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二十九話

「嗚呼、何て下らない……」


 絞り出すように、ナギサは自身の苛立ちを言葉にする。

 街で唯一の探偵に敢えて事件の依頼をするという愚行を犯したのも、心のどこかでは周囲を低く見ていた(おご)りの感情があったからだ。

 自分は捕まらない。今まで何人もの人を斬ってきたという自信が、彼女の慎重さを狂わせた。


「だから言っただろう? そんなことでと思うかもしれないが、やはり犯人と断定するには下らなくも必要な根拠だったね。君は迂闊(うかつ)すぎたんだよ、ボクを相手に情報を話しすぎた」


「……確かに、それに関しては私の失態でした。しかし、そうでもしないと其処の自動人形を始末出来ないのも事実。私だって考えたのですよ。我が師、()()()()()()()()()()()()を目撃したソイツの処分は急がなければいけない。人形とはいえ、誰かがソイツの話を信じて私が疑われてしまうかもしれない」


「え!? だって、それは――」


 アリスは驚きの声を上げるが、ナギサが『リッパー』であることが確定した以上は先の師匠殺しも彼女の仕業であることは当然の帰結であった。腕の中にいるメイド服に身を包んだ自動人形(フィノ)の方を見ると、心はないはずの彼女のガラスの瞳にナギサに対して憎悪の炎が(たぎ)っているようだ。


「貴女ノ処理ハ私ガ行ウ。彼ヲ、先生ヲ救エナカッタ償イハ必ズ果タシテ見セル」


「そう言って今まで何人の街の人間が私に斬り殺されたんでしょうね。大人しく私に殺されればいいのに、逃げ回るから犠牲者が増えていくんですよ。だから、お前をおびき出すための餌を用意するハメになったワケですが……まぁ、結果はご覧の有様ですよ」


 自嘲気味にナギサは己の今の立場を見せびらかすように腕を広げて微笑む。

 その姿はどこか一線を越えてしまった狂人を彷彿とさせ、アリスはますます彼女に対して恐れを抱く。


「その餌にしても誤ったね。ボクらに関わらなければここまで追い詰められることもなかったろうに」


「いいえ? この手段しか残されていなかったのですよ探偵殿。警察に自動人形が犯人だと垂れ込めば一般人である私は捜査に混ざることが出来ず、かと言ってこれまでのように人を斬り続けていたら『軍』が出動し流石の私でも対処しきれませんでしたからね。警察に疑われずに堂々と人形を追いかけるには、街唯一の探偵に捜査を依頼し、その手伝いをするというのが無難と考えたのですが……いやはや、自分の認識の甘さを呪いたいですよ」


「でも、それで餌っていうのは?」


 アリスはシャーリーに分からないところを尋ねる。ナギサ本人に聞いても良かったのだろうが、彼女の本性を知ってしまった今では声を掛けることすら躊躇(ためら)われた。


「フィノを誘き出すためのものさ。今、君がその腕に抱えている自動人形の彼女(フィノ)を自分の前に呼び出すための、そのための餌。『リッパー』の凶行を止めたいと思っている彼女からしてみれば冷や汗ものだったに違いない。なんせ『リッパー』が白昼堂々いつでも殺せる範囲に、君のような純朴そうな人間を傍に置いているのだから。これみよがしに連れて歩けば、自動人形の彼女でも――いや、これは失言だな。とにかく、君を助けないわけにもいかないだろう?」


「なるほどって、それを提案したのシャーリーじゃない!?」


「うん、だってこちらから提案しないとボクがその役目(いけにえ)になってしまうだろう? そうなると事件の捜査も『リッパー』本人の前では思うように出来なくなるし、何よりボクの身が危険だ」


 ボクは生身の人間、君の体は人工の鎧を着た自動人形だなんて身も蓋もない言われ方をされれば、ぐうの音も出なくなるほどの正論にアリスは閉口するしかない。それでも、自分には一言裏の思惑について教えてくれても良かったのではと思わなくもなかったが。

 多少不満は残るものの、取りあえずはこれでナギサが『リッパー』である証左が示され、その彼女がシャーリーに依頼をしに来た理由も、ご高説垂れ流す探偵と同じくらい小柄な自動人形のメイドであるフィノの存在にもアリスは合点がいった。

 ナギサがフィノを(おび)き寄せるために自分を餌にしたのと同じように、シャーリーもフィノと接触をするために自分とナギサを囮に使ったのだ。そして、フィノと合流後に警察へ赴き色々と準備を整えていたのだろう。

