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万死に値します

 マリアとクロハ+一匹のダニが歩いて辿り着いたのは一軒の大きな建物。

 ここは教会からの援助で運営される神都ネウロ唯一の孤児院である。孤児院には親を亡くし、身寄りの無い子供達40人程が共同生活を送っている。

 そこは、クロハが育った家であり、マリアとクロハが出会った場所でもあった。

 特に決まりがある訳でも、来なければいけない訳でもなかったが、マリアは、月に一度のペースで孤児院を訪れては、子供達の様子を温かく見守っていた。例え勝負の真っ最中だろうとその習慣は変わらない。


 緑の芝生が拡がる広い敷地へて通じる門をクロハが開け、マリアが通り抜けると、

「マリア様ー!」

 と、芝生の上で遊んでいた子供の一人がマリアの来訪に気付き、子供特有の甲高い声でマリアの訪れを敷地中に喧伝した。

 途端に、外にいた子供達だけでなく、多くの子供達が建物から我先にとばかりに駆け出してきた。

 年少組を筆頭に、年中組、年長組と順に顔を出し、最後に皺を刻んだ年輩のシスターや赤ん坊を腕に抱いたシスター達が姿を見せた。


「マリア様! こんにちは!」


「こんにちは!」

 挨拶を届けながら、わらわらと周囲に集り始まる子供達。あっと言う間に囲まれるマリア。

 子供達の表情はどれも笑顔で、その宝石みたいなキラッキラの瞳と表情を見るのがマリアは堪らなく好きだった。だからか、マリアの顔にも自然と笑みが溢れてくる。

 普段、聖女として振る舞い人々に見せる笑顔とはまた違う、ここだから見られるマリアの輝くまでの美しい笑顔。マリアが子供達の笑顔が好きな様に、子供達もまた、そんなマリアの笑顔が大好きだった。


「こんにちは。皆、元気にしてた?」


「サーラ元気だよ!」

「ユンちゃんも!」

「僕も!」

 マリアの優しい言葉に、子供達が次々と手を上げ、元気良く応えていく。

 外で元気よく遊んでいた為に汚れた子供達の手が聖女たるマリアの服に僅かな黒ずみを生むが、マリアはそんな事は気にせず、時には手を取り、時には頭を撫で、絶好調の時には周りの目など忘れた様に抱き締めたりもした。


 教会の頭のお堅い一部の者が見たら、発狂してしまうその光景だが、ここにそれらの口うるさい人々は居ない。

 マリアにとって孤児院で子供達と触れ合う事は、何よりのストレス解消であり、数少ない自分を出せる場所でもあった。

 そんなマリアにとってはかけがえのないこの場所を、マリアは密かに孤児院ではなく、楽園と呼んでいた。誰にも言った事はないが。


「ようこそおいでくださいました聖女マリア」

 マリアにそう挨拶したのは、孤児院の院長を勤めるシスター。名をリーチェ。

 温和で、人当たりが良く、年相応の皺が刻まれてはいるものの、綺麗に頬笑むその表情は見る者に自然と安心感を与えてくれる。歳を重ねてもこうありたい、とマリアが密かに目標としている人格者である。


