幕間
アノ女ガ主ノ元デ修行ヲ始メテカラ暫ク経ッタ。
ソノ間、私ハ給仕デアリナガラモ、姉弟子トイウ立場カラ彼女ノ世話ヲスルコトガ多ク、忙シイ毎日ヲ送ッテイタ。
「フィノ、少佐はどちらに?」
「主? 主ナラ道場ニ居ルノデハ?」
「それがいないんですよ。この前の武芸大会の私の良かったところと駄目だったところを指導していただきたいと思ったのですが。ああ、もしよかったら貴女からもご意見があれば聞きますとも」
彼女、藤堂凪紗ハ『軍』主催ノ大会デ結果ヲ出シタラシク、ソレガ切ッ掛ケデ街ニモ顔ガ知ラレルヨウニナッテイタ。
街ニ馴染ミ始メタ彼女ノ姿ハ、初対面ノ時二感ジタ凄ミトイウモノガ薄レテイッタヨウニ感ジル。
「私カラハ無イ。ソモソモ、試合ヲ見テイナイ。主ガ道場ニ居ナイノナラ、イツモノ店ニイルカ大佐ノ所ニイルハズ」
「そうですか……ねぇ、フィノ。私と一回だけ試合をしてみません?」
マタダ。
イクラ穏ヤカニナッタトハイエ、ソノ好戦的ナ性格ハ変ワラナイママデアッタ。
何ガ彼女ヲ駆リ立テルノカ。主トノ稽古ノ光景ダケデモ十分強サガ伝ワッテクルノニ、本人ハ満足シテイナイラシイ。
「おや、まさか負けるのが怖いので? ハハハ、人形にもそういう感情があるだなんてこの街は面白いですね。私が生まれた所にはそういう人間染みた自動人形はいませんでしたからね。絡繰人形ってんですけど、これがまた単調で面白みのない――」
見エ透イタ挑発二乗ルホド私ノ自律プログラムハ間抜ケデハナイ。ベラベラト故郷ノコトヲ語ル彼女ヲ放ッテオイテ、私ハ仕事ニ戻ル。
コレガ彼女トノ日常風景。基本戦イニ関シテノ話以外、マトモニ藤堂凪紗ト話スコトハナカッタシ、私モ彼女ノ奥底二眠ル狂気ヲ警戒シテ近寄ルコトハ極力避ケテイタ。
「凪紗は迷子なのだよ」
イツダッタカ、主ガ彼女ニツイテ話シタコトガアッタ。
「アレは道に迷いし子供だ。誰かがきちんと正しい道を照らし導いてあげないと、きっと何処かで道を誤るだろう。だからな、儂らがしっかり見てあげないといかんのだよ。分かったかい、フィノ」
私ニハ主ノ言ッテイルコトノ真意ヲ推シ量ルコトハ難シカッタ。
シカシ、コレダケハ分カル。
モシ彼女ガ困ッテイルコトガアレバ、ソノ時ハ助ケテアゲルベキダトイウコトハ。
✽ ✽ ✽ ✽
また振られてしまった。
少佐もそうだが、フィノという自動人形も何故か私と直接戦うことを避けているフシがある。
稽古自体はきちんと行ってくれているのは分かる。そのおかげで異国の地で強者と戦っても善戦できたのだから。
だけど、物足りない。
あの時知った絶頂は少佐との稽古で霧散してしまったかのように露ほども感じず、心の奥底で消えかけの焚き火のように燻ったままだ。
「剣の腕を上げてくれた少佐には感謝しているけど、このままでいるのも……」
少佐の教えで身が清らかになるような不思議な気持ちは心地よくはあったが、それでも血の艶めかしさに心が惹かれる思いは頑として消えない。それに、あの男のことも気になる。
街中で話しかけてきた無貌の男。いや、アレは人ではない。自動人形のはずなのだが、その纏う気配は間違いなく人間の持つものであった。
「どちらにせよ、この街は面白い。あのモノの言うことが真なら、私が選ぶ道は一つ。私は剣を極めるために邁進するのみ」
