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二十五話

 街を跋扈(ばっこ)する殺人鬼のせいか、日が沈み始めると人の姿もチラホラとしか見えなくなる。例外は中央地区の不夜街くらいのもので、それでも用心棒を用意できない中流家庭の人間は外出を控えざるをえなかった。


「だいぶ暗くなりましたね」


 アリスが隣に並ぶナギサに話しかける。

 警察でのやり取りの後、彼女らはレストレイドに言われた通りに適当に時間を潰してからワイトチャペルに向かい始めた。その間の二人の話題はもっぱら彼への悪口に終始したが、それはこれから起こるであろう殺人鬼との対面の恐怖を紛らわせるものだった。


「そうですね。きっと、殺人鬼もこの夜を待ちわびていることでしょう……アリスさん、怖くはないですか?」


「怖くない――って言ったら嘘になるかな。こういうシチュエーションって初めてで……今までこういうのってテレビでしか見たことなかったから。いざ自分がその場面に立ち会うことになるなんて想像できないし、自分が分からないものはやっぱり――怖いよ」


「……大丈夫ですよ、私がいます。アリスさんには指一本触れさせませんとも」


 街灯の暖かなオレンジの光が剣士の顔を照らす。外の暗さもあって表情が半分隠れてしまっているが、きっとそこには()()()()()()()自信に満ちた彼女の顔があるに違いない。

 アリスはそんな彼女の頼もしい言葉に肩の力が抜けるのを感じた。


「ありがとう」


「いいえ、それほどでも……ところで、今アリスさんの話に出てきたテレビって何なんです?」


「え? ああ、ええと……なんて言ったらいいんだろう?」


 そういえば、この世界にはテレビがない。ないものを説明する難しさは、数学の苦手な相手に三角関数を教えるようなものだ。

 まだこの世界の情報を完璧に掴めていないアリスでも、テレビのような電子機器が街に普及していないことには気づいている。そうであるならば、ここは簡単に『どのようなもの』かだけを説明した方がお互いのためだ。


「こう、箱型の……画面に色んなモノが映るヤツで」


「?」


「ああもう、そうだな。家にいても劇を見ることのできる装置って言えばいいのかな。そういうのが私の住んでいた場所ではあったんです」


「……へぇ、それは便利ですね。でも、劇を観るのならば実際に劇場へ行った方が楽しいのでは?」


「ううん、そういう感じではないんだけどね」


 アリスは相手に上手く伝わらないことにもどかしさを感じながらも、テレビの利便性――それもスマホの登場で失われつつある――をこれ以上伝える手段が思いつかずに空を仰ぎ見る。

 ファルガ広場周辺では見られなかった星が幾つも(またた)いて、自分が元の世界で見たかつての光景と何ら変わることのない夜天に心が落ち着く。


「不思議ですね」


 まるで心を読んだかのような発言にアリスはドキリとして、同じように顔を上げて星を見るナギサをまじまじと見つめてしまう。

 その姿はどこか遠い所に思いを馳せているようにも見え、ふと急に彼女の生い立ちというものに興味が湧いてきた。


「そういえば、ナギサさんについて知っていることなんて何もなかったですね。流石に今は無理ですけど、この事件が終わったら一度お互いのことなど落ち着いて話しません?」


「あ、いいですね。私もアリスさんのことが気になっていたんですよう。場所はそうですね、私の故郷の雰囲気によく似た落ち着いた良いお店があるので、是非そこでお茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」