「シスターリーチェ、突然で申し訳ありません」


「いえいえ、構いません。子供達も次はいつかと待ちわびておりましたゆえ。ささっ、どうぞ中へ」


「感謝します、シスターリーチェ」

 リーチェに促され、建物へと案内されるマリアだが、そんな事はお構い無しに子供達は依然マリアの周囲を取り囲む。純真無垢の包囲網。


「ほらほら! みんな、マリア様の道を開けて」

 リーチェの隣に居た若いシスターがそう子供達に言い聞かせ、それが合図だったかの様に、年長の者達が小さな子供達の手を引いて、マリアの進む道を広げていく。

 そうやって、子供の並木道を進むマリアとクロハ。

 二人が建物の扉を潜る手前、一人の少年がニヒヒと笑って口を開く。


「クロハねえちゃんもこんにちは!」


「ウィル、ついでみたく言うな」


「えー? クロハねえちゃんはオマケだろ?」

 憎たらしい悪ガキ然とした態度のウィルが歯を見せて笑う。


「よし、覚悟は出来たな?」

 それを聞き、指をポキポキと鳴らしたクロハが、ウィルという名の少年を睨みつけながら言い放った。


「うわぁ! 暴力反対!」

 慌てて輪から外れ、逃げるウィル。追うクロハ。

 周囲ではキャッキャッと楽しそうにそんな二人を目で追う子供達。

 マリアは、こんな何気ない瞬間がとても――


「やぁ、こんにちは。元気いっぱいだね少年」

 後ろのクロハを見ながら走っていたウィルが、唐突に何かにぶつかり、頭上から降り注いだ言葉に引っ張られる様にしてソレに顔を向けた。

 途端、


「ま……っ」

 ウィルの半開きになった口から、そんな一言が飛び出した。


「ま?」

 そんなウィルに、スノーディアが小首を傾げて聞き返す。

 長い静寂、――のち。




「魔王だぁぁーーー!」

 ウィルの大絶叫が周囲にこだました。


「え?」

「まおー?」

「魔王?」

 子供達やシスターが、何事かと言った様子でウィルを見た。

 スノーディアを見た。

 ひらひらと笑顔を湛えて片手を振る魔王を見た。



「うわあぁぁぁぁーん!」

 小さな子供達の泣き声を合図にその場は大混乱に陥った。


 魔王の意味を理解した小さな子らは泣き叫び、泣いていなかった子も、意味は理解出来ずとも周りの子供に引摺られる様にやっぱり泣いて、年中組は我先にと建物の中、或いは近くのシスターへと半泣きですがり付き、子供に泣き付かれた若いシスターは「神よ、我等をお救いください」と天に祈り、年長組は青い顔をして、それでも気丈に泣き叫ぶ年少組の手を引いて、或いは抱き上げて建物の中へと慌てて身を隠した。

 時間にして、そう長いわけでもなかったが大混乱のまま時が流れる。

 そうして、その場にはマリア、シスターリーチェ、少し離れてクロハに、腰を抜かしてヘタリ込み逃げ遅れたウィル、そして魔王スノーディアが残された。


 建物から子供の泣き声だけが聞こえる空間で、最初に動いたのはクロハであった。

 クロハは大きな溜め息をついた後、地面に座り込み身動ぎひとつしないウィルの傍まで歩み寄る。

 

 クロハはウィルの隣で膝を曲げると「ウィル」と囁く様に名を呼んだ。

 ウィルはそこでようやく正気を取り戻したのか、一度だけビクリと体を強張らせた後、クロハに顔を向けた。


「ク、クロハねえちゃん」

 泣きの入った声。実際泣いている。

 そんなウィルに、あくまでも冷静にクロハが言葉を届ける。


「ウィル、立てるか? 立てるなら、すぐにシスターリーチェのところに行け」

 ウィルは大きく二度頷くとヨロヨロと立ち上り、そのままリーチェの元へと走っていった。途中、心配そうに後ろのクロハに顔を向けながら。


 そんなウィルとすれ違うように、聖女マリアも動き出した。

 それを目にしたリーチェが「マリア様、何を」と慌てて止めようと口を開いたが、マリアは大丈夫だという様に手の仕草だけでそれを制し、スノーディアとクロハの元へと足を運んだ。


 そうして、スノーディアの元へ寄ったマリアは、「やってくれましたね」と、青筋を立てつつも平常心を意識して言葉を紡ぐ。


「僕は挨拶しただけだぜ? だからそう――僕は悪くない」

 飄々としたスノーディアの態度に、我慢の限界を超えたマリアが爆発。天変地異でも巻き起こすかの如き雄叫びをあげた。


「なんですかその態度! あなたは挨拶しただけのつもりでも、子供達はそうは思っていません! よくも可愛い天使達を怖がらせましたね! 泣かせましたね! 万死に値します! 大体、何故孤児院まで付いて来てるんですか!? 公共の街を歩くのはあなたの勝手ですが孤児院まで入る事を許可した覚えはありません! すぐ出て行きなさい! 帰りなさい! ここは天使達の住まう土地です! 楽園です! あなたは神都一! いえ! 世界一この場に相応しくない人物です! 神が許すなど万に一つもあり得ませんが、例え神がお許しになっても私が許しません! 分かりましたか!?

 理解したら!

 さっさと!

 ここから!

