三十一話
数分前の出来事。
フィノがナギサに果敢に戦いを挑んでいる最中、シャーリーはアリスを自分の元に呼んでいた。
「時間がない。今から簡潔にこれから君に頑張ってもらうことを説明する」
「ちょっと待ってくださいシャーリーさん。まさか、今度は彼女に『リッパー』の相手を務めさせる気ですか!? そんなことよりも、もっと有効な手段を考えた方が良いのでは!」
レストレイドが口角の泡を飛ばす勢いで探偵に食ってかかる。戦況はナギサの圧倒的優位に変化がなく、警察関係者の誰もが次に打つべき手をあれこれ考えては力の差の前に意気消沈してしまっていた。
「そう、だからコレが最適解だ。アリス、この危機的状況に言う卑怯なボクを許してくれ。今こそ、君の体の秘密について話そう」
「ひ、秘密!? まさか、私のスリーサイズをバラすつもりじゃ……」
「君はバカなのか。そんな訳ないだろうに……おい、そこのオッサン何を期待しているんだ」
「い、いや、私がそんな自動人形に興味を示すわけなど……」
口をモゴモゴさせてレストレイドが羞恥に顔を赤くする。そんな何処にも需要のない絵面に二人は辟易した表情を浮かべると無言で邪魔な警部を手で押しやる。
「ゴホン、ええとだね。まずアリスの体、その自動人形が特別性だというのは理解しているね」
「う、うん。ビームが出たりするし、今あそこで頑張っている彼女と自分が違うという感覚はあるよ」
「よろしい。その体の持ち主、『虚飾』の――いや、名前はいいか。とにかく彼女の本来の力の使い方を覚えてくれ。教えるのが大分先送りになってしまったが、それも君の力が大変危険なものだからということを理解して欲しい」
シャーリーの言葉にアリスは神妙な面持ちで耳を傾けるも、実のところ内心興奮でいっぱいだった。
異世界に来たのだから特別な力を授かることに期待はしていたし、散々はぐらかされてきた『人形師』の残したという八体の特別な人形の秘密も知りたかったところだ。
恐らくシャーリーは然るべき時まで黙っていたかったのだろうが、予想外の強敵の出現に計画を前倒しにしたのだろう。
「君の持つ『虚飾』の力。それは――」
✽ ✽ ✽ ✽
「今度は貴女が相手をしてくれるのですか?」
そう言って、ナギサは刀で貫いたフィノを乱暴に振り払ってアリスに向き直る。
ガシャンと虚しく倒れこむ彼女の姿に胸が締め付けられる思いだったが、ここまで体を張って時間を稼いでくれたことに感謝の気持ちを表す。
「……分かりませんね。其処の人形は貴女と面識もないし、同情するような謂れもないと思いますが」
「それでも私はありがとうと言いたい。時間を稼いでくれたこともそうだけど、見ず知らずの私を守ってくれたことに、まず感謝の言葉を伝えたい。そして、ナギサ……さんがそんなことを言う人だとは思わなくて残念だったよ」
「アハハ、そうですか? 私としてはどうでもいい有象無象に対してこうであるだけで、大事だと思うものにはきちんと誠意を示しますもの。アリスさん、貴女のことはもちろん気に入っているので本来なら刃を交えることはしたくないんですよ? でも、止まらないんですよ。こうして警察に私のことがバレて。今まで隠れて殺していたのが無駄になってしまって……でも、嗚呼、これで公然と自分の剣の腕を高められるって。それを思うと、色々なものを斬りたくて斬りたくて――仕方がないんですよぉ!」
刹那、『リッパー』の姿が消える。
「!」
違う、彼女はすぐ真横にいる! 煌く一閃にアリスは無様にも大きくよろめいて難を逃れた。
彼女の一撃を躱せたのは偶然だったか。
いや、これでもまだ『リッパー』は遊んでいるのだろう。わざと大振りの斬撃を見せることでアリスに恐怖を植え付けようとしたのだ。
その侮りが続くようなら、まだやりようはある。
「よく躱せましたね。それならば、これはどうです?」
左足を引いて体を斜めに、刀もそれに合わせて後方斜めに構えて脇を締める。いわゆる脇構えの状態から、ほぼ不可視の刺突がアリスに向かって無数に放たれた。
「うわわッ!」
「ハハ、良いです良いです。もっと、踊ってみてくださいよ!」
愉快。
これほど大勢の観客を前に正々堂々と剣を振るうことは言いようのないほどの高揚感に満ち溢れる思いだ。
無論、剣の道とは孤独を極めるものである。
しかし、極めた絶技を誰の目にも止まらぬままに埋もれさせるというのもつまらぬ話だ。
「アリスさん、徒手空拳で立ち向かうのも辛いでしょうから私の脇差を貸しますよ。短い刃渡りの方が素人には扱いやすいでしょうし、ナイフなんかより断然良いですよ。やっぱりやり合うからにはお互い武器は必要ですもんね」
ここまで取りに来いとでも言うかのように自分の足元に残りの刀を置く『リッパー』を警戒しながら、アリスは彼女の申し出を素直に受ける。
「大丈夫ですよ。ここまできて不意打ちなんて無粋な真似はしませんよ」
アリスが刀を受け取りやすいように距離を取る。
その間も思い出したように警官隊の銃撃が『リッパー』を狙うも同じ結末の繰り返しだった。
「煩いなぁ、今はアリスさんとの死合を楽しみにしているというのに……先に消しましょうか?」
「……それはダメ。これから誰かを殺したいのなら、まずは私を倒してからにして」
アリスは『リッパー』から受け取った脇差を右手で握りながら、静かに宣言する。
刃渡りせいぜい三十と少し。剣の達人を相手に挑むには心もとない武器だが、アリスには彼女を倒しうる自信があった。
いや、傲慢とも言える根拠のない自信を持たなければいけなかった。
それは、かつての自分が恐れた反省すべき暗い過去。
現代に生きていた頃、周りが見えていなかった頃の罪。
「ああ、そういえばあの人が言っていたっけ」
アリスの脳裏には哄笑轟かせている黒衣の男の姿がいた。
嫌味たらしくシャーリーをこき下ろしていた彼が今のアリスを見れば、さぞ腹を抱えて笑い転げるに違いない。
あれほど、探偵には気をつけろと言っていたのに、彼女の言葉に従って命に関わる戦いに身を投じようとしている。
「でも、私にはシャーリーが必要なの。たとえ、彼女が私の疵に触れたとしても、それはきっと私の――」
誰に語るわけでもない。だが、これから使う力を考えれば言わないではいられない独白。
戒めのように呟くアリスに不穏な空気でも感じ取ったのか、『リッパー』は表情を引き締める。
何をするのかは分からないが、昼行灯な様子の彼女がこうして自分に戦いを挑むということはとっておきの策があるはず――そう考えた彼女は、しかし、己の剣の腕の自信にどこか油断が残る。
「ふぅ……それじゃ、ナギサさん――いいえ、『リッパー』。これから、私がこの街に転生して得た力をお見せします」




