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皇子達の結託

 神都ネウロには、歴史を感じさせる彫像や絵画など数多くの美術品が存在する。それらはどれも神の姿やそれにまつわる物語を切り取り、形あるものとして生み出された価値ある代物である。

 それは何も美術品だけに限らず、建物であっても同じであった。

 その中に、神都ネウロでも一、二を争う程に、豪華絢爛な装飾を施された優美な建物がウル・メネット大聖堂から少し離れた場所に建っている。


 元々は、聖ポプラという過去の賢人を奉る為に建てられた物だったが、過去に起こった聖メネット教宗派同士のいざこざで、件の聖ポプラは賢人から降ろされ、彼を奉る建物だけが残った。

 建物だけ残った理由。それは単に豪華絢爛に装飾された立派な建物を壊すのは勿体ない、というただそれだけ。

 そんな理由から、現在その建物は国王や位の高い貴族達の宿泊施設として再利用されている。


 そして、そんな宿泊施設【聖ポプラ】には、各国から集まった国賓クラスの面々が多く宿泊している。

 理由は……言わずもがな。


 宿【聖ポプラ】、その一角。

 20人はゆうに寝泊まり出来る程のその大きな部屋に、各国から集った数人の皇子達の姿があった。



「さて、めぼしい奴らが全員集まったところで、そろそろ訳を聞かせて貰おうか、ホナメトス皇子」

 椅子に深く座り、脚を組んだままそう言葉を紡ぎ出したのは、ローサス王国の第一皇子タザヤである。


「そうですね。そろそろ本題へと入りましょう」

 部屋の設置された大きなテーブルの一番奥。タザヤに促される様に立ち上がったのはカーラン王国第三皇子ホナメトス。

 立ち上がったホナメトスに全員の視線が集中する。

 流石のホナメトスもこれだけの国賓クラスの面々から無遠慮な視線を突き付けられて、やや身の引き締まる思いであった。

 ホナメトスは一度、全員の顔を見渡すと、小さく咳をし、それからゆっくりとした口調で話始めた。


「今日皆さんに集まってもらったのは他でもない、聖女マリアについてです」

 そう話を切り出したホナメトスだが、他の皇子は一切表情を変えはしなかった。全員そんな事は理解した上でここに集まっているのだから。


「皆さんは、まぁそれぞれ思惑はあるでしょうが、おそらく全員が、かの聖女マリアの……まぁ、……初めての、相手となるべくネウロに集まった事は予想しておいででしょう」

 聖女マリアの何か、でやや言葉を詰まらせたホナメトスだったが、もう一度軽く咳払いをして、空気を切り替える。


「本来の予定通りならば、今夜、法皇様達による聖女マリアとの面通しが晩餐会という名目で開かれる予定でした。しかし、残念ながらそれは叶わなかった。

 面通しをして、我々を含む、晩餐会に集まった若い男性陣の中から、聖女の初めてにふさわしい人物を聖女自身に決めてもらう、とこういう話で我々は呼ばれたと思います。

 何故ならば、相手は聖女、その聖女の初めての相手となると、そこらの男では箔がつきません。地位も、名誉も、富も、そして勿論容姿も。それら全てを併せ持つ聖女にふさわしい男性でなくてはならないからです。だからこそ、我々が呼ばれたのです」

 そこまで言い、ホナメトスは改めて全員を見渡す。

 地位、名誉、富は当然。それぞれ特徴こそ違えど容姿も申し分ない皇子達。この中の誰が聖女に選ばれても不思議はなかった。


「しかしながら、言った様に晩餐会は開かれなかった。理由は、聖女が首を縦に振ってくれなかったから、だそうです。聖女とは神に身も心も捧げた、いわば神の所有物。それを汚すなど神をも怖れぬ所業、というのが聖女の言い分だそうです」


「まぁ、聖女の言ってる事も分かるけどね。ただ状況が理解出来てないんじゃないか?」

 やや呆れ気味にそう言ったのは、ケース王国第二皇子ランス。


「聖女にも、聖女としてのプライドがあるのだろう。しかし、ランス皇子が言う様に聖女は今の状況が分かってない。これは世界が滅びるかどうか、その瀬戸際だ」

 追随するように、バルド王国第四皇子マルクスが言う。


「よーするに!」

 タザヤがやや大きめの声量で話に割って入る。


「ガキなんだよガキ。世界なんぞより自分が大事。聖女なんて上っ面の肩書きだけで、その程度の覚悟もない。処女なんてどーでもいいもんを後生大事にする夢見るガキだ」

 つまらない話でもするようにタザヤが横暴気味に言い棄てた。


「まぁ、言い方は少々アレですが、その意見には私も同意します。世界と天秤にかけるには、聖女のソレはあまりに感情が先行し過ぎている」

 やや荒れかけた場を取り繕う様にホナメトスがまとめる。


「話を戻しますが……、面通しは叶わず、聖女も首を縦に振らない。だからといって、このままおめおめ国に帰ったところで、ただ世界の破滅を待つだけです。そうならない為に、自分に何が出来るのか、自分が何をなすべきなのか……。賢明な皆さんの事ですから、おそらく考えの行き着く先は同じでしょう」


