三十三話
キィィン。
風を斬る音に混じって時折金属の打ち合う音が響く。
『リッパー』は自身の最高速の斬撃とともに『縮地』を用いてアリスを攻め立てる。
芯のブレない真っ直ぐの太刀筋は受け流すのが難しいほどに重く速い。だが、アリスはその技さえ模倣し上回っていく。
「厄介ですね。自分の技を真似されるだけでなく、僅かに上手いと思わせる剣で返されるというのは」
平手横突きをアリスに向かって三連続で繰り出すも、体捌きだけで躱されるのを見て『リッパー』は不満を愚痴る。
「それはどうも! 剣での返しが嫌ならコイツはいかが!」
短時間とはいえ密度の濃い戦闘にアリスは力に慣れてきたのか、魔力で編み出した爪を腕にまとわせ地面ごと『リッパー』を抉らんと振り下ろす。
ぐわんと空気の揺らぎを残しながら、大量の紫電を纏ったソレは当たれば必殺の一撃となるはずだったが、『リッパー』は敢えて剣の圧でもって迎える。
精錬な剣気と紫電の爪の二つの力の塊がぶつかる音の衝撃に、アリスは思わず目を閉じてしまうも、すぐに相手の追撃に備えて薄目を開けて腕をがむしゃらに振るう。
相手が攻勢を仕掛けてきてもそれに臆することなく真っ向から挑む。
力と力の応酬。
それは次第に速度と威力を増していき、彼女らの戦いを見守っている者は展開の速さに追いつくことができないでいた。
「座の二――『飢虎』」
『リッパー』は腕を交差させ刀を額のところで真横に構え、第二の奥義を繰り出す。
霞の構えから出された技は一瞬のブレを見せた瞬間、獰猛な獣の牙の如く刀が相手を噛み千切らんと上下左右同時にアリスに迫る。
「こン――のぉ!」
回避不可能な剣技にアリスはデタラメに魔力を開放して自分の周りに壁を作る。
紫電の渦は幸いにも致命傷となる一撃からアリスを守りはしたが、無理に出された力は余分な魔力とともに霧散してしまった。
「座の三――『餓龍』」
息をつかせる間もなく『リッパー』はここぞとばかりに攻め立てる。
今度は『縮地』でアリスに近づくと、八相の構えから腕と体のバネを最大限に利用した振り下ろしを行う。
アリスはソレを辛うじて躱すが、しかし、この技の本質はただの振り下ろしに終わらないところにあった。
「んな――っ!」
『リッパー』の刀が完全に下がった瞬間、ありえない軌道で切っ先がアリスの首元目掛けて跳ね上がったのである。今度こそアリスの『命』を絶たんと放たれた必殺の技。魔に魅入られし者がたどり着いた人外の剣。これを回避するは、それこそ神に魅入られでもしない限り不可能。
「――サセナイ」
だが、その技が完全に放たれる前にフィノが渾身の力を持って、先の戦いで切断された自身の腕を『リッパー』に投げつけていた。右腕が負荷に耐え切れず悲鳴を上げるが、そんなことなどお構いなしに全力の投球。
しかし、タイミング的に辛うじて間に合うだろうが、この程度の妨害では殺人鬼の技は止まらない。
「だから、コイツも上乗せだ!」
シャーリーが叫びながら着ていた外套を脱ぎ捨てる。
この世界に来てから一緒に暮らしているアリスでも見たことのなかった紺色の外套は、すぐさま生き物のように意思を持って生ける影のように地を這い『リッパー』に迫る。
「!?」
流石に二方向からの攻撃は無視出来なかったのか、出しかけた技を無理にキャンセルして大きく後ろに跳躍する。そして、手首の返しによって可能とした歪曲の斬撃はアリスに届くことはなく、また、技を途中で止めたことによる反動が腕にビリビリと電気が走ったように痺れとなって襲い掛かり、『リッパー』は苦悶の表情を浮かべる。
あのまま『餓龍』を放っても良かった。しかし、それでは間違いなくフィノとシャーリーの攻撃を受けてしまう。フィノはまだしも、シャーリーの放った影はヤバイ。
『リッパー』はいまだ自分を追いかける漆黒の化物を警戒しながら、思考を目まぐるしく回転させ今後の標的に狙いを定めていく。
「探偵殿、ソイツは少し卑怯じゃありませんか。見たとこ、実態なんてないに等しく。私の腕を持っても斬れそうにないのですが」
