二十八話
「まず第一に、これは常々言っていることだが人の特徴というのは手にこそ表れるものだ。そのことを頭に入れた状態で聞いていただきたい……『リッパー』こと、ナギサ氏が『軍』の銀髪と一緒に現れたとき、ボクは初対面である彼女がどういう人間かを分析した。これはいつも行っていることだが、会話を有利に持っていくためにも相手の人となりを把握しておくのは重要だ」
シャーリーは右の人差し指をピンと立てて謎解きを開始する。
「彼女の職業、性格、住んでいる場所。服装や頭髪の乱れ具合などからそういうモノは容易に推測できる。また、『軍』関係の人間と交流のある人間というところからも一般人ではないことが見て取れた。ただ、それ以上に気になったのは……その剣の柄に巻かれている布に染み付いたシミだよ」
アリスは、探偵の指摘した箇所が警察に行く前にナギサを観察して気になった部分であることを思い出した。あの時は彼女の剣術を磨くための努力の跡だと勝手に納得していたのだが、シャーリーに言わせればそういうものではないらしい。
「アリス、そこの殺人鬼はどういう性格だと思う?」
「え? いや、どうだろう……いい人だと思っていたけどこんな事態になっちゃったし分からないよ」
いきなり名指しされて戸惑ったアリスはすぐに満足な答えを言うことが出来なかった。それでもシャーリーは急かすことなく彼女の意見を促す。
「これまでのでいいんだ。主観でも構わない、ここで重要なのは皆の見解とズレた部分があるということだ」
「ええと……几帳面?」
「そうだね、それは彼女の身なりや態度を見れば一目瞭然だ。それならば余計に、自分にとって命より大事な得物を汚れたままにしておくわけがないんだよ。努力の跡を残しているとも考えられるが……それじゃ、ここで彼女の手を見てみようか」
その言葉を合図にして、彼女の凶器を握る手がどうなっているのか興味がむき出しになった視線が集まる。ナギサもそれを感じているのか、これみよがしにわざとらしく掲げて見えやすいようにすると、そこには多少皮が厚くなってはいるが白魚のように美しくたおやかな指が並んでいた。
「これのどこに血豆を潰したような痕跡があるんだい? シミの具合を見れば、その赤みが残っていることから昔についたものではないし、むしろ最近付いたと考える方が自然だ。それともその血はどこかで武を競った相手のモノだとでも? いいや、この街でそういう争いは御法度だ。もし、そういうことをすれば親交のあるロゼ中尉の面目を潰すことになるから表立っては行わない。だからね、『リッパー』かどうかを確定させるためにボクは路地裏辺りで決闘まがいの行いをした者がいないか調べることにしたんだよ」
「あっ! もしかして、あの後出かけたのはそれを調べるために?」
「そのとおり。そして、調査の結果はここで彼女を追い詰めていることからも分かるだろう? その剣を振るって返り血を浴びるほどの出血をしたのは『リッパー』の被害者以外いなかったよ。大小様々な喧嘩はあれど、その鋭利な刃物で傷つた人間は死体を除いていなかったんだよ」
「で、でもシャーリーの言うように彼女が几帳面な性格なら証拠となるような痕跡は残さないんじゃ」
「……アリス。いいかい、今巷を賑わしているのは連続殺人を犯した血に飢えたケダモノだ。そんな奴が何の戦利品も求めずに凶行に及ぶと思うかい?」
「それって、どういう意味……?」
いや、頭では分かっている。
しかし、ソレを理解してしまってはヒトとして守らねばいけない何かを失いそうで恐ろしかった。
見ればシャーリーの横で推理を聞いているレストレイドも忌々しい顔を浮かべている。
「連続殺人犯というのはね、得てして犠牲者から戦利品として何かを奪う傾向にあるのだよ。そして、それを誇示して己の優秀さをアピールするという自己陶酔にも似た感傷に浸る。それが彼女の場合は血だったわけさ。多分だけど、彼女の着ている服の花柄の辺りからも被害者の血液が検出されるんじゃないかな」
アリスは伽藍堂の胃の奥底から猛烈な吐き気がこみ上げてきそうだった。