「聖女を自分に惚れさせる、だな」

 タザヤが不敵に笑う。


「その通りです。今のガキ……失礼。今の、恋を知らない聖女に、我々が愛の素晴しさを教えて差し上げるのです。聖女の選択を待つのではなく、聖女が自分から我々に身も心も捧げたくなるように」


「ま、それはここにいる全員が考えとしてあっただろうが……、ひとつ納得出来ねぇな」


「なんでしょうタザヤ皇子」

 組んでいた脚を正し、まるで重要な話でもするかの様にタザヤが前のめり気味にテーブルへと肘をつける。


「何故、俺達を集めた? 聖女を惚れさせるのにわざわざ集まって話し合う必要があったか?」


「ええ、勿論」


「……それはなにか? その役は俺がやるから聖女にちょっかいを出すな、とかそういう話か?」


「いえいえ、そうではありません」


「なら良いが。――ぶっちゃっけるがなぁ」

 言いながら前のめりだった体を起こし、タザヤが椅子に深く座り直す。


「うちは世襲制だ。このまま何をせずとも第一皇子の俺には王という地位が転がってくる。だが俺は、その与えられる地位や権力だけに満足するつもりはねぇ。俺自身がもっと上を目指すのに聖女を、聖女の地位を利用したい。お前らだってそうだろ?」

 タザヤが皇子達を一瞥し、小さく鼻で笑う。


「ま、否定はしないけどな」


「確かに」

 タザヤの言葉にマルクスとランスも同調する。


「さっき俺は聖女の覚悟がどうこうと言ったが、あんなのは所詮建前だ。この世界において絶大な権力を持つ聖メネット教会の聖女と懇意になる事は、俺たち人の上に立つ者にとっては願ってもない事だ。

 しかし、かと言って、聖メネット教の教義に反して聖女にアプローチをかければ、教会はもとより他の連中が黙っていないだろう。個人の家名取り上げ程度ならまだ良い方だ。最悪、お家取り潰しなんて自体にもなりかねない。一国の王家をその椅子から引摺り下ろすなんて、革命でもなきゃそうそうあるもんじゃねぇが、それが出来るだけの力を、教会は持ってる。

 ――だが、今回は事情が違う。世界を救うというドデカイ大義名分がある。このチャンスを逃す手はない。そうだろ?」


「ああ、その通りだ」

 マルクスが頷く。


「ならばこそ、こうやって集める事には疑問を覚える。俺達は言わば聖女という権力の椅子を取り合うライバルだ。その一つしかない椅子に座るのに、抜け駆け禁止と仲良く牽制しあう道理はねぇ」


「ええ、勿論。それはタザヤ皇子の仰有る通りです。私は別に抜け駆け禁止を周知する為に皆さんをお呼びした訳ではありません。もっと浅いところの、されど重要なところの話です」


「もったいつけずに言え」

 やや不満げにタザヤが息を吐く。


「……私の聞いたところによりますと、聖女は暴力沙汰、刃傷沙汰が大のお嫌いだとか」


「ま、仮にも聖女だしな。当然だろう。それが建前かどうかは別にしてな」


「ええ。ただこの場合、建前か本音かはあまり重要ではなく、問題なのは、そういう問題行動を起こせば聖女からの印象が悪くなる、という点です」


「………ああ、そういう事か。合点がいった」


「カーランは酷かったそうですね。跡目争い」

 タザヤが納得した様に頷き、ランスが小さく笑って言った。


「身内のいざこざが世間に知れ渡っているというのも居心地が悪いですが、実際その通りなので何も言い返せませんね。私の父と叔父達、それこそ血で血を洗うといった泥沼の跡目争いでした。私も何度殺されそうになったか」

 困った様な顔をして肩をすくめたホナメトス。


「俺が聞いた話では、第一皇子は暗殺、第二皇子も廃人同然になってしまったとか」


「ええ、事実です。第三皇子である私がここにこうして居るのは、兄達よりも少しだけ、運が良かったにすぎないでしょう」

 ランスの言葉にホナメトスが小さく頷き肯定する。

 それからやや暗くなった表情を打ち消す様に僅かに微笑んでみせる。


「そんな煮え湯を飲まされた私だからこそ、権力争いの先にある悲劇の悲惨さが痛い程に分かるのです。その恐ろしさも、虚しさも。

 ですから、提案です。皆さんが聖女を目的に動く事を止めはしません。そんな権利もありませんし。ただ、その椅子を巡って、武力を行使する事、誰かを傷つける様な事はやめませんか? 私は、今回の事で死人が出る様な結果にだけはしたくない」