「それはそうだろう。君のような物理的な攻撃手段を持っている敵に対しての最終兵器だからね。『M』に無理を言って借りてきたのさ。ここぞというときの場面に畳み掛けるためにね!」
アリスはその名を聞いて脳裏に哄笑浮かべる黒衣の怪人の姿を思い浮かべた。
確かに、あの人の屋敷には得体のしれない怪物が蠢いていた気がする。そう思いながらも、今は目の前の殺人鬼を倒すためにアリスは再び腕に紫電を纏わせて駆ける。
「ただでさえキツイというのに……いいえ、ここを乗り切った時、私は真に剣客として成長出来ると思えばなんてことはない、か。嗚呼、それならば斬ってみせましょう。影の怪物何のその、三千世界切り伏せてこその大剣豪。付き合ってもらいますよアリスさん!」
その言葉を合図に影の怪物から無数の触手が伸びて四方八方から『リッパー』を攻め立てる。
前後左右、上下からと多面の攻撃は人を相手にしては考えられぬもの。目まぐるしく動く触手をギリギリのところで見極め躱す殺人鬼は流石の一言を送りたいほどの体捌きである。
「――ハッ!」
溜められた力を解放するかの如き斬撃は虚しく影を透過するだけで『リッパー』は舌打ちをする。
だが、その隙をついてアリスが一気に距離を詰め、魔力で編まれた爪を振り下ろす。
この日何度目かの衝突音。
されど、その音は今までと違い洗練された高音で周囲に甲高く残響する。
それはアリスが戦いの中で魔力の出力に無駄が無くなったのと、『リッパー』の剣が一段階高みへ上り詰めたのが理由であった。
躱し躱され。
斬っては斬られ。
魔力爪と刀。そこに怪物の触手が混じりあった戦場は、人知の及ばぬほど熾烈で一切の油断が許されぬ死地と化していた。
「まだまだァ!」
アリスが吠えながら『縮地』を遣い必死の形相で腕を振るうも、まだ『瞬黒』の剣士には届かない。
触手が追いすがるも魔人たる剣士には触れることすら叶わず、しかし、かの者の動きを制約することには成功していた。
もし、二つの呼吸がかみ合い同時に迫れば、血路を開くことに光明が見えてくるかも知れない。
「くそぅ。せめて私も触手を使えれば。て、乙女にあるまじき発言」
『リッパー』の剣圧に押されて後退したアリスはあと一手足りないもどかしさに愚痴る。
脳内では触手を展開する自分の姿が思い描かれていたが、その光景の淫靡さと、何故か妄想の中の触手の先にシャーリーがいたことに自分でもドン引きしてしまった。
とんだドスケベさに命を賭けた戦いの最中だというのに恥ずかしくなる。
「――いや、待てよ。コレはありなのかな」
自分がこの世界に来て身につけた能力は『嘘で塗り固めた願望を現実に呼び起こす奇跡の御技』。
それならば、私に触手があったものとして、張り合うべき相手はシャーリーの持ってきた影の怪物と設定すれば――。
乙女の体にウネウネしたものが生えているのは滅茶苦茶酷い絵ヅラではあるが、この際四の五の言ってはいられない。
「ええい、もう破れかぶれだ! 『リッパー』……いや、ナギサさん覚悟!」
アリスの宣言に何かを察したのか『リッパー』は不敵に微笑む。
「いいでしょう。これで終いにしましょう」
邪魔をしてくる触手を避けながら、愛刀を鞘に収め抜刀の姿勢をとる。
剣禅一致。剣を極めんとする修練と生死を賭けた戦いの末に身につけた孤高の精神。
その二つの融合が昇華され、今まさに最高の果ての剣技を繰り出さんと身構える。
そして訪れる刹那の静寂。
その一瞬は永遠のように感じられ、呼吸の音すら耳鳴りのように鼓膜を痛めた。
「いざ!」
先に仕掛けたのは『リッパー』だった。
一歩右足を踏み込んだ瞬間、それを追うように左足を摺り寄せる。そこからの右足による大きな跳躍。これをひと呼吸のうちに成し遂げることは、まさしく瞬間移動ともいえるほどの速度での移動を可能にする。
神速の抜刀は確実に世界を切断し、これを防ぐはいかな強固の盾を用いても無理である。それこそ、影の怪物すら一刀両断に斬り伏せることが可能であるほどに。
迎えるは異世界からの来訪者。
その出自は平凡なれど、この世界においては自動人形に魂を宿し異常の力を持つ。それは世界を塗り替える力。常識を変える力はやがて、混沌と災いをもたらすが彼女は知らない。
