育った……はず……」


 リンもずいぶんと自信なさげになっている。ラウルのことを底抜けに頑丈で元気な奴と思ってはいたが、人間の形をした何か別の生物は想定外だ。


「ボクはラウルさんが何者でもかまいません。約束しましたし、信じてますから」

「わ、私もッ!」(出遅れたッ!)


 字面だけなら愛の告白にも聞こえるコリンの言葉に先を越された形のリンは迫力に欠けるかぶせ方しかできなかったが、二人の気持ちは同じだ。

 魔力だけでなく体まで普通ではない、という事実はラウルにとって衝撃的ではあったが、信頼する仲間と相談して、この件は当分の間秘密にしておこう、と決めた。

 また、この機会にラウルはコリンを弟分にする。

 おにいちゃん、と彼は呼ばせようとしたのだが、リンに汚物を見るような目でにらまれたので、呼称は“ラウル兄”に落ち着いた。

 

「そうだ!せっかくだし、屋台で買い食いなんかどう?」


 リンはこんなことを言い出す。

 彼女は人ごみが気にならない。いったん帰宅して遠足道具を片付け、持ち帰りできそうな屋台の食い物を買ってからジーゲル家に集合すれば、コリンも祭りの味覚を楽しむことができる。


「ほ、本当ですか?」

「おっ、乗り気だな」

「幸せすぎて罰が当たりそうです」


 ラウルやリンからすれば、そんな大層な、というところだが、ひょっとしてコリンは買い食い自体が初体験なのではないか、と思うと少ししんみりしてしまう二人だった。


 小高い丘を下ったところで三人は解散する。

 リンはエスト村に向かい、ラウルとコリンはジーゲル家へと歩を進めた。元気よく歩くコリンは壮絶な過去を思わせもしない明るさを振りまいている。

 ややあって、ジーゲル家に帰り着いたが、コリンもすっかり馴染んでいて髪の毛の色さえ揃えれば兄弟と言っても通用しそうなものだった。


「あらコリン君、いらっしゃい。おかえり、ラウル」

「お邪魔します」

「ただいま。あー、あとでリンも来るからさ、留守番しとくよ?」

「ほう」


 これは夫婦で祭りに行ってこい、というラウルの心遣いである。

 実際、ブラウン男爵をはじめとして、ジーゲル夫妻に、ちょっとぐらい顔を出せ、と言っている顔役や商店主は多いのだ。


「まあ!出来た息子ね!」

「ついでに祭り飯や惣菜っぽい物を買ってくれば、夕飯の面倒がないよね」

「あなた、どう思う?」

「一年に一回ぐらいいいだろう」

「コリンも食べて行けよ。遅くなったら送っていくぜ」

「それだとリン姉の買い物と被りませんか?」

 

 祭りの時でもコリンは浮かれることなく冷静そのものである。


「おやつは食べて、おかずは残して温め直すってのはどう?」

「すっかり批評家の仕事が板についてきたわね」

「ああ。コリン、ゆっくりしていけ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 ジーゲル夫妻は手早く身なりを整えると、二人に留守番を任せて飛び出していった。ほどなくしてリンが到着し、串焼き、揚げ芋。果物の蜜漬け、菓子、棗を並べたが、ラウルは先ほどの夕食案を披露して、彼女も夕食に誘った。


「ちょうどよかった。お父さんもお母さんも聖堂で教会の催し物があるし、コリン君と適当に食べておいて、って頼まれたところだったの」

「やかましくてお祈りもそこそこの夕食会だけど、いいかな?」

「ラウル兄、年に一度のお祭りです。神もお許しになられます」

「コリン君のそれ、だんだん適当になってない?」

「リン姉、それは内緒です」


 三人は菓子をつまみながら談笑したのだが、ラウル秘蔵のお絵かき帳をコリンに見せた時には、海の向こうに想いを馳せて押し黙ってしまう一幕があった。

 やがて、口を開いたが彼の心は東方諸島に飛んでいた。


「いつの日か……ボクも海を渡れるんでしょうか?」

「さあ?どこでも行けるんじゃねえの?オレも海は見たことないけどさ」

「今は海賊で危ないらしいから無理だけど……いつか行けると良いね!」


 お茶淹れるわね、と台所の勝手知ったるリンが席を立つ。微かに鼻をすすったような音が聞こえたのは、コリンの境遇を想いやって涙ぐんでいたからに違いない。

 ちなみに、リンやコリンだけでなくヘーガーまで姿を見せるようになったジーゲル家では家具や什器が徐々に増えていた。追加された椅子のうち一脚だけはラウルのお手製、設計図つづり第五号製品である。


 結局、エール臭い息を吐きながらクルトとハンナが帰ってきたのは日没間近、買い物は忘れずにできたようだが、どうやら相当飲んだらしい。


「おかえ……うわ、酒臭い!」

「付き合いだ」

「顔を出すのはいいけど、どこへ行っても、まあ一杯いこう、ってなるのよね」


 リンちゃん、温め直すの手伝って、と他家の娘を嫁のように使うハンナもハンナだが、素直に従うリンもリンだ、とラウルは半ば諦めて台所を眺めている。


「いい光景だと思わんか、ラウル」

「父さん、何を言ってるのか……」

「やっぱり、クルトさんもそう思いますよね」

「話せるじゃねぇか、コリン」


 なんとしたことか、ジーゲル夫妻のリン推しにコリンが加入したが、食前の祈りを簡潔に済ませる点でもコリンはジーゲル夫妻に気に入られている。

 祭りの匂いをそのまま食卓に運んだような夕食は楽しく、コリンは一層目を輝かせた。なかには貴族があまり口にしないような料理もあるのだが、お構いなしに彼は口に放り込んで賞味している。“不思議な味です”のような感想が多いのは致し方ないところだろう。


 後片付けが終わったころにはとっぷり日は暮れて夜のとばりが下りていた。

 ラウルは二人を送ろうと腰を上げたが、玄関から案内を請う声がする。


「クルトさん、居るかい?ウィリアムだ」


 いつもの冷静な狩人の声ではなく、いささか取り乱した声なのがラウルは気になった。


いつもご愛読ありがとうございます。

ポンコツだったはずのラウルが実は……の回です。回復魔法の練習をすることで、頑丈一点張りだと思っていた肉体にも驚くべき能力が隠されていたことがわかりました。

迫害を恐れた三人は秘密にしていまいましたが、これがどう転ぶかが見所です。

徃馬翻次郎でした。

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