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幕間

 飛び出た配管から時折音を立てて蒸気が噴出している。それは指揮者コンダクターのいないオーケストラのように調子の外れた音楽を奏で、ネジの緩んだナットをカタカタと踊らせていた。

 ツギハギだらけの板金。手入れのされていない街灯は明かりを拡散させるマントルが割れていて、みすぼらしさが強調されている。


 サビの浮いた水だまりはこの環境が劣悪であることの表れか。

 日の当たらぬ蒸気都市で、なお暗いこの場所は治安という言葉が通用しないほど荒れ果てていた。


 バシャ。


 水の弾ける音が虚しく寂れた通りに響く。

 市街地から離れ、人々の暖かな営みからも離れたここは浮浪者と売春婦の明日をも知れぬ暮らしで朽ちていた。


「はぁ、はぁ、ここまでくれば、大丈夫」


 息を切らせて後方を確認しているのは勝気な瞳が印象的な少女だった。

 彼女の名前はシードル。

 この路地裏を中心に活動している情報屋の彼女は、この過酷な日常を一人だけで生きている。

 満足に水を浴びれない生活のため綺麗な金髪の髪は汚れてしまっているが、磨けば光りそうな容姿ではあるようだ。


「ちっ、しつこい。もうアイツの依頼は受けたくないってのに。だいたい、ちっぽけな金しか渡さないくせに注文がこまけぇんだよ」


 頬を膨らまし、薄い唇を突き出す様は年相応に可愛らしい。そのはすっぱな口調に反し、整った顔は幼さを残して近所の年寄りからは孫のように思われている。

 だが、そんないたいけな少女に魔の手が迫ろうとしていた。


「みぃつけた」


「ひぃっ!」


 油断しきった彼女の背後からぬるりと同じく小柄な少女が抱きつく。

 ゴーグルのついた革製のハットをかぶった少女は特徴的な『ハネ』た髪を揺らしながら、シードルの体を器用に拘束していく。


「やめ――てめ、どこ触ってんだ!」


「お互い凹凸の少ない者同士、観客がいたとしてもちっとも楽しめる絵面じゃないだろうに」


「……それは嫌味か、ああん?」


 語気を荒げて無駄に恥じらいを出してしまった自分をごまかす。

 今は食うもんの栄養が足りないだけで、まとまった金ができたらさっさとこんな生活オサラバして旨いもんたらふく食ってやる。そして、グラマラスでセクシーな体になって、このチンチクリンの探偵を抜き去ってやるんだ。

 そう心の中で固く誓う彼女は抵抗を諦めて大人しくなる。ここで捕まってしまった以上、どう足掻いても逃げ出せられないの経験済みだ。


「はぁ……で、今度はなんだよ」


 ゼッタイ碌でもないことを頼んでくるんだろうと、ジト目を向ける。

 そんな彼女の鬱々とした思いなど全く感じ取らない様子で傍若無人の探偵は、たった一つの、しかし事件を解決するためにどうしても必要な情報の収集を彼女に頼む。


「君にはある人物についての情報を集めてもらいたい。その人物の名は――」


 一際甲高い蒸気の音が彼女の言葉を隠す。

 寂れた路地で鳴り響く調子の外れた音は、まるでこの先に起こることへの警告をしているようだ。


「……わかったよ。で、いつまでに集めればいいんだ?」


「早ければ早いほどいい。特に今回は相手が相手だけに少々慎重にならなければいけないけど、それでも確実に『こと』にあたるには()()()()()()()()()()真実が早急に必要だ」


「ようするにいつもどおりってやつね」


 深いため息を隠すこともなく探偵の前で吐く。

 いつも無茶を言われるが、今回は何時にも増して面倒くさい。


「下手をしたら『軍』に目をつけられるリスクを負うわけだが、アフターケアはしっかりやってくれるんだろうねぇ?」


「そうなったらボクの専属の情報屋をやればいい」


「今と大して変わりねぇじゃねぇか! アタシはいつまでもこんな糞溜めみたいなとこで燻ってるつもりはねぇぞ」


「……それならば依頼をこなしてくれ。ボクとしても君のような人間が誰の目に止まることなく埋もれているのは心苦しい。だけど、だからこそ今の仕事が出来ているということも分かっていてくれ」


 下手に目立とうものなら情報屋は務まらない。

 浮浪者のように、街の路傍の石の存在でなければ情報屋の価値はない。


「んなことわぁってるっつぅの! ただ、アタシは!」


「……シードル、君はこの街が、この世界が好きではないのかい?」


「ハッ、嫌いだねぇ。こんな街、いっそのこと吹っ飛んでくれちまった方がいっそ清々しいよ」


 シードルの回答に探偵は悲しそうな表情を浮かべる。


「探偵様はいいよなぁ、街の人間の賞賛を一身に浴びて。たまにでいいからアタシのような人間にもスポットライトを分け与えてくれてもいいじゃないか」


「……そうか」


 短い言葉に違和感を感じる。

 いつもの理詰めの反論がなくて、返って薄気味悪い。


「どうしたんだよ。らしくないぜ?」


 心配する気は全くないが、かといって一応依頼主である探偵の機嫌は伺っておくに越したことはない。

 つり気味の大きな目を上目遣いにして、彼女は暗い顔の探偵を覗き込む。


「いや、何でもない……でも、そうだな。もし、君がこの街に愛想を尽かしたというのなら、この仕事が終わったらどこか遠い場所へ旅に出ることをオススメしておくよ」


「はぁ?」


 何を言っているのか分からないとでも言うかのようにシードルは目の前の少女をまざまざと見つめる。

 街唯一の探偵の彼女は、ここでは何不自由ない生活を保障されているようなものだ。

 それなのに、この街を捨てることを推奨してくるとはどういうことか。


「冗談にしても笑えないぜ、そういうの」


「ああ、そうだね。でも、君だから言っておくんだ……そう遠くない未来、この蒸気都市は――」


 そこで少し逡巡するかのように目を伏せるも、覚悟を決めたのかしっかりと彼女シードルの目を見据えて告げる。



「――壊滅するだろう」

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