二十四話
「ここが警察……」
ファルガ広場の南端にあるクロス駅のすぐ近く、人通りの多い三つの通りに囲まれた場所に警察署はある。
その通りの中の一つを愛称として付けられ人々に親しまれている施設を前にして、生まれたての小鹿のように脚を震わせている少女、いや自動人形が一体。
別にやましいことはないのに、何故か体が拒否反応を示してしまっているのは彼女が小心者だからか、はたまた人には言えないことをしたことがあるからだろうか。
「あの、どうして隠れているのです?」
ナギサが街灯の影に隠れているアリスに戸惑いの視線を向けている。
噂の自動人形のメイドを捕縛するために警察の協力を得ようとしたアリスだが、まだこの街の地理に疎いためナギサに案内してもらったのだ。
しかし、ここまで連れてきてもらってなんだが、知り合いも数えるほどしかいないアリスはこのあとのプランをまったく考えていなかった。
とりあえず行けばなんとかなるだろうと思っていたが、知り合いの警察官のうちジョーンズは自分を巡っての書類の偽造云々でシャーリーと喧嘩のような状態になってしまっている。
残るはレストレイドという小動物のような男なのだが、こちらも良い関係を築けているかといえばノーだ。
「というか、警察に喧嘩売りまくってない……?」
アリスはそれまでの彼らへの対応を思い返して顔を覆う。
こんなことになるのなら愛想の一つでも振りまいてやれば良かった。
そう思うも後の祭り。こうなったら日本の伝統芸能のDOGEZAで許してもらうしかない。
「アリスさん?」
ナギサの存在を忘れて一人で勝手に盛り上がって不審な行動をしている彼女に周囲は距離を取り始める。
だからか、警察署の前に立っていた巡査が彼女たちに声をかけてきた。
「どうかしましたか?」
「え、ええと、ですね。じ、じつはお願いがあってきたんですけども……」
不意に声をかけられてしまったため、しどろもどろになりながら答えるアリス。
自動人形にあるまじき挙動に巡査も首を傾げる。
「すみません。実は警察に知っておいて欲しい情報があるのですが」
代わりにナギサがここに来た目的の説明をする。
『リッパー』による事件の情報。ここまで調べた上で気になる存在があるということ。彼女の身の上も踏まえて、その存在が犯人である可能性が高いということを立番の彼に余すことなく話した。
「な、なるほど。それは大きな情報ですね。しかし、私の一存ではなんとも……申し訳ありませんが、今の話をもう一度上の方にしてもらえますか」
「え、ええ。いいですけど……いいですよねアリスさん」
「うん……だけど、大丈夫かなぁ」
「?」
✽ ✽ ✽ ✽
「へぇ……なるほどぉ。つまり、自分では手に負えないから私たちに協力を求めてきたと? いやいや、相手は凶悪な殺人鬼。善良で無力な――失礼、一般人を助けるのが我々警察の仕事、喜んで手を貸しますとも。しかし、こうして助力を乞うとはシャーリーさんも可愛いところがあるじゃないですか」
「いや、ここに来たのは私たちの考えであって、シャーリーは関係ないです」
立番の巡査に通されたのは様々な資料が積み重なった机が並ぶ会議室だった。
そこで事件の指揮を取っているレストレイドと再会したわけだが、案の定、話を聞いた彼はいやらしい笑みを浮かべてアリスにマウントを取ろうとしている。
「そうなんですかぁ。ま、そういうことにしておきましょう……しかし、ホルダー少佐のねぇ。なるほど、だから『軍』の連中があんなに熱心に介入してきたんですな。つまり、まだまだ彼の威光は健在ということですか」
「ええ、私にはいまいちピンとはきませんが」
ナギサはバツの悪そうに肩をすくめる。
剣を教えてもらいはしたが『軍』関係の権力争いとは無縁であったため、そのようなことを言われても何も言えなかった。
「ふぅん、少佐縁の将校は多いですからね。特にモラン大佐なんか盟友でしたから、今回のことに熱心でしょうな」
「モラン……」
そういえば昨日のナギサさんとヘンリーさんの会話にも出てきた名前だなと、アリスは頭の中で反芻する。
まだまだこの街の住人との面識の薄い彼女だが、何故だかこの人物は将来とんでもない悪さをしそうな印象をもった。
「それにしても、街の噂話から犯人にたどり着くとは。よくもまぁ、そんなあやふやなものにすがれますな。ああ、いや、別に馬鹿にしているわけではないんですよ。凄いと思っていますとも。実際、ホルダー少佐の家にそういう自動人形がいるという事実が分からなければ一笑に付していたところですから」
明らかにこちらを馬鹿にしたような物言いにアリスは胸の奥でモヤモヤしたものが溢れそうになる。
それが爆発したら取り返しのつかない大変なことになると、頭のどこかで誰かが叫んでいる気がして、何とか気を紛らわせるようにレストレイドに確認を取るも語気は自然と荒くなってしまった。