いや、薄々気づいてはいるのだろう。だが、彼女は探偵を信じる。
その盲目的な信奉は今この瞬間、最高最強のチカラとなって開花する。
右手の紫電で編んだ爪を構え、アリスは迎え撃つ。
一歩。
目視は出来ない。しかし、自分もその技を身につけたことによってタイミングは把握できている。
二歩。
狙うは足。『瞬黒』の異名を持つ殺人鬼の長所はその強力な膂力を生み出す足腰と、体捌きの基本となる足。つまりは、そこを潰せば勝機はある。
――三歩。
「これで! どう、だぁっ!!」
アリスは必勝の機を見て力を放つ。圧縮された魔力の弾が一直線に向かって殺人鬼に牙を剥く。規模は最大、右も左も逃れるスペースはない。加えて回避不可能の軌道。当たれば致命傷は必至。
しかし――。
「そんなものが当たるとでも?」
狙いを読んでいた『リッパー』が大きく跳躍してアリスの魔力弾を躱す。
闇に沈んだ街。薄らと輝く月明かりを背景に魔性の剣士は中空に浮く。逃げ道が地上になければ、活路は空。
「終わりです。抜刀術『堕か――」
そして、空には踏みしめる足場がなく。
正面、周囲からの攻撃は刀を振るえば捌けるが、跳躍したばかりの筋肉が伸びきった足は無防備に晒される。
「なっ!?」
『リッパー』は足元に絡みつく違和感に驚愕の声を上げる。
彼女とて馬鹿ではない。シャーリーの出した影の怪物には注意を払っていた。実際、怪物は考えなしに彼女に追いすがろうと触手を攻撃のために伸ばしているところであった。生物としての意思は持っていても人のように高度な戦略的な思考は持ち合わせてはいない。
それならば、この左足に妨害という明確な意図を持って絡みついているのは――。
「便利なもんだね私の能力って。魔力で編むことができれば、自分が生み出して切り出したモノにも影響を与えられるんだもん」
その目線の先にはアリスが放った魔力の弾。
それは一所に留まり、無数の触手を生やして『リッパー』の足に向かって絡んでいるところであった。
彼女が願った現実改変。それは触手を生やす魔力の塊を操る力。シャーリーが使役した怪物を上回る存在の操作である。
最初は自分から触手を生やすことを考えたが、矮小な乙女心がソレを許さなかった。だから、妥協案として自分自身が上回るのではなく、上回る存在を生み出す力とその使役に考えを改めたのだ。
「ぐっ、だからといって、こんなもの斬ってしまえばなんてことは! これで私を倒せるとお思いですか!」
「ううん、思わない。だって、私は貴女に失望はしたけど憎んではいないもの。だから、引導を渡すのは私じゃない――彼女」
そう。最初からアリスは『リッパー』を止めようと全力は出していたものの心のどこかでは敵わないと思っていた。自分にできることは足止め。そして今、狙い通りに脚を捉え、そこから殺人鬼の全身に触手を這わして動きを封じ込める。
「フィノ、お願い!」
アリスの呼びかけにもうひとりの自動人形が暗闇を駆ける。
片腕を欠損したボロボロの彼女。主を殺され、人知れず殺人鬼と戦い続けたメイド。戦うための因果。それを満たしているのは最初からただ一人。
「まさか!」
『リッパー』の叫びに焦りの色が僅かに滲む。それは己が侮っていた相手に戦いの終止符を打たれることへの恐れか。はたまた、自動人形にかつての師匠の影でも見えたからだろうか。
対するフィノは無機質な表情を崩さず、小振りのナイフを握って仇の元へ跳躍する。
「コレデ――御終イ。ソシテ、私ハ貴女ヲ認メマス」
紫電一閃。アリスの紫電を上乗せした清冽なる一撃は、剣の道を極めんとした幽鬼の意識を一瞬にして刈り取る。静寂な夜に行われた戦いは幾多の展開と事実の公開に富んでいたが、しかし、こうしてあっさりと結末を迎えることとなった。
無機質な、されどどこか晴れやかな表情のフィノを見つめながら満足そうな笑みを浮かべるアリス。その彼女を見つめるシャーリーは、想定外に能力を使いこなす彼女の今後に一抹の不安を覚える。
――嗚呼、これが世界改変の始まりなのか、と。




