二十七話
「そこまでに、してもらおうか」
霧に霞む路地裏に凛としたよく通る声が響くと同時に、ナギサの刀が寸前でピタリと止まる。それはまさに、一つの事件の終焉をもたらす宣告であった。
「シャーリー!?」
「危ないところだったね、アリス。まだその首は体につながっているかい? ああ、来るのが遅れた文句はそこで君の盾になっている自動人形のフィノに言ってくれたまえ。まったく、足並みを揃えてもらわないとこちらの計画が台無しになるところだったよ」
出かけたときとは違う紺色の外套と闇色の帽子を身にまとい、漆黒の街を闊歩する魔人のような姿の彼女だが、やはり身長の問題でハロウィンの仮装に興じている子供のようにしか見えない。
「今ナニか失礼なことを考えなかったかい?」
「?」
「……気のせいか。いや、何でもない。どうやら事件の解決を前にして些か興奮しているのかもしれない」
シャーリーはブーツの踵の音を鳴らしながら無防備にもナギサへと近づいていく。
「シャーリー危ない! 実はナギサさんが『リッパー』なの!」
「それは知っている。と、言うより初めて会った時から気づいていたよ。彼女が世を賑わしている殺人鬼だとね」
「へぇ……」
探偵の余裕の言葉にナギサは不服そうに体を向き直って、殺意をむき出しにした視線をぶつける。
彼女の後ろにいるアリスでさえも足がすくんでしまうような気迫にも関わらず、シャーリーは意に介した様子もなく歩みを止めることはない。
「どうしようか、一応説明をした方がいいのかな。ボクとしてはこんな簡単な謎に時間を割きたくはないのだがね。おっと、『リッパー』だけでなく君までもボクを睨むのかい? やめてくれよ、もしかして殺人鬼だと知っておきながら彼女と行動を共にさせたことに怒っているのかな。だとしたら、それはゴメン。君ならばなんとかなると思っていたんだ」
「……は、はぁ!? なんともなってないからこんなピンチに陥っているんじゃない! なんなの! やっぱりシャーリーってば見立てが甘いじゃない!」
「いやいや、これも計算の内さ。おかげで彼女に悟られずに舞台を用意することが出来た――気づいているかい『リッパー』? 君を囲んでいる無数の銃口に」
「えっ!?」
アリスは驚いて周囲を見回す。
暗がりに隠れて見えにくいが、確かに月明かりに反射して煌く重厚な金属の輝きが所々に見える。
「……いつの間に。いや、初めからここに潜伏していた?」
「ご明察。君を相手取るのに街の人間に被害が及ぶのは嫌だからね。こうして罠を張らせてもらったよ。流石にポイントを絞るのに手間取ってまって、このように後手を踏んでしまったけど」
「それにしては気配がほとんど感じられませんね。自惚れるわけではありませんが、これほどの大人数の気配くらい離れていても感知できるはずなのですが……」
「これでも精鋭を揃えてきたんだ。そう簡単に気取られてたまるか、殺人鬼さんよ」
教会の影からネズミを連想させる背格好のレストレイドが苦虫を噛み潰したような表情で現れる。
「いやはや、探偵殿の慧眼には感服させられますよ。まさか、ここまで上手くいくとは……それにしても貴女も人が悪い。あの時に言ってくださればその場で捕らえていたというのに」
「それは無理だ。彼女の実力を舐めてはいけない。もし、あそこで真実を話せばあの一帯は一般人の血の雨で濡れることになるだろうからね」
「……? えっと、二人共なんのことを言っているの?」
シャーリーとレストレイドが訳知り顔で話を進めていることにアリスが不満の顔を示す。
殺人鬼を前にして悠長に話をしている場合ではないことは百も承知だが、このまま事件の解決に置いてけぼりをくらうのは嫌だった。
「後ではダメかい?」
聞き分けのない子供を諭すような口調でシャーリーはアリスに話しかける。気のせいか、周囲で隠れている警察関係者も同様に非難の目を向けているような空気に居た堪れなくなり、アリスは思わず近くにいる自動人形を抱きしめる。
「うっ……わ、わかったわよ。家に帰るまで我慢すればいいんでしょう?」
「……」
アリスが納得したことに一息つく探偵だったが、愉快そうに嗤う殺人鬼が場を乱すように一つ提案を出した。
「私も貴女の推理と、ここに至るまでの経緯を説明して欲しいですね。警察に囚われてからでは、貴女自身の口から聞くことは叶わないでしょうから。簡単な謎に時間を割きたくはないのも重々承知していますが、やはりこういうのは後腐れないうちに聞きたいものです」
予想外の援護射撃にアリスはナギサを見る。
彼女はシャーリーたちに向かって立っているため、ここからでは表情がうかがい知れない。
「……その間、凶行に走らないという保証は?」
「致しましょう。そのような無粋な真似、どうして私ができましょうか」
「そう、分かったよ。ああ、まずは彼女たちをこちらに寄越してくれないかな。君の傍では安心してボクの推理を聞けないだろうから」
「……それはダメです。もしかしたら心無い警官が話の最中に撃ってくるかもしれない。アリスさんはそのための保険です」
「……譲る気は?」
「ありません。まぁ、良いではありませんか。話が終わればきちんと返しますゆえ」
追い詰められているはずの彼女はその立場を楽しむかのように涼やかな顔を翳らすことなく、皆の反応を楽しんでいるかのようだ。
それも、今まで正体が明るみにならないように立ち回っていた分の鬱憤が晴れたからなのか、彼女の心情を理解できる人間はこの中に誰ひとりとしていなかった――。
「警部も、いいかな」
「はぁ……普通、犯人の要求を飲むことなどありえないんですけどねぇ。分かりました。その代わり、何かあればこちらで判断して動きますからね」
レストレイドが右手を上げて合図を出すと周囲から感じていた僅かな圧が少しだけ和らぎ、それまでしんと静まり返っていた空気が動き出して夜風の音が響き渡る。
「ふむ、それでは何から話そうか」
「まずは、何故私が『リッパー』だと気づいたのか、からお願いできますか。私としては最初の邂逅でボロを出した覚えがないので非常に気になります」
ナギサが右手の刀をアリスに向けたままの状態でにこやかに探偵に促す。
表情こそ笑顔ではあるものの殺気は衰えておらず、迂闊に口を開こうものなら一息のもとに切り伏せられそうである。
しかし、そこは百戦錬磨の名探偵。数々の凶悪な犯罪者を前にして臆することなどありはしない。
「何故気づいたか、ね。確かに君はボクを警戒していたかもしれないが、人間というものはそう簡単には秘密を隠しきることは不可能なんだよ……ボクが君を殺人鬼『リッパー』と判断した理由は二つ。この二つに気づいてしまえば誰でも君が犯人であることにたどり着く」
「たったそれだけで私を殺人鬼と断定したと? 俄かには信じられませんね」
「そうでもない。今から話すことを聞けばあまりのバカバカしさに自分でも呆れるだろうさ。アリス、君はそこの殺人鬼が部屋に来たときのことを覚えているかい?」
シャーリーは試すようにアリスを真っ直ぐに見つめた。