ドンホールマーケットでの騒ぎで見とれてしまった彼岸花の模様が人間の血で描かれたものだったと考えると、そのあまりの醜悪さにナギサが本当に人間なのかと疑ってしまう。
アリスは自動人形の体になってしまっても心は人であり続けている。それに対し、目の前の殺人鬼はその尊厳すら捨て悪鬼羅刹になってしまったようだ。
「よくもまぁ、あの短時間でそこまで見抜きますね。さすがは名探偵」
皮肉めいた口調でナギサはシャーリーに嘲りの言葉を放つ。
「だけど、それだけでは私が殺人犯『リッパー』であることの証明には根拠が乏しいのでは? 百歩譲って、この柄巻についた血が誰かのものだとしましょう。それで? これが被害者のものと断定できるのですか? もしかしたら貴女の調査の及ばないところで腕試しをして付着した血液かもしれませんよ?」
アリスは苦しい言い訳だと思った。
そんなもの、DNAの検査ですぐに分かるはずだ。
しかし、すぐにここが現代ではなく異世界であることを思い出す。果たして、ここにそれを検査する技術があるのだろうか。
「それは……難しいだろうね。確かに君の言うとおり、今はまだ、それを調べる術はない。出来たとしても、ソレは魔術的な手段に頼るしかない。だから、ボクはこんなくだらない、相手の揚げ足を取るようなことでしか君を追い詰められない」
すると、先程まで余裕さえ感じさせていたシャーリーの顔が苦痛とも、やるせなさとも取れる表情を浮かべ始める。
どうやら二つ目の根拠は彼女自身使いたくないものらしかった。
「こういう風にあの時言った言わないの水掛け論は本来なら忌避すべきではあるのだが、これも君を『リッパー』と断定した根拠の一つのため言わせてもらう……君がボクに『リッパー』の捜索を依頼したとき、なんて言ってそこのメイドの自動人形フィノとの関連性を繋げたか覚えているかい?」
「……何か気になるようなことを言いましたか?」
「言ったとも。アリスも覚えているのなら、いや、彼女なら間違いなく覚えているだろうから心配はしていないし、彼女も証人として賭けてもいい。あの時、君は――」
シャーリーに重要な局面で名前を出されたからというわけではないが、アリスは問題の場面でナギサの言った言葉を必死に思い出していた。
レストレイドの来訪に始まり、ロゼ中尉に連れられたナギサの登場。皆『リッパー』についての話題に触れていたが、彼女だけが犯人だと分かる発言などあっただろうか。失言に相当するような、『リッパー』本人にしか分からないような情報を言っただろうか。
そういえば、とアリスはその話題についてレストレイドが捜査情報を話していた時に、彼の所見にシャーリーが初めて知った風な反応を示したものがあったことを思い出した。
『判明しているのはせいぜい鋭利な刃物で凶行に及んでいることぐらいですか。あとは、まぁ、相当な遣り手くらいなもので』
『今まで数多くの死体を見てきましたが、あれほど見事な切り口は見たことがありませんよ』
『君がそういうんだから相当なものなんだろうね』
その日の新聞を見ていてもシャーリーは被害者の傷口についての情報は得られなかったようで、レストレイドからもたらされた情報で初めて殺人鬼がどれほどの遣い手かを知ることができたのだ。
つまり、あの時点で犯人の腕と被害者の傷の具合を知ることが出来たのは捜査を担当している警察機関の人間のみ。
それにも関わらず、彼のすぐ後に部屋を訪れたナギサはこう言ったのだ。
『聞く所によると、今までの被害者の傷口は相当腕の立つ者でなければ無理なほど鋭いとか』
「君は、確かにそう言ったんだ。ボクでさえ、被害者が鋭利なもので切られたことは知っていても、それがどれほどの腕前かなんて実際に見なければ分からないことなんだから知りようもない。まして、新聞にはそこまで詳細なことを書く勤勉な記者なんていないし、死体を発見した人間でそこまで詳しく傷口を観察するような人間はこの街に二人しかいない。おっと、噂で聞いたはナシだよ。だって、君もわかるだろう? アリスと一緒に『リッパー』の情報を集めて回っている最中に誰が切り口の話題を出した人がいる?」
シャーリーの追及を受けて、しかし、彼女は何も言わずただジッと何かを懺悔するかのように顔を伏せていた。




