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三話

「逃げろ! コイツ、人形に武装させていやがった!」


 軋むサスペンションの音。空気から伝わる駆動の律動。演劇のために着せられた煌びやかな衣装とは相反する無骨な機械音。

 服の隙間からはフル稼働する機関の熱に耐え切れず、関節から蒸気の音が漏れ出ている。

 先程まで踏み込んでいたテントから飛び出てきたのは、誰かを肩に乗せた自動人形オートマタだ。


「こんな、こんなところで終わるものか! ワシはもっと上を目指さねばならんのだ!」


 目麗しい容姿の細身の自動人形に背負われる形で、人形劇の座長グサーノは唾を飛ばしながら喚いている。

 一時いちじは警官たちに捕まりはしたが、隙を見て人形の戦闘用のプログラムを起動させたのだ。状況が切迫していたために一体しか無理だったとしても、普通の人間相手には十分な戦闘力を誇る。


「くそっ、武装隊も呼んでおくべきだったか! シャーリーさん、危ないですから離れていてください! おい、彼女を頼む!」


 ジョーンズはシャーリーを近くにいた警官に預けると、懐から回転式拳銃を取り出す。

 スラっとした銃身に飾り気のない装飾は支給されたものだからか。

 もし、こういう荒事になるのが分かっていたならば、最新式の蒸気高出力制圧銃を持ち出すべきだったと後悔するも後の祭りだった。


「陣形を保て! 民間人に被害を出させるな!」


「右へ行ったぞ! 警部、指示をお願いします!」


 周囲には観劇に来た客が大勢いるため迂闊に銃を発砲できない。

 そのことが警官たちを焦らせる。


「ハハッ、無駄だ! この人形は他の軍用にカスタマイズされたモノとは訳が違う。かの『人形師』が作り上げた『罪』の一体なのだから!」


 グサーノは高らかに知らしめるが、正しくは今彼が騎乗しているものは『人形師』の作り上げた至高の一品ではない。

 確かに、胡散臭い行商人からそういう謂れのものを買いはした。

 だが、ソレは壊れており動く気配がなく、騙されたと思ったグサーノはイチャモンをつけて性能の良い人形も付けることで手打ちにした。

 そして、その追加で手に入れた人形の性能が思いの外良かったため、こちらが『罪』の名を冠する人形なのだと思うようになったのだ。


「聞いたことがあるな。『人形師』、名前は確か……」


「シャーリーさん、今はそんなことを考えるよりも安全なところへ!」


 ジョーンズの部下に引っ張られるようにして探偵は戦闘領域から脱出しようとしていた。

 しかし、グサーノはそれを見逃しはしなかった。


「貴様! 貴様さえいなかったら計画は、ワシの野望は、泡沫うたかたに消えることはなかったというのに!」


「マズイ! 総員、シャーリーさんを守るんだ!」


 一ヶ所に集まろうとする警官隊。

 向けられる銃口は容赦ない暴力を予感させ、普通ならば尻込みしてしまう光景。

 しかし、グサーノの駆る自動人形オートマタは脚についた車輪を勢いよく回転させ石畳を砕きながら推進する。

 その貴族の令嬢の見た目からは歪な両手から伸びる凶悪な爪は、進行方向にいる警官を草木のように刈り取っていく。


「ぐあっ――」


「う、腕がぁ!」


 ある者は腕を、脇腹を。そして、不運にも首を切られた者は鮮血の雨を広場に降らせている。


「いいぞぉ! このまま奴を切り刻んでしまえ! 『虚飾』の名を冠する者よ!」


 グサーノの言葉に反応したのか、体内の歯車が高速に回り始め『彼女』の口から獣の如き咆哮が轟く。


「させるかぁ!」


 ジョーンズが狙いを定め発砲するも、機械仕掛けの思考回路は音速を超える。

 反射のような反応であっさり鉛玉を寸断してみせ、返し刀で目の前の警官を一閃し道を開く。

 そして、ついに犯罪を暴かれ逆恨みに燃える男は探偵の前へとたどり着くいてしまった。


「さて、お嬢さん。覚悟はいいかね」


「待て! まだ私が!」


 シャーリーを任されていた警官が果敢にも向かっていくが、禍々しい爪の餌食となるだけであった。

 勇気を振り絞って前へ出るも、高速で繰り出される爪の乱舞は彼の体をズタズタに引き裂き、飛び散る血液がシャーリーの端正な顔にかかる。


「おいおい、そんな玩具みたいな道具で何が出来るというんだね。戦いとは命のやり取りだ。やるからには徹底して相手を蹂躙するモノでなければ意味がないだろう?」


「……一ついいかな」


「ほう、命乞いかね。本来なら聞き届けないところだが、ふぅむ。まぁ、見てくれは悪くないようだし、ワシも悪魔ではない。今からその色気のない服を脱いで裸で踊ってみせるというのなら考えてやらないでもないがな!」


「シャーリー、さん。ダメだ……逃げて」


 ジョーンズが切られた胸を抑えて彼女を救わんと動くが、グサーノの自動人形が近づく者全てを切り伏せんと睨みを利かす。


「いやいや、そんなことより。気になったんだが、今あなたはその自動人形を『虚飾』と呼んだね。ボクの記憶にある限りじゃあ、ソレは『虚飾』に似ても似つかないのだけれど」


「は? 何を言い出すかと思えば、これは間違いなく『虚飾』だよ。これを売っていた行商人が確かにそう言っていたのだから間違いない」


「ハァ……そもそも、伝説にも等しい代物をただの行商人が持っているわけないと思うんだけど」


「んなっ!」


 言われてみればその通りだ。

 ここに来てグサーノは根本的な間違いに気づいたが、今更そうだと認めるわけにはいかなかった。

 それは目の前の少女に負けたような気がして、肥大しきった自尊心がそれを許しはしないのだ。


「いいや、これは『人形師』の作なのだよ! 現に、こうして警官隊を一方的に蹂躙しているではないか!」


 もはや、こいつを生かしておくことは自分の沽券に関わる。

 少女とはいえ、泣いて喚こうがバラバラに切り刻んで、大人の怖さを思い知らせる必要があるようだ。

 グサーノは眼前で不遜な態度でこちらを見上げる小さな、されど強い意志を持つ視線の少女の数秒先の姿を想像し下腹部が熱くなるのを感じた。


「恨むなら自分の有能さを恨むんだな」


「おや、褒めてくれてありがとう」


「最後まで減らず口を……! まぁいい、まだ子供だが大人を舐めてかかるとこうなると知れ!」


 シャーリーの命を確実に刈り取る一撃が目にも止まらぬ速さで迫る。

 小柄な彼女など、その一撃だけで体のほとんどが正視に耐えない惨状になってしまうに違いない。

 誰もが息を飲む瞬間。

 しかし、それはいつまで待っても訪れることはなかった。

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