 出て行きなさぁぁぁぁあーい!」

 怒濤の速度と声量で捲し立てたマリアが、ゼェゼェと肩で息をしながら、敷地の外を指差した。


 スノーディアは微笑んだまま、そんなマリアを見つめていた。

 そうして、少し間を置いて、


「え?」と、聞き返した。


「聞っ………!」

 聞けよ、人の話を! と叫ぼうとしたマリアだったが、スノーディアの人を食った様な態度と様子に、何だか無性に気が抜けて、ヘナヘナとその場で肩を落とし、結局何も言わずに項垂れた。


「聖女ちゃんは、怒った顔でも、落ち込んだ顔でも可愛いね」

 そんな肩を落とすマリアに向けて、微笑んだままスノーディアが告げる。


 なんなんだこの人は……。と、マリアは呆れにも似た感情をスノーディアに覚えた。

 一人で騒ぎたてる自分が馬鹿みたいで、とにかくやる気が削がれる。否、承知不承知に関わらず、否が応にも削いでくるのが魔王スノーディアという人物であった。


 と、その時。

 マリアの横を一陣の風が吹き抜けた。

 何とはなしにそちらに目を向けると、厳しい表情をしたクロハが抜いた刀を持って立っており、その正面には首元に触れるか触れないかというギリギリの位置にて、刀を二本の指で摘まみ微笑んでいるスノーディアの姿が目に飛び込んできた。

 マリアは見ていなかったが、クロハが一瞬の内に間合いを詰めてスノーディアへと攻撃を仕掛けたのだ。


「チッ」


「……護衛ちゃんさぁ、その、隙あらば僕の首を取りに来る姿勢は評価するし、僕も見習うべきところがあったりなかったりするのだけれど、時と場所は弁えなよ? 子供の情操教育上よろしくないぜ?」

 横目でマリア。否、その背後の建物でこちらを心配した表情でみつめる子供達を見たスノーディアが、クロハを諌める様に吐き出した。


 スノーディアの言葉の意図を理解したマリアは、一度、建物へと顔を向け、すぐに向き直り「クロハ」と自重を促した。

 マリアの言葉から少しだけ間を空けた後、クロハが無言のまま刀を鞘へと納める。

 クロハが刀を納め、一歩下がるのを認めてから「魔王スノーディア」とマリアが名を呼ぶ。

 そのまま言葉を続けようとしたマリアに、スノーディアの言葉が割って入る。


「ようは許可を取れば良いんだろう?」

 告げた瞬間、マリアとクロハの視界からスノーディアの姿がかき消える。

 スノーディアの姿が見えなくなった事で内心二人がホッとしたのも束の間、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。


「はじめましてシスターリーチェ。魔王スノーディアだ。よろしくお願いするよ」

 消えたと思った次の瞬間には、突然目の前に現れた魔王にリーチェの顔がひきつる。

 そんなリーチェの事など気にも留めずに、片手を胸に当て、軽く腰を曲げたスノーディアがリーチェへと挨拶した。


「ところでシスターリーチェ。ものは相談なんだが、今日、僕は聖女マリアの付き添いでね。良ければ僕も孤児院の中に入れていただけると有り難い。勿論、あなた方を含め子供達には何もしない。傷つけないと約束する。どうだろうか?」

 デフォルトでもあるようにマリア達に見せる飄々とした態度は鳴りを潜め、真剣な表情と紳士的な態度。普段の魔王の様子など、シスターリーチェは知るよしもないが、そんな魔王の静かな佇まいにリーチェは激しく混乱した。


 今、自分の目の前にいるのは魔王そのもの。世に災いをもたらす元凶そのものである筈だ。リーチェは、リーチェに限らずだが、人々は魔王にそういう認識を持っていた。

 ところが、だ。

 そんな先入観を一時とはいえ払拭してしまえる程、魔王の佇まいは優雅で、静かで、とてもリーチェのイメージの中の魔王とは似ても似つかない様子であった。

 だからこそ、余計にリーチェは困惑する。

 彼を孤児院に招いていいものか。彼の言葉を信じていいものか。

 しばらく、頭を下げたままの魔王を眺めながら、リーチェは答えを探し求めた。



 一時の静寂が支配した後、静かに目を瞑ったリーチェは意を決した様に、されどゆっくりと目を開けた。

 視界の中に再び写り込んできた魔王は、依然として頭を下げたままであった。


「頭を上げて頂戴、魔王スノーディア」

 リーチェの言葉でようやくスノーディアが正面へと体を起こした。


「いいでしょう。あなたが院に入る事を許可します。ですが、子供達は決して傷つけないという約束は守ってくださいね」


「当然、約束は遵守するとも。あなたの選択に敬意と感謝を。シスターリーチェ」

 言って、スノーディアが柔らかく微笑んだ。


 そのスノーディアの微笑みに、リーチェは僅かな感動を覚える。

 それが聖メネット教のシスターとして、不謹慎だとリーチェ自身も思った。目の前の人物は教会の、神の怨敵である。

 が、それでもリーチェは、魔王の一挙一動に感動を覚えざるを得なかった。それが、魔王という先行したイメージと目の前の人物とのギャップから来るものなのか、それとも他の何かなのか、リーチェには判断が出来なかったけれど。