そう、私はただ剣を振るうことさえ出来ればいい。ここでの生活はかつての鬱屈としたものとは比べ物にならないほど開放的なのだ。存分に、自由に、私のしたいように生きなければ、何のためにこの地へ赴いたのか分かりはしない。
この時は、確かに希望に満ちていたのだ。少佐からあの話を聞くまでは。
✽ ✽ ✽ ✽
主ガ険シイ顔ヲシテイタノガ印象ニ残ッテイル。
ソノ日、私ハ凪紗ノ稽古ニ付キ合ッテ木刀ヲ握ラサレテイタ。
「……凪紗。今のはどういうつもりだ?」
「今の、と言いますと? 私はただ突きを放っただけですが」
「フィノが自動人形でなければ危ないところだったぞ。いや、自動人形であっても危険極まりない技だ。稽古とはいえ真剣にやっているのはいいが、必要のない急所狙いの技はやめなさい」
「しかし、剣の道を突き詰めるとたどり着くのは必殺の一撃。練習の時から考えずして実戦で開眼するなど無理と考えます」
二人ノ意見ガブツカルノハコレガ初メテデハナイ。
同ジ剣ヲ極メヨウトシテイルノダカラ、意見ガ衝突スルノハ寧ロ自然ナコトデアル。シカシ、今日ノ主ハ何時モト様子ガ違ッテイタ。
「凪紗、儂はお前に素質を見出したからこそ、こうして剣を教えておるのだ。そうであるからにはその剣、邪道に堕ちることは許さん」
「邪道? 私の剣のどこが?」
珍シク凪紗ノ態度ニ苛立チガ募ッテイルノガ分カル。
普段ノ飄々トシタ彼女カラハ考エラレナイホドノ怒気。邪道ト貶メラレタコトガ余程気ニ食ワナカッタラシイ。
「聞いたぞ。どうやら喧嘩屋紛いのことをしているらしいじゃないか」
主ノ姿ガ昼間ナカッタノハ知リ合イカラコノ話ヲ聞キニ行ッテイタカララシカッタ。
「喧嘩屋だなんて大袈裟な。私は腕試しをしているだけですよ。それに、向こうから襲いかかってくるんですから、私に非はないです」
「大方挑発でもしているんだろう。お前さんは強い相手を見るとすぐに鯉口を切る癖があるからなぁ……ふむ、銀のネェちゃんもそうだが、なんでこの街の女はそう血気盛んなのか」
主ガ武芸大会デ凪紗ト引キ分ケタ『軍』ノ女性尉官ヲ引キ合イニ出ス。ソノコトガ凪紗ニトッテハ益々苛立チヲ加速サセルモノダッタヨウダ。
ボソリト、彼女ガ何カヲ呟クガ聞コエナイ。音ニモナラナイタダノ空気ノ震エハ、何処カ強イ意志ヲ感ジサセタ。
「まぁ、今日はもう遅い。お互い思うところはあるだろうが、このままでは埓があかない。少し頭を冷やして、また明日話し合おう。今後において大事なものだ。しっかりと時間をかけて凪紗の剣の道を模索していこう」
ソウ言ッテ、主ハ部屋ヘト下ガル。私モソレニ付キ従ウモ、独リ残サレタ凪紗ノコトガ気ニ掛カリ後ロ髪ノ引カレル思イダッタ。
✽ ✽ ✽ ✽
剣の道とは孤独であるべきだ。
誰かの模倣ではなく。誰かに依存もしない。己との戦いを制し、精神を研ぎ澄ましていく。
稽古はその土台となる型を固めるものであり、師匠は各々の剣の道を切り開くための指針に過ぎない。
だからこそ、何故ホルダー少佐がああも私に口を挟むのかが理解できない。
それに、私の剣への求心をあんな貴族崩れの道楽娘と一緒にされたのでは我慢がならない。たまたま武芸大会で私と竸ったからといって、その太刀筋は未熟。しかも、得物は剣ですらないときた。飛び道具に頼る外道と比べられることほど馬鹿にされたと思うことはない。
ソレナラ、ドウスレバイイ?