 ニッコリと、彼女は笑ってそう答える。

 和装の彼女のことだから、きっとお店もそれに似合った様子に違いない。アリスは彼女と交わした約束に様々な想像を巡らしては、一人今後のことに胸を躍らせる。

 ここに来てからというものロクに人間関係を構築できていなかった彼女にとって、ナギサの存在というのはシャーリー以来の友人が出来たような喜びに満ちていた。


「ムフー、そういうことなら尚更この事件をさっさと片付けないと!」


 アリスは拳を前に突き出してやる気の高さを表すと、それを見たナギサは釣られて笑みを浮かべる。


「ええ、頑張りましょう」



 ✽   ✽   ✽   ✽



 そして、遂に二人は殺人鬼が待つワイトチャペルの区境にたどり着く。

 そこから先は昼間の雰囲気とは真逆の陰気な空気が漂っていて、踏み入る者を容赦なく喰らい尽くすかのような殺意が渦巻いていた。


「な、なにこれ……」


 アリスは思わず声を漏らす。

 自動人形だから空気を肌で感じるということはできないが、それでもここの異質さは際立っていた。

 確かに中央の賑わいと比べればこの地区は寂れてはいる。しかし、それでもこの()()を生み出すには別の要因があるとしか言えない。


「恐らく、殺人鬼が出没したことで住民の負の感情が溜まっているんでしょうね。誰が殺人鬼か分からない、そんな疑心暗鬼にも似た状態が続けば自然とこうもなります」


「ナギサさんはここに住んでいるんですよね……?」


「? ええ、そうですけど」


 平然と答える彼女にアリスは僅かに違和感を感じずにはいられなかった。

 この空間にいながら彼女の纏う雰囲気は洗練なままで、周囲の変化に迎合しながら生きてきたアリスにとって、彼女の変わらない性質はにわかに信じられないものだ。


「それよりも、警部の話では今の時間帯には避難誘導を終えているはずですが……何処にも警官が見当たらないですね」


 ナギサは人の気配が感じられない周辺の様子に眉をひそめる。

 住民がいないのは納得できる。しかし、殺人鬼を捕まえるために配備されているはずの警官隊までいないのはどういうことか。


「まさか……もう殺人鬼に!?」


「いえ、それならば死体すらないのはおかしいです。血の匂いもありませんし、一体どうしたんでしょうか?」


 歩く音が響き、恐怖を助長させる。

 とりあえず二人はレストレイドの姿を求めて探し回ることにした。もしかしたら殺人鬼と遭遇して追跡の最中なのかもしれないし、それとも既に逮捕したところなのかもしれない。そのどちらにせよ、彼女らがここに来ることを知っているレストレイドが誰も人をよこさないのもおかしな話ではあるのだが。

 すぐ隣の区画は人の生活の音で賑やかなのに対し、ここではひっそりと狩人が息を殺しているかの如く緊張があり、アリスはお互いの距離が空きすぎないように慎重に歩を進める。


「――何かが、いますね」


 ワイトチャペルも中程(なかほど)まで歩いたところだろうか。

 石造りの白い教会のある(ひら)けた場所で、ナギサは鋭い視線を飛ばしながらアリスに注意を促す。


「え? ほ、ホントですか……もしかして警察の人がいたり?」


 ありはしないと分かっていながらも、アリスは希望を口にする。


「いいえ、これは恐らく殺人鬼の――ッ!?」


 何か物音がしたのだろうか。

 ナギサは教会脇の路地に体を向けると、そこに向かって脱兎の如く駆け出す。


「え、ちょっとナギサさん!?」


 置いていかれたアリスは慌てて彼女の後を追いかける。

 こんな場所で一人でいるなんて自殺行為だ。いくら体が自動人形とはいえ、世間を賑わす殺人鬼相手に無事でいられる保証などない。

 ナギサの姿を見失わないように人工の足を一生懸命動かすが、剣客の彼女の脚に追いつけるはずもなく。あっという間に距離を離され、路地裏にたどり着いた頃には彼女の地面を蹴る音すら聞こえなくなっていた。


「うえぇ……どうしよう。ナギサさん、いないの?」


 今にも正体不明の化物が現れそうな陰気な場所は、アリスの中でジワリと恐怖が広がるには十分だった。頼りにしていたナギサの不在で、余計に怖さが増長してしまっているのだ。

 ひび割れた壁、神聖で荘厳であるはずの教会でさえも漆喰が所々剥げてしまい、もはやその存在は人に安らぎを与えるというよりも不安を煽るものに成り下がっている。


 カラン


 甲高い音に、アリスは機械仕掛けの心臓が口から飛び出しそうになる。


「ひぃっ――だ、誰!?」


 慌てて振り返れば、朽ちた蒸気管がどこからか()()()らしく、恐怖で固まってしまった自分の目の前をコロコロと転がっているところだった。

 音の正体が何てことのないものだったことが分かりホッと胸をなで下ろす――しかし、瞬間に気づく。


 これは、どこから落ちてきたのだろうか。


 ハッとしてすぐに真上、教会の屋根を見れば、薄い雲に隠れがちな月の淡い光を浴びて、誰かが――いや、何かが幽霊のように希薄な存在をはためかせ立っている。


「あ――」


 声が出ない。

 助けを呼ばないと。

 だって、アレは。

 アレは、ナギサの言っていた『リッパー』の特徴をそのまま備えていて。


 そして、メイド服に身を包んだ自動人形はアリスに向けて紅い瞳を向けると、その手に持ったナイフを構えて躊躇いなく飛び込んできた。

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