 リーチェへと感謝の言葉を述べた後、スノーディアはクルリと後ろを振り返り、無邪気な笑顔を張り付けてマリアに向けて手を振った。

 スノーディアとリーチェのやり取りを静かに見守っていたマリアだったが、楽しそうに笑う魔王に毒気を抜かれたのか、怒る気にもなれず、ただ小さく溜め息を溢した。


 本当に、なんなんだこの人のこの態度は……。私をからかっているんだろうか?

 そんな風に思い悩むマリアの耳に、スノーディアの嬉々ハツラツとした声が届けられる。


「さぁさぁ! シスターリーチェの許可も出たところだし、早速お邪魔させてもらうよ? 聖女ちゃんもそんなところで遊んでないで早く来たまえ」

 さも愉快で楽しみとばかりに笑顔のスノーディアが孤児院へと入っていくのを、マリアは建物へと歩を進めながらぼんやりと見送った。


「よろしかったのですか?」

 扉の前で佇むリーチェの側まで寄ると、マリアがそう声をかける。


「ええ、構いません」


「何故許可をお出しに?」

 マリアの問いにリーチェが小さく微笑む。


「許可を出そうが出さまいが、彼がその気になればこんなくたびれた孤児院などあっと言う間に潰されてしまうでしょう」

 先の暗殺騒動と魔王によるアネモスの森の焼失の一件は、当然ながらリーチェの耳にも届いている。

 そんな人ならざる者の圧倒的な破壊と暴力の前に、ただの老いぼれたシスターたる自分が何を出来よう。下手に意地を張ってあの者の不興を買うくらいならば、望み通り許可を与えた方が幾らかマシだろう。リーチェはそう考えていた。


「それは……まぁ」と、マリア。


「それに、こうも思いました。私は、私達は魔王という名の先入観に騙されているのでは、と」


「魔王という名の先入観……」

 マリアがその意味を紐解こうとする様に復唱し、リーチェを見る。


「そうです聖女マリア。少なくとも私は本当の意味での彼を知りません。ですから、良い機会だと思ったのです。魔王とは、どういう人物で、何を考え、何を目的としているのか。それを知る良い機会だと」

 マリアは、相槌もそこそこに、リーチェの言葉を静かに聞いていた。


 そんなマリアを尻目に、唐突として、ふふっとリーチェが小さく声を出して笑った。

「それに、彼、中々どうして可愛いらしい顔してますでしょ? 中性的というか、凛々しく、それでいて美しい顔立ち。そうは思いません?」


「ど、どうでしょうか?」

 突然のリーチェの魔王可愛い宣言に、マリアは何と言葉を返すべきかと慌てる。


「院長、仮にもシスターがそういう発言を聖女にするのはいかがなものか」

 マリアの後ろでやり取りを聞いていたクロハが、困惑するマリアに助け舟でも出す様に小さな溜め息混じりにリーチェに言う。


「それもそうね。駄目ね~。この歳になると、どうもあのくらいの年代から下はみんな自分の子か孫の様に見えちゃって、つい。申し訳ありません聖女マリア」


「い、いえ。シスターリーチェが優しい方なのは私も十分に承知しておりますから」

 慌ててマリアが左右に首を振って、リーチェの失言は自分の聞き違いだとでも言う風に取り繕った。


 リーチェはコホンと小さく咳払いをして、気持ちを入れ替えると、馴れ馴れと崩れかけた微笑みを静かな微笑みに変える。


「少々ごたごたもありましたが、さ、どうぞ中へ聖女マリア」

 リーチェの空気の変化に、マリアも気持ちを切り替える。

 そうして、子供達と、呼んでもいないのにやって来た魔王の待つ孤児院へとマリアは足を踏み入れた。

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