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二十六話

 白刃が煌き、アリスは咄嗟にしゃがみこむ。

 反射的な行動とはいえ、頭上から迫り来る脅威に対して無意味な屈伸運動は、しかし、予想だにしない鋭い金属音によって最善の行動であったことを知る。


「え!?」


 アリスの上で、メイド服姿の自動人形の一撃を防いだのはナギサの刀だった。


「大丈夫ですか、アリスさん」


 鍔迫り合いの嫌な音を辺りに響かせて、ナギサは相手の攻撃を振り払いつつ後ろに下がる。

 いつの間にかアリスの後ろにいたようで、彼女は殺人鬼を前にしても冷静に立ち居振舞っている。


「ジャマ……ドイテ」


 無機質な声にアリスはハッとして、隣に並ぶ剣客に目の前の脅威を知らせる。


「分かっています。アレがホルダー少佐を殺した下手人です……そして、恐らくは街の人間を切り殺してきたのも、あの壊れかけのガラクタの仕業に間違いないでしょう」


 礼儀正しい彼女にしては乱暴な物言いにアリスは驚くが、恩人が殺されたとあってはそのような言い方になってしまうのも当たり前かと納得する。

 さらに、相手の出方を伺いつつメイドの姿を冷静になって見れば、改めてその異様さにも気づかされた。

 そもそも、メイド服と分かるのは清楚さを前面に押し出した白のエプロンと黒のワンピースの組み合わせだからであり、その手の好事家には堪らない一品のようではあるのだが、よく見ればそれは果たして服と言える状態なのか(はなは)だ疑問を残す。

 まず、その可愛らしさをあしらったフリルはズタズタに引き裂かれ、スカートは大胆に切り開かれて彼女の球体関節が露わになってはその意匠の高さも鳴りを潜め、ただただ凄惨さだけしか見る者に伝えられない。他にも、チャーミングなエプロンリボンも包帯のようにくたびれてしまって、メイドというよりかは亡霊と言われた方がピンとくるほどで、少なくともアリスは彼女の姿が癒しを与えるメイドには程遠い存在であるように思われた。


「……アリスさん、そこにいては危ないです。早く私のところへ」


 メイドの力が思った以上に強烈だったのか、振り払う際に余計に下がってしまいアリスから離れてしまっているナギサが彼女を心配して声をかける。


「は、はい! 分かりま――」


「ダメ」


「え?」


 短く、鋭い言葉がアリスの動きを止める。

 感情のない自動人形の言葉。本来なら歯牙にもかけない空気の振動。

 しかし、この世界ではアリスも彼女と同じ自動人形(オートマタ)なのだ。

 だからだろうか。彼女の声に僅かに悲愴の色が混じっていたと感じたのは。


「何をしているんですか! 今すぐその殺人鬼から離れないと殺されてしまいますよ! ソイツは危険な存在なんです!」


 ナギサの声が耳に届くも、一度感じた()()()はそう簡単には拭いきれない。


 違和感?


 そんなものあっただろうか。

 何かを見落としているのか。いや、この違和感は今この場で感じたものだ。それは一体――。


「くっ、こうなれば無理矢理にでも――」 


「サセナイ」


 アリスを挟んで双方向かい合っていたが、ナギサが脚に力を込めると同時にメイドも重さを感じさせない速さで跳躍をする。


「わっ、ちょっと待って!」


 逃げ遅れたアリスなど眼中にないかのような斬撃の応酬。

 空気を斬る音は甲高く、蒸気都市特有の夜露すら切り伏せるほどの精密さ。そのひと振りが相手の急所を穿たんと狙うが、互いに紙一重で躱し()なす。

 たまたまアリスが身を低く屈んでいるからなのか、二人の剣客に挟まれておきながら必殺の刃が届くことがないのは奇跡としか言い様がない――いや、違う。

 達人の域に達するほどの銀色の閃きは、時に彼女を狙って曲がることもあった。

 しかし、その度に傷を負うことを覚悟して『彼女』は身を呈してアリスを守っていたのである。


「しぶとい!」


「ソレハ、此方ノ台詞」


 ガキン!


