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幕間

 コレハ主トノ記憶。壊レカケノ私ヲ拾ッテ屋敷住マイノメイドトシテ働カセテクレタ心優シイ主トノ記憶。

 既二消去サレテシマッテ、前ノ主ノコトハ思イ出セナイガ、雨ト霧二濡レル毎日ハトテモ辛カッタノハ覚エテイル。貧民街ノ果テニ廃棄サレ、何時終ワリヲ迎エルトモ知レヌ中、アノ人ハ現レタ。


「なんじゃ、まだ目に光が点っておるわい。ハハァ、儂と同じだな。まだまだ現役だというのに少し()()が来るとお役御免を言い渡される。似た者同士、仲良くしようじゃないか」


 薄ク(けぶ)ル蒸気都市ノ片隅デ、私ハ主ト呼ベル人ト出逢エタ。ソレハトテモ幸セナコトダッタト、コノ小型化サレタ記憶媒体ニモインプットサレテイル。


「コレハ……?」


 屋敷ニ招キ入レテクレタ主ハ、何処カラカ給仕ノ服ヲ調達シテクルト私二着セテクレタ。

 人の趣味嗜好ハ多岐ニ渡ルト聞ク。ダカラ、主ガコノヨウナ服ヲ用意シテモ不思議デハナカッタ。


「い、いや、これはだな。知り合いが持っていたもので、住み込みで働かせるというのならこの服を着せるといいと言って聞かないもんだから仕方なく。う、嘘じゃないぞ。モリアーティに聞いてみるといい!」


 ソレナノニ、主ハシドロモドロ二ナリナガラ言イ訳ヲ言ウ。

 アア、何故ダカ分カラナイケレド。私ハコノ不器用ナ人ノタメニ頑張ラナイトイケナイノダナト思ッタ。

 白イ髭ヲ蓄エタ優シイゴ主人様ヲ守ル為ニ、何処マデモ、何処マデモ。コノ身朽チルマデ慕イ続ケルノダロウ。


 ダカラ、余計二私ハ彼女(じぶん)ヲ許セナイ。


 出会イハ(あるじ)ニ頼マレタオ使イノ途中ダッタ。

 眼光鋭ク、全テヲ憎ムカノヨウナ(かお)ガ今モ印象ニ残ッテイル。他所ノ土地カラ来タノダロウ。コノ街デハ見カケナイ綺麗ナ衣装ガ人目ヲ引イテイタ。


「――何を見ている人形。寄らば切り伏せるぞ」


 女ハ私ヲ睨ムト地獄ノ底カラ響クヨウナ声デ威嚇ヲシテキタ。


「いや、待て。貴様、()()()な…………む、人形相手に粋がっても仕方がないか。すまん、忘れろ」


 最初ハ何ヲ言ッテイルノカ分カラナカッタガ、後ニナッテ理解シタ。

 主ニ引キ取ラレテカラ私ハ、アリトアラユル剣技ヲ身二ツケサセラレテイタ。女ノ言ッテイタノハ恐ラクコノコトダロウ。

 主曰ク。


「儂も引退した身だが、この技を腐らせるのももったいなくてのう。弟子を募集すれば『軍』の連中がほっとかんから迂闊に言えないし……まぁ、お前さんは人形ながら筋が良いし、人形剣客なんてのも面白くていいじゃろ」


 ヨク分カラナイ。

 何トナクダガ、主ヲ喜バセラレルト思ッテ、街中デ出逢ッタ女ノコトヲ報告シタラ目ヲ輝カセテ身ヲ乗リ出サレタ。


「ほほう。まさか東の国の者か? ふぅむ、興味があるのう……よし、ソイツの元へ案内せい!」


 嗚呼、時間ヲ戻セルノナラバ戻シタイ。私ハ主ヲアノ女ニ逢ワセルベキデハナカッタノダ。



 ✽   ✽   ✽   ✽



 人形が連れてきたのは未だ健脚の老人だった。

 柔和そうな笑みを浮かべてはいるが私には分かる。この男、相当の使い手であることに間違いない。節くれだった頑強そうな指、隙のない身のこなし。体幹がしっかりしているのか背筋は伸び、目の前に立たれるだけでも圧が凄い。


「女、もっと強くなりたいか? それならば、儂の元で修行するといい」


 白く立派な髭の奥でニヤリと笑うのが見えた。 

 好好爺(こうこうや)の気まぐれか。普通ならば一笑に付すところだが、今の私は疲弊していた。衰弱していた。そして、絶望していた――何故、私は女に生まれてきたのだろうか、と。