頭の中に雑音混じりの声が聞こえる。
その声は昔、何処かで聞いたものと同じ言葉で私を誘惑する。
ダレカニシバラレタジンセイナンテ――キッテシマエバイイ。
そう。だからあの時も、私は兄を斬ったのだ。
✽ ✽ ✽ ✽
ソレハ、僅カ数合ノ斬リ合イ。
夢ヲ見テイルカノヨウナ儚サスラ感ジル、煌ク白刃ノ応酬。
刀ノ手入レノ為、鎺ヲ外シテイタ主ハ、障子戸ノ向コウカラ発セラレル殺気二反応シ、剥キ出シノ茎ヲ握リ迎エ撃ッタ。老イテモ彼二敵ウ剣士ハ居ナイ。ソウ信ジサセルダケノ腕前ハ今ダ健在。ダガ――。
初撃。抜刀カラノ逆袈裟。次イデ唐竹割の軌道ニ近イ振リ下ロシ。
コレヲ主ハ躱スト躊躇イナク凪紗二向ケテ突キヲ放ツ。
弐撃。迫リ来ル鋒ハ突キダケニ非ズ。一息ノ間ニ刺突ト斬ルヲ行ウ妙技デアル。ダガ、彼女ハ首ノ動キダケデ去ナスト、返シ刀デ横ニ一閃。
シカシ、コレモ主ハ躱スト気合ト共ニ胴、肩口ヲ狙ッテ刀ヲ振ルウ。
惨劇。同時二方向カラノ斬撃ヲ、皮一枚斬ラレルノヲ覚悟デ前ニ進ミテ受ケルト、主ニ向カッテ刀デ大キク弧ヲ描ク。
サレド、決死ノ足掻キモ主ニハ届カズ。跳ネルヨウニ避ケル主ノ姿ニ勝利ヲ見タ瞬間、時ガ止マッタ。
「ぐっ――がっ――」
苦悶ノ表情ヲ浮カベル主。ソノ喉ニハ一振リノ小刀ガ。
延髄ニ達スル凶器ハ主ノ命ヲ奪ウニハ十分デ、私ガ駆ケ寄ル時ニハ息モ絶エ絶エデアッタ。
「流石はホルダー少佐。よくぞ、そんな鎺もつけていない刀で斬り合うことができるものです。同時二点斬りを出された時には肝を冷やしましたよ……ですが、私の左手に握られていた小刀の存在までは気が回らなかったようですね」
仕込ミ刀。卑怯ナ結末ニ怒リトイウ気持チガ湧キ起コル寸前、私ノ瞳ニ主ノ優シゲナ顔ガ映ル。
「――――」
喉ヲ潰サレ、聞コエルハ空気ノ漏レル音。ソレデモ、私ニハシッカリト主ノ言葉ガ伝ワッタ。
全ク、貴方トイウ人ハ。分カッテイマストモ、彼女ニブツケルノハ怒リデハナク。
「――凪紗。次ハ私ガ相手シマス」
「……へぇ、仇討とは殊勝な心がけですね。今まで散々、私の誘いを無下にしてきたくせに。ま、いいでしょう。そっちがその気なら、こちらはソレに乗るまでです」
藤堂凪紗二眠ルノハタダ一ツノ欲求。
ソレヲ満タシテアゲルタメニモ、私ハ何度モ彼女ニ付キ合ワネバイケナイ。
「イキマスヨ」
私ハ腕ノ中デ重クナル主ヲ静カニ下ロシ、ソノ体温ヲ感ジルコトノナイ人形ノ体ヲ少シ恨メシク思イナガラ彼女ニ向キ合ウ。
サテ、目ノ前ニイル血ニ飢エタ獣ヲ大人シクサセルコトガ私ニ出来ルダロウカ。イヤ、必ズソウシナケレバイケナイ。ソレガ、彼女ヲ救ウコトニモ繋ガルノダカラ。