 一際大きな音にアリスは顔を上げる。

 そこには、ナギサの刀で腕を貫かれた自動人形がいた。


「え?」


 どうして。

 一瞬、アリスは状況を飲み込むことができなかった。いや、理解することを拒んでしまったのだ。

 なぜなら、メイド服に身を包んだ自動人形が、まるで自分を守るかのように庇った姿でナギサの刀を受けていたからである。


「勝負、ありましたね」


 冷ややかに、和装の剣客はニタリと口を歪める。


「不覚、早ク逃ゲテ」


「そんな、逃げるって……どうして……」


 そう、本来ならば依頼人であるナギサが師の仇を果たすチャンスが訪れたわけであるが、先程からメイドの言葉の端々に宿る奇妙な感情にアリスは困惑していた。


「何を戯言を。お前がここで死ねば万事上手くいくというもの……アリスさん、安心してください。今すぐこのガラクタを処分しますので」


 そう言ってナギサは貫いた刀を刃の方向に引き降ろすと、ブチッと鈍い音を立てて自動人形の腕を切断した。

 そして、間髪入れずに首を胴体から切り離さんと横薙ぎの一閃をお見舞いする。


「クゥ――ッ!?」


 残った方の腕に持ち替えた小ぶりのナイフでかろうじて防ぐも、既にメイドの彼女に逆転の目はなさそうだった。


「いい加減諦めたらどうです。その何日も手入れのされていない体で私に勝とうなどおこがましくはないですか? いくら少佐から剣術を学ぼうとも、そのゼンマイ仕掛けの脳では生身の人間の成長には勝てないでしょう」


「……ソレデモ、ワタシハ。アノ人ノ守リタカッタコノ街ヲ――」


「余計なことは言わなくていいんですよ」


 力任せに振るった刀はメイドの肩を容赦なく深く抉り、いくつかの歯車を飛び散らせた。

 そして、ナギサの膂力(りょりょく)の大きさ故に、抉った衝撃でアリス共々壁のとこまで吹っ飛ばしてしまう。


「ああ、ごめんなさいアリスさん。思わず力が入ってしまいました。怪我はないですか? まぁ、多分その体ならなんともないでしょうけどね」


 何がそんなに楽しいのか、彼女は嗤いながら歩み寄ってくる。

 アリスにとってはよく見慣れた片刃の形状の武器を引っ提げ、悠々と歩く姿はどこかの浪人のようで。それは確かに彼女の実力の高さを証明してもいた。


「ナギサ、さん?」


 思わずアリスは命の危機を感じて彼女に確認をする。

 本当に、貴女は私の知る人ですか、と。


「アハハ、面白いことを言いますね。まだ出会って日が浅いでしょうに。でも、ええそうですよ。私は私ですとも。刀を愛し、剣術を磨き、己の腕を確かめたいだけの……どこにでもいる、普通の剣客ですとも」


 そして、ナギサは目の前で立ち止まる。

 メイドの自動人形は吹き飛ばされた衝撃でどこか不具合をきたしたのか、錆び付いた動きでまともに戦えそうにはない。それでも、後ろにいるアリスを守るべく立ち上がろうと必死にもがいている。

 流石にここまでくれば鈍感な人間でも気づく。


「ナギサさん、本当は貴女が……?」


「さて、何のことでしょう? 私は其処の殺人鬼『リッパー』からアリスさんを救おうと頑張っているところですが」


「ウ、ソ……アナタハ隙ヲ見セタ彼女二切リカカロウトシテ、イタ。ダカラ、ワタシハ守ロウト……」


 飛び込んだ。

 最後の方は聞こえなかったが、アリスにはそう言ったように聞こえた。


「出鱈目ですよ、アリスさん。彼女こそ世間を賑わした殺人――」


「ナイフ」


「……え?」


 アリスの発言にナギサは訝しげな声を上げる。


「ナイフ、ですよ……ナギサさん、こんな小さなナイフでどうやって人を切断するんですか?」


 それはシャーリーの家で聞いた情報。

 そして、それはナギサ自身の口から出た情報。


 実際に見たというのなら、自分の先生を殺すところを見たというのなら、あの時に言った発言は嘘になる。

 メイドの自動人形が持っているナイフ、それはどう見ても一般的な長さの普通のナイフだ。それならば、刀ほどではないにしろ、それなりの長さと言ったあの発言は嘘になる。


 付く必要のない嘘。それは奸計を巡らしているから。


「嗚呼、そういえばそんなことを言いましたっけ……でも、その成果はご覧の通りで」


 小気味いい音を鳴らして刀を正眼に構える。


「私の考え通り、いい餌が出来ました――それでは、おやすみなさい」


 何の余韻も感じさせない淡々とした語りで、ナギサは二体の自動人形に向かって刃を下ろした。

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