 少しどうでもいい、下らない話をする。

 私は東の国で藤堂我執の五番目の子として生まれ、その生まれた子の中で唯一の女だった。侍の家系故に、兄たちは家を継ぐことを定められ、また家の名声を上げることを至上の目的として日々鍛錬に勤しんでいた。それに対して、女の私に期待されたものは何一つなく、せいぜい他の家の目に止まる程度には傷のつかないように放置される毎日。ゆくゆくは好きでもない男の子供を孕むためだけに、余計なものには一切触れることすら許されなかった。

 それのなんと虚しいことか。

 年を経るごとに逞しくなっていく兄たち。彼らにお前は何もできないんだなと罵倒される度に、腸が煮えくり返りそうになった。誰が好き(この)んで今の立場にいると思っているのか。私だって剣を振るえる。兄に負けないほどの技を放つことだって出来る。

 しかし、それでも私は表立って刀を持たせてもらうことは叶わなかった。


 そんな日常が灰色に染まりそうになる頃、転機が訪れる。

 一番上の兄が死んだのだ。

 死因は辻斬りに喉を斬られたから。

 この知らせを青ざめた二番目の兄から聞いた私の感想はただ一言「ざまぁみろ」だった。

 弱いから死んだ。油断をするから死んだ。鍛錬が足りないから死んだ。剣が未熟だから死んだ。動きが鈍いから死んだ。剣の道への覚悟がないから死んだ。私を馬鹿にするから死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。


 嗚呼、何だ。男を殺すのなんて、簡単なことじゃないか。


 私は家の蔵に仕舞われていた『一胴七死(いちのどうしちし)』を持ち出し、まず四番目の兄を斬った。三番目、二番目と徐々に力のある兄たちを斬り伏せていき、遂には父の前で血に濡れた刀を突きつける。


「どうして、どうして実の兄と父を斬ろうとする!」


 どうして? この男は本当に意味がわからない。人を斬ることに理由が必要だろうか。

 訂正、理由はあった。しかも、認めたくないことに、まるで子供のように小さな嫉妬心によるものだ。

 だって、羨ましくなってしまったのだから仕方がない。私の前で楽しそうに刀を振る姿の眩しいことといったら。幼い頃からそんな姿を魅せつけられてしまっては、抑えがきかなくなるというもの。


「ええい! 魔性のものにでも魅入られたか! 最早貴様は娘などではない。ここで成敗してくれる!」


 憧れがなかったと言えば嘘になる。これでも武家の屋敷の長だった男だ。父親という大きな存在以上に、惹かれるものは確かにあったのだ。だけど――。


「ぐ、が――ッ」


 呆気ない幕切れに、この程度で威張っていたのかと落胆の方が大きかった。

 期待していた剣戟も見られず、思わずため息をつく。それでも胸の中に(うず)く気持ちは晴れないどころか怒りへと昇華されていき、八つ当たり気味に父だったモノを刀で乱暴に斬りつけた。


「――ァ」


 血しぶきが顔を濡らした瞬間、身体の中を甘い電気が駆け巡る。

 それはとても心地がよくて、いつまでも浸っていたい感覚だった。たまらず恍惚の声を上げてしまうが、恥ずかしさよりも、この気持ち良さの正体に対する興味が優ってしまった。


「父上、その身体。私のために捧げてください」


 そして、私は苦悶の表情を浮かべている肉塊を犯すことに没頭した。

 刺しては斬り。斬っては(えぐ)る。その度に下腹部が熱を帯び、口から悩ましげな艶声を発す。

 何時までそうしていたのだろうか、気づけば目の前に母がいた。


「ああ、なんてこと。なんてこと。なんてこと……」


 うわ言のように、母は同じことしか言わない。

 同じ女として、この家の男どもにいいようにされていたことに同情を禁じえないが、だからといって生かす道理もない。私はせめて苦しまぬようにと、一息のもとに刀を引こうとした、その時だった。


「――死ね」


 一言。それは呪いのように私の体を縛り付ける。

 兄たちだけでなく、父と対面しても感じることのなかった心臓が鷲掴みにされるかのような恐怖。それがよもや母から与えられようとは。

 初めて知る感情に、私はその場から逃げるように屋敷を後にした。今まで暮らした屋敷を出ることに未練も悲しみもなかった。ただただ、早く母から離れたかったのだ。

 その道中、あてもなく走り続けた私の中で一つの決意が芽生えた。

 剣の道を極めよう。恐怖を感じることのない絶対的な強さ。甘美な痺れを与えてくれる人斬りを極めて、もう一度母の前に立ち克服してみせる、と。

 そして、幾つもの街と船旅を経て、私は遂にこの蒸気都市にたどり着いた。

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