「それで、きちんと手伝ってくれるんですよね」
「手伝う? ハハ、情報提供はありがたいですけどね、貴女方が出張る必要はないんですよ。大人しく我々に任しといてくださ――ああっと、ソウイエバヒトデガタリナカッタナー。ダレカテツダッテホシイナー」
「……はぁ?」
いきなり調子の外れた棒読みをするレストレイドにアリスは訝しげな視線を送る。
当の本人は何かをごまかすように咳払いをし、真っ赤になった顔を隠すこともせずに部下に何事かを伝えて下がらせた。
「ゴホン、ええと、そうですね。アリスさんたちにも手伝ってもらいましょうかね」
「え、だってさっきは――」
「まぁまぁ気にしないで。そこの剣士の、ええ、ナギサさんでしたっけ。貴女も是非に現場での協力を期待しております」
「ハ、ハァ……」
ナギサも急に態度を軟化した小男に眉根を寄せる。
言葉の途中に誰かからの叱責があったかのような変わりように二人して疑問を隠せずにいるが、理由はどうあれ警察の協力を得られそうなことは素直に喜んでいいだろう。
顔を見合わすと互いにグッと拳を突き合わせた。
「ああ、でも手はずはこちらで整えるのでそれに従ってくださいね」
流石に殺人鬼の捕物に素人が口出すわけにもいかず、そこはレストレイドに任せるしかなかった。
「ちなみに、ナギサさん。一応聞きますけど、相手の武装とか分かりますか? こちらも相応の装備を整えねばなりませんから。それを怠った同僚が今も取り逃がしたコソ泥相手に血眼になっているころで。同じ轍は踏みたくないですからねぇ」
先日のファルガ広場で起こった事件を引き合いに、嫌味たらしくアリスを見ながら言う姿は物語に出てくる三流の悪役のように醜い。
さらに、その言葉はここにいないはずのシャーリーにも言っているようで、正直アリスはこの男が好きにはなれそうになかった。
「ふんだ」
そっぽを向くアリスをなだめながらナギサは警部の質問に答える。
「刀です。もしかしたら、私の持つものより短いかもしれませんが、相手は少佐から剣の手ほどきを受けた自動人形。制限が外れていれば、たとえ刃渡りが短くとも十分に人を切断できるでしょう」
「なるほど、そうなると防刃用に革鎧の装備や簡易機甲部隊も出撃させた方がいいな……なるほどね。確かに言われたとおりだ」
「何か?」
「あっ、いや、何でもないですとも」
にっこりと気味の悪い笑みを浮かべる警部をよそに、アリスは事件が大詰めを迎えようとしているにも関わらず未だに現れないシャーリーのことに思いを馳せていた。
依頼を受けてまだ一日しか経ってはいないが、いなくなってから随分長く感じる。
もしかしたらシャーリーの身に何か起こってしまったのではないかと一抹の不安もなくはないが、あの誰にも屈することのない無敵の彼女がやられるとは思えない。
「それではアリスさんもいいですか?」
「え? 何がですか」
「聞いていなかったんですか、いい気なもんですね。今から殺人鬼の逮捕に向かうというのに」
相変わらずおちょくったような口調のレストレイドにアリスは唇を尖らす。
どうやら、シャーリーのことを考えていて今後の方針を聞き逃していたらしい。これに関しては自分に非があるため、アリスは彼に強く言い返すことができなかった。
「仕方ないですからもう一度言いますね。これから我々はワイトチャペルへ行って、その自動人形への網を張ります。もしものことを考えて、事前に周辺の家々の住人を避難させますんで、アリスさんたちは少し遅れてから来てください」
「どうして?」
「いや、避難誘導の邪魔になるからに決まってるじゃないですか。一般人の貴女方に一体何ができるんですか。貴女方の顔を知らない部下に地区の住人に間違われて一緒に連れて行かれるのがオチですよ」
「うぐぐ……」
何も言い返せない。
レストレイドの言い分も確かなので、大人しく彼に従うことにする。業腹だが。
「納得いかないけど分かりましたぁ。人命がかかっているんですもんね、私からは何もないでぇす」
「私もです」
二人の了承が得られたことで、警察でも有能の部類に入る敏腕刑事はすぐさま行動に移す。
部屋の外で待機していた部下に今しがた決めたことを伝え、あと数時間で訪れる決戦の夜に向けて準備を整えていく。
彼の人望がそうさせるのか、指示を受けた部下はテキパキと無駄なく準備を進め、地区ごとにある支部にもすぐさま連絡がいったようだ。
その様子を見たレストレイドは満足げに頷くと、意気揚々と声を張り上げる。
「それでは迎えましょうか。ここ暫く、世間を賑わした事件に幕を下ろすための大団円を! 私たちの手で犯人を捕まえましょう!」
「おー」
アリスは力なく拳を突き上げて彼の調子に合わせるのだった。




