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二十話

「おい、そこの人形。人間様に向かって暴力を振るうとはきっとどこか壊れてしまっているに違いない! お前ら、徹底的にぶっ潰してしまえ!」


 禿げ上がった頭に血管を浮かび上がらせ、ボタンがはち切れそうなほど膨れた腹を揺らしながら男は従者に呼びかける。慣れた指示は日頃から弱者をいたぶっている賜物か。

 雇い主の命令オーダーに筋骨隆々の従者二人はニタリと笑う。

 彼らにも日頃の鬱憤はあるのだろう。単純な破壊行動は気持ちのいいものだ。


「ちょっと待った。こんなところで暴れられても困るぞ!」


「そうだそうだ。それに、こんな人ごみだもの。ぶつかったってしょうがないじゃないか」


 近くの露店の主が切羽詰まった顔で唾を飛ばす。

 それに同調するように周囲の買い物客も非難の声を上げる。

 晴れ渡る空の下で優雅に買い物とはいかないが、それでも楽しいひと時であることに違いはないのだ。

 特に目麗しい自動人形とハゲ散らかったオヤジとでは判官贔屓ほうがんびいきもやむを得ない。

 アリスは周りの援護に目を輝かすと、これ幸いとか弱い少女を装い出もしない涙を瞳に貯めて潤ませる。


「えっと、ごめんなさい。前を見ていなくて……でも、そんなに怒らなくても」


「何!? 人形のくせに口答えをするだと!? 周りの奴らもこんな人形風情に肩を持つなど恥ずかしくないのか! くぅっ、所有者は誰だ。貴様か!」


 指をさされたナギサは不愉快そうにするが、すぐに取り繕うように柔和な笑みを浮かべて男に諭すように語りかける。


「ええと、あなたはヘンリー殿とお見受けしますが、そのように取り乱していかがなされたのです?」


「いかがなされたのですだって? 貴様、見ていなかったのか? そこのガラクタがワシを突き飛ばしたではないか!」


 口から唾をまき散らしながら喚く様は、醜悪な怪物のようだ。

 人形とはいえ、金髪の美しい少女の姿のアリスと比べると、童話の中で可憐な乙女に襲いかかるゴブリンだと言われても納得してしまいそうだ。


「そうでしたか。彼女は私の連れなのですが、ヘンリー殿の言う人形とは少々事情が異なるのです。よろしいのですか、彼女は『銀閃』の知り合いなのですよ?」


「『銀閃』のだと――こいつがか!?」


 ヘンリーと呼ばれた男は驚愕に目を見開く。

 アリスはその『銀閃』が誰のことを指すのかは分からなかったが、とりあえずドヤ顔で偉そうに腰に手を当てる。


「ぐぬぬ……いや、だがそれが本当かなど分かるものか。だいたい、貴様のような怪しい風体の女。『銀閃』の知り合いであるはずもない! ワシをたばかるのもいい加減にするがいい。お前ら、やってしまえ。周りのことなど後でワシが金を払って黙らせてやる」


 おう、とばかりに従者たちはアリスの前に迫る。

 腰にぶら下げていた棍棒を手に持ち、傷だらけの顔を醜く歪ませて歩くさまは童話に出てくるトロールのようだ。

 ヘンリーの管理も良くないのか、黄ばんだ歯は不揃いで汚らしい。


「ど、どどどどうしよう!?」


「落ち着いて、アリスさん。仕方ありません。ここは穏便に済ませたかったのですが、ヘンリー殿は一度決めたことは何が何でも遂行するほどの頑固者――私が一肌脱ぎましょう」