 ホナメトスの心の底から祈る様なお願いを耳にし、全員が静かに思考へと落ちる。

 そうして、少しの静寂の後、最初に口を開いたのはタザヤ。


「ま、椅子は欲しいが、だからと言って死にたい訳でも、手を汚したい訳でもないからな。その意見を聞き入れる事自体に不服は無いが……」


「俺もだ。人を殺めてまで権力が欲しいとは思わない」

 タザヤの言葉にランスが続き、マルクスや他の皇子も頷いた。


「しかしだ」と、タザヤ。


「ここにいる俺達はともかく、ここに居ない他の連中が、それを遵守してくれるとは思えんな。特に、武人として成り上がった家の連中は、それこそ腕は立つが頭は悪い。一滴の血も流れず椅子取りゲームに興じられるかは疑問だな。そいつら次第で状況はかなり変わってくる」


「はい、それは私も考えました。が、私としては武芸で成り上がった者よりも、ある程度の筋を通す力と頭がある者の方が厄介と感じています」


「そうだな……。特に、豪商や何処かの組織の代表みたいな、力と金と、多少の地位がある連中だな。権力のしがらみが無いぶん、そういう連中の方が小回りがきく」

「ま、相手は聖女だ。そういう一癖も二癖もある奴が集まるのは仕方無い」


「そう言った意味では、確かにここにいるメンバーが下手に揉める相手にならず、協力的というのは大きなメリットですね」


「確かにな。それに、下手に騒ぎを起こして教会が介入して来ないとも限らない。いや、間違いなく介入してくるだろう。なんせここは神のお膝下、神都ネウロだ。いくら世界を救う大義があったとて、建前上、血が流れては教会も黙ってはいられまい」


「ええ。――そこで、どうでしょう? ここにいる我々が協力して、そういう姿勢の者達の牽制を、最悪、このゲーム自体から除外してしまうというのは。勿論、合法的にね。その事を皆さんに協力して頂けたらと、今回皆さんをお呼びしたのです」

 ホナメトスの提案に再び沈黙が流れる。


「かなり時間も手間も、金もかかる提案だな」


「ああ。それに向こうは殆どルール無用。あって無い様なものに対し、こっちはあくまで合法的に。こちらが手加減をして、痛い目を見たのでは本末転倒。かなり厳しいと考える」


「……確かにな。違法ギリギリのスキャンダルをでっち上げるにしても、下手を打てば、それはこちらのリスクともなり得る」


「個人ではめんどくさい事この上ないな。……だが、さっき誰かも言ったが、ここにいるメンバー以外を、ここにいる全員の協力のもと、ゲームから排除出来るというのは大きい。椅子は一つなんだ。ライバルは少ないに越した事はない」


「うん。そういう考え方も出来るだろうね、けど……」


「めんどくさい、よな。女一人落とすのが、こんなに面倒だと思った事は初めてだ。 ――いっそ、合法的、正々堂々ってのはここにいるメンバーだけにして、他は力づくで排除しちまうか?」

 薄く笑って言ったタザヤの物騒な発言に、他の皇子達が一様に眉を潜めてタザヤを見た。


「…………………冗談だ。そんな目で見るな」


「まぁまぁ、そう結論を焦らずとも、折角、知恵ある皆さんがここに集まったのです。もう少し詰めて考えてみましょう」

 ホナメトスの言葉に一同が静かに首を振った。


 それから、外に薄明みが広がるまでの長い時間、皇子達の話し合いは続いた。

 そうやって、全員が全員、全て納得した訳ではなかったが、一応の落とし処とある程度今後の目処がたったところで場は解散となった。


 そんな中、他の皇子達が部屋を退室して行く後ろ姿を、考え事でもするかの様に眺める人物が一人。

 一人部屋に残った彼は、何をするでもなく、椅子に座って物思いにふけた。


「首尾はどうだい?」

 静かに椅子に佇む彼一人の部屋の中に、突然、そんな気楽な声が満ちる。


「どうだろうな……始まってみないと何とも言えない」


「そうかい? けど、その割りには楽しそうだね」


「楽しいさ。勝負ごとは好きでね」


「楽しんでくれているなら良かったよ。主催者冥利に尽きるというものだね。折角のゲームなんだ存分に君は君で楽しんでくれたまえ。精々、どろどろのぐちゃぐちゃを期待しているよ」

 その言葉を聞いた男が口を開けて笑う。


「どろどろのぐちゃぐちゃか。それは楽しそうだ」


「そうだろうとも。やはりゲームは混沌として予測不能なのが望ましい。結果の見えた勝負なんて、勇者が魔王に喧嘩を売るくらいに意味がないからね。つまりは、どんなつまらないルールのゲームでも遊び方次第って事さ。

 例えば……そう。この椅子取りゲーム、僕の予測の大穴は、近所で見掛けた名も知らないパン屋のせがれAさん(仮)だよ。彼には是非、聖女の純潔を奪って欲しいね。とてもブサイクだったけど」

 魔王の言葉に再度男が大きく笑った。

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