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三十話

 静寂の(とばり)が降りた夜の街に、甲高い金属の残響が木霊(こだま)する。

 遠目からでは地表を流星が飛び交っているように見える銀の線は、時に弧を描きながら不規則に揺らめいては弾けたように火花を散らして残像を漆黒のスクリーンに映す。


「フッ――」


「――ッ!!」


 荒れた路地裏を舞台に踊るは二人の女性。

 一人は和装に革製の篭手、腰に付けたコルセットに二本の鞘を提げた長髪の侍。夜の闇を思わせる黒髪は彼女の心の深さを表しているようで、刀を振るたびにハラハラと舞う様は蠱惑的で見る者を魅了する。

 対するは、メイド服を着た自動人形。幼さを感じさせる顔の造形に短い髪がよく似合っており、その無表情さがなければ日溜まりのよく似合う少女のよう。

 しかし、今は主人に楚々とした態度で(かしず)く姿とはかけ離れた傷ついた姿が痛ましい。リボンは切られ、スカートは破け、左腕はアリスを守ったときに失い、それでも右手に握るナイフを器用に扱い、相手の攻撃を必死にいなして致命傷を防いでいる。


「どうしました? いつまでも防戦しっぱなしでは、私を倒せませんよ」


 ナギサの挑発にもフィノは焦らず、淡々と次の動作を見極めんと歯車仕掛けの頭を働かせる。

 生身の人間と違い、自動人形は決められたパターンでしか動けない。しかし、魔術的措置が施され自我に目覚めた人形は、人には及ばないものの学習し新たな行動を覚える存在も(まれ)にいる。


 フィノは迫り来る斬撃を掻い潜り、さらに死角をついた変則的な刺突も上体を反らして躱すと、軋む左足を地面に擦りながら足の甲に盛らせた土をナギサに浴びせた。


「くっ、猪口才な――!」


「フィノ! 大きく後ろに下がるんだ!」


 探偵の叫びにフィノは脚のバネを弾ませてアリスの元へ戻り、彼女を抱えて戦場から離脱させた。

 それを見計らって、ここまで静観して隙を伺っていた警官隊がナギサに向かって鉛玉を再度発射して殺人鬼の動きを止めようと図る。


 だが、千の刃の嵐がそれを打ち破る――。


「無駄だと言っているでしょう。何度私にその銃口を向けようとも、その度に私はこの刀『一胴七死(いちのどうしちし)』で打ち払うまでのこと。どうしても私を止めたくば、一騎討ちの覚悟を持ってこの死地に赴きなさい」


 顔に付いた土を振り払いながらナギサは周囲の警官隊の動向に注意する。

 ()()は彼女の特異性でもあり、剣士にとって必要な能力。

 彼女は日常生活のうちから意識を四方八方に向け続け、ありとあらゆる事態に備えている。視点を前にではなく全方位。それどころか自身の姿さえ()()()ように意識をソラへ置く。それはさながら大空を飛ぶ鳥のような俯瞰の景色だった。

 技術にしてもオートカウンターに類する人間離れした反射神経を併せ持ち、秒速で飛び交う銃弾すら斬り落とす。故に、隙はない。

 視界を潰されようと、体に迫る脅威に対しての対処は常に万全。それが『瞬黒』の異名を持つ彼女の強さだ。


「やれやれ、化物かな。対異形専用の部隊に、蒸気射出の小銃相手だってのにほぼ無傷だなんて……傷の方は大丈夫かい?」


 感心した声とともにシャーリーは物陰から『リッパー』の姿を覗き見ながら、後ろの方で部下の治療を受けているレストレイドを心配して声を掛ける。彼女もフィノの退避と同時にその場から逃げていたのだ。


「お陰さまで。ほら、ご覧のとおり肩からすぱっといってますわ。他に良いアドバイスなかったんですか?」


「そんなもの見せないでくれよ。人質にならなかっただけマシと思い給え。あのまま無駄に抵抗をしていたら死なない程度に痛めつけられて余計に事態が悪くなっていたさ」


「ハイハイ、分かっていますよ。それで、この後どうします? 警察で貴女に言われた通りに部隊を揃えてきましたけど、現状敵う気がしないんですが」


「奇遇だね、ボクもそう思っていたところだ。まさか、あそこまで異常なほどの剣の遣い手だと思う訳ないじゃないか。言いたくないが、あのロゼ中尉より数段上手の気がする」


 シャーリーとレストレイドの二人の頭には銀髪の剣士の姿が思い浮かんでいた。

 ナギサと双璧の剣士。銀と黒。和と洋。剣と刀。

 対を成す二人の実力は伯仲していると言われているが、今夜のナギサの剣さばきを見た今となってはそれに疑問が出てきてしまう。


「しかし、そうなると一体誰が彼女を止められるって言うんです。あの自動人形だって満身創痍です。今からでも中尉率いる『軍』の出動要請をしておいた方が……」


「まぁ、待った。そもそも、ボクは君たち警察に知らせるより『軍』に対応してもらった方が被害も少なくなると考えていたんだ。だけどね、ロゼ中尉の性格を考えると知らせるのはマズイと思ったんだ。なんせ、彼女はあの殺人鬼と盟友だったんだ。もし世間を賑わしていた犯人の正体を知ったら、間違いなく彼女は暴走する。蒸気都市きっての破壊屋を感情のままに暴れさせるのは、警部だって嫌だろう?」