 だが、疑問は残る。


「それじゃ、ナギサ……さんは、そもそもどうして人を殺したりしたの?」


「それについては――」


 シャーリーがアリスの疑問に答えようと口を開けた瞬間だった。

 彼女の推理を聞きながらも、目の前の殺人鬼への注意を怠らなかったレストレイドがいきなり声を張り上げた。


「ッ総員! 放て!」


 短い号令。

 しかし、訓練された猟犬にはそれで十分だ。

 目標である殺人鬼に向かって鈍い光を放つ銃口が瞬時に構えられ、間髪入れずに耳を覆いたくなるほどの轟音が静かな街に響き渡る。


「――きゃああああああああああ!!」


 予想していなかった音にアリスはたまらず悲鳴を上げてしまうだけだが、素早く腕から這い出たフィノが銃弾から彼女を守るように覆いかぶさった。

 だから、彼女は見ていない。いや、見ていたとしても理解は出来なかっただろう。


 ナギサが、迫り来る銃弾を全て刀で()()()()()()光景を。


「クソッ、大人しくシャーリーさんの推理を聞いていたと思ったら!」


 レストレイドはこの状況をマズイと判断し舌打ちをする。

 違和感に気づいたのは長年の刑事としての勘だった。当初の約束通り、シャーリーが推理を披露している最中は大人しかったナギサだが、話が一段落してからの懺悔にも似た表情がまさか大立ち回りをするための覚悟を決めた顔だったとは、自分でもよく気が付いたと思う。


「皆さん離れて! ここは我々警官隊が――ッ」


「遅い」


 細かな指示を出すべく前に出たレストレイドの肩口を白刃が貫く。


「ぐっ、がっ……」


 痛みに歯を食いしばるが、幸いにも急所は外れている。これならばすぐにホルスターから銃を取り出して反撃も可能だ。


「外れたんじゃない、わざと外したんだ! 警部、思いっきりしゃがむんだ!」


「へ? そんなことをしたら――ええい! ままよ!」


 肩を貫かれた状態で無理に下がれば傷口が拡がり大怪我になってしまうところだが、探偵の必死な形相での忠告を信じ、レストレイドは言うとおりに膝を曲げる。

 ブチッと何かがちぎれる音が耳に残るが、ここは意識せずに急いで目の前の殺人鬼との距離を取ることに専念する。


「残念、逃げられてしまいましたか。丁度人質に使おうと思っていたのですが……」


 大して残念そうには見えない様子で、彼女は凄絶な笑みを浮かべながら次の獲物に目をつける。


「ナギサ、さん。もうやめて……これ以上罪を重ねないで」


「罪? ハハ、アリスさんったら何を言うんですか。私は別に悪いことをしているわけではないんですよ? ただ、自分の剣がどこまでの高みに到達出来るのか知りたいだけです。その邪魔立てをするというのら、貴女を庇い続けている人形もろとも斬らせてもらいます」


「彼女二指一本デモ触レサセルモノカ」


 軋む駆動音を鳴らしつつも、フィノは立ち上がる。

 頑丈に作られてはいても、主を殺されてから今日まで修理も受けずにナギサと戦い続けたツケが回ってきてしまったようだ。右足の関節の球体にヒビが入り、中のケーブルも断線寸前で、再び強い衝撃を受ければ立つことすら叶わなくなってしまう。

 この状態ではナギサの疾さについていくことが難しいが、それでも黙ってやられるほど潔くもない。

 アリスのように特殊な経歴を持たないけれども、『軍』で絶大なる信頼を得ていた将校に仕えてきた自分に誇りを抱く彼女は、一人の勇士と言ってもいいほどの心を得ていたのである。

 それゆえにナギサが許せない。

 彼女の剣に懸ける想いを汲み取り指導した主を裏切り、その剣を血で汚した彼女を許すわけにはいかないのだ。


「そのナイフじゃ不便でしょう。脇差でいいのなら貸しますが」


「……気遣イ無用」


「待って! そんな姿じゃ――」


 負けてしまう、という言葉は寸でのところで飲み込む。

 二人とも昨日今日出会ったばかりで、心配するのも失礼と思われてしまうような関係だ。フィノに至ってはまだまともに会話すらしていないのだが、アリスの脳裏に昨日の()の姿が重なってしまっていた。

 このまま、録に会話をしないでお別れでもしたらきっと後悔する。

 だから、たとえ二人が敵同士の関係でも戦わないで欲しいというのが本音だ。


 そんな自分勝手ともとれる想いを他所に、二人の剣客は静かに、それでいて鋭い剣戟(けんげき)を始めるのだった。

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