 ナギサはアリスの前に立つと外套を勢いよく翻す、と同時に刀の柄に手を添える。


「綺麗……」


 アリスは思わず口から素直な感想を漏らす。

 裏地に赤を基調とした花柄――彼岸花だろうか――が彼女の透き通るガラスの瞳に映る。

 ナギサ自身が有象無象の中に凛として咲く一輪の華のような。そんな風に思ってしまう凄絶な美しさがそこにはあった。


「――ッ」


 従者たちは何も考えずナギサに標的を変え、その棍棒を振り下ろさんと構える。

 女が相手だろうが関係ない。その細い体が圧倒的暴力でひしゃげるのを想像し男たちは獣となる。


 だが彼女は動かない。

 まだ間合いではない。一足一刀の範囲レンジにはまだ遠い。


 獣のような咆哮が市場に響く。

 誰もが目を背けて、異国の女の行く末を案じる。


 それでも、彼女は留まる。

 刹那。彼女の周囲が、時が、停止する。


 呼吸が、ひとつ。


 一陣の風がアリスの頬を撫ぜ、目を開けていられない。

 それでも、視界の端に見えたのは世界を断ち切ってしまわんとする彼女ナギサの鬼気迫る後ろ姿だった。


 一瞬の静寂が訪れる。

 誰もが彼女の安否を気にするも、その無事にホッと胸をなで下ろす。

 ヘンリーでさえも事の成り行きに息を止めていたようだ。


「な、なんだ。虚仮威こけおどしもいいとこではないか! ふん、所詮は剣士紛いの格好をしているだけの流れ者よ。今なら謝れば許してやらなくもないぞ」


 カスリ傷一つない従者を尻目に傲岸不遜の男はアリスたちに向かって歩み始めた時だった。

 不意に従者の腕からボトリと何かが落ちた。


「ヒッ、腕が! 腕が落ちたぞ!」


 誰かの言葉を皮切りに、辺りに悲鳴が木霊する。食品を多く扱うここで、まさか腕の切断とあっては男女問わずパニックになるのも仕方ないことだ。

 アリスもその惨劇に目を背けるも、自分の前に立つ剣士の冷静な様子に疑問を感じ、改めて切り落とされたものを確認する。


「ちょっと待ってください! アレ、棍棒の先っちょですよ!」


 確かによく見れば、それは従者の持っていたものの先端部位であった。

 アリスは木製と思っていたが、その断面は金属特有の鈍い輝きを放っている。


「な、なんだと!?」


 ヘンリーは驚きで目を飛び出さんとするほど見開く。

 従者たちも己の腕を落とされたと思い込みワンワンと泣いていたが、アリスの指摘で我に返る。


「ほ、本当だ! しかもアレはブリキンのとこの特殊棍棒じゃないか。合金の塊を斬ったってのか!?」


 金属を斬った。

 その事実は争いを遠巻きに見ていた観衆の動揺を引き起こす。

 この蒸気都市では人間による近接戦闘はいかに金属の武装をしているかで優劣が決まることが多い。『軍』でも上級の兵士ほど上質の機甲鎧アーマーで身を覆うのだから、軽装のナギサがやったことは彼らにとって衝撃だった。


「おいおい、よく見ればあのねーちゃん『瞬黒』のナギサじゃねぇか!」


 ナギサのことを知っている人間がいるらしい。

 その二つ名を聞いたヘンリーは顔を真っ青にして、慌てて後ずさっては足をもつれさせ無様に転ぶ。


「聞いたことがあるぞ。『軍』の主催した武芸大会で『銀閃』と互角だった女剣士がいると。まさか貴様がそうなのか!」


 周囲の尊敬の混じった眼差しにナギサは照れたように頬をかく。

 アリスは依頼人が予想以上に凄い人間だったことに驚き、どうしてそれを教えてくれなかったのか尋ねる。


「だって、恥ずかしいじゃないですか」


「でも、そういう風に誰かに羨望の眼差しを向けられることは大切なことなんじゃないんですか?」


 アリスのどこか真剣な意味の混じった台詞に彼女は首を傾げるも、そのまま自分の思いを言葉にのせる。


「そうかもしれません。この剣が誰かの目に止まらねば、私なんか評価もされないでしょう。それでも、私は己の満足する一太刀を完成させるまではそれでもいいと思えるのです」


 アリスは分からなかった。

 これほど、皆に賞賛されている彼女でもまだ納得のいかないことがあるのかと。

 生前の自分の気持ちと彼女の違いは一体何なのか。

 それが分かれば、少しはマトモな人間になれるのかなと、自動人形に生まれ変わった『虚飾』の少女は物思いに沈む。



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