 見た目こそクールビューティなロゼ中尉だが、その性格は意外にも短気で後先考えずに行動をすることが多い。特に戦闘に関してはナギサと正反対に位置する技を使うため、街中で二人を戦わせるのはどうしても避けたい。


「うぐぐ、確かにそうですけど。それじゃあ、どうするってんです!?」


「それはだね――」


「お話は終わりましたか?」


 音もなく二人のすぐ近くまで来たナギサは涼やかな笑みを浮かべて刀を一閃させる。

 威嚇目的の狙いのない一撃は見当はずれの空間を薙いだが、それでも唐突に現れた彼女の姿に虚を突かれてしまい動作が鈍る。


「う、わ、ちょっ、シャーリーさん!」


「情けない声を上げるんじゃない警部! ほら君たちの部下もぼさっとしていないで応戦したまえ!」


 小さな少女の檄に大人たちはすぐに銃を構え発砲するも、容易く躱されてしまう。まるで歯が立たない展開に誰かの舌打ちが混じる。


「フフ、良いですよ。もっとそうやって足掻いて下さい。市民の安全を守る皆さんなら近接戦もお手の物でしょう? 誰か私と斬り結びたい方はいませんか。そちらが来ないというのなら私の方からこうして赴くまで」


 薄い唇を三日月のように曲げて幽鬼は嗤う。


「ソンナニ戦イタイナラ私ガ相手」


 シャーリーたちに注意が向いたと判断したフィノが影に紛れてナイフの切っ先を向けるも、ナギサは軽々と()なして反撃に土手っ腹に蹴りを食らわす。


「嗚呼、そういえばお前の始末もつけないと。ま、そんな状態では逃げることも出来ないでしょうから後回しでもいいんですけどね。丁度ここにはたくさんの獲物がいますから、其処で彼らの断末魔でも聞いていなさい」


「サセナイ」


 すぐに体勢を立て直すと、左足がギチギチと嫌な音を鳴らすのもお構いなしに殺人鬼へ向かっていく。

 既に体は限界の悲鳴を上げている。しかし、ここで止まろうものなら亡き主人に、今まで守ることの出来なかった街の人間に申し訳が立たない。

 自動人形として()を受けた自分が出来ること、ソレは目の前で嗤う鬼を打ち倒すことしかないとでも言うかのように果敢に刃を振るう。


「左足、調子が悪いようですね。こちらに駆ける時間が前より数瞬遅くなっています。疾さだけが取り柄のお前がそんなザマでは、私に一太刀入れるのも無理でしょう――ほら、左腕もないから余計に私の左薙(ひだりなぎ)に対応できていない。それで勝とうと言うのですから呆れを通り越して、正直不愉快です」


 迷いのない剣筋。合間に援護の射撃が加わるが、その程度で剣鬼(ナギサ)は止まらない。

 命を奪うことに躊躇のない彼女の斬撃は、確実にフィノの自動人形としての活動時間を削っていった。


「クッ、ソレデモ私ハ負ケルワケニハイカナイ。昨日ノ守レナカッタ男性ノ為ニモ。貴女ガ奪ッタ命ヲ償ワセル為ニモ。私ハ此処デ勝ツ」


「……お前の主人のホルダー少佐もそうでしたが、何故そう下らないものまで背負おうとするのです? 剣を振るのに、そんな余計な思考はいらないんですよ!」


 ナギサは刀の(むね)の反りを利用してフィノのナイフをかち上げると、無防備になった彼女の身体に容赦なく刀身を貫かせる。


「呆気ない決着でしたね」


「……イヤ、コレデイイ」


「? 何を……」


 胴体を貫かれたにも関わらず自動人形は悲観することなく、むしろ自分からナギサの刀を深く己の身体に埋没させていく。怪訝な表情のナギサに対し、どこか晴れやかなフィノ。

 玉鋼の刃が体内の歯車やシリンダに触れて耳障りな音を辺りに響かせ、思わず誰もが耳を塞いでしまう中、何かをしきりに確認している人物が二人。


 それはシャーリーと彼女の元に合流したアリスだった。


「いいかい、アリス。急ではあるが、これが君に出来る――いや、君に授けられた異能だ」


「無理、とは言える状況ではないよね」


「ああ、フィノの頑張りで説明するだけの時間は稼げた。後は上手く力を使いこなすだけだ……くれぐれも広場のような失態は晒さないでくれよ?」


 事態を打破するための希望に満ちた強い瞳を浮かべ、アリスは殺人鬼の前に歩み出た。

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